第九話 降臨、黄金聖衣
「う……ぐぅ……」
「あきらめが悪いな……」
「あきらめちゃ、ダメなんだよ。黄金聖闘士達が黄金の血を分けてくれた。この聖衣がある限り……」
すでに息も絶え絶えという状態ながらも、あゆは必死に立ち上がった。
「この黄金に光り輝く聖衣を纏っている限り、ボクは絶対にあきらめるわけにはいかないんだよ」
「そうか。それならその聖衣が重荷にならないように、粉々に打ち砕いてやろう」
浩平の目が妖しく輝き、全身から凄まじい波動が放たれる。
「うぐぅっ!」
あゆの纏う聖衣が、無残にも打ち砕かれていく。今までどんな攻撃にもヒビ一つ入る事の無かった、黄金の血によって蘇った聖衣が。
そして、その余波があゆの身体に迫ろうとした、そのとき。
「何者だ、お前達は」
「……あゆ、お前一人を死なせない」
「死ぬときは一緒だよ、あゆちゃん」
駆けつけてきた舞と名雪が自らの身体を盾とし、あゆを守る。
だが、二人とも満身創痍。もはや死人にも等しい状態では、加勢にもならないだろう。
「まあ、いい。死出の道連れは、多いほうがいいからな」
再び、浩平より放たれる波動が、舞と名雪の聖衣を打ち砕いていく。
「ドラゴンのどんぶりが……」
「このままだと、聖衣どころかわたし達の身体まで……」
まさしく神そのものともいえる浩平の小宇宙が、容赦なく襲いかかってくる。
そして、その余波が名雪達の身体にまで及ぼうとしたとき、ぼぇ〜〜〜〜、と重く響く歌声が鳴り響いた。
(祐一?)
浩平はまた、祐一の歌声のようなものが聞こえたような気がした。
「まだ死に切れていないのか、案外しぶといな……」
そして、しぶといのは祐一だけではなかった。
「そこをどいてよ、ポセイドン……」
聖衣は破壊され、身体中ぼろぼろになりながらも、あゆは立ち上がった。
「祐一くんは……絶対に助け出すって言ったはずだよ……。このボクの生命の炎が、僅かでも萌えている限り……」
(あゆちゃん、無理だ……)
(……聖衣を砕かれた、生身のままでは……)
(今度こそ死んじゃうよ。やめて、あゆちゃん)
「目障りな……ならばその残った生命の炎を消し飛ばしてやる。いまだ死にきれずうごめいている、お前達の身体と一緒にな」
浩平の小宇宙が高まる。
「さあ。消えろっ!」
そのころ聖域では、もはや完全に途絶えてしまったあゆ達の小宇宙にあせりの色を隠せなかった。
「茜さん、どこに行くのですか?」
「祐一達を助けに」
「そうですか……」
聖域を離れようとする茜の背中に、美汐は冷静に声をかけた。
「どうしても行くというのなら、相沢さんの命にそむいた反逆者として、茜さんを抹殺しなくてはいけませんが」
「私を殺すのですか?」
「それもやむを得ません……」
美汐の静かな小宇宙が茜を拘束する。
「ちょっとやめなさいよ、あなた達」
そんなとき、真希が叫んだ。
「こんなところであたし達、黄金聖闘士同士が闘ってどうするのよ」
そうは言うものの、このまま手をこまねいていれば、あゆ達はおろか祐一まで死んでしまう。
聖闘士は祐一のために闘う者。祐一あっての聖闘士なのだ。このままでは聖闘士の使命すら果たせずに終わってしまう。誰もがそう考えた、そのときだった。
「あれは……」
人馬宮から流星が飛び立ち、地中海に向かって飛んでいった。それはまさしく、祐一の母の意思。
「美汐。いかに佐祐理さんでも、子を思う親心まではおさえきれなかったみたいですね」
(ありがとうございます)
茜の言葉を聞きつつ、あゆ達を助けてくれるであろう流星に、美汐は心の中で感謝した。
(ここを動けない私達に代わって、どうかあゆさん達を助けてあげてください)
「これは……」
一方、北大西洋の柱を守るいくみは、ポセイドン神殿に恐ろしく強大な小宇宙が降り立つのを感じた。
これは今までの青銅聖闘士のそれとは違い、あきらかに黄金聖闘士の強大さを感じるのだ。
「まずいわね……」
いくみはぐっと唇をかみ締める。
これ以上浩平を刺激してしまうと、いくみの計画が台無しになってしまう恐れがあるからだ。
しかし、いくみもここを動けない。先程から強大な小宇宙がこの場に満ちている。姿は見えないが、いくみがここを離れてしまうと柱が破壊されてしまう、そんな恐ろしい小宇宙だ。
「……一体、誰なのよ……」
ポセイドン神殿において浩平と対峙していたあゆ達の前に、いて座の黄金聖衣が舞い降りた。
「これは……」
「いて座の黄金聖衣……」
「祐一のお母さんの意思が、加勢に来てくれたの……?」
あゆ、舞、名雪、斉藤が見守る中、分解したいて座の聖衣はあゆの身体に装着されていく。
いて座の象徴とも言える弓を構え、黄金の矢を番えたあゆは、浩平に狙いを定めて弓を引き絞る。
「そこをどいてよ。どかないと、この黄金の矢がキミを射抜くよ」
「愚かだな。さっきのたい焼きと同じ様に、その矢を放てばおまえ自身にはねかえってくるんだぞ」
「うぐぅ……」
「それでもいいのなら、射ってみろ」
そのころ南大西洋の柱では、栞と瑞佳の激闘が続いていた。
「うう……頭ががんがんするよ……」
「耳の奥で、まだ『ボエ〜』ってなってる気がします……」
ようやっと祐一の歌声から解放され、安堵の息を吐いた二人ではあるが、思い出したように瑞佳のフルートと、栞のストールが打ちあわされる。
「往生際が悪いよ」
「死ぬ事も引く事も本意じゃありません。今の私の望みは、祐一さんを救う事だけです」
「これ以上、あなたに付き合ってるわけにいかないんだよ」
瑞佳は一旦、栞から距離をとる。
「さっきから神殿のほうで、異常な小宇宙を感じるんだよ。きっと浩平に、なにかがあったんだよ」
その真剣な様子に、思わず栞は目を見張る。
「わたしはすぐにでも、浩平のところに行かないといけないんだよ。さあ、今度こそ本当に死んでもらうよ」
「守って、ローリングストール!」
音は空気を伝わって聞こえる。だからローリングストールの回転によって外側の空気をはねかえせば、笛の音は聞こえなくなるはず。
「甘いよ、わたしの笛の音はそんな事じゃ防げないよ。エターナルシンフォニー!」
「えう〜っ!」
栞のストールが、見る影も無く引き裂かれてしまう。そればかりか黄金の血によって蘇った聖衣も打ち砕かれてしまった。
瑞佳の笛の音は精神に作用し、相手の頭脳に直接響く。心の清らかな者には安らぎとなって響くが、悪しき者にはまさしく死のメロディとなって衝撃を与える。
それが、セイレーンの瑞佳の笛の音なのだ。
「浩平の理想郷作りを邪魔する悪しき者。これが最後だよっ!」
「萌えろっ! 高まれっ! 私の乙女小宇宙、今こそ究極までっ!」
栞の身体を中心にして発生したバニラの香気が、瑞佳の身体を拘束する。
「これは……」
「バニラストリーム。これでもうあなたは動く事が出来ませんよ」
「なにを……」
もはや瑞佳の身体は、指一本動かす事も容易ではなくなってしまっている。栞のバニラストリームによって、完全に封じ込められてしまったのだ。
「それでもう、その笛を吹くのも容易ではありませんね」
「後一吹き、後一吹きであなたの生命が終わるって言うのに……」
「やめてください」
バニラストリームが激しさを増し、さらに瑞佳の動きを封じていく。
「このバニラストリームは、私の意思次第でとてつもない変化をするんです。そうなる前に、敗北を認めてください」
「仮にも南大西洋の柱を守る海将軍が、敵に背を向けるわけにはいかないんだよ。それよりも、後一吹きであなたの生命は消えるよ」
いかに栞がバニラストリームを強めようとも、この一吹きを封じる事は出来ない。
「私はあなたを倒したくないんです。だってあなたは、私達と一緒なんですから」
「なに?」
「あなたの目です。あなたは野望のために闘っているのではなく、私達と同じく大切な人のために闘っている人の目をしてます」
確かに瑞佳は、この世で最も大切な人である浩平のために闘っている。でも、それは闘いをやめる理由にはならない。
「それに、あなたは悪い人じゃありません。あの美しい笛の音、聴く人の心にしみわたるような美しい旋律は、あなたの心の清らかさそのものでしょう。だから……」
「ここにきて、あなたに善悪の判断をしてもらうなんて、思ってもみなかったよ……」
だが、瑞佳に闘いをやめる様子は無い。
「これで最後だよ。この笛の音の最高潮を聞いて、すべてを終わりにするよ。エターナルクライマックス!」
「私は正しい事のために闘っていても、本当は誰一人傷つけたくないんですっ!」
そのとき、栞のバニラストリームが、とてつもない変化を見せた。
「バニラストーム!」
突如として現れた、十六トンとかかれたバニラアイスのカップが、容赦なく瑞佳を押しつぶす。
瑞佳の手から離れたフルートが、大地に落ちて乾いた音を立てる。
「栞〜っ!」
そこへ、てんびん座の聖衣を持った真琴が駆けつけてきた。
だが、バニラストームを放った栞は息も絶え絶えという状態で、満足に身体を動かす事も難しかった。
「しっかりして、栞〜」
「はやく、柱を……」
そのとき、ポセイドン神殿で弓を構え、浩平と対峙していたあゆは、遠く響く振動音を耳にした。
「これは、南大西洋の方角……。栞ちゃんか香里さんがやってくれたね」
これで後は北大西洋の柱一本を残すのみ、ポセイドンの野望もこの神殿と一緒に崩壊するだろう。
「さあ、そこをどいてよ。ポセイドン」
「だから、射てと言っている」
裂帛の気合を込めるあゆを、浩平は微動だにせず受け止めている。
「色々言ってはいるが、結局お前はその矢が自分の胸に刺さるのが怖いだけじゃないのか?」
「うぐぅぅ……」
確かにそういう恐怖があゆにはある。しかし、ここで引くわけにもいかない。
祐一を救い出すためには、ここで浩平に引いてもらうしかないからだ。
「本当におれを引かせたいのなら、その矢を射るんだな」
「いけないわ、これ以上ポセイドンを刺激したら……」
そのころ北大西洋の柱では、異常なまでに高まる神殿からの小宇宙に、いくみが戦慄していた。
「これ以上ポセイドンを刺激して、完全に目覚めてしまうような事があれば、地上が滅ぶどころかとてつもない事が起きるわ……。そうなったら……」
(どうなるのかしら……?)
この場に立ち込めていた小宇宙が、高まりを見せる。
「海闘士であるあなたが恐れるとは、どういう事なのかしら? ぜひ聞きたいわね、シードラゴン。いえ、ふたご座のいくみ……」
その小宇宙が徐々に人の形を取っていく。
「先程からここに立ち込めていた強大な小宇宙は、やはりあなただったのね、フェニックス香里……」
圧倒的なまでの小宇宙を放ち、そこに現れたのは香里だった。
「あたしのラブラブトライアングルを受けて、よく無事だったものね……」
「残念だったわね……」
驚愕に打ち震えるいくみを、香里は鼻先で軽く笑い飛ばした。
「相沢くんを巡るあたし達の関係は、三角関係なんて生易しいもんじゃないわ。もっと複雑に絡み合っているのよ」
言われてみると、確かにそうである。
「それにあなたの技は、オリジナルの郁未さんとは比べものにならないわ」
「言ってくれるじゃないの……」
その挑発に、いくみは形のよい眉を吊り上げた。
「あたしが、郁未よりも劣るって言うの?」
「それは、あなたが一番よくわかっているんじゃないかしら?」
その言葉にいくみは、ぐっと唇をかみ締めた。
「それなら、今度こそ息の根を止めてあげるわっ!」
いくみの小宇宙が激しく萌えあがる。
「チャブダイエクスプロージョン!」
「くぅっ!」
すべての食材が乱れ飛ぶなか、香里は迫りくるちゃぶ台をしっかり受け止めていた。
「そんな、あたしのチャブダイエクスプロージョンが止められるなんて」
「聖闘士に同じ技は何度も通用しないわ。それに言ったはずよ、あなたの技は郁未さんには及ばないって」
すかさず、香里の拳がいくみの眉間を射抜く。
「くっ……なにを……」
「かおりん幻魔拳。全部話してもらうわよ、ポセイドンの秘密をね……」
かおりん幻魔拳は、肉体ではなく相手の精神を打ち砕く技である。だが、今のはいくみの神経を傷つけないようにしてあり、その威力によっていくみは嫌でも真実を語らなければいけなくなっていた。
「あれは……」
十二宮の闘いの後、郁未より分かたれたいくみの精神は、なぜか実体を伴って存在していた。
そのときになにかとてつもなく偉大な小宇宙を感じたような気もするが、それがなんなのかはさっぱりわからなかった。
「ここは……」
人の気配をまるで感じない。そこはまるで何千年も誰も足を踏み入れた事が無いような静寂に包まれていた。
ふと見上げると、海が天のように上にある。ここはポセイドンの海底神殿だった。
なかには海将軍用の鱗衣が並び、ひときわ異彩を放つポセイドン用の鱗衣が置かれている。
「あれは……」
その下には、不思議なつぼが置かれていた。よく見るとその蓋には、アテナの封印が施されている。
「まさか……」
すぐそばにあった三叉の矛でいくみが封印を解くと、中からひときわ大きな光があふれ、正面にあったポセイドン用の鱗衣に宿る。
(わたしの眠りを妨げるものは誰だ……?)
「……やっぱり、このつぼにはポセイドンが封じ込められていたのね……」
(答えよ……)
脳裏に響く声に、いくみは内心ほくそ笑む。
(なにゆえ、わたしの眠りを妨げる?)
「はい、ポセイドン様……」
いくみはポセイドンに、アテナの使命に目覚めた少年がいる事を伝えた。いくみはポセイドンの復活を知り、アテナも復活したのだと告げた。
しかし、ポセイドンにしてみれば、アテナとは神話の時代にアッティカの地を巡って闘いをし、その後も幾たびか闘った事もあるが、ここ数千年は途絶えているのだ。
(そうか……やつか……)
「やつとは……?」
(まあよい……。いずれアテナと闘いになるまで、わたしは眠る事にする……)
こうしてポセイドンの意思は目覚めたため、それを感じた海闘士達もそれぞれの地から集結してくるだろう。すべての準備が整うまで起こすなといくみに言い置き、ポセイドンの小宇宙は消えた。
「ふふ……いいわ。起こすなというなら、あたしはその意思だけを利用させてもらうわ……」
大地と大海を支配する。いくみの野望は、こうして幕を開けたのだ。
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