第九話 卑怯、春原陽平

 

 名雪の背後で炎が巻き起こり、その中から陽平が姿を現した。もし陽平が炎の剣を持っていなかったら名雪の放ったクリームに押しつぶされ、勝負がついていたことだろう。

「危ないところだったな。もし僕が死んでいたら、あの二人は永久に紫水晶(アメジスト)から出られなかったからね」

 自分以外にあの二人を救う術は無い。その事実を陽平は名雪に告げる。

「さあ、名雪ちゃん。この僕に渚ちゃんのオーディンサファイアを差し出して恋人になり、服従を誓ってくれれば二人を助けてあげてもいいよ」

「それはできないよ……」

 名雪の乙女小宇宙(おとめコスモ)が萌えあがる。

「わたしは祐一の聖闘士(セイント)だよ。あなたを倒してオーディンサファイアを手に入れる」

「仲間を見殺しにするのか。アメジストシールド」

「謎ジャムエクスキューション」

 名雪の最大の必殺拳が、陽平の放つ紫水晶(アメジスト)を打ち砕いて突き進む。だが、陽平自身はそれを易々(やすやす)とかわしてしまう。

 今の名雪の乙女小宇宙(おとめコスモ)は仲間を思ってか、完全におびえてしまっている。いくら陽平が卑怯でも神闘士(ゴッドウォーリア)である以上、そんなためらいのある拳にやられるほど甘くはないのだ。

「あゆちゃんたちが、どうなってもいいんですか?」

 たしかに名雪は、本心からあゆたちを殺せない。例えそれが、正しい方法なのだとしても。

 

「あ……あの、智代さん。春原さんが……」

「やられたの?」

 椋は妙におどおどした様子で智代に話しかける。実は神闘衣(ゴッドローブ)を着ていないと、椋は性格が消極的になってしまうのだ。

「あの……報告によると、もうすでに二つの紫水晶(アメジスト)があるとか……」

「と、言うことは、すでに二人は倒したって言うことね」

 もしかしたら、陽平が聖闘士(セイント)たちを全員倒してしまうかもしれない。

「あの……どうしましょうか……?」

「陽平が聖闘士(セイント)たちを全員倒したのなら、喜べばいい」

 もし失敗したら笑えばいい。そう智代は思った。

 

「さて、名雪ちゃん。君はこの僕の驚異の技で葬ってあげるよ。大自然をも味方につける究極の技、ネーチャンユーニティ!」

 陽平の小宇宙(コスモ)が解き放たれ、それを受けた周囲の木々が一斉に動き出す。

「大自然の精霊たちよ。キグナスの聖闘士(セイント)名雪ちゃんを生贄に捧げる。好きにするといい……」

 ウネウネと伸びた(つる)が名雪の手足に絡みつき、その動きを封じ込める。

「嫌あ……」

 必死に抵抗するが、絡みつく(つる)の力は強く、容赦なく名雪の身体を拘束し、蹂躙していく。

「いいぞ……もっとやれ……」

 陽平の下衆な笑い声が響く。その目の前で名雪は、とても絵にはかけないような、恥ずかしいポーズをとらされてしまう。それはこれ以上の描写に年齢制限が加わってしまうくらいきわどいものだ。

「嫌なのぉっ!」

 まだ誰にも許したことのないこの身体。自身の貞操を守るため、名雪は自らの乙女小宇宙(おとめコスモ)を最大限に萌やしてネーチャンユーニティから脱出する。

 だが、これで名雪は力尽き、その場に崩れ落ちてしまう。

「これで三つ……。アメジストシールド!」

 陽平の生み出した紫水晶(アメジスト)が名雪に襲いかかる。

「……名雪!」

 間一髪、舞は陽平のアメジストシールドが、完全に名雪を覆いつくす前に救い出した。

「誰だ?」

「……ドラゴンの聖闘士(セイント)、川澄舞……」

 

「君は有紀寧ちゃんのオーディンサファイアを持っているね?」

 舞は静かにうなずく。

「……オーディンサファイアは渡さない」

「これで祐介さん、渚ちゃん、有紀寧ちゃん。そして、この僕の四つのオーディンサファイアがそろったことになる」

 この戦いを制したほうが、この四つのオーディンサファイアを手にすることができる。

 自然と二人の間で小宇宙(コスモ)が高まっていく。

「アメジストシールド!」

 陽平の生み出した紫水晶(アメジスト)を、舞はどんぶりで受け止めていく。

「……馬鹿な……」

「……このドラゴンのどんぶりは最強のどんぶり。その技は私には()かない」

「ならばくらえ……ネーチャンユーニティ」

 陽平の小宇宙(コスモ)がこめられた木々が一斉にざわめきだし、ウネウネと動く(つる)が次々と舞に襲いかかってくる。

 絡みついた(つる)が、容赦なく舞の身体を拘束していく。

「苦しいだろう。さあ、早くオーディンサファイアをだして、僕の恋人になるんだ」

「……誰が、お前なんかに」

 

(舞、動いちゃだめ……)

 不意に舞の脳裏に佐祐理の声が響く。

(大自然の気と一体になるの、だから動いちゃだめ)

 身動きの取れない舞は、自然と佐祐理の声に従う。

(呼吸を落ちつけて、樹木の精霊たちの呼吸と一つになりなさい)

「……佐祐理」

 佐祐理に言われたとおり、舞は呼吸を整え、周囲の精霊たちと呼吸を合わせる。

 すると、周囲の木々は舞の気配をとらえられなくなり、(いまし)めが解かれていく。

「……お前の自慢の技は、私が破る。牛丼昇龍覇!」

 だが、牛丼昇龍覇を放とうとした瞬間、再び木々が動き、舞の身体を拘束する。

 再び舞は呼吸を整え、大自然の気と一体となる。すると木々たちは舞の拘束を解く。

 こうなると、舞は迂闊(うかつ)には動けなくなってしまう。

 それは陽平も同じことで、ネーチャンユーニティを封じられた以上打つ手が無いのだ。そこで陽平は、舞に揺さぶりをかける。

「いいかい? 僕がオーディンサファイアを全部集めて、バルムンクの剣を手に入れるんだ」

 陽平の言葉は、舞に少なからずの動揺を与える。

 その言葉が真実なら、なぜ陽平は自分たちの前に立ちふさがるのか。

 神闘衣(ゴッドローブ)の守護石となっているオーディンサファイアを七つ全部集め、オーディン像の北斗七星の図にはめ込むと、邪悪を倒すバルムンクの剣を手に入れることができる。つまり、この剣が手に入れば、それによって日陰者の陽平も主役になることができるのだ。

 しかし、神闘衣(ゴッドローブ)は伝説のものであり、その行方は誰も知らない。だが、公子がニーベルンゲンリングに操られることより、神闘士(ゴッドウォーリア)が復活したのだ。

 そう、今回の出来事は陽平にとっては、千載一遇のチャンスなのだ。

「……そんなことはさせない」

 公子を救い、祐一を救い、この地上の平和を守る。舞にとっては、それがなによりも重要なこと。そんな私利私欲のために、オーディンサファイアを渡すわけにはいかないのだ。

 だが、少しでも気を抜けば、陽平のネーチャンユーニティが炸裂(さくれつ)するだろう。そして、このまま時間がすぎれば、不利になるのは舞のほうだ。

 こうなったら、肉を切らせて骨を断つしかない。おもむろに舞は聖衣(クロス)を脱ぎ捨てた。

「なんのつもりかな?」

 薄い布地越しの舞の豊かな胸に、陽平は鼻の下を伸ばす。

「……往生際が肝心」

「ならばくらえっ! アメジストシールド」

 陽平の身体から紫水晶(アメジスト)が放たれる。

「……その技は見切った。牛丼昇龍覇!」

 今までに何度陽平のアメジストシールドを受けただろうか。聖闘士(セイント)に同じ技が何度も通じないように、舞はすでにこの技を見切っていたのだ。

 陽平はアメジストシールドとネーチャンユーニティを同時に放つことはできない。だから舞が聖衣(クロス)をはずせば、陽平は必ずアメジストシールドを放ってくる。

 そこまで読んだ上での起死回生の牛丼昇龍覇が、陽平に炸裂(さくれつ)した。

 しかし、舞とてダメージが皆無と言うわけではない。特に聖衣(クロス)を装着していない分深刻だ。

 この戦いは、双方相打ちとなる壮絶なものとなった。

 

 陽平が倒れることにより、紫水晶(アメジスト)に閉じ込められていたあゆたちが解放される。

「あゆちゃん!」

 そこに、名雪が現れた。

「名雪さん」

「舞さんが、春原くんを倒してくれたんだよ」

 名雪はあゆに四つのオーディンサファイアを見せる。

「舞さんが? それで舞さんはどうしたの?」

「後から行くから……。先に行ってくれって……」

 名雪の言葉は妙に歯切れが悪い。

「わかった、親父さんも一緒に行こうよ」

「あゆ、いつまでそんな子供みたいなことを言っているんだ?」

 親父の言葉はそっけない。

「わしにかまうな。先に行け」

「行こう、あゆちゃん」

「う……うん……」

 うなずきはするものの、あゆは親父のことが心配な様子だ。

「なに、わしなら大丈夫だ。それよりもあゆ。ミザルの藤林椋には気をつけるんだ」

「椋ちゃんに?」

 言われている意味が良くわからないが、とりあえずあゆはこの言葉を心にとどめておいた。

 

 そして、あゆたちは上りはじめる。

 長い、長い坂道を……。

 

「だらしがありませんよ、神闘士(ゴッドウォーリア)!」

 ヴァルハラ宮にて公子の叱責が飛ぶ。はじめは七人いた神闘士(ゴッドウォーリア)が、今は二人しかいないのだから、それも無理は無い。

「あ……あの。公子さん……」

 その威圧するような小宇宙(コスモ)に気おされつつも、なんとか椋は口を開く。

「後のことはその……。私に任せてください」

「その言葉、覚えておきますよ?」

 そう言うと公子は、口元に(あや)しげな微笑を浮かべた。

 

 そのころヴァルハラ宮殿の入り口には、栞が到達していた。

「ここがヴァルハラ宮殿。どうやら私が一番乗りのようですね……」

 あゆさん、名雪さん、舞さん、お姉ちゃん、祐一さん。先に行きますね。

 そう呟いて栞はヴァルハラ宮の奥に足を踏み入れた。

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