第九話 真夜中の攻防戦

 

 多数の武装局員を配置して、強化した広域結界。その内部で魔法少女達の攻防戦が繰り広げられていた。

 名雪は美汐と、香里は舞と因縁の対決がはじまり、祐一はこの付近にいるであろう闇の書を持つ者か、その主を探すために結界の外へ向かう。

「……なにが話し合いですか。闘う気でいっぱいじゃありませんか」

「とりあえず、わたしが勝ったら色々お話聞かせてね」

 実力の差はこの間の戦闘でわかっているはずなのに、のほほんとした笑顔を浮かべながら美汐のあとを追って飛んでくる名雪の姿が、ある意味脅威であった。

「生憎と、そうはならないでしょうけどねっ!」

 振り向きざまに美汐が打ち出した4つの鉄球を、名雪はゆらりゆらりと舞い落ちる雪のような動きで回避する。それを見た美汐は玄翁和尚を大きく振りかぶり、一気に名雪に迫る。

 それを見た名雪の展開したシールドと、美汐の振り下ろした玄翁和尚が激しくぶつかり合った。

「そんなシールドくらいでっ!」

 美汐の持つ玄翁和尚は破魔の鉄鎚という異名を持つ通り、あらゆる魔力を打ち砕く能力を持つ。しかし、名雪の展開したシールドはその一撃に耐えていた。

「攻撃が通らない?」

「やっぱり、複合展開するシールドには弱いみたいだね」

 ラウンドシールドの様な単純魔力障壁であるなら、この一撃でたやすく打ち砕かれていただろう。そこで名雪は前回の反省をもとに、簡単に打ち砕かれてしまわないように魔力構成を変更しておいたのだ。

『リフレクション!』

 名雪のシールドパワーが炸裂し、2人の体はお互いに大きく弾き飛ばされた。

「いくよっ! ハイドラドラグーン」

 大きく距離があいたので、素早く射撃体勢に入る名雪。名雪の周囲に9体のハイドラが現れ、それぞれが複雑な軌道を描いて美汐に迫る。

「そんな誘導弾くらいで……!」

 しかし、次の瞬間。美汐は驚きに目を見張る。それは名雪が誘導弾であるはずのハイドラと同時に突っ込んできたからだった。

 美汐が知る限りの誘導弾の常識からすると、これはありえない事だった。確かにマルチタスクを駆使して多くの誘導弾を制御する事は可能だが、その制御のために術者はその場を動けなくなってしまう。誘導弾を用いて相手への攻撃と自身への防御を同時に行うには、いかに優れた術者であっても限界があるからだ。

 また、基本的に誘導弾は術者の制御を必要とするため、術者が移動しながら誘導するには、かなりの制限が加わってしまう。その意味では、名雪の発射した9体のハイドラは明らかに数が多すぎるのだ。

「そんな数の誘導弾を、移動しながら制御できるはずが……」

『ウチのマスターをなめるんやないで〜』

 美汐が迎撃に放った鉄球を名雪はひらりとかわし、鉄球が当たったハイドラは2体に分裂する。

「な……」

「言い忘れていたけど、わたしのハイドラは攻撃を受けると分裂するからね」

 迂闊に迎撃をすると、迫りくるハイドラの数がどんどん増えていくという事だ。実のところ名雪のハイドラは誘導弾と言うよりもゴーレムの製法に近く、それぞれが単純な命令を実行できるだけの知能を有している。ある程度はハイドラが自動的に攻撃をしてくれるので、名雪は誘導にほとんど思考を割く事が無く、同時攻撃を可能としているのだ。

「いい? わたし達が勝ったら、事情を話してもらうよ」

 迎撃の結果、10体以上に増えたハイドラと名雪の同時攻撃が美汐に迫る。

『全領域防御、障壁展開』

 美汐の周囲に、宝石のような装甲障壁が展開する。それは美汐の魔力光に合わせ、紫色に輝くアメジストのようだ。

「いっくよ〜。ハイドラストライク!」

 ハイドラと名雪の同時攻撃が装甲障壁に炸裂する。その威力は装甲障壁に亀裂を入れるほどすさまじく、中にいる美汐はギリリと奥歯を噛みしめるのだった。

 

 一方の闘いは、高速機動戦に突入していた。

 香里と舞はどちらも一撃離脱を身上とする典型的な前衛攻撃型だ。それだけにあるときは離れ、ある時は接近して打ちあうという闘いを繰り広げていた。

「エクスブレイカー!」

「バルムンク」

 白銀の刃同士が激しくぶつかり合い、こすれ合った刀身から火花が散る。少し前であれば完全に打ち負けていたが、互角以上に闘えるデバイスの仕上がり具合に香里は不敵な笑みを浮かべた。

「インパルスマグナム!」

 一旦離れて間合いを取った後、香里は右拳より魔力弾を解き放つ。単純魔力砲と見た舞はすぐさま回避するが、なぜか魔力弾は舞を追尾して迫りくる。

「くっ……」

 舞はすぐにバルムンクで魔力弾を切り裂いて迎撃するが、間髪いれずに香里は左右のエクスブレイカーを展開して舞に斬りかかる。

「はあぁっ!」

「……ステルスウィップ」

 ムチ状に変化したバルムンクの刀身と香里の攻撃が激しくぶつかり合い、激しい震動と爆煙をあたりにまき散らす。

 爆煙がはれた後、大きく距離を取って対峙した2人。香里の左上腕部には鞭で打たれたような傷があり、舞の豊かなバスト付近のリボンは切り裂かれていた。

「……強い」

「……あなたもね」

 そこにはお互いを好敵手と見る2人の姿があった。お互いに譲れないもののために闘っており、そのために激しくぶつかり合ってしまう。このような出会いでなければ、背中を預け合うような関係にもなれたかもしれない。

 あるいは、お互いに高めあっていくようなライバルか。

「……手加減、出来そうにない」

「そんな心配は無用よ。だって、勝つのはあたしだもの」

 お互いに不敵な微笑みを浮かべ、両者は再び激しくぶつかり合った。

 

「はえ〜、状況はあまり良くありませんね……」

 管理局の武装局員が維持する広域結界を見て、佐祐理は小さく呟いた。なんとかしてあげたいが、この結界を打ち破るには舞か美汐の持つ最大級の魔法攻撃が必要となるだろう。補助や支援魔法が主体の佐祐理ではどうする事も出来ないのだ。

 だが、舞と美汐もそれぞれの相手で手一杯であり、とてもじゃないが結界を打ち破るような攻撃をする余裕がない。こうなると、闇の書の魔力を解放するしかないが、それをしてしまうとせっかく集めたページが白紙に戻ってしまう。

 どうしたらいいのか、佐祐理が悩んだ時だった。

「……見つけたぞ」

 佐祐理の背後にまわりこんだ祐一が、長い亜麻色の髪に結ばれたリボンに向かってレイフォースの銃口を合わせる。

「時空管理局嘱託魔導師、相沢祐一だ。捜索指定ロストロギアの所持、及び不正使用によって君を逮捕する。抵抗しなければ弁護の機会が君には用意される。同意するなら武装を解除して、こちらの指示に従ってもらう」

 突然の出来事に佐祐理が放心状態となり、容疑者の確保で祐一が油断した一瞬の隙を突き、音もなく忍び寄った謎の人影が祐一に痛烈な飛び蹴りをくわえる。

「なにっ……?」

 大きく弾き飛ばされた祐一は、隣のビルのフェンスに激突した。

「あなたは……?」

「シュヴァルツ・ブリューダー。まあ、オレの名前なんてどうでもいい」

 直訳すると、黒いお兄さんとなる。ドイツ国旗の3色をモチーフにしたと思われる目出し帽のマスクと、額につけたV字のアンテナ。それにトレンチコートという格好は、出来ればあまりお近づきになりたくないタイプだ。その証拠に佐祐理は、危機を救ってもらったにもかかわらず、彼の恰好にかなり引いていた。

「それよりも、使え」

「はえ? だけどこれを使ってしまうのは……」

「使っちまったページは後で補充すればいい。ここで全滅するよりかはましだ」

 せっかくここまで苦労して集めたページを、佐祐理の独断で使ってしまうわけにはいかない。しかし、なによりも大切な仲間達を助けるために使わなくてはいけない。このとき佐祐理は心を決めた。

 

(いいですか、みななん。今から佐祐理が結界破壊の砲撃魔法を撃ちます、うまくかわして脱出してください)

(わかりました)

 舞からの返事はないが、ちゃんとわかってくれているだろう。そう判断して佐祐理は呪文の詠唱に入る。

「誰だ、お前は?」

「オレの事なんてどうだっていいだろ? とにかく、今は蒐集をやめさせるわけにいかないんだ」

「いや、それはわかるが……」

 闇の書の関係者を一網打尽に出来るこのチャンスを逃すわけにいかないと祐一は思うが、シュヴァルツ・ブリューダーを名乗る謎の男が立ち塞がっているのではどうする事も出来ない。

 確かに前回の闇の書事件でも、ページがすべて埋まるまでは迂闊に手出しができない状況であったが、だからと言ってロストロギアの不正使用を見逃しておくほど管理局も甘い組織ではない。

「闇の書よ、守護騎士佐祐理が命じます。眼下の敵を打ち砕く力をっ!」

 そうこうしている間に、佐祐理が魔法の発動準備を整えてしまう。

「撃って! 破壊の雷っ!」

『蒐集魔法、行使』

 闇の書より解き放たれた破壊の雷が、広域結界を大きく揺るがす。

「なに?」

「うにゅ?」

 突如として現れた巨大な破壊の魔力に、名雪と香里はなにが起きたのかと空を見上げる。すると、すさまじいエネルギーを持った雷が結界を突き破って炸裂した。

「どうやらこれまでの様ですね、勝負は預けます」

「……じゃ」

 爆発の混乱に乗じて、美汐と舞は早々に現場を離脱する。後を追いかけようにも、すさまじい魔法の只中にあっては、名雪も香里も自分の身を守るだけで精一杯だった。

 

「……逃げられた、か……」

 あの後現場にいた武装局員達に通達を出したが、闇の書の魔力が解放された事で周辺に一時的なジャミングが発生した結果、今回も残念ながら闇の書の関係者を取り逃してしまいました、との事だった。

 それについて祐一が『えらく簡単に言うじゃないか』と突っ込みを入れると、武装局員は『時空管理局嘱託魔導師相沢祐一の要請を受け、我が勇敢なる時空管理局武装局員は追跡任務にはいるべく直ちに行動を開始しましたが、敵魔導師は広域結界破壊魔法の混乱に乗じた個人転送魔法を行使し、その際にジャミング等の追跡妨害を受けた結果、武装局員一同の必死の奮闘にもかかわらず、残念ながらすんでのところで取り逃がしてしまったのであります』と報告をしなおしてきた。

 難しく言っても簡単に言っても、逃げられたという事実に変わりはないわけであるが。

 一応、香里はカートリッジシステムを搭載したシュトゥルムテュランの簡単な説明をして家に帰し、名雪は疲労のせいか家に帰りついた途端に寝てしまった。

 武装局員1個中隊は引き続き付近の捜索を担当しており、その結果として現在までにいろいろとわかった点が浮かび上がっていた。彼女達闇の書の関係者の転送ポイントを絞り込む事で、祐一が拠点としている水瀬家から半径200キロメートルの圏内に闇の書の主が潜伏している可能性が高い事がつきとめられたのである。

 これまでどこにいるかわからなかった相手のいそうな範囲が絞り込めたのだから、これは大きく事態が進展したといっていいだろう。

 しかし、それ以上に気になるのが今回の事件のあらましだった。

 この事件が闇の書事件と同一のものであるならば、守護騎士システムの再現によってシグナム達ヴォルケンリッターが蒐集を行うはずだ。実際、闇の書事件が終了した後に海鳴市で起きた闇の書の欠片の残滓事件では、なのは達やシグナム達のコピーが現れて闘いを挑んできたという記録がある。おまけにそればかりではなく、なのは、フェイト、はやての3人によく似たマテリアルと呼ばれる少女達まで現れたそうだ。

 ところが、今回の事件では闇の書本来の守護騎士プログラムが作動している様子はなく、なぜかまったく別の人物が守護騎士として蒐集を行っている。祐一が把握している限りでも、天野美汐、川澄舞、名前を知らない亜麻色の髪の少女、シュヴァルツ・ブリューダーを名乗る男の4人の人物が事件に関係していた。女性が3人に男性が1人という構成に加えて、分担している役割も鉄鎚、長剣、支援、格闘という具合にヴォルケンリッターを模倣したものとなっている。

 また、彼女達はヴォルケンリッターの様な魔道生命体ではないというところが最大の相違点となっており、現段階においてこれがなにを意味するのかまでは皆目見当がつかなかった。

「それにしても……」

 祐一が鼻の下を伸ばして思い出すのは美汐や舞の事ではなく、名雪と香里の変身シーンだった。特に名雪は理想的でグラマラスなボディラインの持ち主であったし、それと負けず劣らずのナイスバディの持ち主である香里の変身シーンを見る事が出来たのもラッキーだ。とりあえず、このシーンは心のUSBメモリに保存しておこう、と思ったところで祐一はぶるっと身震いをしてしまう。

 時刻は午前1時を少し回ったあたりだが、寝るのが早い水瀬家はすでに静寂に包まれていた。

(とりあえず、トイレに行っておくか……)

 不意に感じた尿意に、祐一は立ち上がるとそっと部屋から出た。冷たい廊下を歩いているうちに、祐一は夕方に出会った少女が寝ている部屋の前を通りかかったが、女の子が寝ているところを覗くわけにもいかないのでそのまま素通りする。

 まだ慣れない真っ暗な中を歩き、無事にトイレで用を足したところで祐一は、キッチンの方からなにやら物音がする事に気がついた。そこで祐一は真相を確かめるべく、リビングの方から回り込んでキッチンへと向かった。

「あぅーっ……お腹すいたよぉ……」

 明かりがないのでよくわからないが、誰かが冷蔵庫を漁っているようだ。しかし、この家は秋子の方針なのか、冷蔵庫の中にはそのままで食べられるようなものはなにも入っていない。実のところ、この家には冷凍食品やインスタント食品が置いてあるのかどうかすらも疑問なくらいだ。

 誰がいるのかわからないが、とりあえず祐一は驚かせてみる事にした。音もなく背後に忍び寄り、すでに放り出されていたこんにゃくを拾い上げると、袋から取り出して相手の首筋付近に落とす。

「きゃああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」

 ひんやりぐにょりとした感触に、すさまじい悲鳴を上げた謎の人影はゴロゴロと転がり、テーブルの足やキッチンの扉にぶつかって派手な音を立てる。途端にどたばたと2階から足音が聞こえ、次々に部屋の明かりが灯った。これで起きなかったら、隣近所で空襲があったとしても寝ている事だろう。

「こんな夜更けに、近所迷惑よ?」

「おはようございます……」

 薄手のカーディガンを羽織った呆れ顔の秋子と、愛用の猫柄の半纏を羽織った寝ぼけ顔の名雪がキッチンに現れた。振り返ると、戸棚に体当たりをして頭で皿を割って尻もちをついているのは、2階に寝かせていたはずの少女だった。寝る前に名雪が着替えさせたのか、少女は緑色のカエルがプリントされたパジャマを着ている。

「……死ぬほどびっくりしたよぉっ……。お腹空いていただけなのにぃっ……」

 今にも泣くか怒るかしそうな真っ赤な顔で、少女は口を開く。

「あらあら……」

 まるで子供でもあやすかのように、秋子は動けないでいる少女の介抱をはじめた。

「お腹空いてたの?」

 少女はしばらく悩んだ後、大きく頷いた。

「じゃあ、なにか作ってあげるから座って待ってて」

 秋子はこの夜更けにもかかわらず、エプロンを巻いてキッチンに立つ。

「眠い……」

「寝てろ」

 口ではそんな事を言っているにもかかわらず、名雪も眠そうにしながら少女の隣に座って夜食が出来るのを待っていた。

「はぁ……」

 こうなってしまうと、この騒動を引き起こした張本人が寝るわけにもいかない。祐一はため息をつくと、名雪達と一緒に食卓を囲んだ。

 こんな真夜中に一家が揃い、おまけに客人まで一緒になって夜食を食べる家なんて祐一は知らない。やがて、いい具合に焼いたシャケのほぐし身を乗せたお茶漬けが食卓に並ぶのだった。

「今からでも遅くない。連絡先を言えよ」

 管理局で訓練を受けていた期間が長かったせいか、少女に対してどうしても祐一は詰問口調となってしまう。当然の事ながら、少女は警戒しているのか貝のように口を閉ざしたまま、秋子特製のお茶漬けをかき混ぜているだけだ。

 しかし、その事に関して秋子や名雪といった水瀬家の女性陣は追求する様子がなく、ただみんなで呑気にお茶漬けを食べているだけだった。そんな雰囲気の中では祐一もこれ以上の追及をする事は出来ず、食べ終えた後は温まった体が冷えないように、早々に自室に退散する事にした。

 どたばたと大騒ぎをして夜食まで食べたせいか、部屋に戻って時計を見ると信じたくないような時間だった。明日が日曜日で、学校がお休みである事が唯一の救いであると思いながらベッドにもぐりこんだ祐一は、疲れていたのかそのまま意識を失うように眠りに落ちるのだった。

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