第十二話 熱砂の激闘

 

 一夜明けた月曜日、この日は全国的に成人の日でお休みだった。

「そうだったかしら?」

「あれから12年もたってるからな……」

 ゲーム発売当時は1月15日が成人の日だったが、その後のハッピーマンデー法の施行によって連休となっている。意外な時代の流れには、祐一もこの場に居合わせた香里も早いものだと思ってしまう。

「それでだな、香里。お前のシュトゥルムテュランも、カートリッジシステムで強化されてるってのはこの間も話したよな? 詳しく説明しておくと、大きく3つのモードが用意されている。まずは近接戦闘用のブレイカー、高機動汎用のマグネッサー、フルドライヴのエヴォリューションだ」

「ふう〜ん」

 祐一の説明を聞き、香里は待機状態で赤い宝玉になっているシュトゥルムテュランを見る。以前の説明では、繊細に作られたインテリジェントデバイスは、カートリッジシステムの搭載によって破損する危険性もあると聞かされた。そんな危険を冒してまでも強化を望んだデバイスに、香里はなぜか畏敬の念を抱いた。

 そんな香里の横顔をしげしげと眺めつつ、祐一はふと思った事があった。

 それは、名雪と香里のデバイスについてである。

 魔法が一般的となっているミッドチルダをはじめとした管理世界では、インテリジェントタイプやストレージタイプなど様々なデバイスが開発されており、その改造やメンテナンスも一般的となっているので、デバイスの開発や整備を担当するデバイスマイスターや、改造や整備のための豊富なパーツ類がそろっている。そうした環境にないふたりのデバイスは、本来なら満足なメンテナンスも受けられないはずであった。

 これはふたりのデバイスの改造を担当したマリーからの報告でわかった事だが、ブルーディスティニーもシュトゥルムテュランも、きちんとしたメンテナンスを受けている上に、ちょっとしたバージョンアップまで施されていたらしい。

 無理やりカートリッジシステムを取り付けるといった無茶な改造ではないものの、デバイスにとってはある意味理想的な環境に置かれていたというのがマリーの見解だ。

 ろくな交換部品もないはずの管理外世界で、一体どうやってデバイスのメンテナンスをしていたのかマリーは不思議がっていたが、秋子なら素でそれくらいできそうな気がする祐一であった。

 おまけに名雪と香里の持つ高い戦闘能力にも驚かされる。そのおかげで闇の書の関係者に対応できているわけだが、一体どうやって訓練をしていたのかが気になるところだ。特に香里の動きは、ミッドチルダでも有名な格闘技であるストライクアーツの動きに近い。祐一的には、香里がどこでその技術を習得したのかが疑問だった。

 もっとも、それに関しても特に理由を聞くまでもなく、秋子さんだから、の一言で納得してしまいそうな祐一ではあったが。

「それにしても、香里のバトルスタイルは変わっているな」

「そうかしら?」

「結構多彩な砲撃魔法とか使える割には、ガンガン接近戦を挑んでいくし」

「ああ、その事? いくら砲撃魔法を撃ったところで、当たるとは限らないわ。だったら、直接ぶん殴ってやった方が確実でしょ?」

 えらい物騒な話だった。

「そういえば、さ……」

 香里は意外と片付いているような祐一の部屋を一通り見まわして口を開く。

「名雪は部活だからいないのはわかるけど、秋子さんは?」

「秋子さんなら買い物に出かけたぞ」

 なんでも、真琴の衣類を買いに行くらしく、祐一用のお昼ご飯を作った後にふたりで出かけていった。普段着るような服は名雪のお古でも構わないが、下着類はそういうわけにもいかないので、当座必要な分を買いそろえる必要があるのだそうだ。

 明日にも出て行ってしまうかもしれない相手にそこまでする必要もないと祐一は思うのだが、秋子はいつ出て行ってしまうかもわからない祐一のために新しい家具を買いそろえてくれたのである。そうなると、秋子にとってこういう事は普通なのだろうと思われた。

「それじゃあ……しばらくふたりきりって事……?」

「そういう事になるな」

 なんの気なしに返事をした祐一であったが、よくよく考えてみるとこれは大変な事ではないだろうか。

 誰もいない家。ひとつの部屋に一組の男女。そう考えると、なぜか祐一は緊張してきた。ふと見ると、香里の方も居心地が悪そうにもじもじとしている。

 実のところ香里は見た目が結構派手なのだが、中身は恐ろしく初心な少女であり、異性と付き合った事はおろか、こうして男の子の部屋に入った事すらないという徹底ぶりだった。

 名雪が部活で不在なのは知っていたが、この家には秋子もいるのだから大丈夫だろうと祐一の誘いを受けたのだが、まさかの不在とは思ってもみなかったというのが実情だ。祐一の方もミッドチルダで訓練ばかりしていたせいか、まともに女の子と付き合った事もない。名雪とは違う香里の持つ雰囲気が、祐一の混乱に拍車をかけているようだった

 ふたりの間に妙な緊張が高まり、こういうときは一体どうしたらいいのか、祐一が悩みはじめたまさにその時。

 突如として部屋に緊急警報が鳴り響いた。

 すぐに向かいの部屋に飛び込んだ祐一と香里は、システムを起動して状況を確認する。この部屋は闇の書対策の駐屯地として機能させるために運び込んだ通信装置や転送装置などの器材で埋め尽くされており、部屋のあちこちには情報を提示するウィンドゥが開いている。その中のひとつに、闇の書の関係者である舞が無人世界にいるところが映し出されていた。

「どこなの? ここ」

「無人世界のひとつだな。人類が生存に適する大気を有しているが、砂漠が広がっていて文明そのものが存在せず、危険な生物が生息しているので立ち入り禁止区域に指定されている」

 この世界はシグナムが原住生物より、リンカーコアの魔力を得るための狩場としていたところだ。この世界は本局からも離れているため、彼女を捕獲するために結界を張れる局員を派遣するにしても、最速で45分はかかってしまう。

「あたしが出るわ、相沢くん」

「頼めるか? 香里」

 出来るなら香里をひとりで行かせたくはないが、祐一はここに残って機器の操作をしなくてはいけない。なるべく早く増援が出るよう本局に要請しつつ、祐一は香里を舞のいる次元世界へと転送させた。

 

 その頃舞は、この世界に住む現住生物である、巨大な蛇の様な怪物と対峙していた。普段は砂中にその巨体を沈め、近づくものがあれば即座に襲いかかって捕食する。体表は厚く堅い装甲の様な外皮に覆われ、生半可な攻撃が通用しない。おそらくはこの世界で最強の名をほしいままにする生物なのだろう。

「……手強い」

 この生物は保有する魔力が高く、管理局員を襲う事が難しくなった舞達にとっては格好の獲物だった。しかし、それだけに攻撃力も防御力も半端ではなく、舞は予想外の苦戦を強いられていた。

 すでにバルムンクのカートリッジは使い切っており、舞が補充しようとしたその時だった。

「……しまった」

 舞の背後から勢いよく飛び出してきた尾の部分より、先端にかぎ爪のついた触手が伸びてきた。なんとか回避しようと舞は縦横に飛びまわるが、触手の動きは予想以上に早く、あっという間に舞は絡め取られてしまった。逃げ出そうにも恐ろしく強い力で締め付けられており、舞はまったく身動きを取る事が出来ない。

 そして、怪物が舞を捕食しようととどめの一撃を放とうとした時。

「フォトンアロー!」

 上空より飛来した光弾が怪物に突き刺さり、舞の戒めを解いた。

「インパルスマグナム!」

 続く一撃で怪物の頭部を粉砕し、その巨体が砂の上にゆっくりと崩れ落ちていく。あたりにすさまじい砂煙が立ち込める中、香里と舞は静かに対峙した。

『なにやってるんだ? 香里。俺達の任務はそいつの捕縛であって、助ける事じゃないぞ』

「あ……」

 祐一からの通信が届いて、香里は初めて自分のした事を知った。どうも名雪と長い事付き合ってきたせいか、自分でも気がつかないうちにお人よしになってしまっていたらしい。

「……お礼は、言わない」

 そんな中、舞は冷静に香里を見据える。その手元では、カートリッジの補充に余念がない。

「……それに、蒐集対象がいなくなった」

「それを邪魔するのが、あたしの役目なんだけど?」

 先日の一件で、香里の実力は把握している。パワーで劣っていると舞は思っていないが、スピードは格段に香里の方が早い。仮に空を飛んで逃げたとしても、確実に追いつかれるだろう。今から別の蒐集対象を探すよりも、こうして出会ってしまった以上、なんとかしてこの場を切り抜けるほうが先決だ。

「……逃げられないのなら、闘うまで」

「そうこなくっちゃ」

 香里のシュトゥルムテュランよりエクスブレイカーが展開されたのが合図となり、両者は同時に大地をける。刃と刃が激しくぶつかり、そのたびに派手に火花が飛び散り、すさまじい衝撃音が鳴り響く。

「はっ!」

 一瞬にして香里が舞の背後に回り込み、エクスブレイカーによる鋭い一撃を叩きつけるが、素早く反転した舞がバルムンクの刀身で受け止め、力任せに斬り払うと同時に香里を弾き飛ばす。強い日差しが降り注ぐ砂の海の中で、どこよりも熱い攻防戦が繰り広げられていた。

 

 お互いに相手の実力は熟知している者同士。それだけに舞は香里を近づけさせたら不利と判断した。

『ステルスウィップ』

 カートリッジがひとつ消費されて、バルムンクの刀身が細いムチ状に変化する。剣の状態の時よりも攻撃力が下がってしまう事は否めないが、先端の速度が音速を超えるムチの動きを肉眼でとらえる事は不可能であるし、音を聞いてから避ける事も困難だ。なにより、攻撃範囲を広くとる事が出来るステルスウィップは、香里の素早い動きを封じ込めるのに最適の手段なのだ。

 舞のステルスウィップの軌道は、香里には到底見切れるようなものではない。しかし、相手の手の動きや砂を削る範囲からある程度の位置は予測できるし、なによりムチの攻撃力は先端部分にしかない。要はその範囲内に入らなければいいのだ。

「インパルスマグナム!」

 香里の脳裏に描きだされたステルスウィップの予測軌道を縫うように、右のシュトゥルムテュランより魔力砲が解き放たれる。それと同じくして迫りくるステルスウィップが香里の周囲で螺旋を描き、きゅっと絞るように集束して派手に砂煙を立てる。

 香里の放ったインパルスマグナムの光弾を大きく飛びあがってかわした舞であるが、次の瞬間にその瞳が驚愕に見開かれた。

「はぁっ!」

 持ち前のスピードを活かしていつの間にかステルスウィップの檻から脱出していた香里が、舞の直上方向より勢いよくエクスブレイカーを振りおろしてきたのである。舞のバルムンクは刀身がムチ状となっているため、大きく飛びあがった今はだらりと垂れ下がったままだ。この状態ならエクスブレイカーを止められないと判断しての一撃だったが、今度は香里が驚愕に大きく目を見開くところだった。

「柄で?」

 舞のバルムンクは片手でも両手でも扱えるよう、柄の部分が長めに作られている。まさか柄を握る右手と添えられた左手との僅かな隙間でエクスブレイカーを止められるとは、流石の香里も思っていなかった。

 その一瞬の隙をついた舞の蹴りが香里を襲う。かろうじて直撃だけは避けた香里は、弾き飛ばされる際に右手だけは舞に向けていた。

「フォトンアロー!」

 苦し紛れの香里の一撃が、容赦なく舞を襲う。舞の体は派手な爆煙に包まれるが、当然の事ながらこんな攻撃が通用するはずがない。お互いに距離を取った後は大地に降り立ち、そのまま静かに魔力を高めあう。

「インパクトキャノン!」

「天狼飛閃っ!」

 香里の左右両拳より放たれた光弾と、天翔けるオオカミの牙の様な鋭いムチの一撃が両者の間で激しくぶつかり合う。

 そして、再び大空高く飛びあがり、お互いに一歩も引かないような激闘を繰り広げるのだった。

 

「派手に闘ってるな〜」

 モニターに表示される香里と舞による一進一退の攻防戦は、より激しさを増していくばかりだ。一応本局に増援は要請してみたが、どんなに急いでも後30分はかかると言われている。ふたりの勝負になんらかの形で決着がつくのが先か、増援が駆けつけるのが先か、祐一がやきもきしながらモニターを眺めていると、再び派手な警報音が鳴り響いた。

「こいつは……」

 モニター画面には、天野美汐と思しき少女が無人世界で飛行しているところが映し出されている。しかも彼女の手には、闇の書らしきものが抱えられていた。

「こっちが本命だったのか……。そうなると困った事になったぞ」

 祐一はデータを処理する関係上、この場に残って機器を操作しなくてはいけない。そうこうしているうちに、本命の少女はどこかへ姿を消してしまうだろう。のこのこ姿を現した今が絶好のチャンスだというのに、こうして手をこまねいて見ているしかないのは辛い。なにかいい方法がないか祐一が考えはじめたそのときだった。

「ただいま〜」

 部活を終えた名雪が、丁度帰ってきた。

 

「なんですって? 舞さんが?」

(はい。舞は今、砂漠で美坂さんと交戦しているんですよ)

 佐祐理からの念話に、美汐は短くそう答えた。

「長引くとまずいですね。救援に向かいます」

 そう返事をした美汐ではあったが、行く手に立ちふさがる人影に、思わず足を止めてしまう。

(はえ? 天野さん、どうしましたか?)

「どうもこうもありません。こちらの方にも現れました……水瀬さんです」

「さあ、美汐ちゃん。今日こそお話聞かせてもらうよ」

 相も変わらずののほほんとした笑顔で、フレンドリーに両手を広げる名雪。バリアジャケットに身を包んでいるが、デバイスは起動しておらず、待機状態の青い宝玉のままだった。

「お話の内容次第だけど、わたしがお手伝いしてあげてもいいよ?」

「管理局の人間の言う事を信じろとでも?」

「わたし、管理局の人じゃないよ。民間協力者だから」

 穏やかな笑顔で名雪はそう告げるが、だからといって美汐もその言葉を鵜呑みにするわけにもいかない。それに闇の書の蒐集は一人につき一回のみという制限がある。名雪からはすでに魔力を蒐集してしまっているので、闘って倒しても蒐集対象にならない。

 舞の援護に向かわなくてはいけない以上、美汐としてもなるべくカートリッジの無駄遣いは避けなくてはいけない。

「美汐ちゃん?」

「あなたを倒すのはまた今度です。玄翁和尚っ!」

 右手で生み出した圧縮魔力の球体を、あらゆる魔力を打ち砕く玄翁和尚で叩く事で激しい対消滅のエネルギーが発生し、すさまじい衝撃波があたりを揺るがした。

 この機を逃さずに美汐は脱出する。あまりの爆音に両耳をふさいでいた名雪が気づいた時には、美汐はすでに遥か彼方へ飛び去った後だった。

『こうなったらしゃあないな、名雪』

「そうだね、ブルーディスティニー」

 

「ここまで離れれば……」

 攻撃も届かない。そう思った美汐が転送魔法用の魔法陣を展開した時だった。異常なまでに高まっている魔力に、美汐は驚愕に目を見開いた。

『バスターモード、ドライブイグニッションや』

「ブルーディスティニー、バレルオープン。久々の長距離射撃だよ〜」

『よっしゃあっ! ロードカートリッジ!』

 ブルーディスティニーより二つのカートリッジが排夾され、長射程モードへ移行する。それと同時に名雪の足元には、空中射撃をする際に足場となるフローターサークルが形成される。通常は術者の足元に大きな魔法陣が描かれるのだが、名雪の場合は足の裏部分だけをピンポイントで支えるような小型のサークルがふたつ形成されており、ブルーディスティニーの石突き部分にも反動制御用のサークルが形成されていた。

「まさか……あの距離を……」

 これまでにも幾度か名雪と交戦してきた経験のある美汐は、名雪のバトルスタイルが中近距離の砲撃を主体とした近接攻撃型だと思っていた。実のところ名雪が、美汐に対して近接戦闘をしていたのは、それが単に相手の得意とするレンジだったからである。

 豊富な魔力に裏付けられた、あらゆるレンジで闘えるオールレンジアタッカー。それが名雪の真骨頂なのだ。その中でも得意とするのが、常識を外れた距離から行われるスナイピングである。しかし、これは絶対に相手の攻撃が届かない安全な距離から一方的に攻撃できるせいか、正々堂々とした戦いを好む名雪自身にとってはあまり使いたくない闘い方なのだった。

 お互いにほとんどゴマ粒程度の大きさにしか見えないような距離で、ふたりは相対する。

「いっくよ〜、フリーズバスター!」

『エクステンド』

 長射程モードのブルーディスティニーの周囲にサークル状のバレルが展開し、槍の穂先に集中した青白い魔力光の球体が名雪のトリガーワードによって一気に解き放たれる。

 基本的に魔力による砲撃は光速で突き進んでいくものなのだが、実際には大気の摩擦による影響を受けてそこまで速い速度が出るわけではない。また、大気との摩擦と魔力自体の拡散により、距離に応じて威力そのものが減衰してしまう。

 そこで名雪は魔力自体を高圧縮して減衰を防ぎ、極限まで細く絞り込む事で大気の摩擦を最小限に抑える事により、常識を外れた超長距離からのスナイピングを実現しているのである。

「……うそ」

 信じられないくらいの長距離を移動しているにもかかわらず、ほとんど威力が衰えた様子のない魔力弾に美汐はただ呆然とするばかりだ。防御魔法を展開しようにも、今は転送魔法用の魔法陣を展開しているのでは間に合わない。

 この時美汐は、思い知る事となる。

 

運命からは、逃れられない……

 

 やがて、光の奔流が美汐の身体を飲み込み、すさまじい爆煙が広がった。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送