第十話 炸裂(さくれつ)、妹対決

 

「ヴァルハラ宮殿に、聖闘士(セイント)が一匹たどり着いたようですね。智代さん……」

「はい、ですが椋さんも私に次ぐ実力者。よもやうちもらすようなことは……」

 万に一つもありえないだろうと智代は思う。

「ですが、智代さん。あなたも椋ちゃんの本当の恐ろしさを知りません。まあ、いずれわかるでしょうけど……」

 そうして公子は、満足そうに(あや)しげな笑みを浮かべるのだった。

 

(ここに公子さんがいる……。そして、神闘士(ゴッドウォーリア)も……)

 ヴァルハラ宮殿の中を、栞は警戒しながら歩いていく。そのとき不意に、ストールが反応を示した。

「よくここまでたどり着けましたね。それはほめてあげます」

「あなたはゼータ星、ミザルの椋さん」

「私の実力は知っているはずですよ。このまま引き返したほうがいいと思いますが?」

 たしかに椋の実力は知っている。でも、栞は祐一を守る聖闘士(セイント)として、後に引くわけにはいかない。

「生憎ですが、私が引き返すときは、あなたたちを倒した後です」

「そんなことが言えるのは今のうちです」

「そうでしょうか? 舞えっ! ネビュラストール」

 だが、椋は栞のストールを易々(やすやす)とかわす。

「神話のアンドロメダ姫は、自身をポセイドンの生贄としたそうです。さしずめ、あなたは大神オーディンの生贄になるんですね、この私の拳によって……」

 椋の光速拳が栞を襲う。その拳を避けきれず、栞ははじき飛ばされてしまう。

「そのまま楽にしていれば、すぐに楽にしてあげます。この私の拳で……」

「ちょっと待ったぁっ!」

 そこにあゆが現れた。

「栞ちゃん、大丈夫?」

「あゆさん、名雪さん」

 栞の表情が、歓喜に彩られる。

「見て、栞ちゃん」

 名雪の手には、四つのオーディンサファイアが握られていた。それはあゆ、名雪、舞が勝ち取ったものだ。

「私も、お姉ちゃんと」

 栞もオーディンサファイアを取り出す。これは香里が栞と、命がけで勝ち取ったものだ。

「残る神闘士(ゴッドウォーリア)は後二人。オーディンサファイアも後二つ。まずは椋ちゃん、君からもらうよ」

 あゆの声が高らかに宣言する。

「待ってください、あゆさん」

 あゆと椋が拳を交えようとしたとき、栞が叫んだ。

「その人の相手は私がします。この中では私が、一番ダメージが少ないみたいですから。それに、ことみちゃんを倒したのはお姉ちゃんなんです。今度は私が一人で戦う番なんです」

 栞の決意は固い。

「もう時間が無いんです。一刻も早く祐一さんを救わないと……。私も必ず椋さんのオーディンサファイアをもって後を追いますから」

 あゆは名雪と顔を見合わせた後、静かに首肯した。

「栞ちゃん、くれぐれも椋ちゃんには気をつけてね。行こう、名雪さん」

 あゆと名雪は椋に向かって走り出す。

「逃がしませんよ」

「ネビュラストール!」

 栞のストールが椋を牽制しているうちに、二人はそのわきを駆け抜けていく。

「必ず来てよ、栞ちゃん」

「待っているからね」

 それだけ言い残し、あゆと名雪はヴァルハラ宮の奥に消えていく。

「今度ははずしませんよ、サンダーストール!」

 だが、栞のストールは、椋の掌に集中した小宇宙(コスモ)によってはじき返されてしまう。恐るべし椋の乙女小宇宙(おとめコスモ)に、栞は戦慄した。

 

 氷雪舞うアスガルドの大地を、駆け抜けていく一つの影。

「あれは……」

 その行く手にはたいやき屋の親父が氷の大地に倒れていた。

「たい焼き屋の親父じゃないか、しっかりしろ、親父!」

「斉藤……来てくれたのか……」

 それは仮面(マスク)をつけ、へびつかい座の聖衣(クロス)をまとった一人の少年だ。ちなみに仮面(マスク)をつけているのは、キャラデザインが無いせいである。

「わしのことより、あゆたちのほうを頼む……」

「それはわかっているが、今は親父のほうが……」

「聞け、斉藤よ」

 有無を言わせずに親父は話しはじめる。

「おうし座の石橋が、ミザルの椋に一撃で倒されたことはお前も知っていよう。そのことで、あゆたちに伝えきれなかったことがある」

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)を倒したことからも、神闘士(ゴッドウォーリア)の実力はそれに匹敵するものと考えられる。

 実のところ石橋は椋の攻撃を紙一重のところで避けていたのだが、突然背後から飛来した一冊の辞書により、一撃で倒されてしまったのだ。

 親父はそれをあゆたちに知らせるべく、アスガルドに潜入した。その途中で真琴と公子の妹、風子に会い、話を聞くことができた。

 風子の話によると、椋の守護星ミザルには、アルゴルという影のような双子星があるのだという。

 なんとかこの事実をあゆたちに伝えようとしたたい焼き屋の親父だったが、メグレスの陽平に不覚を取り、手傷を負ってしまったのだ。

 その話を聞いた斉藤は、この事実をあゆたちに伝えるべく、ヴァルハラ宮への道を急ぐのだった。

 

 そのころ栞と椋の戦いは佳境を迎えていた。栞は何度もストールを繰り出すのだが、一向に椋をとらえられない。

「まだ気がつきませんか?」

「……凍気?」

 いつの間にか周囲は、椋が発したと思われる凍気で満たされていた。しかもここは室内であるため、逃げ場の無い凍気が充満している。この中では栞のストールも凍りついてしまい、本来の威力を発揮できなくなってしまう。

「いきますっ! バイキングタイガートランプ!」

「守って、ストール!」

 栞のストールは完全なる防御を持つ。だが、はじめは椋の光速拳をはじき返していたストールは、次々と繰り出される拳の前に押し切られてしまった。

「そんな……私のストールが……」

「あなたのストールには約一万分の一秒に一度、僅かな隙間ができます。そこをつけば簡単に突破できます」

 前の一戦で、椋はそこまで見切っていたのだ。底知れぬ椋の実力に栞は戦慄した。

 

 なんと恐るべき椋の拳。もし栞のまとっている聖衣(クロス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)の血で蘇った新生聖衣(ニュークロス)でなければ、今頃は椋の拳によって容易く貫かれていただろう。

 言うなれば、栞は黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちによって、守られているといっても過言ではない。栞たちに祐一を託した彼女たちの想いに応えるためにも、こんなところでやられるわけにはいかないのだ。

 祐一を救い、香里との約束を守る。

 それが栞の誓いだ。

 

「バイキングタイガートランプ!」

「えぅ〜っ!」

 容赦ない椋の一撃が栞を襲う。なすすべも無いままはじき飛ばされる栞。

 強い。圧倒的なまでの強さの椋。

「……どうやらペガサスたちも、凍気にとらわれたみたいですね」

 椋は静かに口を開く。どうやらそう簡単に公子の元にはたどり着けないようだ。

「まもなくこの宮に満ちた凍気により、あなたの後を追うことになります」

「……凍気? でも、名雪さんは……」

「たしかに……キグナスは凍気を操る聖闘士(セイント)。ですが、今までの戦いで無傷ではありません。やがて息絶える運命です……」

「……あゆさん。……名雪さん」

 栞は足元がふらつきながらも立ち上がる。二人を助けるためにも、ここで椋を倒しておかないといけない。

「椋さんをとらえて、ネビュラストール!」

「悪あがきです」

 高まる椋の凍気により、栞のストールは封じ込まれてしまう。ましてこの密室ではなおさらだ。

「そろそろ決着をつけましょうか」

 椋の乙女小宇宙(おとめコスモ)が最大限に萌えあがる。

「タロットインパルス!」

 凍てつくタロットカードが栞に襲いかかる。凄まじい技の威力に、栞の身体はなすすべもなくもてあそばれ、やがてヴァルハラ宮の床に叩きつけられる。

「神聖なるこのヴァルハラ宮までたどり着いたことはほめてあげます。アンドロメダ、あなたには白き弔いの花を手向けましょう……」

 椋の手より放たれる白い結晶が、栞の身体を覆いつくしていく……。

 思い出の中を、白く埋めつくすように……。

 

 ……痛みも冷たさも、なにも感じません。私……死んじゃうの?

(栞、あなたはもうあきらめてしまうの?)

 ……お姉ちゃん?

(あなたは相沢くんも、あゆちゃんたちも見捨てるって言うの?)

 ……祐一さん。

(相沢くんも戦っているのよ。あたしたちが使命を果たし、相沢くんを守ることを信じて……。栞、あなたは十二宮の戦いにおいて、ストールも聖衣(クロス)も失いながらも萌え要素に目覚め、真の力を発揮したんじゃなかったの?)

 ……萌え要素? ……真の力?

(そうよ、栞。自分の力を信じる限り不可能は無いわ。乙女小宇宙(おとめコスモ)を萌やすのよ。あたしもあきらめないわ、ことみの夢を実現するためにもね)

 ……わかりました、お姉ちゃん。例え聖衣(クロス)が砕け散ろうとも、黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちが与えてくれた血は、私の心に流れ続けています。

 それを決して無駄にはしません。乙女小宇宙(おとめコスモ)を究極にまで高めて見せます!

 

「えっ……?」

 勝利を確信し、その場を去ろうとした椋は、突如として湧き上がる栞の乙女小宇宙(おとめコスモ)に振り向いた。

「……そんな、タロットインパルスを受けて……」

「椋さん、あなたの凍気がどんなにすごくても、私の心の炎までは消せません」

 恋する乙女(おとめ)のハートは、そんなやわではないのだ。

 栞はおもむろに聖衣(クロス)を脱ぎ捨てていく。

「できることなら、生身の拳は使いたくありません。ですが、あなたを倒すために、私の本当の力を見せてあげます」

「なにができるというんですか? 聖衣(クロス)の無い傷だらけの身体で」

 聖衣(クロス)神闘衣(ゴッドローブ)も身体を守る大切なものだ。それを脱ぎ捨ててしまうなど自殺行為にも等しい。

「バニラストリーム!」

 栞の身体を中心に巻き起こるバニラの香気が、気流となって椋に襲いかかる。

 バニラの気流はあたりに満ちた椋の凍気を吹き飛ばし、椋の身体を拘束する。

「これがバニラストリーム。でも、この程度では……」

 さらに高まるバニラストリームに、椋は戦慄する。

 これが最後の勝負の時だ。

「受けなさい、タロットインパルス!」

「バニラストーム!」

 十六トン、と書かれた巨大なバニラアイスのカップが、容赦なく椋を押しつぶす。

「……あれほど傷ついていたのに……どこにこんな力が。ごめんなさい公子さん……」

 巨大なバニラのカップの下で、椋は力尽きた。

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