第四話 再会と食い逃げ?

 

 祐一が思っていたよりも名雪の手際が良かったせいか、部屋の片づけは順調に終わった。

「早く終わってよかったね」

「そうだな……」

 リビングのソファーに並んで腰かけながら、生返事をする祐一。明日からは学校に通わなくてはいけないのだから、せめてもう一日休みが欲しいと思う。

「名雪、ちょっといいかしら?」

「なあに? お母さん」

 キッチンから、秋子が顔をのぞかせる。

「晩御飯にロールキャベツを作ろうと思うんだけど……」

「材料を買ってくればいいんだね」

「いつものをお願いね、美味しそうなところ」

「うん」

 晩御飯の材料は、いつも名雪が買いに行っているようだった。言葉は少なくとも、会話が成り立っている。

「それじゃあ、祐一。買い物に行くよ」

「まあ、買い物くらいなら付き合ってやるけど……」

 本音を言うと祐一は、寒いのであまり外に出たくはない。しかし、昨日の敵がまた襲ってきた場合、魔力を奪われた上にデバイスもない名雪では対抗しようがない。万一の事を考えれば、名雪についていった方がベストだ。

 部屋の片づけを手伝ってもらった事だし、祐一は部屋よりも数段寒いであろう外の空気を想像しながら、コートを羽織って表に出た。

「……無茶苦茶寒いぞ」

 案の定、外は死ぬほど寒かった。

「歩いていると暖まるよ」

 にっこりと微笑む名雪と並び、たっぷりと雪の残った街を歩いていく。時折真正面から吹いてくる冷たい風に、思わず息がつまりそうになる。

「そういえば、昔もこんなふうに一緒に買い物に行ったよね」

「そうだったか?」

 視界の全てを白一色に染める世界。そして、穏やかに微笑むいとこの少女。

「……あったかもしれないな」

「あのときは、祐一が鞄持ってくれたんだよ」

「……そこまでは覚えてないけどな」

 とはいえ、笑顔でさしだされる鞄を受け取ってしまう祐一。笑顔の名雪を先頭に、商店街への道を歩いていくのだった。

 

「暇だな……」

 すぐに帰ってくると言っていた名雪は、なかなか戻ってこない。おそらくは、生来の不器用さをいかんなく発揮して時間がかかっているのだろう。その意味で名雪は、期待を裏切らない奴だった。

 祐一はしばらく街並みを眺めながら時間を潰していた。商店街の街並みは地球もミッドチルダもあまり変わりなく、白い雪で覆われている以外はほとんど差がない。ミッドチルダの首都中央部は都市区画が多いため、冬場でもあまり雪が積もるという事がないのだ。

「おまけに寒い……」

 歩いている時は多少ましだった寒さが、じっとしていると再び襲ってくる。そうしている間にもじりじりと日は傾いていき、石畳に延びる影が次第に細く長く伸びていく。

 7年前にもこんな風景を見ていたのだろうかと、祐一が目を閉じたその時だった。

「そこの人っ!」

「……え?」

 突然の声に、祐一の意識が現実に引き戻される。

「どいてっ! どいてっ!」

 全く状況がわからないが、祐一のすぐ目の前に女の子がいた。手袋をした手で大事そうに紙袋を抱えながら、小柄で背中に羽の生えた女の子が走っている。

 結局、状況認識がうまく出来ないまま、祐一とその少女は衝突した。

「ひどいよぉ〜……よけてって言ったのに〜」

「悪いな。あんまり高速だったんでよけられなかった」

「うぐぅ……ボク、そんなに足早くないもん」

「いや、そんなに謙遜する事はないぞ」

「うぐぅ……」

 少女は思いっきり祐一にぶつかったせいか、鼻の頭が見事に赤くなっていた。涙目で鼻の頭をさすっている少女の姿に、もう少し季節が早かったらトナカイと呼んでしまいそうになる祐一であった。

「ちょっと痛そうだな」

「ちょっとじゃないよっ! すごくだよっ!」

 手袋をした手で鼻の頭を押さえたまま、少女が立ち上がる。

「ボク急いでいるから、もう行かないと……」

 後ろを振り返った少女は、慌てて祐一の手を掴んで走り出した。

「お……おい」

「と、とりあえず、話は後っ!」

 商店街の人込みをかき分けるようにして、祐一の手をつかんだ少女は奥へ奥へとはいっていく。

「一体どうしたんだ?」

「追われてるんだよ……」

 それを聞いて祐一は昨日の奴らを思い浮かべたが、仮に連中が相手なら今頃結界を張って対象者以外を締め出しているはずだ。それをしていない以上、この少女を追いかけているのは彼女達ではない。

「追われているって、誰にだ?」

 しかし、それには答えずに少女は口を閉ざしてしまう。祐一はそれ以上問いただす事も出来ず、ただ少女にひかれるまま商店街を走り抜けていった。

 

「こ、ここまでくれば、大丈夫……だよね?」

「大丈夫もなにも、とりあえず事情を説明してくれ」

 年齢は祐一よりも下のようで、どこかに幼さを残したような感じのある小柄な女の子だ。

「……追われてるんだよ」

 しばらく黙りこんでいた少女が、ゆっくりと口を開いた。

「それはさっきも聞いた。追われてるって誰にだ?」

「それはボクの口からは言えないよ。無関係の人を巻き込みたくないからね」

「すでに思いっきり巻き込まれているように思えるのは気のせいか?」

 その時、祐一は少女が大事そうに抱えている紙袋を見た。

「もしかして、その紙袋となにか関係があるのか?」

「ぜ、全然そんな事はないよっ!」

 明らかに少女は動揺していた。

「まあ、俺にはどうだっていい事なんだが……」

 逃げている途中に祐一は、どんな奴が追いかけてくるのか気になって後ろを見てみた事がある。その時、必死になって追いかけてきていたのは、少しさびしくなった頭とエプロンをつけた人畜無害そうなおやじだった。

「それにしても、なんであのおやじはエプロンなんかしてたんだ?」

「多分、たい焼き屋さんだからじゃないかな?」

「……どうして、たい焼き屋がお前を追いかけてくるんだ?」

「大好きなたい焼き屋さんがあって、たくさん注文したところまでは良かったんだけど、お金を払おうと思ったら財布がなくて、走って逃げてきちゃった……」

 赤い夕日に照らされた二人の間を、勢いよく木枯らしが吹きぬけていった。

「……それは、一方的にお前が悪いんじゃないのか?」

「うぐぅ……」

 悪い事をしたという自覚があるせいか、少女はそれ以上なにも言わなかった。一応は反省しているようだである。

「はいっ、ボクからのおすそわけだよ」

「盗品を、ってまあいいか」

 たい焼きは焼きたてに限る。誰が言ったかは知らないが、これは名言だと祐一は思う。

「これ食ったらちゃんと、たい焼き屋のおやじに謝りに行くからな。その時にちゃんと金も払ってやる」

 望んだわけではないが、こうして共犯者になってしまった以上、そうするのが義務だと祐一は思った。

「うぐぅ……悪いよ。見ず知らずの人にそんな事してもらっちゃ」

「俺は相沢祐一だ。君は?」

「ボクはあゆ。月宮あゆだよ」

「これで見ず知らずじゃなくなったな」

 その後たい焼きを食べ終えた二人はたい焼き屋に謝りにいき、きちんと代金を支払うのだった。

「ねえ、祐一くん。また会えるといいね」

「いいのか?」

「うぐぅ、いいんだよ」

「そうだな、会えるといいな」

「うんっ」

 笑顔で頷いて、あゆはそのまま元気に手を振って走っていく。傾いた夕日の中で、赤く染まる背中の羽が印象的であった。

 なんだか大変目にあったな、と苦笑しつつ、祐一が待ち合わせの場所まで戻ってみると。

「う〜」

 そこでは、名雪が拗ねていた。

 

 夕食を終えて祐一が部屋に戻ると、丁度本局から連絡が入った。

「はい、祐一です。……ってマリーさん?」

 本局でデバイスのメインテナンスを担当しているマリエル・アテンザが、モニター画面の向こうで困ったような表情を浮かべている。祐一は彼女に破損した名雪と香里のデバイスを預け、修復と調整を依頼したのだ。

「どうかしましたか?」

『祐一くんから預かった二基のインテリジェンスデバイスなんだけど、なにかおかしいのよ』

「おかしいって、なにがですか?」

 考えてみると、名雪のブルーディスティニーも香里のシュトゥルムテュランも、管理局の純正品ではない出自不明のデバイスだ。通常のインテリジェンスとはかなり異なった性能を持つ、言わば企画外品とも言うべき代物だった。

『二基とも部品交換と修理は終わったんだけど、エラーコードが消えないのよ』

「エラーコード? なに系のコードですか?」

『必要な部品が足りないって言うのよ。それが……』

「まさか、ベルカ式のカートリッジシステムとか言いませんよね?」

 通信画面の向こうにいるマリーの表情を見て、祐一は全てを察した。どうやらブルーディスティニーとシュトゥルムテュランは、レイジングハートやバルディッシュと同じで、自己進化型のAIプログラムが施されているようだった。このタイプは戦闘経験を積む事で魔法を操作するプログラムを最適化して扱いやすくするばかりでなく、破壊された時のデータをもとにデバイス自体の能力強化も可能なのだ。

『そうなのよ。シュトゥルムテュランは近代ベルカ式のパーツが多く使われているから、カートリッジシステムの追加とメインフレームの強化は簡単なんだけど、ブルーディスティニーはミッド式でしょ? こっちの方はちょっと時間がかかっちゃうわね』

 祐一のレイフォースもミッド式のインテリジェンスデバイスだが、こっちのカートリッジシステムは開発段階から組み込まれているため、さほど問題なく使用が可能だ。しかし、本来ミッド式とベルカ式では扱う魔力の質が異なるため、ミッド式のパーツで組まれたデバイスに後からベルカ式のパーツを組み込んでしまうと恐ろしくバランスが悪くなり、扱いにくくなってしまう上にデバイス自体が破壊されてしまう危険性もある。

 おまけにデバイス自体の重量と、魔力の使用量が増加してしまうという問題もある。実のところデバイスの改造は全体的なバランスを欠いてしまう危険性もあるため、余り推奨できないのだ。

「仕方がありませんね。とりあえずそいつらの望むようにしてあげてください」

『わかりました』

 通信が終わると、祐一は一息ついた。マリーの話を聞く限りでは、どうやらブルーディスティニーもシュトゥルムテュランも本気のようだ。迫りくる脅威に対し、マスターを守ろうと必死である。

「なあ、レイフォース。楽しみだな」

『質問の意味不明、回答不能』

「いや、そう言うつもりで話したんじゃなくてな」

『意味不明』

 自分で組んどいて言うのもなんだが、もう少し気のきいたAIにすればよかったかと祐一は少し後悔した。とはいえ、余計な事は口にせず、真面目に物事に取り組むレイフォースは、祐一にとって最も信頼できるパートナーだ。

 

「さてと……」

 祐一はふと自分の部屋を見た。今日名雪と一緒に片づけたばかりの新しい部屋。ここでの生活に馴染んでいるとは言い難いが、それでも少しずつ違和感は薄らいでいった。これも名雪や秋子のおかげなのかもしれない。

 とりあえず必要なものは暖房器具かな、と思いつつ祐一はベッドに横になる。確か冬休みは今日までで、明日からは新学期がはじまる。転校する事は名雪には言っていないので、驚く顔が今から楽しみだ。

 少し早いが今日はもう寝る事にした祐一ではあるが、その時になって目覚まし時計がない事に気がついた。別になくても自然に目が覚めるのだが、やはりないよりはあったほうがいい。

「……名雪から借りるか」

 時刻はまだ10時を過ぎたあたりだ。この時間ならまだ起きているだろうと思い、祐一は名雪の部屋に向かった。

 真っ暗な廊下にはひんやりとした空気が流れており、家の中は信じられないくらい静まり返っていた。明かりが漏れているのは祐一の部屋からだけで、名雪の部屋も階下も暗闇に閉ざされている。

「まさか名雪の奴、もう寝てるのか……?」

 ノックしようかどうしようか迷っていると、不意に名雪の部屋の扉が開く。

「……ふわ」

 名雪は瞼をこすりながら、まだ夢の中にいる様な感じでふらふらと出てきた。

「丁度いいところに、名雪……」

「……おはようございます〜」

「まだ、夜だぞ」

「うにゅ……」

 謎の返事をしてふらふらと廊下を歩いているうちに、名雪はばたりと壁にもたれかかる。

「くー」

 名雪は、思いっきり寝ていた。これではキスをしても、目を覚まさないかもしれない。試しに祐一が顔を近づけてみたその時。

「うにゅ……。あれ? 祐一……」

「目が覚めたか?」

 どうやら完全に寝ぼけていたようで、やっと目を覚ましたようだ。

「どうでもいいが、寝ながら歩くな。階段とか危ないぞ」

「うん、大丈夫……慣れてるから……」

 それは大丈夫というのだろうか。そんな思いが祐一の中をよぎる。優秀な魔導師はマルチタスクを駆使した高速並列思考を可能としているという。もしかすると、名雪は寝ながらでも並列処理を行っているのかもしれない。

「それでな、名雪。目覚まし時計が余っていたら貸してくれないか?」

「うん、いいよ。何個あればいい?」

「一つでいい」

「じゃあ、ちょっと待ってて」

 一度扉が開いて再び戻ってきた時、名雪は文字盤のサイズが洗面器くらいある大きな時計を、引きずるようにして持ってきた。

「なんだ? これは……」

「目覚ましだよ」

 言われてみると確かに、上についた大きなベルはそうだろう。しかし、問題はその大きさだ。

「わたしの一番のお気に入りだよ」

 透明なボディの中では、歯車がカチコチと動いているのが見える。

 この大きさからすれば目覚ましとしての効果は抜群かもしれないが、朝から心臓に悪い起こされ方をするのと、近所迷惑になる事だけは確実だった。ちなみに名雪がこの時計を一番のお気に入りとしている理由は、高かったからだそうだ。

「……もうちょっと別なのはないか?」

「別の……?」

「とりあえず、時間通りに起こしてくれればいいから」

「う〜ん、それじゃあ……」

 大きな時計を引きずるようにして部屋に戻ると、今度は白い時計を持ってきた。

「これなんかどうかな?」

 大きさも普通だし、これなら枕元においても問題ないだろう。

「じゃあ、名雪。しばらく借りてていいか?」

「うん、全然おっけーだよ」

 白い時計を手にした祐一を見て、名雪は眠たそうに微笑んだ。

「それじゃわたし、そろそろ寝るね」

「ああ、邪魔して悪かったな」

 そう言って部屋に戻ろうとする祐一を、名雪は遠慮がちにひきとめた。

「祐一、夜は、お休みなさい、だよ」

「ああ、おやすみ」

 部屋に戻った祐一は、目覚まし時計を枕元に設置する。何時にセットすればいいのかわからなかったが、とりあえず七時にセットして寝る事にした。

 冷たい布団にもぐりこみ、そっと目を閉じる。

 新しい街での新しい生活。意識が闇に溶けてゆき、祐一は静かに眠りについた。

 

 夜の闇に包まれた学校の校舎、その屋上に三人の人影があった。

「管理局の動きも本格化してきましたからね、今までのようにはいかないと思います」

「そうなりますと、少し遠出をする必要がありますね」

 亜麻色の髪の少女と、あずき色の髪の少女が何事かを話し合い、長い黒髪の少女はそれを興味なさそうに聞いていた。

「佐祐理、今何ページ?」

「340ページです。昨日の青い髪の子の魔力で、かなり稼げましたね」

 闇の書は全部で666ページある。リンカーコアの魔力を喰うという闇の書の性質は、持ち主となる主にも影響を及ぼす。つまり、闇の書を完成させても主がうまく適合しなければ死に、完成させなくてもリンカーコアを喰われて主は死ぬ。

 どちらにしても主の死が免れないのであれば、闇の書を完成させて上手く主が適合するほうに賭けるのが無難であった。そのためには、一刻も早く闇の書を完成させなくてはいけないのだ。

 しかし、管理局が本格的に捜査の手を伸ばしてきた以上、今までどおりに武装局員を襲ってリンカーコアから魔力を奪うというわけにもいかない。そうなると少し遠い次元世界まで言って、リンカーコアを持つ魔物から魔力を奪うより方法はなかった。

「それでは、いきましょうか。もうあまり時間もないみたいですし」

 佐祐理、と呼ばれた亜麻色の髪をした少女がそう言うと、長い黒髪の少女とあずき色の髪の少女が頷いた。

「それではみなさん、夜明け時にまたここで」

「あまり無理をしてはダメですよ、天野さん」

「わかっています」

「舞もですよ」

 佐祐理の言葉に、舞は小さく頷く。

 そして、変身した三人の少女は、それぞれの目的を果たすために行動を開始するのだった。

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