第四話 閃光、蘇る聖剣(エクスカリバー)

 

 栞が南太平洋の柱を打ち砕いたころ、舞は印度洋を支える柱に辿(たど)りついていた。

「よく辿(たど)りついたな、相沢君の聖闘士(セイント)とやら……」

「……誰?」

 舞の前に、立派な鱗衣(スケイル)(まと)った女性が姿を現した。

「私はこの印度洋の柱を守る海将軍(ジェネラル)、クリュサオルの霧島聖」

「クリュサオル……。私は……」

 名乗ろうとする舞を止める聖。

「ここで死ぬお前の名前など、聞くだけ無意味だ」

 そう言って聖は右手を一閃させる。手元から伸びる白銀の光をかわす舞であるが、頬に一筋の紅い線が走る。

「……!」

 確かに舞は聖の攻撃をかわしたはずだ。で、あるにもかかわらず舞の頬は切られている。どうやら聖の右手に握られている鋭利な刃物によって傷つけられたようだ。

「クリュサオルとはポセイドン様の子として勇名を馳せ、その名前は『黄金の槍を持つ者』という意味があるのだが……」

 すっと聖は舞の前に右手を出す。

「私にはこっちのほうが使い慣れているんでね。いずれにしてもこの白銀のメスは、すべての邪悪を切り裂く聖なる力を持っている。いかなるものをもってしても、防ぐ事は不可能だ」

 そこに握られた白銀のメスに、舞は背筋に戦慄(せんりつ)が走るのを感じた。

「汚れきった地上を清め、新たなる世を築こうと蘇ったポセイドン様にたてつく邪悪なる者よ。この霧島聖が成敗してくれるわ」

「……どっちが、邪悪?」

 得体の知れない聖の妙な迫力に臆する事無く、舞は静かに口を開いた。

「罪の無い地上の人達が苦しんでいるのに?」

 問答無用、とばかりに聖は右手を一閃させる。そのたびに白銀の閃光が走り、舞に襲いかかる。

 なんとか紙一重でかわし続ける舞であるが、聖のメスは身体に触れていないにもかかわらず、その風圧によって容赦なく切り裂かれていく。

「無駄な事を。この私のメスから逃れる事など出来ないからな」

 確かにこのまま避け続けていたとしても、聖の実力の前ではいずれやられてしまうだろう。

 それならば、まずはあのメスをなんとかしなければ。そう舞は考えた。

 たとえあのメスがいかなるものをも切り裂く白銀のメスだとしても、こちらには八十八の星座のなかで最高の硬度を誇るドラゴンのどんぶりがある。

「……こいっ!」

 ドラゴンのどんぶりを構えて正対する舞の姿に、聖はその意図を了解した。

「今度はかすり傷じゃすまないぞ。この私のメスを止める事が出来なければ、死あるのみだ」

「……覚悟の上」

「いいだろう……」

 聖は軽く口元で笑うと、メスを構えた。

「ならば、この私がお前に引導を渡してくれるっ!」

 聖のメスを、舞のどんぶりが受け止めた。

「くっ……」

 恐るべきメスの威力。聖のメスはドラゴンのどんぶりを紙のように貫き、舞の身体を串刺しにしていた。

 かろうじて急所こそ外れてはいるものの、その実力の前では手も足も出ない。

「それなら……」

 舞は身体の筋肉を締めて、メスを抜けなくする。

「どうするつもりだ?」

「……ただでは死なない」

 せめてこのメスだけでも叩き折る。その気合を込めた舞の手刀が振り下ろされるが、聖のメスはまったく動じる様子が無かった。

 むしろダメージを受けたのは、舞の手のほうだ。

「愚かな事を、手刀で叩き折ろうなんてな。このメスは防ぐ事はおろか、叩き折るのも不可能なのだ」

「……くっ」

 そして、舞の身体はゆっくりと倒れ伏す。

(見事な闘志だ)

 敵ではあるが、聖は舞の闘志に敬意を抱いていた。

(せめて名前ぐらい聞いておくべきだったか……)

 闘いの余韻に浸る事無く、聖はすっと(きびす)を返した。

 

(……手も足も出なかった……)

 あの白銀のメスをなんとかしない限り、聖を倒す事は出来ない。だが、折る事も防ぐ事も出来ないのでは、どうする事も出来ない。

(どうしたの? 舞さん)

 舞の心に絶望という暗雲が立ち込めたとき、脳裏で声が響いた。

 それはかつて、十二宮の闘いで死闘を演じたやぎ座の黄金聖闘士(ゴールドセイント)、七瀬留美の声だった。

(留美?)

(あなたほどの乙女が、こんなところであきらめてしまうの?)

 そう言われても、舞には返す言葉が無い。

(あんなメスぐらいなによ。あなたには相沢くんを守るという大事な使命があるんじゃないの?)

(…………)

(あなたの右手には、すでになにものをも切り裂く、聖なる力が宿っているのに?)

(まさか……)

(あたしの魂にして乙女の証。伝説の聖剣(エクスカリバー)がね)

 

 背後に湧き上がる舞の小宇宙(コスモ)に、聖はゆっくりと振り返った。

「死が訪れるまで、おとなしく倒れていられないとはな。これ以上立ち上がって、なにをするつもりだ?」

「……そのメスを壊す……」

 傷つき、倒れながらも、そのたびに立ち上がる舞の姿に、聖は感嘆した様子で口を開いた。

「名前を聞いておこうか?」

「ドラゴンの聖闘士(セイント)、川澄舞」

 それを聞き、聖は軽く笑みを浮かべる。

「この白銀のメスを壊すだと? どうやらお前、死の淵でうわごとを言っているようだな……」

 敵とはいえ、これほどの戦士が世迷言を言うとは。このまま醜態(しゅうたい)(さら)させておくのも不憫(ふびん)、せめて一思いに楽にしてやろうと、聖はメスを構えなおす。

(……留美の言うとおり)

 あんな白銀のメスごときになにを恐れている。かつて舞も十二宮の激闘で、究極ともいえる黄金聖闘士(ゴールドセイント)をも打ち破ってきたのだ。そのときに萌え上がった心の乙女小宇宙(おとめコスモ)、再びその境地に達する事が出来るのなら、恐れるものはなにも無い。

「今こそ萌えろ、私の乙女小宇宙(おとめコスモ)黄金聖闘士(ゴールドセイント)の位まで」

 二人の間に閃光が走る。

「なにぃ?」

 聖の目が、驚愕(きょうがく)に見開かれる。

「白銀のメスがドラゴンのどんぶりで止められた? しかも、なんだ? このどんぶりの色は……」

 舞のどんぶりが、黄金色に輝いている。それは左腕のどんぶりだけではなく、聖衣(クロス)全体が黄金色に光り輝いていた。

 十二宮の闘いで死に絶えた舞の聖衣(クロス)は、黄金聖闘士(ゴールドセイント)の血によって蘇った。いわば、限りなく黄金聖衣(ゴールドクロス)に近い青銅聖衣(ブロンズクロス)となったのだ。

 聖衣(クロス)は自己の小宇宙(コスモ)を萌やさない限り、ただの重い鎧にすぎない。つまり、舞自身の乙女小宇宙(おとめコスモ)が高まれば高まるほど、この聖衣(クロス)は限りなく黄金聖衣(ゴールドクロス)に近づいてくれるのだ。

 そして、究極まで高まった乙女小宇宙(おとめコスモ)で。

「今度こそ断つ。聖剣(エクスカリバー)っ!」

 再び、白銀のメスに手刀を振り下ろす舞。

「……!」

 だが、先程と同じく白銀のメスはびくともしなかった。

「どうやら、メッキがはがれたようだな……」

 抜く手も見せずに、聖は舞の足を切り裂いた。

「……メッキ……?」

「いくら乙女小宇宙(おとめコスモ)黄金聖闘士(ゴールドセイント)の位まで高めようとも、所詮お前の肉体は青銅聖闘士(ブロンズセイント)だという事だ」

 それを証明してやろう、といわんばかりに聖はメスを構えなおした。

「くらえっ! フラッシングメッサー!」

 無数の白銀のメスが、先程とは比較にならない速度で舞の身体を切り刻む。聖衣(クロス)のおかげで致命の一撃こそ免れているものの、全身に受けた傷により、舞はその場に崩れ落ちた。

(私の力がメッキ? そんなはずは無い……)

 止めを刺そうと近づいてきた聖の一撃を、舞はかろうじてドラゴンのどんぶりで受け止める。

「舞、勇者たるお前がこれ以上醜態(しゅうたい)(さら)すのはよせ。いつまでそうやって聖衣(クロス)の影に隠れているつもりだ?」

「……じゃあ、捨てる」

 舞は聖衣(クロス)を脱ぎ捨てた。アンダーウェア越しに、豊かな舞のバストが揺れる。

「正気か? 生命を守る盾ともいえる、聖衣(クロス)を脱ぎ捨ててしまうなんて」

「もとより、覚悟の上」

 まさしく生命の盾ともいえる聖衣(クロス)(まと)っていた事に、他ならぬ舞自身の甘えがあった。

 それこそ、死と紙一重。生命が消える極限まで高めなければ、究極の小宇宙(コスモ)は発揮出来ない。ましてや、舞の右腕に宿るという、留美の乙女魂を呼び覚ます事など出来ないだろう。

 これで舞は、聖のメスを折らぬ限り確実に死ぬ。これが最期の勝負となるのだ。

「来いっ!」

「言っておくが、死と紙一重になったところで、奇跡など容易(たやす)くは起きない」

 それでも舞の意図を了解したのか、聖は静かにメスを構える。

「この白銀のメスは、たとえ神でも折る事は不可能なのだっ!」

「……目覚めよ……」

 そのとき、舞の乙女小宇宙(おとめコスモ)が今まで以上に激しく萌え上がった。

聖剣(エクスカリバー)っ!」

 一瞬の閃光が走り抜けると同時に、聖の持つ白銀のメスは真っ二つに斬り裂かれた。

「ばかな……白銀のメスが真っ二つに……?」

 聖衣(クロス)を脱ぎ捨てた生身の手刀に、まさかこれほどの威力があろうとは。驚愕(きょうがく)に打ち震える聖の身体に、更なる衝撃が襲いかかる。

「しかも、その余波で私の鱗衣(スケイル)まで斬り裂いているなんて……」

 乾いた音を立てて地面に落ちた鱗衣(スケイル)は、聖剣(エクスカリバー)の名に恥じない威力を示したものだ。

 それはともかくとして舞は、聖のアンダーウェアの胸元にかかれた文字に注目していた。

(なぜ、通天閣?)

 

 白銀のメスを失った今、聖には攻撃の手段が無い。そう思う舞の前で、聖はゆっくりと座禅を組んだ。

(これは……)

 聖の身体より立ち上る異様なまでの小宇宙(コスモ)に、一瞬だが舞は気おされた。それはまるで、舞の行く手を阻む壁の様であった。

「舞、お前は私の白銀のメスを断ち切る事によって、この私を本気にさせてしまったようだ。私の体内に眠っている宇宙エネルギー、クンダリーニを呼び起こしてしまったのだ……」

「……クンダリーニ……?」

「お前達聖闘士(セイント)は単に小宇宙(コスモ)と呼んでいるらしいが、インドでは人間の体内にある宇宙的エネルギーを、クンダリーニと呼ぶのさ」

 聖の背後に浮かび上がる建造物、それはまぎれも無い大阪のシンボルタワー、通天閣そのものであった。

「それ以上近づけば、死あるのみ。お前はもはや印度洋の柱へ行くどころか、そこから一歩もこちらへ来る事は出来ない」

「……なにを馬鹿な……」

 聖の放つ圧倒的な小宇宙(コスモ)を前にして、舞は一歩も先に進む事が出来ない。しかし、このまま手をこまねいているわけにもいかない。

 なんとしてもここを突破し、印度洋の柱を破壊しなければ祐一が死ぬ。それだけはなんとしても避けなくてはいけない。

「くっ!」

 舞は必死に突破しようとするが、目には見えない力で弾き返されてしまう。どうやら聖は舞の想像以上に大きな空気の壁を作り上げているらしい。

「無駄な事を……」

 舞を見る聖の目は、憐憫(れんびん)の色に満たされていた。

「舞、お前は新しい時代がやってくるのが見えないか?」

「……?」

「今は暗黒の時代、カーリーの時代だ。人は他人を思いやる優しさを忘れ、堕落と腐敗が大道をまかり通っている。花は枯れ、鳥は空を捨て、人は微笑をなくしてしまった……」

 確かに、人の心から愛が消えたという聖にも一理あるのかもしれない。実際、舞も幼いうちから聖闘士(セイント)としての資質ゆえか、周囲から迫害されてきたからだ。

 そんな地上をポセイドンは創り直そうとしている。地上のすべてを水で洗い清め、そこから再び新しい世界を創ろうとしているのだ。

(……でも)

 舞は知っている。地上のすべてが愚かな人間ばかりではないと。こんな自分でも親友と呼び、受け入れてくれる人達がいるという事を。

「そんな人達ばかりじゃない」

「新しい時代にためには、少々の犠牲はやむを得ないさ」

 その言葉が、舞の怒りに火をつけた。

 そんな自分勝手な考えで、罪無き多くの生命が奪われてたまるものか。まさしくこの者こそ地上に暗黒の時代をもたらす者。それは、即ち魔物。

 そんな事はこの舞の生命がある限り、絶対に許される事ではない。

 なぜなら、舞は。

「私は、魔物を討つ者だから……」

 舞の全身に、乙女小宇宙(おとめコスモ)が満ちる。

「牛丼龍飛翔っ!」

 舞は自分自身を拳とし、一直線に聖に迫る。

 だが、聖の全身から放たれる小宇宙(コスモ)、クンダリーニに阻まれ、弾き返された舞は激しく大地に叩きつけられてしまう。

「最後に一つ教えてやろう。クンダリーニはチャクラから生じているものだ。チャクラとは、人間の体内にある奇跡的なエネルギーを引き起こす座の事。その七つの座を消さない限り、この壁が破れる事は無い」

 それを聞いた舞の脳裏に一つの事が浮かび上がる。クンダリーニを小宇宙(コスモ)に置き換えるなら、チャクラとは生命点の事だ。

 聖闘士(セイント)が守護星座の星の位置で生命点に支配されているように、聖もチャクラに支配されているのだ。

「……それなら、そのチャクラを断てば……」

「それを知ったところで、もうどうする事も出来まい」

 聖のクンダリーニが高まりを見せる。

「舞。お前の闘志に免じて、苦しまずに息の根を止めてやろう。通天閣っ!」

 聖の背後に浮かび上がる通天閣より、まばゆい光があふれ出る。

 だが、その光の向こうでは、舞が乙女小宇宙(おとめコスモ)を高めていた。

 舞の背後には激しく湯気の立ち上る、牛丼のどんぶりが浮かび上がる。

「牛丼昇龍覇っ!」

 だが、舞の渾身(こんしん)の一撃も聖には通用しない。

 やはり聖の言うとおり、チャクラを断つ以外に方法は無い。しかし、聖闘士(セイント)であるなら星座の星で生命点はわかるが、聖の生命点はどこにあるのか。

 なんとか見極めようとする舞だが、そのときふと違和感に気づく。

「目が……」

 生命点を見極めようとしているのに、すべてがかすんで見える。

「通天閣を受けて無事と思ったか? 通天閣の大いなる光により、お前はまもなく失明する」

 そうなってしまえば万事休すだ。

「さあ、今度こそ最期だ。通天閣の大いなる光によってあの世に旅立ちたまえ……」

「祐一……私に奇跡を、聖の生命点を見せて欲しい」

 最大限にまで高めた乙女小宇宙(おとめコスモ)が、奇跡を呼び起こす。舞の目に、聖のチャクラの位置が飛び込んできた。

 なんとチャクラは、聖の身体にそって一直線に並んでいたのだ。それはあたかも通天閣のように。

「今更気づいてももう遅い。通天閣っ!」

聖剣(エクスカリバー)っ!」

 二人の必殺技が交錯する。通天閣より放たれた光により舞は弾き飛ばされ、激しく大地に叩きつけられてしまう。

「見事だ、舞……」

 だが、それと同時に舞の聖剣(エクスカリバー)も、聖のチャクラをすべて断ち切っていたのだ。聖の背後に浮かび上がる通天閣が崩れるように、聖も倒れた。

「……勝った」

 かろうじて勝利を(つか)みはしたものの、舞はもはや満身創痍(まんしんそうい)、柱を倒そうとするのだが、身体がまったく動かない。

 そのうえ通天閣の影響によって、ほとんど目が見えなくなってしまっている。

「舞〜」

 そこへ、てんびん座の聖衣(クロス)を持った真琴が駆けつけてきた。

「大丈夫なの? 舞っ!」

 切り傷や刺し傷が身体中にいっぱい刻まれた舞の姿に真琴は動揺するが、それを舞は、大丈夫、と制した。

「……それより、あの柱を……」

 舞はてんびん座の食器の中から、ナイフを取り出した。

「真琴、柱はどっち?」

「え? 柱って……」

 そこで真琴は舞の異変に気がついた。

「もしかして、舞。目が見えないの……?」

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送