第十四話 決戦、最後の神闘士
二人は、静かに対峙した。
かたやドラゴンの聖闘士、川澄舞。
かたやアルファ星ドゥーベの神闘士、坂上智代。
いずれもドラゴンを象った聖衣や神闘衣をまとっているところが共通しているが、両者の間には決定的な違いがある。
舞のドラゴンは東洋系。龍神として神格化されたものがモデルだ。
智代のドラゴンは西洋系。北欧神話に登場する魔竜ファーブニルがモデルだ。
また、この二人にはもう一つ共通したことがある。それはシナリオ担当のライターが、アフターシナリオを作ってみたいというキャラなのだ。
聖衣もまとわずに相対する舞の姿に、智代は失笑した。
「お前がドラゴンの聖闘士……。聖衣もつけずに、この私に勝てるとでも思っているのか?」
「……倒す!」
二人の身体と身体、拳と拳が激しく交差する。舞と智代の拳技はほぼ互角、一進一退の攻防を繰り広げる。
だが、舞の拳は智代の身体には届かず、その手前ではじき返されてしまう。
「……ならば」
舞は自分の乙女小宇宙を最大限に萌やす。すると舞の背後に牛丼のどんぶりが浮かび上がり、立ち上る湯気が昇龍のようにうごめく。
「牛丼昇龍覇!」
舞の渾身の拳をも智代ははじき返してしまう。もはやなすすべは無いのだろうか。
北欧神話の伝説では、魔竜ファーブニルを倒した英雄ジークフリートは、魔竜の返り血を浴びることにより、不死身の肉体を得たという。
智代の神闘衣にもそれと同じ効果があるとでもいうのだろうか。だとするなら、智代を倒す方法は無いということになる。
「クラナドソード!」
智代の一撃が舞を襲う。吹き上がる小宇宙と瓦礫が容赦なく舞を切り裂いていく。しかも今の舞は聖衣をまとっていない。そのダメージは想像を絶するものだ。
だが、舞はあきらめてはいない。今ここであきらめてしまえば、祐一の生命に関わるからだ。
「……あれしかない」
不死身の智代を倒す唯一の方法。それはかつて舞が十二宮の戦いにおいて、山羊座の黄金聖闘士、七瀬留美に使ったあの技だ。
智代の繰り出す拳をかいくぐり、舞は背後に回ってその動きを封じ込める。
「まさか……このまま小宇宙を高めて爆発するつもりか?」
急激に高まる舞の乙女小宇宙に、智代は戦慄する。
「……もとより死は覚悟の上。ドラゴン舞究極の奥義、牛丼亢龍……」
(早まらないで、舞さん)
奥義を解放しようとした刹那、舞の脳裏に留美の声が響く。
(亢龍覇を使えば、相手はもちろんあなたも一緒に消えてしまうわ。それで相沢が救えるというの?)
たしかに、この技を使えば舞も智代も立ち上る牛丼の湯気のように消えてしまう。それは智代の神闘衣の守護石であるオーディンサファイアも、一緒に消えてしまうということだ。
どうすれば、舞に迷いが生じる。
「やはり、いざとなると生命が惜しいか……」
なんともつまらなそうに言葉を吐き捨て、智代は舞の身体を振り払う。
「お前に見せてやる。本当の竜の拳を」
智代の乙女小宇宙が高まっていく。
「ドラゴンブリザード!」
圧倒的なまでの智代の拳に飲み込まれ、舞の身体ははじき飛ばされた。
「舞さ〜んっ!」
あゆの悲痛な叫びがあたりに響く。
やはり今の智代は不死身。まるで歯が立たない。
自分には万に一つも勝ち目は無いのか、と舞は薄れゆく意識の中で思った。
(舞……)
そのとき、舞の脳裏に佐祐理の声が響く。
(前に話したことがありますね。諸刃の剣のことを)
諸刃の剣は最強の攻撃力を誇る反面、使用者にも危害が及ぶ剣である。つまり、最強の剣には最強であるがゆえにその剣の中に弱点がある。
(舞……あなたならわかるはずですよ……)
「……佐祐理……」
舞は聖衣もつけないその身体で、何度も智代の最大の拳を受けながらも立ち上がった。
「そんな……聖衣もつけていないのに……」
その舞の姿に、智代は戦慄した。
「……まだ死ぬわけにいかない。佐祐理のおかげで、お前を倒す可能性が見えた」
「私を倒す可能性?」
舞は静かにうなずく。
「……最強の拳には最強であるがゆえの弱点がある」
「わかった。その最強の拳、もう一度くれてやる。だが、もう一度私の拳を受ければ、もう二度と立ち上がることはできないぞ」
たしかに、今度こそ舞も無事ではすまないだろう。だが、例えほんの僅かであっても勝機というものが存在するのなら、舞はそれにかける。
「……よく見て、あゆ」
智代も舞も静かに乙女小宇宙を高めていく。いくら智代の拳が強力でも、必ず弱点があるはず。かなわないまでも、智代の動きをすべて見切る。舞は智代の一挙手一投足に全神系を集中した。
「ドラゴンブリザード!」
智代が技を放つほんのわずかな一瞬。口元のガードが下がるのが見えた。
「見えた! 牛丼昇竜覇」
智代の拳の冷気をかいくぐり、舞の牛丼の湯気がまっすぐに伸びる。
二人の拳はカウンター気味に炸裂し、その身体ははじかれるように吹き飛ばされた。
「まさか……知っていた?」
がっくりと片膝をつき、智代はうめくような声を上げる。
「舞さん、しっかりして!」
傷つき、倒れる舞に、あゆは必死に呼びかける。
「……あゆ、はじめて戦ったときのことを憶えてる?」
あのとき、あゆはすでに舞の牛丼昇竜覇の弱点を見切っていた。それは佐祐理に指摘されたとおり、涎がたれてしまうというものだった。
時間としては僅かなものだが、たしかにその一瞬は舞が無防備になるときだ。
「まさか、智代さんにも舞さんと同じ欠点が……」
舞は静かに首肯する。
智代もまた、技の威力を高めるために、無意識にではあるが口元のガードが下がってしまう。それはほんのわずかな一瞬の出来事であるとはいえ、舞と同様に致命的な弱点となるのだ。
「見事だ。だが、お前の牛丼は私をかすめたに過ぎない」
「……それで充分。弱点はすでに示した」
自分の役目は終わり。舞は薄れゆく意識の中でそう思った。
舞には智代を倒すことはできなかった。だが、後に続くもののために、道しるべを残すことはできた。
「……後は任せた……あゆ……」
そこで舞は意識を手放した。後はあゆがなんとかしてくれる。そう言う満ち足りた笑顔で。
「斉藤くんがボクを守ってくれた。そして、舞さんもボクに戦う術を教えてくれた……」
あゆは足元がふらつきながらも、必死に立ち上がった。
「みんなのためにも、祐一くんはボクが守る!」
この人間味あふれる友情の絆。その迫力に智代は圧倒されつつあった。
できることなら、この少女たちを敵にしたくなかったと、智代は心のそこからそう思った。
「死にぞこないの聖闘士を相手に、なにを手こずっているんですか」
ヴァルハラ宮殿の奥で、公子は智代のていたらくを叱責した。
もう時間も無く、祐一の命運も後僅かで尽きるというのに、いまだ聖闘士たちを一人も倒せていないとは情けなさすぎる。
まあ、よいか。と公子は妖しげな笑みを浮かべる。
どうあがこうとも、聖闘士たちに祐一を救うことなどできるはずもない。
「……公子さん、相沢くんの聖闘士を甘く見てはいけないよ」
「誰ですか?」
「あなたに、そのニーベルンゲンリングを授けたお方の使い、そういえばわかってもらえるかな?」
公子は思わず左手の薬指にはめられたニーベルンゲンリングを見る。その相手の正体は不明だが、公子を戦慄させるのに充分な小宇宙をまとっていた。
あれほどまでに傷つき、立っているのがやっとなくらいで、しかも智代に勝てる可能性すら皆無に等しい。
それにもかかわらずあゆは、静かに乙女小宇宙を高め、智代を睨みつけていた。その姿に智代は、僅かながらも恐れというものを感じた。
「わかった。この私の名誉にかけて、お前の挑戦を受ける」
智代に隙が生じるのは、時間にして僅か十万分の一秒にも満たないだろう。その僅かな隙を見つけるために、あゆは全神経を集中した。
(祐一くん、ボクの乙女小宇宙よ。ボクに奇跡を……)
「ドラゴンブリザード!」
高めた智代の乙女小宇宙が右拳に集中していく。そしてあゆは、智代の一瞬の隙を見つけた。
「見えた! タイヤキ流星拳!」
その一瞬にあゆは流星拳を叩き込む。だが、智代の拳は的確にあゆをとらえていた。
はじき飛ばされ、倒れふすあゆ。
「どうやら奇跡は起きなかったみたいだな」
勝利を確信し、智代は口を開く。だが、その直後にその目が驚愕に見開かれた。
「……馬鹿な、口の中が甘い……」
しかも神闘衣にはあんこが付着している。
あゆの流星拳はすべて見切ったはずだ。だが、かわしきれなかったたい焼きが存在していたのだ。
だが、すでに勝敗は決した。これですべてが終わったはず。
そして、日はゆっくりと沈もうとしていた。
(もう一度……。最後にもう一度だけでいい、ボクの心の乙女小宇宙よ……奇跡を起こして……)
(あゆ……お前は希望だ。俺の……いや、世界に残った希望だ……)
祐一の小宇宙があゆを満たす。
(……あゆ、僅かに残った私の乙女小宇宙を……)
(今にも消えそうな、わたしの乙女小宇宙を……)
(かすかに残った私の乙女小宇宙を、あゆさんにあげます。だから、あゆさん……)
みんなの乙女小宇宙があゆに集中する。
(あゆちゃん……もう一度立ち上がって……。正義のために、相沢くんを救うために……。あなたは今、あたしたちに残された、最後の希望なのよ……)
(聞こえる……みんなの声が……。ボクの乙女小宇宙に響いてくる……)
「ペガサス……お前まだ……」
足元がふらつきながらも、なおも立ち上がってくるあゆの姿に、智代は戦慄していた。
「なんだ? あの乙女小宇宙は……」
あゆの背後に、凄まじいまでの小宇宙が沸きあがっている。たい焼き、バニラアイス、牛丼、イチゴサンデー……。それはあゆたちの乙女小宇宙だ。
これが、あゆたちの信じる正義の持つ力。それとも、彼女たちが正義そのものである証なのだろうか。
「なにをためらっているんですか、智代ちゃん。早く始末してしまいなさい」
業を煮やしてヴァルハラ宮を出てきた公子が、智代を叱責する。
だが、智代はあゆと相対したまま動かない。
「聞こえないんですか? 智代ちゃん。それとも死にぞこないの拳をあびて臆したんですか? それなら私が始末してあげます」
公子が放つ光弾を、智代は片手で止める。
「公子さん、手出しは無用。ただ、私は確かめてみたい。私たちが正義なのか、それとも……」
智代はあゆと相対する。
「祐一くんを……祐一くんを救わないと……」
「今一度拳をかわせば、お前は必ず死ぬ。覚悟はいいな」
あゆは構えをとかない。その潔さに、智代は心のそこから敬服した。
「これで最後の決着がつく。全てが終わる」
「ボクは……ボクはみんなの希望なんだ! ボクの心の乙女小宇宙よ、今こそ究極まで萌え上がれ!」
「ドラゴンブリザード!」
「タイヤキ流星拳!」
二人は同時に技を放つ。
「ば……馬鹿な……」
思わず智代は声を漏らす。
「たい焼きが……私の拳を押し戻していく……」
あゆのたい焼きは智代のドラゴンブリザードの威力を全て封じ込め、タイヤキビッグバンとなって炸裂した。凄まじい衝撃が智代を襲い、その身体をはじき飛ばす。
「やった……」
ついに七人の神闘士をすべて倒したのだ。
あゆがオーディンサファイアを手に取ろうとしたとき、不意に笛の音が聞こえてきた。
「うぐぅ、誰?」
「海の聖域、ポセイドン神殿よりの使い、海闘士七将軍の一人、セイレーンの長森瑞佳」
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