第九話 海へ行こう♪

 

 祐一達は今、マイクロバスの車中にある。ここに集ったメンバーは祐一達をはじめとした水瀬家ご一行様と美坂姉妹。そして、天野美汐と北川潤の計十人であった。ちなみに倉田佐祐理、川澄舞の両名は一足先に現地に向かっている。

 このマイクロバスはみんなを送迎するために佐祐理が特にチャーターしたもので、バスのフロント部分にはしっかり倉田のエムブレムが取り付けられている。その中であゆ、真琴、美汐、香里、栞はトランプに興じ、祐一と名雪は夢の中。祐姫は北川といい雰囲気で、秋子はそんなみんなの様子に目を細めていた。

 バスは黒煙を吐き出し、重いエクゾーストノートを響かせて山道を力強く登っていく。祐一達の住む北の街は周囲を山に囲まれているために、冬場は寒さが停滞し、夏場はなべ底の地形で暑さが停滞しやすい。その意味では暮らしにくいところであるといえるが、その分季節を身近に感じる事が出来る街だといえる。

「ああっ!」

 バスが峠に差し掛かって下りはじめたとき、誰かの叫び声で祐一は目を覚ました。

「海だ〜っ!」

 はるか遠くに見える紺碧の海原に、真琴のなんとも嬉しそうな声が響く。

「本当だ、海だ〜」

「うわ〜、綺麗です」

 次いであゆと栞が騒ぎ出す。

「ちょっと、海くらいではしゃがないでよ」

 口ではそうはいうものの、香里の声もどこか嬉しそうだ。

「仕方がないですね、皆さん」

 美汐は苦笑しつつも嬉しげに顔をほころばせる。

「海なんてひさしぶりですね」

 かつての青春時代に思いをはせているのか、秋子の声も弾んでいる。

「海ですわ、潤様」

「ああ、そうだな」

 こちらもこちらでよい雰囲気だ。

「海か……」

 祐一は隣で寝ている名雪を起こさないように、そっと呟いた。ちなみに、名雪はこのとき起こしてもらえなかったために、後で少し不機嫌になっていた。

 

「真琴、いっちば〜ん」

 バスが到着するなり、一番に飛び出したのは真琴だった。

「真琴ちゃん、荷物忘れてるよ」

 飛び出したはいいが、あゆの一言で再びバスに戻る真琴。嬉しいのはわかるが、どうにも間の抜けた展開だ。

「みなさ〜ん、こちらですよ〜」

 朗らかな声に一行が顔を向けると、佐祐理が旗をふっていた。よく見るとその旗には『熱烈歓迎水瀬家御一行様』と書かれている。その佐祐理の姿は、バスガイドか旅行の添乗員のようであった。

「倉田さん、しばらくお世話になりますね」

「いえ、こちらこそわざわざ遠いところをありがとうございます」

 そう言って秋子と佐祐理はお互いに頭を下げあった。

「せっかく別荘に遊びに来たのに、舞と二人で寂しかったんですよ〜」

 別荘までの道すがら佐祐理は終始にこやかに話し続け、その隣では舞がいつもの無表情ながらどこか嬉しそうな雰囲気をまとっている。例え今いる場所は違っても、こうしてみんなが集まればいつもの関係がそこにある。

 夏の日差しを浴びながら元気一杯の真琴に、それを楽しそうに見つめる美汐。おそらくはこうして遠出などした事ないであろうあゆと栞のコンビを、微笑ましく見守る香里。祐姫と北川、そして祐一と名雪もいい雰囲気で寄り添い、そのすぐそばでは秋子が二組のカップルの仲睦まじい雰囲気に、嬉しそうに目を細めていた。

 やがて一行は大きな屋敷の前に出る。ここが今日からしばらくお世話になる、佐祐理さんの別荘だ。まぶしい夏の日差しを浴びてたたずむ豪華な別荘に、祐一は、佐祐理さんってすごい金持ちのお嬢様なんだな、とのんきに思っていた。

 

「夏だな……」

「ああ、海だな……」

 ぎらぎらと照りつける太陽。どこまでも続く白い砂浜。白い波頭と青い海。水平線の彼方には天高くそびえる入道雲。そして、波の音に彩りを添える海鳥達の歌い声。祐一は北川と二人、一足先に夏を味わっていた。

 男の着替えなど早いものだ。服の下には海パン一丁、脱いでそのまま海岸へ一直線。それを見た真琴が真似をして、その場で服を脱ごうとしたのを、あわてて美汐が押しとどめる。

 それはともかくとして、見渡す限り人っ子一人いないビーチに祐一と北川は少々困惑する。そう、夏といえば海、海といえば水着の姉ちゃん。それなのに誰も人がいないとはどういう事か?

「まさか……プライベートビーチ……?」

「……………………」

 北川の呟きに祐一は沈黙を持って答えるしかなかった。佐祐理さん、あなたって一体、という考えが祐一の頭をよぎる。

「くそっ、こうなりゃ楽しみは祐姫ちゃん達の水着姿しかないのか……」

 そう拳を握り締める北川の姿に、祐一は真の漢の姿を見たような気がした。とはいえ祐一も、名雪の水着姿には興味がある。海に行くしばらく前、女性陣は揃って水着を買いに出かけていたからだ。どんな水着なのかは当日まで秘密と言われているので、今から楽しみだ。

 それに祐一は子供のころから水瀬家にお世話になっていたが、夏場に訪れた事はあまりなく、名雪の水着姿なんて見た事もなかったのだ。名雪のプロポーションの良さならどんな水着でも似合うだろう。そう思うと祐一の胸は期待で張り裂けそうだ。

 やがて背後ががやがやと騒がしくなる。祐一と北川はほぼ同時に振り向いた。

「くっ……」

「こいつは……」

 あまりにも素晴らしい眺めに、二人は言葉を失う。

 舞と佐祐理の見事なスタイル。ボン、キュ、ボンという言葉がよく似合う白いビキニにロングパレオの佐祐理と、ボボン、キュ、ボンとでも表現するのがよく似合う黒いビキニの舞の組み合わせはそれだけで眼福だ。

 祐一や北川と同じ歳の娘がいるとはとても思えない秋子の優雅なプロポーション。ただ、秋子の場合は紫外線対策のためか、水色のワンピースの上に羽織った白のパーカーで露出を少なめにしていた。

 あゆと真琴のキュートなボディライン。祐一は貧弱と思っていたあゆが、まさかここまでとは思ってもみなかった。小柄ながらも出るところはしっかりと出ていて、引っ込むところはしっかり引っ込んでいる。流石はメインヒロインというところだろうか。まだ強い日差しを浴びる事が出来ないのか、あゆはシンプルな白いワンピースの上から白いパーカーを羽織っているが、どこまでも広い海原に心を奪われているようだ。一方の真琴は活動的な若草色と黄色のストライプが入ったスポーツタイプのビキニを着て、全身で海を楽しんでいるようだ。ただ、先程から耳に響く潮騒に困惑しているのか、あゆの小さな背中に半身を隠したままだが。

 美汐と栞の下級生コンビのとても若々しい体型。それでも美汐は紅白のビキニで、栞も似たようなデザインの水色と白のビキニだ。栞もあゆと同じで白いパーカーを羽織っているが、やはりこの広い海原には心惹かれる様子だ。

「……なに鼻の下伸ばしてるのよ……」

 呆れたようなその声に顔を向けると、紺藍のビキニに身を包んだ香里がジト目で男二人を睨むようにみている。その隣では髪を赤いリボンでまとめた名雪が、心配そうに見ていた。

「「おお……」」

 思わず感嘆の息が漏れる。

 香里はそのナイスなバディを惜しげもなく披露し、豊かな胸の膨らみの辺りで軽く腕を組み、相変わらずの気の強そうな目つきだ。名雪のほうはコバルトブルーのビキニで、やはり恥ずかしいのか白いパーカーを羽織っているので露出は控えめだ。だが、それでも健康的なプロポーションまでは隠せない様子。

「……あんまりじろじろ見ないでよ……」

「あ……悪い……」

 そのまま祐一と名雪は顔を真っ赤にしてうつむいたまま、二人の世界に旅立ってしまった。なんとなく取り残されたような気がして、香里は小さくため息をつく。

「潤様〜、お待たせですわ〜」

「祐姫ちゃん」

 背後からかかった声に北川は振り向こうとするが、何故か身体は動かなかった。さんさんと照りつける真夏の太陽の下、不思議と普通とは違う汗が流れる。そのとき北川の背筋には、ぞくりとするような悪寒がはしった。

 北川はすぐには振り返らなかった。しかし、香里の蔑むような視線で、大体の状況は把握できた。

「潤様?」

 再度の呼びかけに、北川は恐る恐る振り返る。まずは足元に視線、均整の取れた祐姫の足から徐々になめるように視線を上げていく。そして、スレンダーだがメリハリの利いたバディを包む紺色のワンピース、胸元に大きく水瀬のエムブレムをつけた祐姫と視線があう。そう、それは伝説のスクール水着だった。

「祐姫ちゃん……それ……」

「殿方を悩殺する水着でございます。名雪お姉様よりお借りいたしました」

 小さく胸をはる祐姫に絶句する北川。辺りに不思議な沈黙が立ち込めた。

「あの……似合っていませんか?」

「いや、そんな事はないぞ」

 祐姫の不安げな瞳に、むしろ似合いすぎるくらいだと北川はフォローを入れる。

 香里や名雪に比べるとやや控えめであるが、きちんと自己主張している胸、細くくびれた腰、細身だがしっかりした尻。流石にそう言うところをほめるわけにもいかなかったが、ほめないわけにもいかない。

 なんとか気持ちを整理して、かわいいよと北川が口を開きかけたときだった。

「……知らなかったわ……」

 背後からの刺すような視線に底冷えのするような声。

「北川くんに、そう言う趣味があったなんて……」

「いえ、香里お姉様。これが潤様のご趣味かどうかはわたくしにもわかりかねます。ただわたくしはお兄様のお部屋にあったご本を参考にしただけですから」

 その言葉に名雪の綺麗な眉がぴくんと反応する。すると、先程まで真っ赤になってうつむいていた祐一の顔色が、見る見るうちに蒼くなっていった。

 十三階段を上る死刑囚の気持ちはきっとこんななのだろう。祐一は怖いくらいに素敵な名雪の笑顔を見てそう思った。

「祐一の……」

「北川くんの……」

 

「「へんた〜いっ!」」

 

「ああっ! 潤様、お兄様〜」

 ぎらぎらと照りつける真夏の陽光。その隣に二つの星が浮かんだ。

 

 そして、夏がはじまる。

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