第五話 究極、灼熱の死闘

 

 ヴァルハラ宮への道を急ぐ名雪は、その途中で不審な影を見つけた。一刻も早く神闘士(ゴッドウォーリア)を倒し、オーディンサファイアを手に入れなくてはいけないのだが、どうにも名雪は気になってしょうがない。

 木立の間を駆け抜け、名雪は洞窟の付近に出た。

「はっ?」

 そのとき、名雪になにかが投げつけられる。すばやく身をかわした後でよく見ると、それはあんパンだった。

「よくよけました。とりあえず、私と戦う資格は十分なようです」

「うにゅ、誰?」

「わたしはベータ星メラクの神闘士(ゴッドウォーリア)、古河渚です」

「わたしはキグナスの聖闘士(セイント)、水瀬名雪だよ」

 妙にほのぼのとした雰囲気の中で、お互いに自己紹介をする二人。

「名雪さんでしたね、どうしてあなたは、ふぅちゃんをたぶらかしたんですか?」

「たぶらかす?」

「そのせいで公子さんがどれだけ心を痛めたか、わかっているんですか?」

「聞いてよ、公子さんは今ね……」

「問答無用です!」

 毅然(きぜん)とした態度で言い放ち、渚は小宇宙(コスモ)を萌やす。やむを得ず名雪も、自らの小宇宙(コスモ)を萌やすのだった。

 

「イチゴサンデー!」

 すばやく名雪が先手をとる。見る見るうちに渚の身体がクリームに包まれていく。

 しかし、次の瞬間には渚の身体からクリームがはがれ落ちてしまう。渚には名雪の凍気技が通用しないということだ

「うにゅ、やるね……」

「この程度の技は子供だましです」

 名雪は再度イチゴサンデーを放つものの、その攻撃は渚に跳ね返されてしまう。恐るべき渚の小宇宙(コスモ)。流石はメインヒロインだけのことはある。

 もしかしたら、黄金聖闘士(ゴールドセイント)にも匹敵すると考えられる渚の乙女小宇宙(おとめコスモ)に、名雪の身体に戦慄が走る。

 しかし、十二宮での戦い。宝瓶宮における師であり、母親でもある秋子との死闘により、名雪は究極のジャムを体得している。

 自らの生命をかけて名雪を究極のジャムにまで導いてくれた秋子の想いに応えるためにも、ここで恐れるわけにはいかない。

 あの十二宮での戦いを無駄にしないためにも、秋子の想いを無駄にしないためにも、名雪はこんなところで立ち止まるわけにはいかないのだ。

 再び名雪は乙女小宇宙(おとめコスモ)を萌やしていく、その小宇宙(コスモ)の高まりは、いつしか渚をも戦慄させていた。

 

 あの戦いで名雪は、究極の萌え要素に目覚めた。今また、そのときの萌え要素に目覚めることが出来るなら、どんな相手にも負ける気がしなかった。

「渚さん、ふぅちゃんのことを思うなら、そのオーディンサファイアを渡して」

「オーディンサファイアを?」

 渚は眉をひそめる。

「公子さんにはめられたニーベルンゲンリングをはずすには、それがどうしても必要なんだよ」

「ニーベルンゲンリング?」

「これ以上、ふぅちゃんに悲しい思いをさせたくないの、お願い」

「口からでまかせを。スターフィッシュブレッド!」

「待って……」

 問答無用で名雪は、渚の放つ星形のパンに埋め尽くされてしまう。これは渚の誇る凍気技だ

「終わりましたね……」

 そう呟いて、その場を去ろうとする渚。

(時間が無いんだよ……)

 パンの下から響いてきた声に、渚ははっと振り向く。見るとパンの下から、名雪が無傷で姿を現していた。

「祐一を守るのが、わたしたち聖闘士(セイント)の役目だよ……」

 

 名雪はアスガルドに起きた異変を調査するため、単身敵地に乗り込んでいた。情報を得るためにあえて敵に捕らわれた名雪だったが、その考えは甘かった。

 正体を隠すためとはいえ、牢獄につながれた名雪に神闘士(ゴッドウォーリア)は容赦ない制裁を加える。

 そんな名雪を救い出したのが風子なのだ。

「あなたが聖域(サンクチュアリ)聖闘士(セイント)ですか?」

「わたしが……その聖闘士(セイント)だとしたら?」

 風子の持つ汚れ無き純朴な瞳は信頼できる。名雪はそう思った。

「おねぇちゃんを、救って欲しいです」

「詳しく話してくれる?」

 小さくうなずいて、風子は話しはじめた。

 アスガルドの民は争いを好まず、永久凍土の地でつつましく生きてきた。北極星ポラリスを守護星とする公子は、オーディンの地上代行者として、神から与えられた務めを果たしていたのだ。

 ところが、ある日突然公子は人が変わってしまったようになり、伝説の神闘士(ゴッドウォーリア)たちを蘇らせ、地上の支配に乗り出したのだ。

 

「でたらめを……」

「でたらめじゃないよ」

 名雪としては真実を語ったつもりだ。でも、渚には通じなかったようだ。

「あなたが公子さんとふぅちゃんの仲を引き裂いたんですっ!」

 渚の苛烈(かれつ)な攻撃が名雪を襲う。

「姉妹の仲を引き裂いた、あなたの罪はなによりも重いものです」

 名雪の話は聞く耳持たない。渚からはそんな雰囲気がした。公子と風子の仲の良さを知っている渚は、それだけにその仲を引き裂いた名雪が許せないのだ。

 この姉妹を守る。アスガルドを守る。それは渚の誓いだ。

 再び二人の間で乙女小宇宙(おとめコスモ)が高まっていく。

「ジャンボミックスパフェデラックス!」

「レインボーブレッド!」

 今度は七色に輝くパンを放つ渚。どうやら渚は凍気のパンだけでなく、灼熱のパンも放てるようだ。

 名雪のジャンボミックスパフェデラックスも、渚のレインボーブレッドによって相殺されてしまう。

「わたしのオーディンサファイアが欲しいなら、腕づくで取ることですね」

 そう言い残し、渚は洞窟の奥へ姿を消す。その後を追って洞窟に飛び込む名雪だったが、その中は不思議な違和感に包まれていた。

 洞窟の中は妙に暑い。それもそのはず、洞窟の奥には溶岩がたまっていたのだ。雪と氷に閉ざされたアスガルドの地に、このような灼熱地獄があったとは。

 外の極寒と比べると、この中の温度は常識を超えている。寒い地方の出身である名雪にとっては、鬼門とも言える場所だ。

 このような場所では、名雪の持つイチゴサンデーもジャンボミックスパフェデラックスも威力が半減してしまう。いや、そればかりか、この二つの技はすでに渚には見切られてしまっている。

 絶体絶命のピンチに、名雪は思わず唇をかみ締めた。

 

「あうっ!」

 突然真琴は頭を抱え、うずくまった。

「どうしましたか?」

「あう〜……。今、名雪の小宇宙(コスモ)が……」

「えっ?」

「なんだかわかんないけど、灼熱の溶岩に包まれて……。でも、こんな極寒の地に溶岩なんて……」

「ありますです」

 風子には心当たりがある。その場所は渚が修行に使っていた場所だ。

 名雪も渚も風子にとっては大切な存在。その二人の戦いを止めるべく、風子は走り出した。

 

「レインボーブレッド!」

 灼熱の七色パンが名雪を襲う。どうやら溶岩に満たされた洞窟内はパンを焼く釜のように熱く、その威力も高まるようだ。自前の冷気で威力をそらそうとするが、暑さに弱い名雪ではか細い抵抗にすぎない。

 なんとか渚のレインボーブレッドを見切らなくてはいけないのだが、暑さで朦朧(もうろう)としかかっている意識の中では、難しいことだ。

「無駄な抵抗はやめて、わたしたちの軍門に下ってはどうですか? 今ならわたしが公子さんにとりなしてあげますよ?」

「それは出来ないよ……。それよりもわたしにオーディンサファイアを渡して、それが公子さんとふぅちゃんのためなんだよ……」

「まだそんなことを……」

 再び渚はレインボーブレッドを放つ。だが、その軌跡を名雪の目はしっかりとらえていた。

 なんとか直撃をはずす名雪。だが、完全に避けきれなかったために、溶岩渦巻く灼熱の大地に倒れてしまう。

 なんてしぶとい相手だろう。それが渚の正直な感想だ。渚が戦う理由はなにも公子と風子の姉妹愛のためではない。

 アスガルドの地は永久凍土の地。このツンドラの地から出て、陽光降り注ぐ地への憧れがある。

 それを公子がかなえてくれる。この千載一遇の機会を逃すわけにはいかない。

「……オーディンサファイアを……」

 足元がふらつきながらも、再び名雪は立ち上がる。

「公子さんを救うために……」

「くっ……」

 レインボーブレッドを放つ渚。

「えっ?」

「謎ジャムエクスキューション!」

 組み合わされた名雪の両手から、オレンジ色のジャムが放たれる。なんとか技をかわすものの、その技の威力に渚は戦慄した。

 

「名雪さん、渚さん。もうやめて欲しいです」

 そこに風子が現れた。

「渚さん、話を聞いて欲しいです」

 風子は公子が変わってしまったということを話した。左手の薬指にはめられたニーベルンゲンリングによって、公子が邪悪の化身となってしまったことを。

 でも渚には信じられない。アスガルドの民の悲願である、光あふれる世界への進出。あれほど仲の良かった姉妹が仲違いしているということ。

 それもこれもすべては聖域(サンクチュアリ)聖闘士(セイント)のせい。公子が地上に脅威をもたらす存在であるなど、渚には信じられないことだ。

「……ふぅちゃんの気持ちを無にするなんて、許さないよ……」

 名雪の身体から、今まで以上の乙女小宇宙(おとめコスモ)の高まりを感じる。自然と渚も乙女小宇宙(おとめコスモ)を高めていく。

「レインボーブレッド!」

「謎ジャムエクスキューション!」

 渚の放つ灼熱の七色パンと、名雪の放つオレンジ色のジャムが激しく激突する。

「えっ……?」

 次の瞬間炸裂(さくれつ)したのは、名雪のジャムだった。たちまちのうちに渚の身体はオレンジ色のジャムに飲み込まれてしまう。

「……渚さん……」

 変わり果てた渚の姿に、風子は嗚咽にも似た声を漏らした。

 

 こうして、お母さんの料理は好きなんだけど、これだけは食べられない料理の戦いは終わりを告げる。

「渚さん、しっかりして欲しいです。渚さん!」

 風子は必死に呼びかけるが、渚の反応は無い。

 勝負を制した名雪ではあったが、この戦いは妙に後味の悪いものとなった。

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