夢。

夢が終わる日。

雪が、春の日だまりで溶けてなくなるように…。

面影が、人の成長と共に影を薄めるように…。

思い出が、永遠の時間の中で霞んで消えるように…。

今…。

永かった夢が終わりを告げる…。

最後に…。

ひとつだけの願いを叶えて…。

たったひとつの願い…。

ボクの、願いは…

 

第二十六話 Last regrets

 

 名雪と香里の同時攻撃によって、暴走する防御プログラムに飲み込まれたあゆの身体は消滅した。その代わりに真っ黒な球体と、その手前に小さな白い球体が浮かび上がっている。

「みんな気をつけろ。あの黒い球体が闇の本体だ。今はまだ活動を停止しているようだが、迂闊に近づくんじゃないぞ」

「栞は無事なの? 相沢くん」

「それに、あゆちゃんも」

「マスター認証がうまくいっていれば、みんな大丈夫のはずなんだが……」

 流石に祐一もそこまでわかるというわけではない。一応、ここに来る前に前回の闇の書事件に関するデータに目を通してあるが、どこまで前回通りなのかはまだわからないからだ。

 とりあえず、栞がいると思しき白い球体を中心としたベルカの魔法陣が描かれているので、栞のマスター認証は無事に行われているようだ。

「なんだ? あいつらは……」

 ベルカの魔法陣が持つ最大の特徴である、正三角形の頂点に描かれた円形の魔法陣に3人の少女が姿を現す。その少女達は祐一もよく知る人物である、高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、八神はやての子供時代の姿にそっくりだった。

「……まさか、マテリアルか?」

 闇の書の欠片の残滓事件の時に、なのは達3人の姿と能力をコピーしたと思しきマテリアルと呼ばれる少女達が現れたという。詳細は不明だが、魔法陣の中央にある白い球体を囲むように現れた少女達は、報告書に添付されていた映像データのマテリアルによく似ていた。

「今こそ、時を超え刻まれた悲しみの記憶に終止符を打つ時」

 短い茶髪の少女、シュテル・ザ・デストラクターがその決意を口にする。

「あの日の誓い、今が果たす時」

 長い青髪の少女、レヴィ・ザ・スラッシャーが静かに口を開く。

「さあ、新たなる守護騎士達よ。王たる我が命ず、新たな主の元へ参集せよっ!」

 最後のひとり、ロード・ディアーチェが手にしたエルシニアクロイツを高く掲げると、眩い光が解き放たれた。

 

「……力が、戻った」

 その時、舞がポツリと呟いた。闇の書に魔力を蒐集され、どうする事も出来なかった舞達であったが、祐一の案内でなんとか安全圏に離脱する事には成功していた。魔力を失ってしまった事で、なにもする事が出来なくなってしまった自分達の無力さを痛感していた舞達であったが、ここへきて突然の魔力回復には当惑するばかりだった。

「どうやら無事に魔力が回復したみたいだな」

「北川先輩……」

 突然姿を現した北川の姿に、美汐は困惑の視線を向けるばかりだった。

「相沢が言うには、もうすぐ最終決戦だそうだ。お前達も王の声は聞こえただろう?」

「はえ? あの声がそうなんですか?」

 先程、突然女の子の声が響くと同時に魔力が回復した。という事は、あの声が王なのだろう。

「さて、どうする? 最後の敵は強大で、相沢達だけじゃ手に余るそうだ。オレは応援に行くつもりだが、みんなは?」

「……困っている人がいるのなら、助ける」

「あはは〜、そうですね」

「……仕方がありませんか」

 今更戦いに参加したところで、今まで闇の書の魔力蒐集に関わってきた自分達の罪がなくなるというわけではない。しかし、先程名雪に受けた恩だけは返しておきたい。そんな思いが、佐祐理達の心にあった。

「……我ら、夜天の主の元に集いし騎士」

「主ある限り、佐祐理達の命は尽きる事がありません」

「この身に命ある限り、常に御身のそばにあり」

「我らが主美坂栞と、闇統べる王の名のもとに……」

 舞、佐祐理、北川、美汐がそれぞれに誓いの言葉を口にする。

「よし、新生騎士団ノイエ・リッター。主と王の元へ行くぞっ!」

 北川の叫びに、3人の少女達は揃って頷くのだった。

 

 そして、白い球体の中では栞が臨戦態勢を整えていた。

「いきますよ、あゆさん。今こそ私が主役になるときです」

「了解だよっ! 栞ちゃん」

 栞の身体に学校の制服をモチーフにしたバリアジャケットが装着され、夜天の魔道書の主である事を示す剣十字の杖を手にする。両腕には愛用のチェック柄のストールを模した防具が装備され、背中にはコウモリの羽が生えた。

「……って、なんでコウモリの羽なんですかっ!」

「うぐぅ……」

 魔法陣の中央の白い球体が割れると同時に、いきなり栞が叫び出した。どうやら栞は背中に映えたコウモリの羽が、よほどお気に召さないようだ。普段のダッフルコートを模したバリアジャケットに身を包み、戦闘態勢を整えたあゆの背中には薄いピンクの綺麗な翼が生えているせいか、その怒りは収まる様子を見せなかった。

「そんな事はありませんよ、マスター。よく似合っています」

「そうだぞ。その方が格好いいぞ」

「ふむ。闇夜を統べるうぬには、それで十分よ」

 涙目のあゆ。なんとかとりなそうとするシュテル。能天気なレヴィ。尊大なディアーチェ。この4人に取り囲まれてしまうと、流石の栞も言葉が続けられなくなってしまう。

「と……とにかく、夜天の主にして闇夜を統べる者。美坂栞、ここに見参ですっ!」

 やがて北川達新生騎士団も合流し、あたりは和やかな雰囲気のまま旧交を温め合うのだった。

 

「それにしても、お前達はなのは達のコピーじゃなかったのか?」

「なにを? 我らをあの様な映し身どもと一緒にするでないっ!」

「そうだそうだ。失礼だぞっ!」

 祐一の言葉に、ディアーチェとレヴィが即座に反応する。

「まあ、私達もコピーと言えば、コピーなんですけど……」

「どういう事だ?」

 祐一はこの中で、唯一まともそうに話ができそうなシュテルに話しかけた。

「私達は、闇の書を生み出した造物主達の人格をコピーしたものなんです。ですから、ここにいる私達はもしも造物主達が生きていたら、こう考え、こう話しただろうという、可能性のひとつにすぎません……」

「乱世のベルカは悲しい時代であったからな。造物主達はその中で失われてしまう魔道技術を後世に残すため、我らを生み出したのだ」

「どうだ、凄いだろう」

 ただひとり、よくわかっていないようなレヴィが偉そうに胸を張る。

「あえて言うなら、私は高町なのはの、レヴィはフェイト、王ははやてという人物の前世に当たるのでしょう」

 これまでの話を総合すると、彼女達はなのは達の前世に当たる人物の人格をコピーし、闇の書の防御プログラムとして登録されていたのだ。

「しかし、あの子烏も惜しい事をしたものよ。もう少し自分の名前に注目しておればな」

「子烏と言うとはやてか。あいつの名前がどうしたって?」

「お気づきになりませんか? 八神はやて」

「つまり、あの子烏は4人の守護騎士に管理人格プログラム。それに我ら3人を統べる存在となるはずだったのだ」

 本来であれば、はやてが彼女達8人を統べるはずだった。彼女の名字である八神には、そうした意味が込められていたのである。

 ところが、暴走する防御プログラムを危険と判断したはやては、守護騎士プログラムと管理人格プログラム以外の部分を切り離してしまったのである。その結果、断章となってしまったディアーチェ達が復活するため、今回の事件が引き起こされたというわけなのだ。

「なるほどな。まあ詳しい話は後で聞くとしよう」

 話をしていると長くなりそうなので、祐一は途中で話を打ち切った。

「俺は時空管理局嘱託魔導師相沢祐一だ。悪いが、これから俺の話を聞いてもらうぞ」

 そう言って祐一は、眼下の雪原に不気味に佇む黒い球体に目を向ける。

「闇の書の防御プログラムの暴走が、後数分で再開される。なんとかしてそいつを止めないといけないんだが、現状でその方法はひとつしかない」

 主がいなくなり、統制体であるマテリアルまで分離した今の防御プログラムは、とてつもない魔力が集束した存在だ。あれが暴走したら周囲の魔力を喰らいながら、触れたものを無尽蔵に侵食する怪物となってしまう。

「その方法って?」

「みんなの魔力攻撃で奴を破壊し、露出したコア部分を転送魔法で大気圏外まで飛ばした後、軌道上で待機しているエターナルに後を任せる」

 名雪の問いに、祐一は簡潔に応える。一応、前回通りの方法だが、これ以外に打つ手がないというのが現状だった。幸いにして、現場にはAAAランクに匹敵する魔導師がたくさんいるので、前回以上の効果が期待できるはずだ。

 ただし、転送魔法を使えるのが真琴と佐祐理のふたりだけなので、前回通りにいくかどうかは、すでに賭けの状態であったが。

「……なんだか随分と力任せの作戦ね」

 祐一から作戦プランを聞いた香里が、呆れたような声を出す。かなり大雑把な作戦なのだが、計算上は問題ない。本来なら、暴走体ごと凍結して虚数空間に封印してしまうのがベストなのだが、現状の戦力でそれをやるのは不可能に近いからだ。

「闇の書の闇は、魔力と物理の複合4層式のバリアで守られている。そいつをなんとかしないと、本体への攻撃が出来ない……」

 祐一の指示で攻撃の順番と配置が決定される。美汐と香里、舞と祐一がペアになってバリアを破壊。名雪が凍結した後、マテリアル3人娘による一斉砲撃。その後露出したコアを真琴と佐祐理の転移魔法で軌道上へ放出、という作戦となった。

「その前にやっておかないといけない事がありますね」

 名雪と香里の状態を見た栞が、佐祐理を呼び寄せた。

「はい、それでは治療魔法いきますよ〜」

 愛用のデバイス、魔法少女の杖まじかるすてっきを構えた佐祐理が魔力をこめる。爽やかな風が静かに駆け抜けていくような感覚がふたりを包み込むと、見る見るうちに身体の傷とバリアジャケットが修復されていく。そればかりか、ふたりの魔力まで完全に回復していた。

「仲間の癒しと補助が佐祐理の役目なんですよ〜」

「……凄いわね」

「倉田先輩、ありがとうございます」

 名雪も回復魔法の使い手であるが、魔力と体力の双方を同時に回復させる技術は持っていない。確かに死なない限りはどんな状態からも回復させるだけの技術が名雪にはあるが、使い勝手という面では佐祐理には及ばないのだ。

「さて、オレ達はサポートチームだ。あのうざったいバリケードをなんとかするぞ」

「わ……わかってるわよぅ」

 黒い球体を取り囲むように、うねうねと触手やらなにやらがうごめいている。その動きが、どうにも真琴の生理的嫌悪を引き起こしているようだ。

「はじまるぞ」

 やがて、黒い球体の周囲から黒い光の柱が立ち上る。

「闇の書の闇、その覚醒の時か……」

 感慨深げにディアーチェが呟く。そして、黒い球体のバリアが解かれると、その中から異形の怪物が姿を現した。

「うぐぅっ!」

「あうぅっ!」

「……よりにもよってテュフォンかよ」

 その姿はギリシャ神話最大にして、最悪の怪物テュフォンによく似ていた。テュフォンは大地母神ガイアと暗黒の化身タルタロスの交わりによって生まれ、天まで届く巨体と世界の端まで届く両腕を持っていたという。その猛威はギリシャ全土におよび、オリンポスの神々も海外へ脱出せざるを得なかった。

 テュフォンの上半身は普通の人間のようだが、下半身は巨大な蛇となっており、さらに両肩からは触手のように無数の蛇が生えていた。前回の闇の書の闇の怪物が、スキュラみたいなフォルムだったのと比較してもより凶悪さを増している。その証拠に山羊座であるあゆと真琴のふたりはおびえまくっており、お互いにしっかり抱き合っている状態だ。

 それを見て祐一は、無理もないかと思う。山羊座のモデルとなった牧神パンは、テュフォンに襲われたときに魚に化けて海に飛び込んだのだが、その時に慌てていたせいか、上半身がヤギで下半身が魚という姿になってしまった。

 その姿が面白い、という事で神々達によって夜空を飾る星座となり、パンは自分のもっとも恥ずかしい姿を後世にさらす事となる。ちなみに、英語のパニックもこの時のエピソードが語源となっているのだ。

 その姿があまりにも異形すぎるせいか、誰もが萎縮してしまって身動きをとる事が出来ない。そんなとき、まったく空気を読まない能天気な声が響く。

「みんな〜。ふぁいと、だよ」

「名雪か……」

 なんとも可愛らしいガッツポーズをしている名雪の姿に、祐一は呆れたような声を出すが、不思議とそれまであたりに立ち込めていた緊張感が霧散していた。先程までは誰もがそれでがちがちに固まっていたというのに。

 その時、祐一は気がついた。ギリシャ神話にはあらゆる恵みを与えるというヤギの角、コーヌ・コピアの伝説がある事を。もうひとりの山羊座の少女である名雪には、不思議と人を鼓舞する才能があるようだ。

「よし、いくぞみんなっ!」

「おうっ!」

 祐一の叫びにそれぞれが返事をし、最後の闘いがはじまった。

 

「いくよ、みんなっ! 月宮あゆと聖なる翼セイクリッドウイング。勇気ある闘いに赴く戦士達に祝福の光をっ!」

『グーセンネートリヒト』

 あゆの背中に広がる翼型のデバイスより、眩い光が広がる。この光に包まれた祐一達は、自分達の中に不思議な力がわきあがってくるのを感じた。

「いくわよっ! 沢渡真琴と封魔の鈴サイレンスベル。ストラグルバインド!」

 返事の代わりに真琴の右手首に巻かれた鈴がチリンと鳴り、突き出された右手から放たれた翡翠色のチェーンが、テュフォンを取り囲む触手をまとめて縛り上げて引きちぎる。その一撃で、ほとんどの触手が分断された。

「天野さんに美坂さん、今ですよっ!」

「ちゃんと合わせてくださいね」

「天野さんもね」

 佐祐理の叫びに、美汐と香里が攻撃態勢に入る。

「天野美汐と破魔の鉄鎚玄翁和尚、いきますっ!」

 玄翁和尚の柄が伸長し、カートリッジをロードする。

「玄翁和尚、極大変幻っ!」

『了解』

 美汐が振り上げた玄翁和尚のハンマー部分が、テュフォンの身体ごと押しつぶせるくらいに大きく膨れ上がった。

「打ち砕けっ! 南無八幡大菩薩っ!」

 不思議な掛け声と共に勢いよく振り下ろされた玄翁和尚が、テュフォンを防護する複合4層式のバリアをひとつ打ち砕く。

「美坂香里と疾風の暴君シュトゥルムテュラン・エボリューション、いくわよっ!」

 左右両腕部のシュトゥルムテュランのリボルバーが回転し、カートリッジを消費する。

「インパクトキャノン・エボリューション!」

 香里めがけてテュフォンの触手が襲いかかってくるが、左右の腕を突きだすと同時に発生した衝撃波が全てをなぎ払う。

「ブレイクバスター!」

 そして、解き放たれた赤い魔力砲が、バリアを打ち砕く。

「次は、舞と祐一さんですよ〜」

 返事の代わりに舞がこくりと頷くと同時に、その周囲に5人の少女が姿を現す。

「まいたんレッド」

「まいたんブルー」

「まいたんイエロー」

「……まいたんブラック」

「まいたんホワイト〜」

 なにが起こるのか、その場にいた全員の視線が集中するなか、5人のまいたん達はそれぞれにポーズを決めている。

「いいわね? いくわよっ!」

「おー」(×4)

「6身合体っ!」

 まいたんホワイトの掛け声に合わせ、それぞれのパーソナルカラーとなる光に姿を変えたまいたん達が、次々に舞の身体に吸収されていく。そして、眩い光の中で、ひとりの少女が不敵な微笑みを浮かべた。

「今、蘇る究極の美少女魔法剣士、川澄舞ちゃんと勝利の剣バルムンク、いっくわよ〜っ!」

 寡黙なイメージのあった舞が、いきなりハイテンションになって饒舌に語りはじめるという状況に、一瞬だが取り残されそうになる一同。

「見せてあげるわ。剣と鞭の先にある、バルムンクの最終形態をっ!」

 舞が剣のつばに両手をかけ、左右に引っ張ると同時にカートリッジが消費され、刀身が大きく真っ二つに分かれて大型砲へと変形する。

「ラジカルザッパー?」

 誰かが呟くが、その形状はそれにそっくりだ。

「いくわよ〜。ディバィィィィィン・バスター!」

 そして、砲身より解き放たれた魔力砲が、テュフォンのバリアを打ち砕く。

「よし、相沢祐一と光の聖銃レイフォース。いくぞっ!」

『レディ』

 左右のレイフォースをブレード部分が外側を向くように合わせると、一振りの巨大なバスターソードに形を変える。カートリッジが消費されると刀身全体に魔力がいきわたり、祐一が大きく振り回すのと同時に発生した衝撃波が周囲にうごめく触手をなぎ払って最後のバリアに激しくぶつかる。

 そして、最上段にふりかぶったバスターソードの刀身がふたつに分かれ、その間から輝く魔力の刃が天空高く立ち上った。

「ぶった斬れぇぇっ! ファイナルバスタースラッシュ!」

 全長2キロメートルはあろうかという巨大な刀身を持つバスターソードが最上段から勢いよく振り下ろされ、最後のバリアを打ち砕くと同時にテュフォンの右腕を肩口から斬り落とす。

「オォォォォォォォォッ!」

 苦悶の表情を見せたテュフォンは、攻撃をした祐一を脅威と判断したのか、残った左肩に生えた触手のような蛇を祐一に向ける。

「おっと、そうはさせねぇぞ。北川潤と明鏡の籠手シュピーゲル、いくぜっ!」

 北川の両手に装着された小手の、手の甲部分につけられた宝玉が輝きを増す。

「シュピーゲルシュナイダー!」

 左右の手を大きく旋回すると同時に発生した衝撃波の刃が、テュフォンの左肩より生えた蛇をまとめてなぎ払う。

「出番ですよ、栞さんっ!」

「はい。夜天の魔道書断章の主、美坂栞と闇夜の剣十字シュベルトクロイツ・ナハト、いきますっ!」

『了承』

 魔道書を開くと同時に、右手に持ったシュベルトクロイツ・ナハトがカートリッジを消費する。本来のシュベルトクロイツにはカートリッジシステムは搭載されていないが、栞は新生守護騎士の北川達と管理人格プログラムの代わりとなるあゆ。そして、シュテル達3人に精神リンクで魔力を供給する関係上、魔法の発動に相当なタイムラグが発生してしまう。そこで、その欠点を補うために、栞のシュベルトクロイツ・ナハトには、先端の剣十字のすぐ下にリボルバー式のカートリッジステムが搭載されているのだ。

 また、魔法の発動装置となるアームドデバイスであるシュベルトクロイツと、記録装置となるストレージデバイスである夜天の魔道書をひとつのデバイスとして機能させるために、本来であれば管理人格プログラムがユニゾンデバイスとなってマスターをアシストするのだが、あゆがユニゾンデバイスとしての機能を喪失してしまっているため、シュベルトクロイツ・ナハトにはそれを補うためのAIプログラムが搭載されているのだ。

「彼方より来たれ、ヤドリギの枝。銀月の槍となりて打ち貫けっ! 石化の槍、ミストルティン!」

 栞がシュベルトクロイツ・ナハトを振り下ろすと同時に、生み出された光の槍が次々にテュフォンの身体に突き刺ささっていく。命中個所からテュフォンの身体は徐々に石に変わり、末端部分から崩壊していくが、それでもテュフォンは残った生体部分から再生をはじめ、さらなる異形の怪物へと変貌していく。

「あうぅ〜、なんか前よりとんでもない事に……」

「ダメージを入れたそばから再生しちゃってますね……」

 先程から必殺技レベルの魔法を叩きこんではいるのだが、そのたびにテュフォンの身体が再生してしまっている。なんとなくだが、堂々巡りのような気がしてくる真琴と佐祐理であった。

「いや、それでも攻撃は通っている。プランに変更は無しだ。名雪っ!」

「水瀬名雪と運命の青槍アヴァランチ・ブルーディスティニー、いくよ〜」

『よっしゃあっ! いくで、名雪』

「凍てつけ大気よ。氷河よ凍土よ荒れ狂えっ! フリーザーストーム!」

 名雪より放たれた圧倒的なまでの冷気が駆け抜け、あたりの雪原より出現した氷の柱がテュフォンの身体を突き刺して固定する。さらに荒れ狂う氷の竜巻が四方から襲いかかり、テュフォンの身体に絡みつくと同時にバインドとなる。さらに氷の竜巻によって巻き上げられた氷に粒がテュフォンの頭上で巨大な氷塊となり、身動きの取れないテュフォンに落下して押し潰す。

「ガァァァァァァッ!」

 巨大な氷塊はテュフォンの身体を押し潰すと、無数の細かい氷の粒となって砕け散る。その魔法の威力もさることながら、飛び散る氷の粒の美しさに誰もが唖然とする中、テュフォンはまだ凍りついていない部分からの再生を続けている。

「いよいよ我らの出番だな。今こそ暗い闇を打ち払う時」

「その通りです。王よ。今こそ私達は暗き闇より出でて」

「よーしっ! やるぞっ! 僕達の信じるもののために闘うんだっ!」

 ディアーチェ、シュテル、レヴィの3人がそれぞれに魔力を高めはじめる。

「いきます。星光の殲滅者、シュテル・ザ・デストラクターとルシフェリオン。集え明星、全てを焼き消す焔となれ、ルシフェリオン……」

「いくぞ〜っ! 雷刃の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャーとバルニフィカス。砕け散れっ! 雷神滅殺! 極光斬……」

「我らが一部を攻撃するのは忍びないが、闇統べる王ロード・ディアーチェとエルシニアクロイツがうぬに滅びを命ず。絶望にあがけ塵芥っ! エクスカリバー……」

 

「ブレイカー!」(×3)

 

 マテリアル3人娘による超必殺魔法が同時炸裂し、今度こそテュフォンの身体が砕け散る。

「コアの露出を確認。あはは〜、捕まえましたよ〜」

 すかさず佐祐理がコアを固定した。

「いくわよ、目標は軌道上。せ〜のっ!」

「長距離転送っ!」(×2)

 真琴と佐祐理が、テュフォンのコアを軌道上へ転送する。後はそこで待機しているエターナルに任せるだけだ。

「つかぬ事を聞くが、この後あれはどうなるのだ?」

「どうって……軌道上に待機しているエターナルのアルカンシェルで破壊するんだが……」

「なに? それはすぐにやめろっ!」

 祐一から話を聞いたディアーチェが血相を変える。

「いきなりどうした?」

「どうしたもこうしたも、我らにアルカンシェルは効かぬのだ」

「どういう事だ?」

 過去の対処にも、覚醒した主ごとアルカンシェルで葬り去ったという実例がある。なので、闇の書事件の対処には、アルカンシェルの使用が半ば慣例化しているのだ。

「闇の書が転移に使用する魔力は、アルカンシェルから得ているところもあるんです。砲撃後に闇の書の反応がなくなるのは、転移してしまうからです」

 それなら命中確認後に、闇の書の反応も再生も確認されないのもうなずける。彼女達の存在が、その言葉の正しさを証明していた。

「今の防御プログラムは、我らと言う統制体を欠いておる。迂闊に砲撃しようものなら、そのエネルギーで転移されてしまうぞ。それは無尽蔵に魔力を喰い尽くす怪物を解き放つようなものだ」

「じゃあ、どうすればいいんだ? もうエターナルは発射態勢に入っているんだぞ?」

 これで倒せるというところに、突然そんな事を言われても対処のしようがない、こんなことなら、はじめらきちんと説明しておくべきだったと祐一が後悔してももう遅い。もはや成す術がなくなった時、恐るべき魔力が集束していくのを祐一は感じた。

「名雪……?」

 祐一の視線の先には、ブルーディスティニーを天空に向けて構える、名雪の姿があった。

「いくよっ! ブルーディスティニー」

『よっしゃあっ! いくで名雪っ!』

「ロングレンジモード、バレルオープン! マグナムカートリッジロード、アヴァランチダッシュ!」

『よっしゃあっ!』

 マグナムカートリッジが消費されていくたびに、魔力が爆発的に膨れ上がっていく。遥か彼方の天空に向けてブルーディスティニーを構える名雪の姿を、その場にいた一同が注目していた。まるでL級次元巡行艦の艦首部分のような形状に変形したブルーディスティニーの穂先に、凄まじいまでの魔力が集中していく。

「ディスティニーミラージュ、いくよっ!」

『よっしゃあっ! タイミングはウチが、トリガーは名雪に預けるで』

「まさか、あいつ……」

 祐一は思わず生唾を飲み込んだ。どうやら名雪はここから転送したコアを狙い撃つつもりらしい。

『カウントダウン、いくで。テン……ナイン……エイト……セブン……シックス……シックス……シックス……』

「無理して英語でカウントダウンする必要はないよ。日本語でやればいいから」

『そうか? そんなら気を取り直して、十……九……八……七……六……五……四……三……二……一……ゼロ。今やっ! 名雪っ!』

「え? ちょっと待ってよ」

『ここで止めるんかい?』

「ゼロも英語だよ? 全部日本語で統一した方がいいんじゃない?」

『一理あるな……。そんなら気を取り直して。十……九……八……七……六……五……四……三……二……一……零っ!』

『レディ?』

 名前を呼ばれたと勘違いしたレイフォースが律儀に返事をし、その場にいた一同がお辞儀をする中、夜の暗闇を真昼に変えるかのような閃光と共に、凄まじいまでの魔力が解き放たれる。

「狙い撃つよ、成層圏の彼方までっ! ディスティニーミラージュ、シュート!」

 遥か彼方の天空に浮かぶ、五円玉の穴の直径よりも小さな目標に向かい、青い魔力光が突き進んでいった。

 

「コアの転送来ますっ! 転送されながら、凄い勢いで再生されてますっ!」

(そうこなくっちゃ……)

 オペレーターからの報告を受け、エターナルの艦長席で浩平は呑気にそんな事を考えていた。なんてったってアルカンシェルはエターナルのようなL級次元巡行艦に搭載できる魔道砲としては、最大級の威力を誇っている装備だ。それだけに浩平は、自分が艦長となった暁には、いつか必ず撃ってみたいと思っていたのである。

「アルカンシェル、バレル展開っ! ……って浩平。随分と楽しそうだね……」

「そりゃそうだ、瑞佳。アルカンシェルだぞ、アルカンシェル。これを撃てる日が来るなんてな……」

 アルカンシェル使用の判断は、搭載した艦の艦長に委ねられる。今の状態は、まさにキチガイに刃物だった。

「よし、ファイアリングロックオープン。撃ったらすぐに安全圏まで退避するぞ。準備を急げっ!」

 しかし、出す命令は的確で完璧だ。そんな浩平の姿に頭を抱えつつ、瑞佳はオペレーションを続ける。

「艦長、大変ですっ! 地上より高魔力反応っ!」

「なに?」

「魔力攻撃、来ますっ!」

「回避しろっ!」

「本艦にではありませんっ!」

「まさか……」

 突然の報告に、浩平はアルカンシェルを発射するのも忘れてモニターを食い入るように見つめる。地上から伸びた青い魔力光が、軌道上に漂うコアを一瞬で凍てつかせ、爆発的に膨れ上がった魔力が周囲の空間を激しく振動させる。

「次元震発生っ! 衝撃波きますっ!」

「なに?」

 次の瞬間、すさまじい衝撃がエターナルに襲いかかる。ブラックアウトする寸前のモニターに映し出されたのは、凍てついて細かく砕け散ったコアが、次元震によって引き起こされた虚数空間に吸い込まれていくところだった。

 

「……これですべてが終わったのか?」

「そのようだ……」

 終わってみるとあっけない結末に、祐一はただ呆然とつぶやいた。それはディアーチェも同じようで、名雪の保有する魔力量と砲撃の射程距離に唖然としているようだ。そんな中で香里だけは、5年ほど前に名雪がディスティニーミラージュを最大出力で発射する場に立ち会った時の事を思い出していた。

(確か、あの時も名雪は単純魔力砲で結界を破壊した挙句、その余波で次元震を誘発して虚数空間を出現させたのよね。その時に出来た次元の隙間から出てきたのが、プレシアさんとアリシアちゃんだったっけ……)

「うにゃぁぁぁぁ……」

 その時、魔力を使い果たした名雪が力尽き、意識を失ってしまった所為か地上へ落下をはじめる。

「おっと」

 その身体を素早く支えた祐一は、そのあどけない寝顔を見てついつい微笑んでしまう。

「良くやってくれた、名雪。今はゆっくり休んでくれ」

 こうして、闇の書が関わる最大級の余波災害は、静かに幕を引くのだった。

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