第四話 安寧、だけど牙むく狼たち
祐一は自らの小宇宙を高めることで、なんとか氷が融けだすのを押さえている。その姿を真琴は、風子と共に、黙って見ているしかなかった。
「ねえ、どこか安全なところに隠れない?」
風子の身体を案じ、真琴はそう提案した。さっきの神闘士が来たら、おそらく真琴ではひとたまりも無いだろう。
「あの人ががんばっているのに、風子だけ隠れるわけにはいきません」
妙に風子は頑固だ。
「それに、もしも真琴ちゃんが風子の立場だったら、どうするんですか?」
「あう……」
そう言われてしまっては、真琴に返す言葉は無い。
「ねえ、ヴァルハラ宮殿って遠いの?」
「ここからだとほとんど道も無いです。雪と氷に閉ざされた山道をいくつも越えないといけないんです」
アスガルドに住む民ですら困難な道のりだ。ここがはじめてのあゆたちにとっては、まさに苦難の道だろう。
「なんだって? 祐介さんが?」
そのころヴァルハラ宮では、智代がメグレスの陽平からの報告に、眉をひそめていた。
「そんな……」
「聖闘士たちは四方に分かれて、アスガルドに入りこんだようだ」
「なにをこそこそ話しているんですか?」
そこに公子の声がかかる。
「いえ、なんでもありません。公子さんのお耳を汚すほどのことではありません」
智代の声に、公子は満足そうに妖しい笑みを浮かべるのだった。
氷雪吹き荒ぶアスガルドの大地を、舞はヴァルハラ宮を目指して急いでいた。
佐祐理から聞いた話は名雪たちにも伝えてある。そこでみんなで手分けをして神闘士たちを倒し、ヴァルハラ宮を目指すことにしたのだ。
しかし、先ほどから舞は同じところを回っているような気がした。風景がモノトーンなのでそう感じるのかもしれないが、とにかく違和感がある。
やがて舞は、凍った滝に行き着いた。
「ここは……」
「へへっ、いやがったぜ……」
気がつくと舞は、複数の男たちに囲まれていた。
その目は血走り、舞の身体をなめるように見つめている。それはまさに、飢えた狼そのものだった。
「あんたに恨みなんて無いんだけどな……。さるやんごとなき筋からの指令でね。まあ、悪く思わないでくれや……」
下品な笑い声を上げ、男たちは舞を取り囲むように動く。それを舞は憮然とした表情で見つめていた。
「かかれっ!」
リーダーらしい男のかけ声で、男たちが次々に襲いかかってくる。だが、少女の身体であるとはいえ、そこは舞も聖闘士、次から次に男たちをうち倒していく。
「くそっ! 全員でかかれっ」
人海戦術とでも言うか。男たちは一斉に舞に飛びかかり、その身体を埋め尽くした。
「牛丼昇龍覇!」
だが、舞の一撃で、男たちは全員氷の大地にうち倒されてしまう。
「やっぱり、この人たちでは無理ですか……」
そこにあらわれた少女が、男たちを下がらせた。
身にまとった神闘衣にオーディンサファイアが光る。礼儀正しそうな外見とは裏腹に、この少女も神闘士なのだ。
「私は、イプシロン星アリオトの宮沢有紀寧」
少女が名乗りを上げる。しかし、佐祐理にも似た雰囲気と髪の色は、舞がもっとも苦手とする相手だ。
「ウルブスインカンテーション!」
先に有紀寧が動いた。鋭い拳圧はナイフのように舞の身体を切り刻んでいく。その拳の動きはまさしく狼の牙。それを舞はほとんど見切ることが出来なかった。
「はっ!」
有紀寧の拳が舞のまぶたのすぐ上を切り、あふれ出した血が舞の目を塞いでしまう。
「とどめです。ウルブスインカンテーション」
「牛丼昇龍覇!」
舞の牛丼昇龍覇と有紀寧のウルブスインカンテーションが交差する。だが、視界を奪われた舞の昇龍覇は威力が半減し、有紀寧をとらえることは出来なかった。
「あなたの牛丼昇龍覇なんて、恐れるに足りません。私の相手をするには、十年早かったみたいですね」
明るい口調で有紀寧は告げる。
「さあ、そのまま大地に平伏して命乞いをしますか? それとも、あの凍った大滝の下にお墓を作ってあげましょうか?」
相手の姿が見えないために、舞は思わず歯噛みしてしまう。だが、舞とてあの十二宮の戦いを生き抜いた聖闘士だ。このままむざむざと負けるつもりは無い。
二人の間に小宇宙が高まっていく。その周囲では男たちがやんやと喝采をあげていた。
「次はあなたの生命をもらいますよ。ウルブスインカンテーション」
ついにアスガルドが地上を支配するとき。それは有紀寧の願いでもある。
「くっ」
だが、舞はその一撃をかろうじてかわす。
「往生際が悪いですよ。ウルブスインカンテーション」
今度こそ有紀寧の拳が舞をとらえ、その身体は大地に倒れふす。
「さあ、後はあなたたちに任せます」
有紀寧の声に、男たちは今度こそいやらしい笑みを浮かべて舞に近寄っていく。美味しくいただいてしまおうという意図が見え見えだ。
だが、舞は立ち上がり、男たちを倒していく。
やられるわけにはいかない。舞の闘志は消えることがなかった。
このとき、舞の脳裏には十二宮の戦いが、乙女を自称する黄金聖闘士、七瀬留美との戦いが蘇っていた。
その留美の想いに応えるためにも、舞はこんなところでやられてしまうわけにはいかないのだ。
「……ここでやられるわけにはいかない」
舞は毅然として有紀寧を睨みつけた。その瞳は血で塞がれ、もはやなにも見えないというのに。
「……私は一人では死なない。刺し違えてでも、あなたのオーディンサファイアを手に入れる」
「神闘衣の守護石である、オーディンサファイアを?」
舞は静かに首を縦に振る。
「……あなたたち七人のオーディンサファイアを手に入れない限り、邪悪と化した公子さんを元に戻すことが出来ないから」
「公子さんが邪悪?」
形の良い有紀寧の眉が、ぴくんと跳ね上がる。
「なにを言い出すかと思えば、公子さんこそ地上を支配するのにふさわしいお方なのですよ?」
それに舞は、違うと首を振った。
「……公子さんを元に戻さない限り、この地上の危機を救えない。お願い、私を信じて」
「あなたを? 信じる?」
突然有紀寧は笑い声を上げる。
「人の言うことなんて信じるから、裏切られることになるんです」
「……!」
「あなたになにがわかるっていうんですか? ヒロインにもサブキャラにもなりきれない、中途半端な私の気持ちが」
元々有紀寧は主人公を先輩と呼ぶ、下級生キャラとして設定されていた。だが、実際にゲームが発売されてみると、資料室に引きこもる変なキャラになってしまっていたのだ。
ヒロインと呼ぶには短いシナリオ。サブキャラにしては強制力の強い分岐。
しかもシナリオの売りといえるのは、おまじないのイベントくらい。
それこそライターの不調がもろに出てしまったかのような不幸キャラ。それが有紀寧だ。
「……わかる」
そう、舞にはわかる。
「……私もまた、佐祐理に人気を奪われた口だから」
佐祐理は舞シナリオのサブキャラであるが、唯一独立したシナリオを持っている。これはゲーム販売前に佐祐理人気が高じたため、急遽作成されたものだ。
だが、このシナリオは舞シナリオをクリアしないと分岐が現れない隠し要素。そのために舞シナリオをクリアする佐祐理ファンもいるのだ。
「そろそろ決着をつけましょう」
「……あなたの技は、もう利かない」
聖闘士に同じ技は通用しない。もう、有紀寧のウルブスインカンネーションは、舞には通用しないのだ。
「それはどうでしょうか? ノーザン群衆拳!」
周りを取り囲む男たちが一斉に舞の身体を押さえつけ、身動きが取れなくなったところに有紀寧の拳が炸裂する。見事なコンビネーションだ。
今度こそ氷の大地に倒れふす舞に、男たちが近づいていく。その手が舞にかかろうとした瞬間、その身体から暖かく雄大な小宇宙が放たれはじめた。
「そんな……この小宇宙は……」
「……祐一」
また、舞は立ち上がる。その身体に、祐一の優しい小宇宙を感じながら。
「この小宇宙は、公子さんのものとはまた違う……」
二人の間に乙女小宇宙が高まっていく。
巨大な狼を背負う有紀寧。
昇龍のような湯気が立ち上る、牛丼のどんぶりを背負う舞。
「ウルブスインカンネーション!」
「牛丼昇龍覇!」
お互いの技と技とが交錯する。だが、次の瞬間はじき飛ばされたのは舞の身体だった。
これまでに何度舞はこの氷の大地に倒れただろうか。
だが、そのたびに舞は立ち上がり、乙女小宇宙を高めていく。
「一体なんのために……そこまでして……」
「……オーディンサファイアを集めて公子さんを元に戻し、この地上に平和をもたらすため」
なんとか舞は立ち上がった。今の舞なら有紀寧のウルブスインカンネーションも、ノーザン群衆拳も見切ることが出来る。だが、それは舞の牛丼昇龍覇も同じことだ。
「そろそろ決着をつけます。ウルブスインカンネーション!」
「牛丼昇龍覇!」
そのとき有紀寧は勝利を確信した。舞の牛丼昇竜覇はすでに見切っているからだ。
だが、有紀寧は舞が昇龍覇を放った方向を見て、大きく目を見開いた。
それは、背後にある凍った大滝だったからだ。
舞のどんぶりから立ち上る、昇龍のような湯気が氷の滝を砕いていく。瓦礫となった氷塊が雪崩のように押し寄せ、二人の身体は一瞬にして埋めつくされてしまった。
舞が小宇宙を萌やして氷の下から脱出したとき、有紀寧も男たちによって救い出されていた。そのそばにはオーディンサファイアが落ちている。
「……有紀寧」
氷の大地に倒れふす有紀寧に、舞は静かに声をかけた。
「……今度生まれてくるときは、ちゃんとヒロインとして生まれてくるように……」
戦いは終わった。
オーディンサファイアを手に入れたはいいが、有紀寧との戦いで舞は力尽き、その場に崩れ落ちてしまうのだった。
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