第一話 極北、伝説の神闘士(ゴッドウォーリア)

 

むっ? なんだ、この小宇宙(コスモ)は……」

 ここは聖域(サンクチュアリ)。金牛宮を守護する黄金聖闘士(ゴールドセイント)の石橋は、奇妙な小宇宙(コスモ)を感じて振り向いた。

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぃっ!」

「むぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 突如として現れた小柄な少女の一撃で、石橋は一瞬にして倒されてしまう。倒れ際に石橋は、好みのタイプだったと呟いていたとかいなかったとか……。

 

 ところ変わって、ここは水瀬家。ちょっと舞台は違うが、とりあえずそういうことにしておいて欲しい。

「ほら〜見て、祐一。チョウチョだよ〜」

「ふふっ、真琴のやつ……」

 のどかな一日。この日祐一は、真琴と一緒に庭の散策を楽しんでいた。

「大変ですっ!」

 しかし、そんなのどかな時間は長くは続かない。

「なんだって? 石橋が?」

 突然の知らせに祐一は眉をひそめる。いくら雑魚とはいえ、石橋も立派な黄金聖闘士(ゴールドセイント)。そんな簡単にやられるはずが無い。

「一体、誰が……」

 そこに突然、凍てついた風が巻き起こった。

「あなたが、相沢祐一(アテナ)?」

 祐一が振り向くと、そこには一人の少女がいた。肩口で切りそろえたショートヘアと、右の髪に結んだ白いリボンが印象的だ。

「そうだけど、君は?」

「私は北欧アスガルドの神闘士(ゴッドウォーリア)。ゼータ星ミザルの藤林椋と言います」

「アスガルド?」

 聞き覚えのない言葉に、小首を傾ける真琴。

「そうです。私は北の国から祐一さん、あなたの生命をいただきに来ました……」

「あう〜、なんですって〜」

「もっとも、はじめは聖闘士(セイント)の中でも、最強といわれる黄金聖闘士(ゴールドセイント)の実力を試すつもりだったのですけど。あの程度の実力では聖域(サンクチュアリ)も祐一さんも無防備同然ですね……」

「じゃあ、君が石橋を?」

 椋は小さく首を縦に振る。実力を試す、というなら石橋では役不足だな。などと失礼なことを考える祐一。

 まあ、石橋だしね……。

「次は祐一さん、あなたの番ですよ……」

「あう〜、なにを言い出すのよぅっ!」

 真琴が祐一の前に立ちふさがる。

「真琴がいる限り、そんなことはさせないんだからね」

「雑魚に用はありません……」

 椋の手が軽く一閃しただけで、真琴の身体はまるでぼろ雑巾のように吹き飛ばされしまう。

「真琴〜っ!」

「心配はいりません。軽く撫でただけですから」

 片手で真琴を吹き飛ばしておきながら、涼しげな微笑を浮かべる椋。

「あの子の生命なんていりません。私が欲しいのはあくまでも祐一さん。あなたの生命なのですから……」

 守るものがいなくなった祐一に、椋は悠然と歩み寄っていく。

「祐一さん。その首、もらいますっ!」

 椋の右手に握られたトランプが祐一の喉元に届こうした刹那、チェック柄の布がその手に巻きつく。

「何者ですか?」

 もう少しで祐一の喉をかき切れる、と思った椋が振り向くと、そこには一人の少女がいた。

「アンドロメダ栞。祐一さんに手出しは許しません」

「来てくれたのか、栞」

 祐一の声に、軽く微笑む栞。

「ボクもいるよ!」

「あゆ!」

 祐一が振り向いたその先にはあゆ。

「誰だか知らないけど、祐一くんに手を出すなんてことはさせないよ」

 あゆと栞が揃い踏みする。

「栞ちゃん。新生ペガサスの聖衣(クロス)、早速役に立ちそうだね」

「ああっ! 二人とも。それが美汐に修復してもらった、新しい聖衣(クロス)なのね」

 真琴の明るい声が響く。十二宮の戦いで死に絶えてしまった聖衣(クロス)がどうなっていたか不安だっただけに、真琴の喜びもひとしおだ。

「そうだよ、真琴ちゃん。心配かけたみたいだね」

「そう……あなたたちも聖闘士(セイント)ですか……」

 椋はゆっくりとあゆたちに向き直る。

「それなら……いいでしょう。アスガルドの神闘士(ゴッドウォーリア)に比して、聖域(サンクチュアリ)聖闘士(セイント)がどれほどのものか教えてあげます……。このミザルの藤林椋が!」

「栞ちゃん、ここはボクに任せて。こいっ! 椋ちゃん」

「気をつけろ、あゆ。その子は石橋を一撃で倒したんだ」

「えっ? 石橋先生を……?」

 祐一の声に戦慄するあゆ。それでも、対峙した二人の間で次第に乙女小宇宙(おとめコスモ)が高まっていく。

 巨大なサーベルタイガーを背負う椋。

 巨大なたい焼きを背負うあゆ。

(えう……。凄まじく気迫に満ちた小宇宙(コスモ)です……)

 椋の放つ圧倒的なまでの小宇宙(コスモ)の高まりに、思わず息をのむ栞。

(これは……。十二宮で戦ってきた、黄金聖闘士(ゴールドセイント)に勝るとも劣りません……)

「いきますっ! バイキングタイガートランプ!」

 椋の拳があゆを襲う。椋とあゆの身体が交差した瞬間、凄まじいまでの椋の拳圧に、あゆの身体ははじき飛ばされてしまう。

「うぐぅっ!」

 鋭い椋の拳はまるで光速。なすすべも無いまま大地に叩きつけられるあゆ。

「あゆっ!」

「あゆさんっ!」

 慌ててあゆに駆け寄る祐一と真琴。そして、栞。助け起こしたその身体には、無数の傷跡が残されていた。

「これは凍気?」

 祐一がうめく。

「もしも、新しい聖衣(クロス)じゃなかったら……。今頃ボクの身体は……」

 椋のトランプでずたずたになっていたことは間違いない。

「うぐぅ、北欧アスガルドの神闘士(ゴッドウォーリア)って一体……」

「アスガルドは、北の世界を守る聖なる地だ」

 祐一が答える。

「だが、神闘士(ゴッドウォーリア)はあくまでも伝説の存在のはずだ。それがなぜ今になって……」

「アスガルドの神オーディンに仕えし、ポラリスの公子さんがついに立ったのです。祐一さん、あなたに代わってこの地上を治めるために」

「なんだって?」

「私たち神闘士(ゴッドウォーリア)は、北極星ポラリスに付き従う北斗七星のように、公子さんを守るために数千年の眠りから蘇った神闘衣(ゴッドローブ)を身にまといました。私たち神闘士(ゴッドウォーリア)は、必ず公子さんと一緒に聖域(サンクチュアリ)をうち倒すことになるでしょう」

「うぐぅ……。そんなことはさせないよ……」

 あゆは足元がふらつきながらも必死に立ち上がる。

「あゆさん、その身体では無理です。ここは私に任せてください」

 そう言って栞は椋を睨みつけた。

「北の世界を守るはずのアスガルドが、地上を支配するなんて許せません」

「それならあなたもくらいなさい。藤林椋の拳を」

「守って、ストール!」

 椋の拳が栞に届く瞬間、ストールが動いてその拳圧を封じ込めてしまう。

(私の拳が完全に防がれてしまいました……。これが噂に聞くアンドロメダのネビュラストール……)

 自分の拳が完全に防がれてしまったにもかかわらず、椋は不敵に微笑む。

「いくらあなたのストールが鉄壁の防御を誇ろうとも、攻撃のほうはどうでしょうか?」

「試してみますか?」

 こちらも負けず劣らずの不敵な微笑で答える栞。

「サンダーストール!」

「これは……?」

 攻撃に転化した栞のストールを、椋は大きくジャンプしてかわす。

「うっ」

 椋の動きを眼で追った栞は、その背にした太陽に目を眩まされてしまう。

「バイキングタイガートランプ!」

「えぅ〜……」

 椋の拳の直撃を受け、大地に倒れる栞。椋がとどめをさそうとした刹那、何者かが栞の身体を抱きかかえ、攻撃をかわす。

「誰ですか?」

「フェニックス香里」

 大人の余裕の笑みを浮かべ、二人の戦いに割って入る香里。

「妹に代わってあたしが相手をしてあげるわ」

 静かに乙女小宇宙(おとめコスモ)を高めあう二人。

「待って、香里さん」

 そこにあゆが声をかける。

「さっきの一戦で、ボクを倒したと思われるのは嫌だからね」

「今度は怪我だけではすみませんよ?」

「それはどっちかな? そういうことはボクの拳を受けてから言ってよ。タイヤキ流星拳!」

 あゆの拳から無数のたい焼きが放たれる。

「なにが流星ですか。このくらいのスピードで……」

 次から次へと迫り来るたい焼きを、椋は余裕でかわしていく。

「うぐぅぅぅぅぅぅっ!」

 かわし続けていくうちに、椋は奇妙なことに気がついた。

(そんな……。たい焼きの数がどんどん増えていく?)

 乙女小宇宙(おとめコスモ)が高まることにより、あゆの放つたい焼きが光の軌跡を描き出す。

「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!」

 無数のたい焼きが椋をとらえ、その身体をはじき飛ばした。

「見事ですね……私にダメージを与えるなんて……。でも、あなたの流星拳のスピードでは、私の薄皮一枚を傷つけるのがやっと……。私のバイキングタイガートランプは、その何倍ものスピードであなたに当たっています……」

「うぐぅ……。いつの間に……」

 よく見るとあゆの身体には、無数の傷が刻み込まれている。

「……次はそうはいきませんよ。神闘士(ゴッドウォーリア)の名誉にかけて、全力でいきます」

「それなら、ボクだって負けない」

 二人の間にさらなる乙女小宇宙(おとめコスモ)が高まっていく。

「待て、二人とも」

 そこに祐一が声をかけた。

「このままお前たちが戦えば、どちらもただではすまない。それほどまでの相手だぞ」

「でも……」

「……あゆ、祐一の言うとおり」

 そこにドラゴン舞とキグナス名雪が現れ、祐一の左右を固める。

「……いいでしょう。どうやら私も聖闘士(セイント)を侮りすぎていたみたいですから……。祐一さんの生命をいただくためには、まずあなたたちから倒さなくてはいけないみたいですね……。でも、まもなくその日も来るでしょう。公子さんを仰ぐ、私たち神闘士(ゴッドウォーリア)が祐一さんの聖闘士(セイント)を倒す日が。そのときにまた会いましょう、ペガサス……」

 そう言い残して椋はその場を去る。

 こうして平和な日常は終わりを告げ、新たなる戦いが幕を開けた。

 

「せっかくみんなに会えたって言うのにな……」

 水瀬家のリビングで、祐一はため息混じりにそう呟いた。

「あの……祐一さん。神闘士(ゴッドウォーリア)の言っていた、ポラリスの公子さんって……」

「俺の知る限りだと、アスガルドの公子さんは平和を愛する女性のはずだ」

 栞の問いに、祐一は短く答える。

「うぐぅ、それがどうして?」

「アスガルドに、なにか異変があったとしか考えられないな……」

「うにゅ、それならわたしがアスガルドに行って調べてくるよ」

 真っ先に立ち上がる名雪。

「……それなら私は、佐祐理に話を聞いてくる。佐祐理なら、なにか知っているかもしれないし……」

 次に立ち上がった舞に、祐一は軽くうなずいた。

 この地上から邪悪は消え去ったはず。それなのにはじまってしまう戦い。このとき祐一の脳裏には、不吉な影がよぎっていた。

 祐一はこのとき、アスガルドに向かうことを決意していた。

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