第二十四話 片翼の天使
偶然の出会いから、悲しい闘いがはじまろうとしていた。
降りはじめた雪が舞い踊る闇夜の中で、絶望に沈んだ少女の涙がなによりも暗い闇を呼び覚ます。
長く冷たい夜が、静かに幕を開けた。
「なんとか無事に結界を張れたな……」
「佐祐理の通信妨害領域は無くなったが、この様子なら軌道上のエターナルでも走査しきれないはず……」
闇の書の化身として顕現し、栞を飲み込んだあゆは黒い片翼の天使となった。それを病院の屋上から少し離れたビルの上で、ふたりのシュヴァルツが結界を張りつつ見守っている。
「デアボリック・エミッション。いくよっ!」
「あれは……?」
「空間攻撃……?」
「全てを、闇に染めてやるっ!」
解き放たれた圧倒的なまでのエネルギーが、容赦なく名雪達に襲いかかる。
『シールド展開やっ!』
マグネッサーモードで防御の弱い香里をかばうように名雪がシールドを展開するものの、デアボリック・エミッションのエネルギーは容赦なくふたりを飲み込んでいく。
「もつかな……?」
「そうでないと困る」
その様子を、シュヴァルツ達は遠くから眺めていた。その時、ふたりの背後にひとりの少年が姿を現した。
「……茶番はそこまでだ」
そこに現れたのは祐一だった。すでにバリアジャケットを装着し、両手にレイフォースを構えて戦闘態勢を整えている。
「事態がこうなっちまった以上、姿を偽る必要もないはずだ。正体を現してもらうぞ」
祐一の真剣な眼差しに観念したのか、ふたりのシュヴァルツは同時にドイツ国旗を模した目出し帽を取った。するとそれまで男性だったふたりの姿が女性へと変わる。その正体は、祐一がよく知る人物だった。
「……やっぱり、シュヴァルツの正体は秋子さんでしたか。それにそちらはプレシアさんですね?」
大魔導師とも呼ばれたプレシア・テスタロッサは、ミッドチルダでも有名であるせいか、メディアを通じて祐一も顔は知っていた。しかし、こうして直に会ってみると、写真とはかなり異なる印象を受ける。
(信じられねぇ……。これが還暦をとっくの昔にすぎたおばさんの身体かよ……)
名雪の再生治療魔法を受けた影響か、プレシアの肉体は大幅に若返ってしまっている。それを差し引いても、それだけでは説明出来ない肌の張りと艶があるように感じられたのだ。
「一体いくつなんですか、あなたは?」
「17歳よ」
プレシアは意外とあっさりそう答えた。歳を問われてひとつやふたつサバを読むならわかりもするが、一気に50近くもサバを読まれると、祐一としてもどうリアクションを取ってよいものやら。
とはいえ、よくよく考えてみるとプレシアだけでなく、祐一の母親も秋子も実年齢よりもかなり若く見える。そうした意味では、ミッドチルダの女性は化け物かと思わなくもない祐一であった。
「それよりも、ちゃんと答えてください。どうして、秋子さん達はこんな事をしているんですか?」
「そいつは、オレから話すよ」
そういって姿を現したのは、シュヴァルツ・ブリューダーだった。よく見ると、その後ろにはリニスとアリシア、それに真琴の姿も見える。
「どういう事だ?」
先程までシュヴァルツだと思っていたふたりは、秋子とプレシアだった。そこに新たなるシュヴァルツが現れたものだから、祐一は少なからず混乱していた。
「どうもこうも、俺が本物のシュヴァルツだって事」
新たに現れたシュヴァルツがドイツ国旗を模した目出し帽を取ると、そこには祐一のよく知る人物が姿を現す。目立つ金髪と、頭頂部にそそり立つ触覚。それは紛れもなく北川潤その人であった。
その時、アリシアは北川の脱ぎ捨てたマスクをかぶり、声が変わった、と嬉しそうに遊んでいた。
「なんで、北川がシュヴァルツになってたんだ?」
「説明すると長いぞ」
「構わん、話せ」
「実はオレも天野ちゃんや川澄先輩達と同じで、闇の書の守護騎士になってたんだ。それで、リンカーコアから魔力を蒐集しようとしてたんだが、オレの場合はとことん相手が悪かった」
「誰を襲った?」
「プレシアさんだ……」
「ああ……」
北川の言葉に、祐一は深く納得するものを感じた。往時の力は出せなくとも、プレシアは条件付きSSランクの持ち主で、身体が半分壊れかけた状態でありながらも、次元空間を超える跳躍攻撃を成功させた実力者だ。祐一の見たところ北川の実力はAA〜AAAと言ったところだろうから、完全に相手が悪かったとしか言いようがない。
「持ってる魔力が多かったからラッキーと思ったんだが、あっさり返り討ちにあって、気がついたら洗いざらい喋らされていた」
「そうか……。実は俺、お前にちょっとだけ同情した」
「北川さんから事情を聴いた私が、今回の策を考えたんですよ」
何者かにプレシアが襲われたと聞き、真っ先に秋子が思いついたのは彼女の存在が管理局に知られてしまったのではないかという事だった。死んだはずの人間が生きていたと知れたなら、さらなる混乱が巻き起こる事は必至である。しかし、事情を聞いて事態はさらにもっと深刻だと気がついた。消滅したはずの闇の書が、復活したというのだから。
「流石に全てが復活したというわけではなく、再生できたのは闇の書の防御プログラムの一部がせいぜいで、それ以外の部分は代用品を用いる事でなんとかしようとしたみたいですが……」
栞が闇の書のマスターに選ばれ、佐祐理、舞、美汐、北川の4人は守護騎士プログラムの代わりとなった。そして、あゆは管理人格プログラムの代わりなのだろう。幸か不幸かこの街には潜在的に高い魔力を持つ者が多く住んでおり、それが今回の様な事態を招いてしまったのだろうと考えられた。
「それじゃあ、どうして管理局に報告しなかったんですか? そうすれば、管理局だって」
「……武装局員が何人か派遣されてきたところで、事態は収まらないわ」
代わって口を開いたのはプレシアだった。彼女の口調はどこか投げやりではあるものの、真剣にこの状況を考えているようでもある。
「考えてもごらんなさい。闇の書の対策と調査のために訪れた武装局員が、どんな目に遭ったのか」
「それは……」
「どんなに頭数を揃えたところで所詮はザコ。大きな力の前では成す術もなく飲み込まれてしまうのが運命なのよ」
プレシアの言う通り、調査のために派遣された武装局員達はいずれも舞達の襲撃に遭い、被害ばかりがどんどん増えていった。いくら舞や美汐が魔導師になりたての素人であっても、AAAランクに匹敵する実力の持ち主が相手では、B〜Aランクの魔導師では太刀打ちできない。下位ランクの者が上位ランクの者に対抗しようというのは、ある意味では不可能に近いのだ。
特に管理局の武装局員を養成する訓練校では、あらゆる任務に充当できる柔軟性を確保する名目で、あらゆる魔道を満遍なく使えるオールラウンダーの育成に力を入れている。そうして訓練された魔導師はなんでもできる半面、一芸に特化したスペシャリストを相手にすると意外な脆さを見せてしまう場合もある。
それならば、高ランクの魔導師を現場に多数投入すればいいのだが、これは管理局の武装隊における魔導師の保有制限に引っ掛かってしまう。ひとつの部隊で保有できる魔導師のランクには制限があり、一般的にはAAAランクの魔導師はふたりで限度が一杯になってしまう。これはひとつの部隊に高ランク魔導師が集中して配備されないように配慮した措置であるが、戦力を集中して運用したい案件がある場合にはネックとなってしまう条項だった。
実際、以前の闇の書事件が解決に導かれたのは、現地に揃った戦力が管理局の常識では考えられないほど充実したものだったからだと言える。事件の解決を担当したのは管理局執務官でAAA+ランクの実力者であるクロノ・ハラオウンと、嘱託魔導師でAAAランクの実力を持つフェイト・テスタロッサ。それに民間協力者でAAAランクの実力を持つ高町なのはという具合に、その場に集ったすべてのメンバーがAAランク以上の実力者という、管理局の常識では考えられないほどのスペシャルチームだったのだ。
「だからこそ、私はこの状況を最大限に利用させてもらったんですよ」
そもそも闇の書は迂闊に手を出してしまうと、主を飲み込んでいずこかへ転生してしまう。そこで当面は闇の書の完成を目指し、魔力の蒐集を利用して舞達に経験を積ませ、迎撃に向かわせる事で名雪達にも経験を積ませる。そして、来るべき決戦に備えて自分達はシュヴァルツとして暗躍する。そういう二段構えの作戦だったのだ。
「しかし、どうやってあいつを封印するって言うんですか? ここには氷結の杖『デュランダル』は無いんですよ?」
そこまで言って、祐一はふとある事に思い当たる。別にデュランダルがなくても、それを可能とする存在がある事に。
「まさか……秋子さん」
凍結の変換資質を持つ水瀬名雪。彼女ならばデュランダルと同等か、それ以上の働きをしてくれるだろう。ある意味では娘を犠牲にする事もいとわない秋子の大胆な作戦に、祐一は背筋に戦慄が走るのを感じていた。
それと同時に、作戦指揮官というのは時としてここまで非情になれるのかと感心した。
「それで、祐一さんはどうしますか?」
「どう……とは?」
「この事を管理局に伝えますか? あくまでも祐一さんが私達の捕縛を主張するのであれば、おとなしくお縄についてもいいですよ?」
今ここで祐一が秋子達を逮捕するのなら、おとなしく彼女達はそれに従うだろう。しかし、祐一が今成すべき事はそれではない。そう思った祐一は、すっと秋子達に背を向けた。
「名雪達の援護に向かいます。あいつらだけじゃ頼りないですからね」
そういって立ち去る甥の背中を、いつの間にか大きくなっていますね、と思いながら秋子は見送るのだった。
その頃、名雪達はデアボリック・エミッションの直撃を避け、近くのビルの陰に避難していた。
「ありがとう、名雪。大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫だよ、香里」
爆発的に広がる闇色の魔力エネルギーの流れに逆らう事無く、なんとか退避を完了させた名雪達であったが、状況は依然として最悪のままだった。
「あたしのみたところ、あの子は広域殲滅型だわ。どんなに逃げたり隠れたりしても、効果範囲から出られない限り攻撃されてしまうわ」
スパロボ風に解釈するなら、彼女はMAP兵器の持ち主という事だ。威力がある分魔力のチャージに時間がかかるという欠点があるものの、一撃の破壊力は絶大だ。
「お〜い、名雪〜」
「名雪、大丈夫?」
「祐一、真琴?」
そこへ駆けつけてきたのが祐一と真琴だった。祐一はいつもの制服を模したバリアジャケットの上に黒マントという姿で、真琴はまるで巫女服の様なバリアジャケットに身を包んでいる。
「真琴も闘うわよ。だってあそこにいるの、名雪の大切な人なんでしょ?」
「そうは言うけどな、真琴。無理言ってついてきたけど、お前本当に役に立つのか?」
「立つわよぅっ! そりゃ……攻撃魔法とか苦手だけど、バインドとかの補助魔法は得意なんだからねっ!」
シュヴァルツが遠距離からバインド攻撃をしてきたように見えたが、実は真琴がすぐ近くに潜伏してバインド攻撃を仕掛けていたのである。すぐそばにいたはずの名雪が真琴の存在に全く気がついていなかった事からも、真琴の持つ技術は相当洗練されたものだ。
「それならそれで使いようはあるわね。頼んだわよ、真琴ちゃん」
「あ……あぅ〜……」
はじめて会う香里に緊張しているのか、真琴は名雪の背中からそっと顔だけ出してこくこくと頷く。それに対して祐一は、なるべく香里を直視しないよう視線をそらしていた。
「……あ〜、香里?」
「なによ?」
「その格好はなんとかならんか? ちょっと目のやり場に困るんだが……」
そう言われて香里は自分の恰好に気がついた。まだマグネッサーモードのバリアジャケットのままだったのである。
「シュ、シュトゥルムテュラン!」
『御意』
顔を真っ赤にした香里が眩い光に包まれ、バリアジャケットが制服を模したノーマルモードに切り替わった。
「……はじめるよ。こんなはずじゃなかった世界を終わらせるために」
『結界発動』
あゆの身体を中心にして、結界構築のエネルギーが放出される。その衝撃波は、容赦なく祐一達を飲み込んでいく。
「あぅ〜っ! なによぅ、これ……」
「名雪が襲われた時と同じで、閉じ込めるタイプの結界だな」
「どうあってもあたし達を逃がす気はないみたいね」
「あゆちゃん……」
結界が構築されてしまった以上、外部からの増援は望めない。こうなってしまうとここにいるメンバーだけで事態に対処しなくてはいけない。4人はそれぞれに闘う決意を固めた。
「逃がしはしないよ……。スレイプニール!」
『スレイプニール』
背中の左側だけにある黒い翼が大きく広がり、あゆの身体を大空高く舞い上げる。闘いは、第2ステージへと移行した。
「はぁぁぁっ!」
機動性能に優れる香里が、左右のシュトゥルムテュランよりエクスブレイカーを展開し、果敢にあゆに斬りかかっていく。
「そこっ! チェーンバインド!」
「リングバインド!」
そして、ある程度あゆの足が止まったところで、祐一のリングバインドが突き出されたあゆの左手を拘束し、真琴のチェーンバインドが両足を拘束する。
「無駄だよ、砕け!」
『粉砕』
しかし、ふたりがかりのバインドも、あっさりと打ち砕かれてしまう。
「それなら、インパクトキャノン!」
「フリーズバスター」
『エクステンドやで』
その隙を逃さず、香里と名雪の砲撃魔法が炸裂する。左右からはさみ込むように、赤い魔力光と蒼い魔力光があゆに迫る。
「盾を」
『装甲障壁』
しかし、その砲撃もあゆが両手に展開したシールドによって阻まれてしまう。それを打ち砕こうと、名雪達はさらに魔力をこめた。
「穿て、翼よ」
『フリューゲル』
あゆの黒翼が大きく広がり、ミサイルの様に発射された羽根が名雪達に襲いかかる。たちまちのうちに爆煙に包まれるが、このくらいの攻撃でどうにかなる様なふたりではない。
「咎人達に滅びの光を……」
そして、あゆは高々と左手を天高く上げる。その手の先に描かれた魔法陣に、周辺に漂う魔力エネルギーが次々に集束されていく。
「あぅ〜っ! あいつ何する気なのよ?」
「まさか……。あの技はなのはの……スターライトブレイカー?」
考えてみると、以前なのはは闇の書に魔力を蒐集されている。その事から闇の書の魔力蒐集は、魔法を記録する事を目的とするものであると同時に、すでに記録してあるページを再び使えるようにするためのものなのだろうと考えられた。
「星よ集え……全てを撃ち抜く光となれ……」
掲げたあゆの左手の先に、すさまじいまでの魔力が集中する。
「逃げるぞ、真琴」
「ちょっと、どこ触ってんのよぅっ!」
祐一は近くにいた真琴を抱えて回避距離を取ろうとするが、その途端に真琴から非難の言葉が浴びせられる。
「ばぁか、お前に触られて困るところがあるか?」
「真琴だって女の子なんだからあるわよぅっ!」
「まあ、そんな事はどうでもいい。直撃受けたら、俺もお前もただじゃ済まないぞ」
「あぅ〜っ」
一方の名雪も、香里に抱きかかえられて安全圏までの離脱を図っていた。
「ここまで離れなくてもいいと思うけど」
「なに言ってるのよ。あんたはともかく、近くで直撃受けたらあたしなんか防御の上から削り殺されちゃうわよ」
今更ながらに、なのはの持つ魔法の恐ろしさを実感する一同であった。
「貫け、閃光」
そして、あゆはスターライトブレイカーの最終発射シークエンスを迎えた。
『大変や名雪』
そんなとき、ブルーディスティニーから緊急メッセージが届く。
「どうしたの?」
『前方300メートル付近に民間人や。なんで来ないなところにそんな奴がおんねん?』
放っておくわけにもいかない。名雪と香里は頷きあうと、現場へ急行するのだった。
(はえ……ここは……。佐祐理は一体……)
病院の屋上で名雪達と相対し、シュヴァルツに魔力を蒐集されたところまでは覚えている。全身を襲う疲労感も、魔力を蒐集された後遺症だろう。ふと気がつくと、まわりには美汐や舞が意識を失ったまま倒れている。
(……みじめですね)
良かれと思ってはじめた魔力の蒐集。しかし、終わってみると、ただ都合よく利用されていただけにすぎなかった。不要となれば捨てられる。結界に閉じ込められ、夜天に浮かぶ強大な魔力の塊を見上げながら、佐祐理はそんな事を考えていた。
魔力の尽きた自分達であれば、おそらくは一瞬で楽になれるのではないかと思われた。そんなとき、天空の彼方よりふたりの人物が飛来する。
「……あなた達は!」
「なんであんた達がここにいるのよ?」
お互いにこんなところにいるとは思わなかったせいか、顔を合わせるなり香里と佐祐理は大きな声を出す。
「いくよっ! スターライトブレイカー!」
「くるよっ! みんなっ!」
名雪の声に我に返ると、あゆの手から解き放たれた魔力が、ものすごい勢いで自分達の方へ向かってきていた。こうなってしまうと、距離を取って回避するというのも困難だ。
「助けるよ、香里」
「なに言ってるの? この人達は……」
敵だ、と言おうとして香里は言葉を飲み込む。たとえ相手が敵であっても、困っている人がいたら助ける。それが水瀬名雪という少女だからだ。
「……しょうがないわね。そこ動くんじゃないわよ」
シュトゥルムテュランはカートリッジを消費して、佐祐理達のまわりに防御結界を構築する。そして、香里は佐祐理達の前に立つと、シールドを展開して衝撃に備えた。
「いくよ、ブルーディスティニー」
『よっしゃあ、任せときっ!』
「タイダルウェイブ!」
『シールド展開やっ!』
カートリッジを消費して、ブルーディスティニーはふたつの魔法を同時に発動する。タイダルウェイブはシールド系魔法の応用で、そそり立つ魔力の光壁を津波のように前進させる事で攻撃力を与えたものである。しかし、それでスターライトブレイカーの威力を相殺しきれるものでないので、名雪はさらに大きめのシールドを展開して衝撃に備えるのだった。
振りまわしたブルーディスティニーの穂先が描くラインにそって出現したタイダルウェイブがスターライトブレイカーの魔力の流れを断ち、シールドを展開して身構えるふたりの両脇をすさまじいエネルギーの奔流が駆け抜けていく。
(名雪、香里、無事か?)
(大丈夫と言えば大丈夫だけど……)
(倉田先輩達が結界内に閉じ込められているのよ)
(なんだって?)
こういう危機的状況下でも会話ができる念話は便利なものだ。やがて爆発的な魔力の流れも過ぎ去り、名雪達はスターライトブレイカーの直撃から生還を果たした。
「なんとかなったね」
「……そうね」
タイダルウェイブに2重のシールド。おまけに防御結界まで用意した4重の防御陣形。お互いにひとりだったなら、耐えきれもしなかっただろうし、守れもしなかっただろう。
「……あの」
そんなとき、佐祐理がおずおずという感じで話しかけてきた。
「どうして……どうして佐祐理達を助けたんですか? 佐祐理達は……」
「困っている人を助けるのに、理由が必要なのかな?」
それは佐祐理にとって寝耳に水の一言だった。しかし、スポーツマンシップに則った名雪の感覚では、理由があって敵対していても、それが終われば仲間になるのが普通であった。困っている仲間を助けるのは、当然の事である。
(とりあえず、みんな無事なんだな? それなら俺は倉田先輩達の救助にまわる)
(あぅ〜、祐一はそれでいいの?)
(名雪と香里が安心して闘える状況を作ってやらないとな)
祐一も決して弱くはなく、むしろ強い部類に入る魔導師ではあるが、名雪達と一緒にいるとなぜだか自分がとてつもない凡人であるかのような感覚に陥る事がある。スターライトブレイカーの只中にあって無事というのは、ある意味驚異的ですらあるからだ。
(とにかく、闇の書の主に投降と停止を呼びかけてくれ)
「うん、わかったよ。祐一」
「やってみるわね」
(止まって、あゆちゃんに闇の書さん。あゆちゃんはこんな事しなくていいんだよ)
(起きなさい、栞。これ以上みんなに迷惑かけるんじゃないわよ)
「それは出来ないよ。だって、これは悪い夢だから。栞ちゃんが眠っている間に、ボクはこの夢を終わらせる」
高々と掲げたあゆの左手に連動するように大地が割れ、蛇の様なボディをした怪物が現れると周囲のビルを破壊していく。この怪物は、かつて舞達がリンカーコアより魔力を蒐集するために倒していったものだった。
突然の出来事に呆然としているふたりに、怪物の触手が襲いかかる。たちまちのうちに絡め取られ、名雪と香里は身動きが取れなくなってしまった。
「ボクの願いは、栞ちゃんの願いをかなえる事。それ以上も、それ以下もないよ」
「これが……あゆちゃんの願い? これが、栞ちゃんの望んだ事なの?」
今のあゆは心を閉ざし、ただ目的を達成するためだけの道具にすぎない。今の自分はただの道具にすぎないと言う割には、あゆの目からは大粒の涙があふれている。
「あゆちゃんはただの道具じゃないよ。ちゃんと心を持ってる。もしも心が無いんだったら、どうしてあゆちゃんはそんなに悲しい顔をしているの?」
「これは……栞ちゃんの涙だよ。今のボクに、そんな心はないから……」
「……シュトゥルムテュラン、マグネッサードライヴイグニッション」
『御意』
カートリッジを消費してバリアジャケットをフォームチェンジするエネルギーを利用し、香里達は絡みつく触手から脱出する。
「泣いているのは栞なんでしょ? だったら早く武装を解いて栞を解放しなさいよっ!」
だが、あゆはそれに応える事はせず、なによりも悲しい瞳でふたりを見つめるのみだ。すると、突然大きく大地が揺れ動き、街のあちこちから火柱が立ち上った。
「どうやら、もう崩壊がはじまったみたいだね……。もうじきボクの意識も消えるし、そうなったらすぐに暴走がはじまる。せめて意識のあるうちに、こんな悪い夢は終わりにしたかったけど……」
『フリューゲル』
あゆの黒い羽がふたりの周囲に出現し、すさまじい爆煙が包み込む。しかし、マグネッサーモードで機動性能の向上している香里が名雪を抱きかかえ、寸前のところでその包囲網から脱出していた。
「このわからずやっ! いいからとっとと栞を返しなさいよっ!」
左右のシュトゥルムテュランからエクスブレイカーを展開し、香里は果敢に斬りかかっていく。
「……そうだね、やっぱり栞ちゃんも、お姉ちゃんと一緒の方がいいもんね」
あゆが香里の攻撃を正三角形の頂点に円形の文様が描かれたシールドで受け止めると、香里の身体がまばゆい金色の粒子で包まれた。
「え?」
『吸収』
開いた魔道書が閉じられると同時に、香里の姿が消える。
「全ては安らかなる眠りと共に……」
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