第二十七話 風の辿り着く場所

 

「……悪いが、もう一度言ってくれないか?」

 次元震の直撃により、自力での航行が不可能となったエターナルの救援要請を受け、付近を試験航行中であったXV級新型次元航行艦クラウディアが即座に駆けつけてきた。その時、艦長のクロノ・ハラウオンは折原浩平からの報告を受け、目が点になった状態のまま聞き返した。

「わかった。もう一度ありのままの事実だけ言うぞ? 転送されてきた闇の書のコアにアルカンシェルを発射しようとした時、地上からの単純魔力砲の砲撃により生じた次元震に巻き込まれて艦が大破。闇の書のコアはその際に生じた虚数空間に吸い込まれ、永久封印に成功した。以上だ」

 確かに、浩平の言っている事に間違いはないのだろう。しかし、地上から一万キロメートル上空の目標を単純魔力砲で狙撃したと言われても、にわかには信じがたいのも事実であった。しかも、その際の余波で次元震を誘発し、虚数空間まで出現させたとなると眉唾ものもいいところだ。

 とはいえ、エターナルが自力航行不能レベルの損害を受けている以上、その報告が事実であると認めざるを得ない。

 結局のところ、いくら事実ありのままを上層部に報告したとしても、状況そのものが非現実すぎて誰も信じてくれないだろうという事だけが容易に予測出来ていた。

「それで、マテリアル達はどうしてるんだ?」

「おとなしくはしてるが、少々問題があってな」

「問題?」

「今回マスターになった美坂栞という少女には家族がいるから、ディアーチェ達の行き場所がなくてな。彼女が八神はやてみたいに天涯孤独の身の上であれば問題はなかったんだが……」

 ただでさえ栞の治療費を稼ぐために両親が相当無茶をしているのに、さらに3人も食い扶持を増やすわけにいかない。結局のところ、栞の家で面倒をみるわけにいかなかったので、現在は佐祐理の家で厄介になっているディアーチェ達であった。

「まあ、いい。それは後で聞くとしよう。とにかくこれで、闇の書事件は完全に終了したとみて間違いないんだな?」

「ああ。ディアーチェ達から事情聴取した結果、もう暴走は起きないそうだ」

「信じていいのか?」

「ディアーチェ達の言葉を信じるならな。それに、彼女達に言わせると、そもそもの原因ははやての方にあるらしい」

「はやてに?」

「彼女が管理者認証を受けた後、防御プログラムを切り離しただろ? それが夜天の魔道書に回復不可能なレベルの歪みを生じさせてしまったんだ」

「良かれと思ってした事が、そういう結果を招いてしまったわけか……」

「ある程度の蒐集を行った夜天の魔道書は管理人格プログラムが起動し、蒐集完了後の管理者認証が正常に行われるまでの間、主と蒐集した魔法データを守るために防御プログラムによる防衛行動をとる。これが闇の書の暴走として知られるものなんだが、実はそれが正常な状態なんだ」

 この間防御プログラムは、ほとんど暴走とも取れる過剰防衛行動をとる場合がある。また、管理者認証がうまくいかなかった場合、防御プログラムはデータの保護を最優先とし、機密保持のために主の魔力を喰らい尽くして死に至らしめる。それが夜天の魔道書を呪われた闇の書と呼ばせた原因であった。

 これまでは歴代の主を経るうちに悪意ある改変が行われていたと考えられていたが、防御プログラムの構成体であるディアーチェ達の証言を総合すると、今までにそのような改変は受けた事が無い。そもそも、夜天の魔道書のプログラムに介入して改変するには、管理人格プログラムに管理者として認証されないといけない。そのためには、パスワードと管理人格プログラムの名称を正確に告げる必要があるのだ。

「で、管理者認証が正常に機能したはやては暴走する防御プログラムを脅威と判断し、夜天の魔道書のプログラムに介入して守護騎士プログラムや管理人格プログラムから切り離した。ところが、ディアーチェ達の話によると、夜天の魔道書本来のデータは切り離した防御プログラム側にあった」

 それをみんなで一生懸命破壊したというわけである。その結果、夜天の魔道書のデータが一時的に失われてしまったので、リインフォースであっても修復は不可能となってしまったのだった。

「なるほどな……。それならリインフォースから本来のデータが失われていたというのもわかるな。だが、それならどうしてシグナム達やリインフォースはその事を知らなかったんだ?」

「ディアーチェ達は防御プログラムの構成体で、データのバックアップや修復がメインだ。だから、彼女達は夜天の魔道書がこの世に生み出されてから、現在に至るまでのデータを細大漏らさず記録している。そこは彼女達が主の守護を目的とする守護騎士プログラムや、システム全体の管理をする管理プログラムとは役割が異なるところだそうだ」

 そこで浩平は、一旦言葉を区切る。

「そもそも、管理プログラムは蒐集が400ページを超えないと起動しない。守護騎士プログラムは新たな主のもとで起動するたびに、基本プログラム以外の部分がリセットされてしまうので、前の主の記憶を継承する事が出来ない。繰り返される時間の中で様々な主の元を渡り歩く守護騎士達にとっては、そのほうがよかったのかもしれなかったが、結果として誰も夜天の魔道書の真実を知らないという事になってしまったんだ」

「そうだろうな。あの後無限書庫で追跡調査を行ったが、めぼしい資料は出てこなかった」

「ディアーチェ達はそれを知らせようとなんとか復活を試みたんだが、欠片になってしまってはどうする事も出来なくてな。結局、その行動は闇の書事件の余波災害として処理される事になった」

 それにはクロノも関わったのでよく知っている。

「まあ、詳しい事情は後で祐一がレポートを提出するから、それを閲覧してくれ」

「わかった。で、祐一はなにをしてるんだ?」

「今頃は通信でマリーさんと話してるんじゃないかな」

 

『使ったの? マグナムカートリッジ……』

「使ったのは俺じゃなくて、名雪なんですけどね……」

 マグナムカートリッジは祐一がアイディアを出してわざわざ開発してもらったものであるが、実際の使用に関してはかなり問題があった。フルドライブ時にさらに30%の出力強化を可能とするアイテムではあるが、その分魔導師の身体にかかる負担も半端ではなく、著しい消耗を招いてしまう。

 限界稼働状態であるフルドライブの、さらに限界まで能力を絞り出すのがその原因であった。おまけに通常のカートリッジよりも魔力のチャージ時間を長くとる必要があるため、恐ろしく使い勝手が悪いのだ。

『でも、その子よく無事だったわね』

「名雪はアスリートですからね。鍛え方も半端じゃないんですよ」

『……そう言う問題じゃないと思うけど?』

「ほら、身体に魔力的な負荷をかけて魔力量を増大させるっていうトレーニングがあるじゃないですか」

『ええ』

 魔力負荷の度合いにもよるが、普通の魔導師であれば日常生活すら困難になるという。

「あいつ、その状態で早朝ダッシュするんです……」

『…………』

「おまけにインターハイに出場して、大会新記録を打ち立てたそうです……」

 そこまでくると、流石のマリーも言葉を失ってしまう。下手をすると、戦闘訓練をしている武装局員よりも鍛えているんじゃないかと思うくらいだ。

「流石に今は疲れて寝込んでいますけどね……」

『でしょうね……』

 モニター画面の向こうとこっちで、マリーと祐一は同時にため息をつく。フルドライブのアヴァランチモードで、さらにマグナムカートリッジを使用して、一万キロメートル上空の軌道上に位置する目標を単純魔力砲で狙撃し、その余波で時空震を誘発させて対象を虚数空間に落としこんで完全撃破に成功した。

 管理局がはじまって以来、個人の行った戦果としては最高なのではないだろうか。近傍にいたL級次元航行艦を一隻大破させたという点において、与えた損害も最高なのかもしれないが。

 普通ならそれだけの魔力を消耗してしまうと生命に関わってしまいかねないのに、ただ寝ているだけというところがなんとも気の抜けるところである。

 祐一との通信を終えたマリーは、消えたモニター画面を見て軽くため息をついた。

 今回の一件では実に多くの魔導師の発掘に成功していた。しかも、そのほとんどが管理局でも即戦力レベルの逸材ばかりであり、その意味ではなんとしても管理局にスカウトしたいところであった。

 実のところ新たなる守護騎士となった4人は、ロストロギアの不正使用を上手く利用した司法取引を持ちかけて将来的に入局させる算段は整っているのだが、問題は名雪であった。この事件で最大の功労者となった名雪は、実のところ局の業務に対して前向きな姿勢を見せていないのである。

 長大な砲撃力と頑健な防御力を持つ名雪はミッド式の重装砲撃魔導師として理想的であるし、豊富な魔力と強靭な基礎体力に裏付けされた実力は管理局内でもトップクラスに位置するだろう。管理局で人事を担当するレティとしては、ぜひとも欲しい逸材であった。

 そこでレティはマリーに、名雪を入局させるためになにかいいアイディアはないか打診してきたが、一介の技術畑の人間にそんな事がわかるはずもない。

 結局、ただ重苦しいため息をつくだけのマリーであった。

 

「もう。名雪ったら、なかなか目を覚まさないから心配したわよ?」

「うん。ごめんね、香里」

 目を覚ました名雪は、香里と一緒にあゆの案内で山道を歩いていた。あゆの真剣な様子に根負けして付き合っているのだが、ふたりはどうしてあゆがこんなところを歩いているのかさっぱりだった。

「そう言えば、香里。栞ちゃんは?」

「ああ……。栞なら検査入院を抜け出して無断外泊したから、お医者さんと看護師さんに怒られてるわ」

「そっか……。悪い事しちゃったかな?」

「自業自得よ」

 口ではそう言うが、香里も栞の事となるとどこか心配そうだ。そう言う香里の微妙な表情の変化を見つけると、名雪もなぜだか少し楽しい気分になってくる。

「でも、あゆちゃんのお話ってなんだろうね?」

「行ってみればわかるわよ」

 やがて一行は、少し開けた場所に辿り着いた。まわりは木々が取り囲んでいるのに、そこだけぽっかりと穴が開いたように空が広がっている。その中央には大きな切り株があり、そのまわりだけ地面が顔をのぞかせていた。

 好奇心旺盛な子供達なら格好の遊び場になるだろうし、秘密基地としてもうってつけな、そんな空間だった。

「あゆちゃん、ここは……?」

「ここはすべてのはじまりの場所。そして、ボクが生まれた場所……」

 その時名雪は、7年くらい前に森で大きな木が切られたという話を思い出した。それがこの場所だとすると、この大きな切り株はその時の名残なのだろう。木が切られた理由は、木に登って遊んでいた女の子が木から落ちて重傷を負ったからだと聞いた事がある。当時はなんの事だがわからなかったが、こうしてあゆと一緒にいると、名雪はあゆがその時の女の子じゃないかと思えてきた。

「全てを終わりにするには、丁度いい場所だと思わない?」

「全てを終わりにするって?」

「どういう事なの? あゆちゃん」

「2人には、ボクが空に還るのを手伝ってほしいんだ。名雪さんと香里さんだから、お願いしたいんだよ」

 ぽつぽつとあゆは語りだす。

「名雪さん達のおかげで、ボクは取り返しのつかない事をする前に止まる事が出来た。栞ちゃんも殺さないで済んだ。終わってみると誰もが笑顔になって、本当にすごい事だとボクは思う……。だから、ボクを名雪さん達の手で終わりにしてほしいんだ」

「なに勝手な事言ってるのよ。栞はこの事を知っているの?」

「教えてないよ。だって、これ以上栞ちゃんを悲しませたくないし……」

 やがてそこに守護騎士である北川達4人が姿を現した。

「儀式をはじめよう。もう……時間がないから……」

 

 特徴的なベルカの魔法陣の中央にあゆ。正三角形の頂点に位置する円形の部分に北川達守護騎士。それを左右からはさみ込むようにブルーディスティニーを構えた名雪とシュトゥルムテュランを構えた香里が位置し、あゆ消滅の儀式が着々と進行していく。どこまでも広がる夕焼けの中で、赤く染まったあゆが静かに微笑んでいる。その姿は悲しいくらいに穏やかで、まるで自分が消滅する事が当然であるというように。

「……短い間だったけど、名雪さんには本当にお世話になったよね」

「ねえ、あゆちゃん。ずっとこの街にいる事って出来ないのかな?」

「うん。ごめんね、名雪さん」

 どこまでも優しく、どこまでも悲しい笑顔であゆは謝罪の言葉を述べる。そして、いよいよあゆが消滅するという、まさにその時だった。

「あゆさんっ! みなさんもっ!」

 突然現れた栞に誰もが驚き、思わず駆け寄ろうとしたのをあゆが止める。今この場を動かれてしまうと、儀式の進行がストップしてしまうからだ。

「消えるってどういう事ですか? どうしてあゆさんが消えなくちゃいけないんですか? そんなの……悲しすぎるじゃありませんかっ!」

「……泣かないで、栞ちゃん」

 あゆの表情がいつも通りの、本当にいつも通りの笑顔に変わり、優しく栞を慰めた。

「栞ちゃんに、最後のお願いだよ。ボクの事……忘れてほしいんだ……」

「あゆさん?」

「ボクなんて、最初からいなかったんだって……。そう、思ってほしいんだ……」

 あゆの悲痛そうな笑顔は崩れ、あふれる涙が頬を伝って流れおちる。

「だってボク、本当はここにいちゃいけないんだ。本当はもう二度と食べられないはずだったたい焼きもいっぱい食べられた。祐一くんとももう一度会えたし、名雪さんとも仲良くなれた。栞ちゃんとも友達になれたし……」

 思わず栞はあゆの身体を正面から抱きしめていた。悲しい思い出を背負い、自分の運命を正面から見据え、もっとも辛い選択をした少女を。

「栞……ちゃん……?」

「……そんなの、私だって一緒です」

 本当は、次の誕生日まで生きられないだろうと言われた。大好きなアイスも、もう二度と食べられないかもしれなかった。でも、栞はすれ違っていた姉とも仲直りが出来たし、気がつくと大勢の人達に囲まれて笑っている。それなのに、どうしてあゆだけがひとりで空に還ろうとするのか。

「あゆさんは、ひとりぼっちじゃないはずです。ずっと悲しい思いをしてきて……これからっていうのに……」

「本当は、ボクだってずっとみんなと一緒にいたいよ……」

 涙交じりのあゆの声が聞こえる。

「ねえ、栞ちゃん。ボクの身体、まだあったかいかな……」

「はいっ!」

「……良かった。ボクはみんなと出会えて、本当に幸せだったよ……。ありがとう。そして、さようなら……」

 不意に栞の腕の中からあゆのぬくもりが消える。まるで、最初からなにも存在していなかったかのように。あゆの身体は金色の粒子となって吹き抜ける風に交じって天に昇っていく。そして、栞の手にはあゆがずっと探していた、ボロボロになった天使の人形だけが残された。

 その場にいた誰もが悲しみに包まれるなか、ひとつだけ確かな事があった。それは、最後のあゆが間違いなく笑顔であった事である。

「そうですよね……あゆさん」

 あゆの消えた空を見つめ、栞はそう呟いた。

 

夢。

夢を見ている。

また同じ毎日の繰り返し。

終わりのない夢の中で、

来るはずのない朝を望んで、

そして、同じ夢の中に還って来る……。

赤くて、

白くて、

冷たくて、

暖かくて、

悲しくて、

嬉しくて、

そして……。

また同じ毎日の繰り返し。

ずっと前から、何年も前から気づいていた。

終わらない夢を漂いながら……

来るはずのない夜明けを望みながら……

ボクは、ずっと同じ場所にいる。

 

「……なんだ、みんなここにいたのか」

 その時、がさがさと茂みをかき分けて祐一が姿を現した。隣には真琴の姿もあり、図らずもここに主要なメンバーがそろった事になる。

「祐一さん……。今、あゆさんが……」

「そうか……」

 涙交じりの栞の声に、祐一はすべてがわかっているというように頷いた。

「みんなに会わせたい奴がいるんでな、無理言って連れてきたんだ。ほれ」

 良く見ると、祐一の背中に誰かが顔をうずめている。長い栗色の髪を揺らして顔をあげたその少女は、栞達がよく知る人物にそっくりだった。

「あの……みなさん、はじめまして。月宮あゆです……」

 止まっていた時間が、今ゆっくりと動きはじめるのだった。

 

 留まる事なく、季節は流れていた。

 街を覆っていた雪はその姿を消し、淀んだ雲からは銀色の雨が落ちていた。木の枝は新緑の葉を湛え、虹の空にゆらゆらと浮かんでいた。

 冬の寒さを、雪の冷たさを忘れそうになるくらい、あの日々は遠い思い出の彼方だった。

 変わる事なんてないと思った街並みが、どんどん新しい色に染まっていく。春と呼ぶにはまだ早いが、それでも確実に季節は変わっていた。

 いつのころからか違和感のなくなった部屋で、祐一はふとそんな事を考えた。

 もうひとつの闇の書事件は前回同様、発覚から比較的短時間で解決し、人的な損害をほとんど出さないまま終結した。少なくとも、ひとりの死者もでていないのだから、極上の終わり方だったのだろう。

 事件が終わってからは、何事もないありふれた日常が帰ってくる。

 闇の書の呪縛から解放された栞は、1月の最終週には復学した。出席日数が足りなかったものの、なんとか試験に合格し、美汐と共に春から2年生をする事となった。

 真琴は相変わらず水瀬家でゴロゴロしており、空いた時間を秋子の助手をして過ごしていた。春という季節は好きなのだが、春になると肉まんがなくなってしまう事を嘆いている。

 舞と佐祐理は無事に卒業し、将来の進路を時空管理局に決めていた。これは管理局任務に従事する事で罪の償いをする、というのも目的のひとつであるが、それ以上に佐祐理達は自分の魔法を正しく使いたいと思っていた。

 そんなわけで佐祐理は、将来的には執務官になる事を目指して舞と共に士官学校へ進学した。

 そして、あゆはリハビリを続ける毎日を送っている。その間にあゆは髪を切ったのだが、切り過ぎてしまった所為か帽子が手放せなくなり、その事で祐一に笑われてしまうのだった。

 

 空の青さが眩しかった。そよぐ風が心地よかった。流れる景色を見つめているのが好きだった。もうすぐ遅刻するかもしれないという危機的状況でなければ、変わりはじめた街の風景を堪能しているところだ。

「……どうして、俺達は新学期早々走ってるんだろうな」

「わたしは、ちゃんと早起きしたよ」

 今日から3年生だから、と早起きした名雪をからかっていたらこの時間になった。と、言うのが真相だが、それを言うのはなんとなく負けのような気がする祐一である。

「でも……」

 不意に寂しげな表情を浮かべて、名雪は祐一を見た。

「祐一はもうすぐ帰っちゃうんだよね? 事件も終わっちゃったし……」

 それ自体は喜ぶべき事なのだろう。しかし、それは祐一と過ごす日々の終わりでもある。今はこうしていられるが、それもいつまで続くのかわからないのだ。

「あ〜、その事なんだがな、名雪」

 そんな名雪の表情を少し可愛いなと思いつつ、祐一は口を開いた。

「この間管理局から辞令が来たんだ」

「うん」

「今回の事件で、この街には大勢の魔導師がいる事がわかっただろ? だから、魔法を正しく使えるようにするため、俺に指導教官をやれって話が来たんだ」

「それって……」

「まあ、なんだな。そんなわけで、もうしばらく水瀬家のお世話になるから」

 横を走っていた名雪の姿が消え、そのすぐ後に祐一の背中に温かくて柔らかい感触があった。

「……こら、重いだろっ」

「ひどいよ〜、わたし重くないよ〜」

 祐一の耳元で、名雪の楽しそうな笑い声が聞こえる。

「そう言えば、祐一に訊きたかったんだけど……」

 そう言って名雪はスカートのポケットから1枚のプリントを取り出した。

「今朝管理局からわたし宛てに届いたんだけど、これなにかな? なんだか数字みたいなのが書いてあるけど……」

「ああ、それはお前のデバイスの修理代と改造代だ。それに調整費用も含まれている」

 正式な管理局員や、祐一のように管理局嘱託魔導師の認定を受けているなら必要経費という事で落とせるが、名雪のように嘱託扱いの民間人協力者であるとそういうわけにもいかない。こればかりは今回の事件で最大の功労者である名雪でも、得られるものは管理局からの感謝状ぐらいなものである。

「わたし、こんなに払えないよ?」

「大丈夫だ。俺と一緒に管理局の任務をいくつかこなせば、これぐらいの金額だったらすぐに返済できる」

「え? それじゃあ……」

「しばらく一緒って事だ」

 祐一は背中に名雪の温かさを感じつつ、頷いた。

 この後校門で香里と会った祐一は、名雪と同じ質問をされる事となる。これが後にトリオを組むようになるきっかけとなった。

 

 とまっていた思い出が、ゆっくりと流れはじめる。

 北国の遅い春は、もうすぐそこまで来ていた。

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