第十三話 勇者、蘇る伝説
「まさか杏ちゃんがやられてしまうなんて……」
公子は忌々しげに口を開いた。
まあ、所詮杏は影。真の神闘士ではないのだから。
「智代ちゃん、あなたは違いますよね?」
「御意」
公子の前に、智代は恭しく膝をついた。
「あう〜、どうしたの風子……」
「あれを見て欲しいです……」
風子は天空を指差す。北極星を守護する北斗七星の七つの星のうち、六つまでが輝きを失っている。
それは伝説の神闘士七人のうち、六人までが倒されたことを意味するものだ。残る神闘士はアルファ星ドゥーベの坂上智代のみ。
だが、智代はかつてアスガルドで伝説を作った少女。夜のアスガルドを徘徊し、迷惑をかける悪い男たちを狩っていた。月明かりの下で見る彼女はただただ恐ろしく、ただただ美しかったという……。
アスガルド最強の少女。それが坂上智代なのだ。
「あう〜……」
ほとんど脅し文句のような伝説に、思わず真琴はうめき声を上げてしまう。
「だ……大丈夫よぅ! あゆたちだって、祐一の聖闘士なんだからね。どんな相手だって倒しちゃうんだから」
なんとなく、真琴の声は虚勢に近いものだった。
(……舞……)
メグレスの陽平を倒したものの、その場に力尽きてしまった舞に、佐祐理の小宇宙が優しく呼びかける。
「……佐祐理……」
(舞の小宇宙はもう萌え尽きてしまったんですか? あゆちゃんたちと一緒に、公子さんのところに駆けつけるんじゃなかったんですか?)
「……あゆ。……名雪。……栞……」
(さあ、立って舞。祐一さんを助けてあげて)
「……祐一!」
舞の身体から、爆発的な乙女小宇宙が沸きあがった。
「あれが……大神オーディン。そしてあれが……バルムンクの剣……」
ついにあゆはアスガルドの神、オーディン像の近くにまでやってきた。
公子をニーベルンゲンリングの呪縛から解き放つためには、オーディンサファイアを七つ全部集め、バルムンクの剣を手に入れなくてはならない。
そのとき、突如として凄まじい小宇宙が巻き起こる。
「うぐぅ、誰?」
「アルファ星ドゥーベの神闘士、坂上智代」
圧倒的なまでの智代の小宇宙に、あゆは一瞬気おされてしまう。
「まさか聖闘士がここまで来るとは……。それはほめてやるぞ」
「悪いけど、ボクが欲しいのは君のオーディンサファイアだけだよ。それがあれば、公子さんを目覚めさせて、祐一くんを救うことができるんだ。公子さんは何者かにニーベルンゲンリングをはめられて、操られているだけなんだよ」
「馬鹿なことを……」
あゆの言葉を、智代は一笑した。
「オーディンの地上代行者である、公子さんを操れるものがいるとでも言うのか?」
呆れてものが言えないという様子の智代。
「もはや問答無用。お前がどんなに傷ついていようと、手加減はしない」
「う……ぐぅ……」
圧倒的なまでの智代の自信に、思わずうめくあゆ。
「手加減できる相手かどうか、これを受けてから決めてよ。タイヤキ流星拳!」
あゆの放つ無数のたい焼きを、智代は微動だにせずすべて受け止める。しかもあゆのたい焼きは、神闘衣に届く前に消えてしまっている。
「これしきの拳、避けるまでも無い。例え神闘衣に届いたとしても、傷一つつけることはできないだろう」
「うぐぅっ!」
「無駄だ」
あゆの拳をかわしつつ、智代は容赦ない一撃を加える。はじき飛ばされたあゆは、そのまま顔で地面を掘ってしまう。
「幾人もの神闘士を倒し、傷つきながらもここまでたどり着いた、その闘志は認めてやろう。でも、お前の戦いももうすぐ終わる。この私の手によって……」
智代の拳に凄まじい小宇宙が集中する。
「クラナドソード!」
「うぐぅっ!」
あゆを中心に、智代の指先から放たれた拳圧が円を描く。爆発的に炸裂した小宇宙があゆの身体を舞い上げ、上昇する瓦礫が容赦なくあゆに襲いかかる。
激しく地面に叩きつけられ、倒れふすあゆ。その足元には、四つのオーディンサファイアが転がっていた。
「あゆさん、しっかりしてください。残る神闘士は、あと一人なんですよ」
栞たちが到着したのは、丁度あゆが智代のクラナドソードを受けている最中だった。
栞は手の中のオーディンサファイアを握り締める。最後の神闘士、智代を倒せば、祐一を救い、公子を救うバルムンクの剣が手に入るのだ。
「……ここはわたしが……」
なんとか拳を構えようとする名雪だったが、力及ばずに片膝をついてしまう。
「名雪さん!」
「栞、名雪をお願い。智代の相手は、あたしがするわ」
轟火のような香里の拳を、智代は易々とかわしていく。なにしろその動きは光速。智代の動きに香里は翻弄されてしまう。
「たしかに、この私が最後に残るただ一人の神闘士。だからと言って、必ずしもお前たちに勝機があるとは限らない」
智代の一撃で、香里ははじき飛ばされてしまう。
「こい、フェニックス」
「いくわよ」
二人の身体と身体、拳と拳が激しく交差する。
「お前如きがフェニックスとは笑止。それともその翼は、もうすでに折れたか?」
智代の連続攻撃が容赦なく香里に叩き込まれる。
「お姉ちゃん!」
「香里!」
栞と名雪の声が響く。そのとき、香里の乙女小宇宙が激しく萌え上がる。
「たしかにあなたの実力は認めるわ。だけどあたしたちは十二宮の戦いにおいて、どんな強大な相手も倒してきたのよ!」
不死鳥と魔竜。二つの小宇宙が激しく交差する。
「今まで戦ってきた相手と、この私を一緒にすること自体が間違い」
「うぅっ……」
香里は力尽き、崩れ落ちた。
「お姉ちゃん!」
栞の叫びが響く。
「名雪さん、ここは私が守って見せます」
悠然と歩み寄る智代を前に、栞はストールを構える。
「守って、ストール!」
「それが噂に聞くアンドロメダのストール」
栞のストールは、智代の光速拳すら封じ込めている。にもかかわらず、智代は不敵な笑みを浮かべていた。
「せっかくここまで来たんですから。ここであなたに負けるわけにはいかないんです」
「残念だけどこの私を相手に、もうお前たちに勝つ術は残されていない。クラナドソード!」
さすがのストールも、立つ地面ごと破壊されてはなす術が無い。凄まじい小宇宙にまき下げられ、栞と名雪の身体は激しく地面に叩きつけられる。
智代の前には、四人の聖闘士たちが倒れている。
「……これでよかったのだよな、渚……」
智代の胸に、かつての思いが去来する。
それはまだ、アスガルドが平和だったころ。智代が渚や公子たち四人と話をしていたとき、神闘士の話題が出たことがある。
だが、神闘士が現れるときは、アスガルドに戦いが起きるときだ。たとえ厳しい自然に囲まれていても、人々と共に平和に暮らしていきたい。
それが公子の望みだった。
なのになぜ、今こうして戦いが起きているのか……。
「……まだ、勝負はついていないよ……」
智代の見ている前で、あゆは立ち上がった。
「無益な。戦いはもう終わっている、まだわからないか」
「……言葉どおりよ……」
「フェニックス……」
足元からの声に、思わず智代は目をやってしまう。
「……名雪さんも……栞ちゃんも……香里さんもきてくれた。みんなのためにも、ボクは負けるわけにはいかないんだ……」
あれほど傷つき、さらには智代と戦っておきながら、なおもあゆは立ち上がってくる。
一体あゆの小さな身体のどこにそんな力が残されているというのか。
(公子さんは何者かの手によってニーベルンゲンリングをはめられて、操られているだけなんだよ)
智代の脳裏に、あゆの言葉が蘇る。
不意に智代はかつての風子の言葉を思い出す。
(おねぇちゃんは、変わってしまいました)
それは今のあゆの言葉を裏付けるものだった。
(なにをしているのですか。聖闘士の息の根を、ひとり残らず止めるんです)
智代の脳裏に公子の声が響く。それはまるで悪魔に魅入られでもしたような言葉だ。
迷うな、と智代は自分に言い聞かせる。
なにがあろうとも、最後まで公子を守る。それが智代の誓いなのだ。
「ペガサス。これ以上何度立ち上がっても苦しみが長引くだけだ。だからせめて一撃で楽にしてやる」
智代の乙女小宇宙が沸きあがる。
「ドラゴンブリザード!」
「危ない、あゆちゃん!」
智代の一撃があゆに炸裂する瞬間、斉藤が割って入る。斉藤が傷ついた舞をここまで連れてきたとき、丁度その場面だったのだ。
少ない出番を有効に利用しようと、技の前に飛びこむ斉藤。だが、智代の技の威力は斉藤ごとあゆを吹き飛ばした。
「あゆ、みんな……」
なんとか舞がたどりついたときには、あたりにはみんなが倒れていた。
「うっ……」
その中で、香里はなんとか立ち上がろうとしていた。
「……香里!」
「あたしにかまわないで……」
駆け寄ろうとした舞を、香里は制した。
「あの人が最後の神闘士よ。あの人さえ倒せば相沢くんを救えるのよ。時間が無いのよ、舞さん」
「……私たちは、例え友の屍を乗り越えてでも、必ず目的を遂げると誓い合った……」
舞は静かに智代を睨みつける。
「……私は必ず、あの人を倒す!」
舞はその身体に聖衣もまとっていないというのに、静かに乙女小宇宙を萌やして智代に相対した。
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