第十二話 海へ行こう♪4
「さあ、まずは祐姫ちゃんからだ」
北川はそう言うと祐姫に目隠しをし、その身体をくるくると回す。あまり関係ないが、そのときの目つきと手つきが妙にいやらしい。まあ、一応は恋人同士なのだからかまわないのだろうが、長く延びた北川の鼻の下が印象的だ
「それでは、参ります」
すちゃ、と棒を構え、祐姫はゆっくり一歩を踏み出す。
「祐姫ちゃん、そのまままっすぐ〜」
「もうちょっと右右〜」
「ちょっと左〜」
周囲のてんでんバラバラな誘導に耳を傾けつつ、祐姫は一歩一歩進んでいく。そして……。
「スイカは、どこですか〜?」
と、祐姫は生来の方向音痴ぶりを遺憾なく発揮し、腰まで海に入りながら絶叫するに至った。
「……あそこまで行って、どうして気がつかないんだ……?」
「……さあ……」
そんな祐一の呟きに、短く答える名雪。その表情は力ない微笑みに彩られていた。
「たぁ〜っ!」
やたら気の抜けるような掛け声と同時に真琴は棒を振り下ろすが、それはスイカの右横三十センチの場所だった。あう〜、と地団太を踏んで真琴は悔しがるが、ルールはルール。泣く泣く真琴は次の舞に棒を渡した。
「おお、いよいよ真打登場だな」
「そうですね〜」
あはは〜、と佐祐理はいつもの様子で微笑んでいる。その笑顔は無邪気そのもので、あたりに柔らかな雰囲気を振りまいていた。
子供達の様子を秋子がのんきに見守る中、すでに祐姫、北川、名雪、香里、栞、美汐、あゆ、真琴が失敗しており、残りは祐一、佐祐理に舞で、その中でも舞は優勝候補の筆頭だ。
「でも、普通にするのはちょっと面白くないと思いませんか?」
その朗らかな笑顔に、妙に嫌な予感のする祐一であった。
「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!」
スイカ模様のヘルメットをかぶらされ、祐一はスイカの横に首だけ出すような形で砂に埋められた。当然の事ながら祐一の手足はしっかり縛られており、とにかく身動きが出来ない。しかも砂に埋めるとき、真琴が見せたなんとも嬉しそうな表情は、深く祐一の心に残るものだ。
「はぁ〜い、舞。片方はダミーですよ〜」
確かに舞相手では、このくらいのハンデをあげないと他の娘達には不利だ。なにしろ舞は剣の達人、その意味ではスイカ割りなどお手の物だろう。
そうこうしているうちに舞は佐祐理の手でしっかりと目隠しをされ、ゆっくりと身体を回される。
「舞さん右〜っ!」
「そのまままっすぐ〜っ!」
「もうちょっと左〜っ!」
そんな周囲の声に耳を傾けているのどうかはわからないが、舞はいつもの無表情でゆっくりと、かつ確実に歩を進めてくる。祐一へと向かってくるその様子には微塵もためらう様子がなく、そのまま祐一は舞を見上げる格好となる。
「ま……舞……」
見上げる舞のナイスなバディが、真夏の陽光に照らされて輝いている。このような状況でなければ、祐一も思いっきり鼻の下を伸ばしているところだ。
「大丈夫、祐一……」
そう言って舞は静かに手にした棒を振りかぶる。ちなみに祐一とスイカは三十センチと離れていない距離だ。
「……私を、信じて……」
そして、真夏の海に快音が鳴り響いた。
「美味しいスイカですわね、潤様」
「……そうだね、祐姫ちゃん」
まるでひまわりのような笑顔の祐姫とは対照的に、北川は妙に浮かない様子でスイカを見つめている。それは切れ味も見事なスマイルカット、思わず北川は棒を片手にスイカを食べる舞を見る。
「……あの、川澄先輩?」
「……舞でいい」
愛想のかけらも無い、相変わらずの無表情で北川を見る舞。その鋭く射抜かれるようにも見える眼光に、一瞬気おされる北川。それでも北川はなけなしの勇気を振り絞って口を開いた。
「じゃあ、舞さん。このスイカ、本当にその棒で切ったんですか?」
「包丁……無かったから……」
そう言って頬を赤らめる舞は、いつもの無表情ながらも少し照れているようだ。北川はあたりを見回してみるが、誰も特に気にした様子はなく思い思いにスイカをほおばっている。
「いやあ、美味しいスイカだな、名雪」
「そうだね、祐一」
こちらも特に気にした様子も無く、スイカを食べている二人。
ただ、祐一の頭に巻かれた白い包帯だけが痛々しかった。
「そういえば潤様、そろそろおなかがすきませんか?」
そんな楽しいひと時を過ごしているうちにも時は流れ、まぶしく輝く太陽が中天からやや下りはじめた丁度そのころ、おもむろに祐姫が口を開いた。
「そうは言ってもなぁ……」
さっきスイカを食べたばかりではあるが、流石にそれだけではおなかが持たない。それはわかっているのだが、北川はあたりを見回してため息をつく。普通の海辺ならあたりには海の家とかがあるのだが、ここは倉田家の所有するプライベートビーチで見渡す限りの白砂青松、どこまでも続く紺碧の大海原と白い砂浜が広がるばかりだ。
ざっと見た限りでは付近にコンビニとかもないようで、風光明媚な自然の広がる大絶景なのだが、食事とかには少々不便であるようにも思える。
「それなら、任せてください」
「……倉田先輩?」
「あはは〜、佐祐理のことは佐祐理でいいですよ〜」
妙に朗らかな佐祐理の様子に、北川は何故か不安を感じた。佐祐理の人となりは祐一から聞いてある程度は知っているのだが、こうして目の当たりにしてみると、異様なくらいのハイテンションぶりに圧倒されそうだった。
「こんな事もあろうかと佐祐理、皆さんのためにお昼ご飯を用意したんですよ」
「おお」
佐祐理の料理の腕前は北川も良く知っている。皆でお弁当を食べるときにもご相伴に預かる事もあるからだ。その佐祐理が腕を振るったとなれば、期待するなというほうが無理だ。
「はい、真夏の海辺の定番メニューを用意しました」
「定番メニュー?」
思わず身を乗り出す北川
「先ずは『粉っぽいカレー』」
「……カレー……?」
「続いて『具の少ないラーメン』そして『肉の入っていない焼きそば』です」
誇らしげに胸をはる佐祐理と、呆れて絶句する北川。
「真夏の海ではこれが定番のメニューだと聞きましたので、我が倉田グループの誇るシェフに料理していただいたんです。佐祐理も一度こういうものが食べてみたいと思っていましたから」
全くの余談だが、本場のフランスで三年間も料理を習得したシェフは、なんでこんなものを作らなくてはいけないのか、しばらくの間相当悩んでいたそうな。
「焼きそば、美味しい……」
「このラーメン、結構いけるわよぅ」
「カレーもこのくらいもったりしていると、いい味になりますね」
北川にしてみれば珍しくもなんともないものだが、ある意味海に来た事がない娘達がそろっているだけに、こういうものでも珍しいものなのだろう。その証拠に誰もが料理に舌鼓を打っており、にこやかな雰囲気に包まれたまま食事をしている。
「あの……潤様、ちょっとよろしいでしょうか……?」
「ん? なんだい、祐姫ちゃん」
祐姫はおずおずとした様子でカレーを差し出した。
「実はわたくし、カレーに醤油をかけるのですけど、お兄様が『それはおかしい』というのです」
それ以前にカレーになにかをかけるというのがおかしいようにも思うが、北川はあえてその事を口にしなかった。
「どう、おかしいって?」
「お兄様は『カレーにはソースをかけるものだ』と仰るのです」
「……………………」
「わたくし、間違っていませんよね? おかしいのはお兄様のほうで、わたくしは間違っておりませんよね?」
真剣な様子でにじり寄ってくる祐姫から視線をそらすように、北川はふと空を見上げた。
真夏の太陽は、まだ高かった。
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