第八話 謎の襲撃者

 

「ひどいよ〜、祐一」

 商店街へと向かう間中、名雪はずっと拗ねたままだった。

「色々と複雑な事情があったんだ」

「わたし、ずっと待ってたんだよ?」

「先に帰ってたらよかったのに」

「だって、約束したから……」

 そこで名雪は、じっと祐一を見る。

「祐一は、約束を破ったりしないもん。遅れる事はあっても、ね」

「……わかった、俺が悪かったよ」

 それは事実なので、祐一は素直に謝っておいた。

「お詫びに、商店街で名雪の好きなもの奢ってやるからさ」

「ホント?」

「……だからってあまり高いものはダメだぞ。寿司とか……」

「わかってるよ〜」

 途端に笑顔になった名雪は、なにがいいか色々と思いを巡らせているようだ。

「それで、なにがいいんだ?」

「う〜ん……色々あって迷うよ……」

 好きな食べ物で真剣に悩んでいる名雪の横顔を見ていると、祐一としては苦笑するしかない。結局、商店街にある喫茶店『百花屋』でイチゴサンデーを食べる事に決まり、それが終わった時にはすでに日が傾いていた。

「誰だ、お前」

 百花屋を出たところで、祐一達の前に謎の人物が立ち塞がった。そいつは使い古した毛布で全身を覆っていたので、誰なのか顔は確認できない。

 商店街に入る前あたりから、祐一は誰かが尾行しているような気はしていた。

 祐一はもしかしたら昨日今日で知り合った、数少ないクラスメイトかもしれないとも思っていたし、それほど親しくはなくてもなぜだか知っているような相手であるような気もしたからだ。一定の距離を開けて後をつけてくるくらいで特に害もなさそうだったので、祐一は放っておいたのだ。もし、仮にこの人物が闇の書の関係者で祐一達に害意を持って襲いかかってくるのであれば、今頃このあたりは結界に覆われているはずである。

「お前、俺達の事ずっとつけていただろ」

「え? そうだったの?」

 なんとも能天気な名雪の声に、あたりに立ち込めていた緊張感が台無しになる。

「……やっと見つけた」

 意外にも、毛布の中の声は女の子だった。

「あなただけは、許さないからっ!」

 まとっていた毛布を投げ捨てると、中から年若い少女が姿を現す。それは明るいキツネ色のロングヘアのサイドを赤いリボンで止めた、比較的小柄な少女だった。

 当然の事ながら、祐一には全く見覚えのない少女である。

「祐一の知ってる人?」

「いや、全く見覚えがない。おまけに恨まれるような覚えもないぞ」

「そっちになくても! こっちにはあるのよっ!」

 いずれにしても、穏便にすむような話ではない。なにより少女の目は真剣で、冗談でそんな事を言っているのではないとわかる。

「覚悟っ!」

 少女は固めた拳を後ろに引き、間合いを一気に詰める。唸りを上げた拳が鋭く祐一に叩きつけられるが、その音は異常なまでに軽かった。

「このーっ!」

 少女の拳や足が次々に祐一に叩きつけられるものの、それらは避ける必要もないくらいに軽い。やがて少女はぜーはーぜーはーと大きく肩で息をしはじめた。

「あぅーっ……」

 物騒な言動とは裏腹に、少女は全く喧嘩慣れをしていないようだった。しまいには子供のように地団駄を踏みはじめてしまう。

「お前もしかすると、頭押さえられたら手が届かないんじゃないか?」

 ためしに押さえてみると少女の拳は全く祐一に届く様子がなく、ぶんぶんと勢いよく振り回す両手だけがむなしく空を切っていた。

「許さないんじゃなかったのか?」

「お腹がすいているから、それで調子が出ないのよぅ……」

「それは残念だ。今が絶好のチャンスだというのに」

「あぅーっ」

 余裕を見せて両手を開いている祐一に向かい、少女はよろよろと近づいていくが、ぽてっと祐一の胸におでこをつけると、そのままずるずると顔面を滑らせて倒れてしまった。

「おいっ!」

 抱え上げてみると、少女はよほど疲れていたのか、それとも本当にお腹が空いていたのかわからないが、気を失ったように眠りこけてしまった。

 ふと気がつくと、祐一達にあたりの視線が集中していた。その目は一様に非難に満ち、祐一を責めているように感じる。

 名雪と一緒に喫茶店でイチゴサンデーを食べた。これは見ようによっては、名雪とデートをしているようにもみえる。そこに別の女の子が現れて因縁をつけるとなると、どう考えてもこの状況で祐一が被害者であるとは思ってくれそうもない。

 なぜなら、これは誰がどう見ても、完全に二股の現場である。修羅場だ。ナイスボートだ。様々な単語が祐一の頭を駆け抜ける。

 ここでこの子を置いて逃げるなんて事は出来ないし、下手をすると警察沙汰にもなりかねない。

「どうする、名雪……」

「とりあえず、おうちに連れて帰ろうよ。事情を訊くのはそれからでもいいと思うな」

「……そうするか」

 仮に彼女が闇の書の関係者であるなら、むざむざ放置しておくわけにもいかない。とりあえず、善良な人物である事を笑顔でアピールして、少女を背負って祐一達はそそくさとその場を退散するのだった。

 

「ただいまーっ」

「お母さんただいま」

「おかえりなさい、二人とも……あら?」

 すっかり暗くなってから帰ってきた子供達を出迎えた秋子は、祐一の背負っている少女に目を止めた。

「随分大きなおでん種ですね」

「……食べるんですか?」

「冗談ですよ」

 秋子はいつも様子で微笑んでいるが、どこまでが本気なのかよくわからない。

「とりあえず、こいつを寝かせてやってください。理由は後で話しますから」

「祐一、こっち」

 名雪に案内されて、祐一は2階の客間に入る。そして、手際よく名雪が用意した布団の上に、少女を寝かせるのだった。

「ふぅーっ、疲れたぞ」

「御苦労さま」

「そういえばこいつ、お腹を空かせてたみたいなんだが、大丈夫かな?」

「今は眠っているみたいだから、そっとしておいた方がいいと思うよ」

「起きるまで様子見、といったところか」

 詳しい事情を訊こうにも、本人が寝ているのではどうしようもない。とりあえずゆっくり寝かせてやろうと、祐一と名雪はそっと部屋を後にした。

 

「かくかくしかじか、というわけです」

「了承」

 湯気を立てる料理が並ぶ食卓を囲み、祐一は自分のわかる範囲で理由を説明する。しかし、祐一としては彼女と面識がないばかりか、どうして怨まれているのかの見当もつかない。

 そして、一家の団欒の一時となる夕食の時間がはじまるが、その最中に秋子は昔祐一と名雪が怪我をした子ギツネを拾ってきた時の事を思い出し、思わず顔をほころばせてしまうのだった。

「まだ寝てるのか……」

 時間も遅くなってきたし、そろそろ起きてくれないと家にも帰せない。しかし、少女は全く起きる様子がなかった。

「この様子じゃ、朝まで起きないかもしれないな……」

「困ったね……」

 夕食後に少女の様子を見にきた祐一と名雪は、気絶しているように眠っている少女の姿にため息をついた。

「仕方がないな。今夜くらいは泊めてやるか?」

「うん、そうだね」

 名雪は最初からそう考えていたらしく、迷わずに祐一の案に賛同した。

「それじゃ、家族の人に連絡してあげたいから、なにか連絡先のわかるものを持ってないか探してみるよ」

「ああ、頼む」

「それと、着替えさせてあげないとね」

 男の祐一が少女の持ちものを探るより、同性である名雪の方がいいだろう。そう考えた祐一は全てを名雪に任せて、一足先に退散する事にした。

 その後2階から下りてきた名雪の話によると、持ち物から少女の身元を特定できそうなものは、なにも見つからなかったそうだ。結局、少女が目を覚ますまで待つしかなかった。

 

 事態が進展を見せたのは、その直後の事だった。索敵中の武装局員より、闇の書に関係すると思われる魔導師を発見したとの情報が入ったのだ。

 直ちに祐一は現場へと向かい、それと同時に武装局員には直接的な交戦は避け、外部からの結界の強化と維持に全力を注ぐよう通達が出された。

「……まずい状況ですね」

 蒐集の帰りに油断をしていたせいか、巨大な鉄鎚の形状をしたアームドデバイス『玄翁和尚』を構えた少女、天野美汐はすっかり周囲を武装局員に囲まれてしまっていた。このまま武装局員と交戦して蒐集の足しにしてもいいが、下手に足止めされると強敵が出てきてしまうので、さらに困った状況にもなりかねなかった。

 ただでさえ、武装局員によって展開された結界内に閉じ込められているので迷っている暇はない。そこで美汐が突破口を開こうと玄翁和尚を振り上げたその時、取り囲んでいた武装局員が一斉に距離を取った。

『高魔力反応確認』

「上?」

 美汐が見上げた先には、2挺のレイフォースを構えた祐一の姿がある。学校の制服をモチーフにしたと思われるバリアジャケットに黒いマントという姿は、なんとなくタキシードを着た仮面の人を彷彿とさせるものだった。

「レイ、ガトリングショット!」

『レディ』

 祐一がレイフォースのトリガーを引き絞ると、すさまじい量の魔力弾が美汐に降り注ぐ。その数は毎分3000発に達し、たちまちのうちに美汐の身体は爆煙に包まれた。

「レイ、バスターショット!」

『レディ』

 祐一は左手のレイフォースを突き出し、その尾栓部分に右手のレイフォースの銃口を接続する。そこでカートリッジを一つ消費した祐一は、美汐がいると思しき爆煙の中心に向かって最大級の魔力弾を撃ちこんだ。

 すさまじい爆発が周囲を揺るがし、閃光があたりを明るく照らし出す。

「どうだ?」

 大きく肩で息をしながら、祐一は状況を見守る。やがて、爆煙がはれた後には全くの無傷な美汐の姿があった。

「あらゆる魔力を打ち砕く、破魔の鉄鎚玄翁和尚に、そんな石ころみたいな魔力弾が通用するものですか」

「なん……だと……?」

 祐一の手元で、レイフォースがけたたましい警報音を鳴らす。

『現状維持は危険、指示の変更を要請する』

 不敵な笑顔を浮かべる少女と、唖然としたような表情の祐一。二人が対峙するなかで、なおもレイフォースだけが激しく警報音を鳴らす。

『インフォメーション、アラームメッセージ。現状維持は危険、指示の変更を要請する』

「……うるさい、少しは黙ってろ」

『レディ』

 うるさいレイフォースを黙らせ、祐一は改めて少女を見る。確かに今の攻撃を防ぎきる実力の持ち主であれば、一般の武装局員が手も足も出ないというのもわかる。しかし、それは同時に祐一の方にも打つ手がなくなってしまった事を意味した。

 実力にある程度の差があれば手加減も出来るのだが、お互いに伯仲してしまっているのではそれが出来るかどうかも怪しい。実際、祐一にはあの障壁を撃ち破れる砲撃魔法もあるのだが、それをやるにはどうしてもワンアクション必要になってしまう。今の状況では発動しようとすると同時に、彼女が攻撃を仕掛けてくるだろう。結局、今のままにらみ合っているのがベストだった。

 状況が八方塞になったその時、祐一のもとに念話が届く。

(祐一さん、聞こえますか)

(秋子さん?)

(武装局員の配置は完了しました。それと、頼もしい助っ人を現場に転送しましたよ)

(助っ人?)

 祐一が眼下を見ると、ビルの屋上に二人の少女が立っている。

「名雪に香里じゃないか」

 

「いっくよ〜、ブルーディスティニー」

「いくわよ、シュトゥルムテュラン」

「「セ〜ットア〜ップ!」」

 二人の少女の声に反応し、待機状態のブルーディスティニーとシュトゥルムテュランがひときわ大きな輝きを放つ。

「あれ……これって?」

「今までと違う……?」

 セットアップ状態に入った二人は、変身のシークエンスが今までと異なる事に気がついた。

(二人ともよく聞いて、ブルーディスティニーとシュトゥルムテュランは新しいシステムを積んでいます)

 即座に秋子からの念話が二人に届く。

(だから、呼んであげなさい。その子達の新しい名前を、自分の想いで)

「うん、アヴァランチ・ブルーディスティニー」

『よっしゃあ、いくで名雪』

「シュトゥルムテュラン・エヴォリューション!」

『御意』

 まばゆい光に包まれた名雪の身体から服が脱げ、ブラが外れてパンツが消える。青い宝玉の状態から槍の形状に変化したアヴァランチ・ブルーディスティニーを手にすると同時に、名雪の身体は学校の制服をモチーフとしたバリアジャケットに包まれる。

 同じく、まばゆい光に包まれた香里の身体から服が脱げ、ブラが外れてパンツが消える。赤い宝玉の状態だったシュトゥルムテュラン・エヴォリューションがガントレットに変化し、左右両腕に装着されると同時に香里の身体は学校の制服をモチーフとしたバリアジャケットに包まれた。

 二人のバリアジャケットは以前と比較してもあまり変化していないが、ブルーディスティニーとシュトゥルムテュランは一部が大きく変化していた。ブルーディスティニーは穂先のすぐ下部分にオートマチック拳銃のようなスライド式の薬室が装備されており、そこに直線状の弾倉が装着されていた。

 一方のシュトゥルムテュランは、手の甲部分の下あたりにリボルバー型の回転式弾倉が装備されている。

 

「あの二人のデバイス……まさか……」

 カートリッジシステムを搭載しているのはベルカ型のデバイスに共通する特徴だ。以前闘った時はミッド式のデバイスであったので、美汐は少なからず驚いていた。

「悪いけど、あたし達はあなたと闘う気はないわ」

「出来たら、闇の書の完成を目指してる理由を教えてほしいんだけど」

 香里と名雪は美汐に話し合いでの解決を求めたが、それに対して美汐はただ冷たい微笑みを浮かべるのみだった。

「話し合いですか? 和平の使者が槍を持つとでも?」

 その問いかけに対し、名雪は律儀に右手に構えたアヴァランチ・ブルーディスティニーを見る。

「こういうのを砲艦外交っていうんだっけ? 香里」

「……少し黙ってなさい」

 和平の話し合いをするために、軍艦に乗ってやってくる使者。間違いではないが、かなり間違った解釈だった。とはいえ、いきなり有無を言わせずに襲いかかってきた人物に言われる筋合いのないセリフでもある。

 その時、結界を突き破ってひとりの少女が隣のビルの屋上に降り立つ。バリアジャケットの形状は名雪達と同じ学校の制服に酷似しており、右手に構えた長剣と長い黒髪が印象的な少女だ。

「……手を出さないで、名雪。あいつはあたしの獲物よ」

 香里は新たに現れた少女、川澄舞と対峙する。

「じゃあ、わたしはあの子とだね」

(わかった。じゃあ、俺はこのあたりを探索して闇の書の主か、闇の書を持っているやつを捜索する)

 少なくとも、今ここに現れた相手は闇の書を持っている様子がない。結界内のどこかに隠れているか、結界の外で状況を見ているかのどちらかだ。祐一はおそらく、後者だとにらんだ。

『話は決まったようやな。名雪、カートリッジロードと叫ぶんや』

「あ、うん。アヴァランチ・ブルーディスティニー。カートリッジロード」

『よっしゃあっ!』

 槍の穂先のすぐ下部分につけられた遊底がスライドし、薬室に初弾をリリースする。

「あたし達も行くわよ、シュトゥルムテュラン・エヴォリューション。ロードカートリッジ」

『御意』

 手の甲部分のすぐ下につけられたリボルバー式の弾倉が回転し、初弾をリリースする。

 戦闘態勢の整った魔法少女達は大空高く舞い上がり、夜空を背景に自らの魔力光で複雑なラインを描きはじめた。

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