エピローグ

 

 あれから数日がたち、世界中を覆いつくすかとまでいわれた水も引いて、元の状態に戻りつつあった。

 瑞佳達も海闘士(マリーナ)の使命から解放され、それぞれの生活に戻っていった。

 だが、その中に浩平の姿はなかった。

(浩平、またわたしを置いていっちゃうの?)

 ポセイドンの使命に目覚めたときとは違い、今度のは極めつけだった。この世界のどこにも、浩平は存在しなくなっていたのだ。

 あのとき、崩壊する海底神殿から浩平と脱出したときの感触は、今も瑞佳の手に残っている。しかし、気がついてみると、浩平の姿が消えていたのだ。

(必ず、戻ってくるよね。浩平……)

 浩平はこの世界のどこにも存在する事無く、なかった事のように世界は進んでいった。

 かつて海闘士(マリーナ)として共に闘った雪見も浩平を覚えておらず、瑞佳は浩平が存在しない事が当たり前の世界に、一人取り残されてしまったのだ。

 何度か瑞佳は浩平に(つな)がりそうな話題を持ち出して、それとなく思い出してもらおうとしたのだが、それらの試みはすべて徒労(とろう)に終わる。

 そのたびに悲しい思いをしてしまうので、いつしか瑞佳も浩平の話題を持ち出すのはやめてしまった。

 

 浩平がいなくなってしまった後の生活は、取り立てて何事もない普通の生活だった。もっともそれは、瑞佳が意図してそういう生活をしようとしていた事に起因する。

 だが、浩平のいない時間が長くなればなるほど、空虚さが増していく。浩平のいない現実が悪い夢で、夢から覚めれば浩平がいつものように明るく振舞(ふるま)ってくれると信じたかった。

 そして、そんな希望を抱けば抱くほど、現実は重く瑞佳にのしかかり、確実に心を傷つけていく。

 

 そんなある日の事、瑞佳がいつものように次の授業の準備をしていたときの事だった。

「おい、ひさしぶりだな」

「病気でもしてたのか?」

 背後のほうから何人かの声がして、その人物が瑞佳の前に立つ。

「あ〜、おほん」

 このわざとらしい咳払いの声は、確かに瑞佳の記憶にある。決して忘れる事の無い、少しだけ無愛想に聞こえてしまう声。

「あ〜、瑞佳?」

 その声が、少し困ったように語りかけてくる。その途端に瑞佳の頭は真っ白になってしまって、なにも考えられなくなってしまう。

 だってその人は、ここにいるはずのない人だから。本来いなくてはいけないのだが、ずっと長い間いなくなっていた人なのだから。

 顔をあげると、いなくなったときと変わらない浩平の笑顔がある。そして、浩平はなにかを決心したように口を開いた。

「ずっと前から好きだったんだ……。もう一度、おれとつきあってくれっ!」

 それは、瑞佳がなによりも待ち望んでいた言葉だった。ずっと待ち続けていた人の、ずっと一緒にいたい人の言葉。

 だから、瑞佳はためらわなかった。

「うん、いいよ」

 瑞佳が浩平に抱きついたのと、浩平が瑞佳を抱き寄せたのは一緒だった。

 腕の中にある瑞佳の温もりに、浩平は確信した。

 

(おれの探し続けたえいえんは、ここにある……)

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