第八話 魔性、妖しき紫水晶
ヴェネトナーシュのことみが倒されたことは、ヴァルハラ宮に残る神闘士たちに、少なからず影響を与えていた。なぜならことみは、とろそうな外見とは裏腹に、アスガルドでも一番の闘士だからだ。
これ以上公子に心痛を与えるわけにはいかないと、アルファ星ドゥーベの智代が出撃しようとする。
そこへ自分に任せて欲しいと、ゼータ星ミザルの椋がやってくる。
そんな二人をいさめたのが、デルタ星メグレスの春原陽平だ。
そのとき智代は、陽平に出撃を命じる。そのときに陽平はこう呟いた。
「これって、いじめですよねぇっ?」
誰もが急いでいた。あゆは痛む身体を引きずり、名雪も傷ついた身体を引きずり、香里に助けてもらったとは言え栞も無傷ではない。
だが、いずれの少女たちも歩みを止めない。その心にあるのは、祐一への熱き想いなのだ。
そして、今また一人の少女が目を覚ました。
「……おなかすいた……」
イプシロン星アリオトの有紀寧との戦いで力尽きた舞だったが、かろうじて意識を取り戻し、ヴァルハラ宮を目指して歩きはじめた。
ついにこの日が来た。
思わず陽平の口から笑みが漏れる。ゲームでは単なる脇のキャラだったが、今は主人公を差し置いて、こうして神闘士となっている。
「ん?」
不意に陽平は侵入者の気配を感じた。このヴァルハラ宮に侵入者がいる。その気配を追って陽平は走り出した。
陽平は黒い影を追う。だが、地の利は陽平にある。すばやく陽平は侵入者の前に回りこんだ。
「ここから先はとおさないぜ」
クールに決めたつもりだが、何故か決まらない陽平。
「お前も聖闘士か? 名前ぐらい名乗ったらどうだ?」
「名乗るほどのものじゃない」
侵入者の正体は親父。しかも仮面をかぶり、わし座の聖衣をまとった妙な親父だ。しかも、名乗らないのではなく、名乗ろうにも名前すら無いのだ。
そう、彼こそがあゆの師匠、たいやき屋の親父だ。
ちなみに仮面をかぶっているのは、キャラデザインが無いことを意味している。
「親父か……」
ある意味一番戦いにくい相手だ。どうせ戦うのなら、女の子の方がいいと陽平は思う
「まあ、どうでもいい。お前が僕に倒される聖闘士第一号というわけですねえ?」
「それはどうかな? 相沢の聖闘士は筋金入りだ。お前こそわしに倒される神闘士ではないのか?」
二人の間に小宇宙が高まっていく。
「はあぁぁぁぁぁぁっ!」
「だあぁぁぁぁぁぁっ!」
親父と陽平の身体と身体、拳と拳が交差する。
「タイヤキフラッシュ!」
親父の蹴りが陽平に炸裂する。
「もう一度、タイヤキフラッシュ!」
「ふっ、神闘士に同じ技が二度と……ぐえっ!」
親父のタイヤキフラッシュが見事に決まり、陽平は無様にはじき飛ばされる。
氷の大地に倒れる陽平。生死を確認するべく親父は陽平に近づいていった。
「すきありっ!」
すかさず、親父に目潰しをくらわせる陽平。
「おのれ、卑怯な……」
「卑怯、らっきょうドンと来い。勝つためには手段を選びません! アメジストシールド!」
陽平の両手から生み出された紫水晶が、親父の身体を包み込んでいく。これは内部にいるものの小宇宙を吸い取る、魔の紫水晶なのだ。
「今……親父さんの小宇宙が……」
あゆは親父の小宇宙が消えた方向に歩きはじめた。鬱蒼と生い茂る木立の向こうには、一人の少年がいる。
「うぐぅ……君は?」
「僕はデルタ星メグレスの神闘士、春原陽平」
「ボクはペガサスの聖闘士、月宮あゆだよ」
月宮あゆちゃん、可愛い名前だと、陽平はチェックを怠らない。このあたりがある意味もっとも恐ろしい相手なのかもしれない。
「うぐぅ……。親父さんはどこに……」
「親父? さっき僕が倒したやつか?」
その言葉にあゆは動揺する。
「そんなことよりも、君は僕のオーディンサファイアが欲しいんじゃないのか? でも、君にはそんなことは不可能さ」
「それはどうかな?」
「君も僕のコレクションになるからさ。アメジストシールド」
あゆは陽平のアメジストシールドをすばやくかわす。
「タイヤキ流星拳っ!」
あゆの放つたい焼きをまともにくらい、陽平の身体ははじき飛ばされる。
あまりにもあっけなさすぎる陽平の実力に、あゆは内心拍子抜けしていた。これならオーディンサファイアを手に入れるのも、簡単なのではないかと思えるくらいに。あゆは氷の大地に倒れふす陽平のところに歩みよっていく。
「でやあぁぁぁぁっ!」
近づいてきたあゆめがけ、陽平は拳を放つ。
すばやく身をかわしたあゆは、その手を掴むと陽平の身体ごと大空高く舞いあがった。
「アユアユフォーリングクラッシュ!」
巨大な大木を背景に、空中で一回転したあゆは体勢を入れ替え、陽平を大地に叩きつける。
「これで終わりだね。さあ、オーディンサファイアをボクに渡して」
「それはどうかな? あれを見ろ」
陽平が指し示す先には、巨大な紫水晶に閉じ込められた、たい焼き屋の親父の姿があった。
「よくも親父さんをっ!」
「おっといいのか? 僕を殺せば、あの親父は二度と外には出られないんだぜ?」
見るからに悪役という台詞の陽平。その一言であゆは身動きが取れなくなってしまう。
どうやら陽平は、こうやってあゆや他のみんなを足止めしようという魂胆なのだろう。
「あの親父を助けたかったら、この僕の恋人になるんだ。ひざまずき、忠誠を誓ってね。その証に君の持っているオーディンサファイアを渡してもらおうかな」
「う……ぐぅ……」
「それとも君は、あの親父がどうなってもいいというのかい?」
オーディンサファイアを渡すなんてことは出来ない。恋人になるなんてことも出来ない。だからといって、親父を見捨てるわけにもいかない。たいやき屋の親父は、いわばあゆの恩人なのだから。
だが、今のあゆは祐一を守る聖闘士。
「ボクは……。祐一くんを守る正義の聖闘士なんだ。親父さんなら、わかってくれるよね……」
「なに?」
「タイヤキ流星拳!」
あゆのたい焼きが陽平にヒットし、その身体をはじき飛ばす。
「今のうちにオーディンサファイアを……」
駆け寄ろうとしたその先で、陽平がくぐもった笑いと共に立ち上がる。
「相沢の聖闘士は仲間すら見殺しにするんですねえ」
「ボクたち聖闘士は、祐一くんのためならいつでも死ねるんだよ……。君こそ死にたくなかったら、親父さんをあそこから出して!」
「僕を殺せば、親父はあそこから出られないんだぜ?」
なんと卑怯な陽平。これぞまさしく人間のクズ。
「うぐぅ、タイヤキ流星拳!」
今度はそれをかわす陽平。そして陽平は、おもむろに炎に包まれた剣を取り出した。
これはメグレスの神闘衣についていたもので、いわば神闘衣の一部とも言うべきものだ。
陽平は炎の剣を振りかざし、あゆに切りかかる。
「うぐぅ……」
陽平の剣は大振りだが、ここまでのダメージが大きいあゆはかわしきれず、手足を切られてしまう。
「うぐぅ、卑怯者っ!」
あゆの一撃が、陽平の手から炎の剣を飛ばす。だが、あゆも無傷ではなく、思わずひざをついてしまう。
「卑怯で結構。君こそ、炎の剣で切られていたほうが楽だったのに。アメジストシールド!」
陽平の両手から生み出された紫水晶が、あゆの身体を包み込んでいく。その足元には祐介のオーディンサファイアが転がっていた。
「後四つ、紫水晶を並べてやる……」
陽平は公子にニーベルンゲンリングがはめられていることを知っている。そして、どうすれば公子が呪いから解かれるのかを。
オーディンサファイアを七つ集めれば、邪悪と化した公子すらうち倒すバルムンクの剣が手に入る。
そして、陽平は公子に成り代わり、世界に君臨するつもりなのだ。
そのころ名雪は、突然消えたあゆの小宇宙を不審に思っていた。
あゆちゃんなら大丈夫、と名雪は思いたいが、これまでの戦闘であゆも無傷とはいえないだろう。
きっとあゆがなんらかの危機に陥ったのだろうと思い、名雪はあゆの小宇宙が消えた場所に向かった。
鬱蒼と生い茂る森の奥で、名雪は紫水晶が林立する不思議な場所に出る。
「あれは……」
紫水晶に封じ込めらている人物に、名雪は見覚えがあった。
「あゆちゃん? それに、たい焼き屋の親父さん……」
それだけではない。この場所からは邪悪な小宇宙も感じる。
「聖闘士の墓場へようこそ」
名雪の背後には一人の神闘士がいた。
「僕はデルタ星メグレスの春原陽平。君はオーディンサファイアを持っているかい?」
「渚ちゃんのオーディンサファイアはもらったよ。後はあなたのオーディンサファイアをもらうだけだよ」
名雪は静かに乙女小宇宙を高めていく。
「キグナスの聖闘士、水瀬名雪。あなたを倒して、あゆちゃんたちを救ってみせる」
「できるかな? 紫水晶が並ぶだけだ」
陽平は炎の剣を振りかざし、切りかかってくる。
「炎を消せば、ただの剣だよ。イチゴサンデー!」
名雪の凍気が剣の炎を封じ込める。
「それでその剣は使えないよ」
「どうかな? 神闘士を甘く見るな!」
陽平が小宇宙をこめると、炎は再び勢いよく燃えはじめる。
「オーディンサファイアはもらった!」
炎の剣が再びうなりを上げて名雪に襲いかかる。陽平の剣技そのものは稚拙なものだが、この炎の剣だけは厄介だった。
「今度こそ。ジャンボミックスパフェデラックス!」
名雪の拳から放たれるクリームやフルーツが、情け容赦なく陽平を埋めつくしていく。
「あゆちゃん……。親父さん……」
この紫水晶の中からどうやって救えばいいのか。名雪は呆然と立ちつくした。
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