第十四話 海へ行こう♪6

 

「それは、私が入院していた病院で起きたことなんです……」

 夕食を終えた後の腹ごなしも兼ねてリビングに集った一同は、夏の夜の定番はこれだろう、と言う祐一に提案によって何故か怪談大会となっていた。

 祐一、名雪、あゆ、舞、北川、祐姫、美汐、真琴、栞、香里の順で車座になり、それぞれに得意の怪談を披露しているのだが、その中でも栞の語り口はなかなかさまになっていて、話の内容以上に妙な迫力がある。

「……それで、不思議に思った看護婦さんが、誰もいないはずの病室に『誰かいるんですか?』と声をかけてはいったんです。するとそこにはっ!」

 

「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 

 突然あゆが大きな悲鳴を上げて、名雪の胸にすがりつく。先程からあゆはそれほど怖くない話でもおびえまくり、名雪の胸に顔を埋めているのだ。

「栞ちゃんひどいよっ! ボクが怖い話苦手なの知っててっ! ボクを怖がらせてそんなに楽しい?」

「はい」

 涙混じりにそう訴えるあゆであるが、生来の童顔のせいかあまり怖くはない。と、いうか、むしろ可愛いくらいだ。それを知っている栞は、朗らかな笑顔で大きくうなずいた。

「だってそうしてるあゆさんって、とっても可愛いんですもん」

「うぐぅ……栞ちゃんいじめっ子……」

 そう言って再び胸に顔を埋めるあゆの頭を、名雪は優しく宥めるように撫でてあげるのだった。

「ねえ、祐一〜」

 とてとてと歩いて祐一の後ろに回った真琴は、そのまま祐一の背中に抱きついた。それほど大きくはないがきちんと自己主張した女性の感触、よく弾むゴムボールのようなポヨポヨとした二つのふくらみが妙に背中に心地よい。

「今の話って、どこが怖いの?」

「どこがって言われてもな……」

 きょとんとしたような表情で聞いてくる真琴の感触に鼻に下を伸ばさないよう、最大限の注意をはらいつつ口を開く祐一。だが、その声音には喜びの色が隠しきれない。現に緩んだ口元には微笑みも浮かんでいるし。

「だって、お化けも幽霊もいるものでしょ?」

 確かに元妖弧の真琴からすれば、ある意味自分自身がお化けといえる存在だろう。その意味では今名雪の胸に顔を埋めているあゆも幽霊だったといえるのだ。

「まったくもう、お化けも幽霊もいるはずないでしょ?」

 と、呆れ顔なのは香里だ。

「……そう、香里の言うとおり。お化けも幽霊もいない」

 その意見に大きくうなずいたのが舞。

「でも、魔物はいる」

「うぐぅぅぅっ!」

「……驚かしてどうするんだよ」

 場をまとめてくれるのかと思いきや、やはり舞では無理だったかとこめかみに指を当てる祐一。すぐ隣にいる名雪の胸の中で、完全に嗚咽を漏らしはじめたあゆがかなり気の毒に見える。

「怖いですわ、潤様」

「ハッハッハ、オレがついてるから心配いらないさ、祐姫ちゃん」

 こちらはこちらで名雪とあゆにも匹敵するぐらいの密着ぶりの北川と祐姫。その姿はまわりの迷惑を考えずにいちゃいちゃするバカップルそのものだった。

「そういえばお二人とも、随分と仲がよろしくなっていますね。なにかあったのですか?」

「はい」

 少し呆れたような美汐の口調に、祐姫は満面の微笑みで答えた。

「お兄様と、名雪お姉様にも負けないくらいのことですわ」

 うっとりした様子でお惚気をはじめる祐姫に、聞くんじゃなかったと美汐は少しだけ後悔した。こういうときに一人身というのは、少々辛いものがある。顔をあげると祐一の背後から抱きついて勝ち誇ったような笑みを浮かべる真琴と、あゆが抱きついているために身動きの取れない名雪との間で火花が散っているようにも見える。その板ばさみになっている祐一がなんとも気の毒だ。

「まったくもう……いい? あんたたち」

 苦虫をまとめて噛み潰したような渋い顔で、声を荒げる香里。その強い口調には不思議な迫力がある。

「昔から『幽霊の、正体見たり、前世魔神。外道照身、霊波光線』って言ってね。怖い怖いって思う気持ちがお化けとか幽霊とかに見えちゃうのよ」

 言いたいことはなんとなくわかるのだが、言ってることは支離滅裂な香里。なんとかこの場をおさめようと必死だが、妙にこめかみの部分がぴくぴく震えている。

「だから、心配しなくていいのよ。あゆちゃん」

 そう言ってあゆを宥めようと香里が手を伸ばした、そのときだった。

 

ブツッ

「なんだぁっ?」

「きゃあっ! いやぁぁぁっ!」

「うぐぅぅぅぅっ!」

「わっわっ、なになに?」

「真っ暗よぅっ!」

「なんなんですかぁっ?」

「停電ですか?」

「潤様、きゃあっ♪」

「おお、なんだなんだ?」

 突然リビングの明かりが消え、祐一たちはちょっとしたパニックに陥った。この状況で動じていないのが舞だけなのは、ある意味流石と言えるだろう。

「あはは〜、びっくりしましたか〜?」

「……佐祐理、いたずらはよくない」

 再び明かりがついたリビングでは、スイッチのところで佐祐理が微笑んでいた。どうやら今のは佐祐理のいたずらだったらしい。

「びっくりした。びっくりしましたっ! これでいいですかっ? 満足ですか?」

「はい」

 普段の知的でクールなイメージはどこへやら。ヒステリックに叫ぶ香里を眺めつつ、佐祐理はにこやかにうなずく。

「祐一さんもさぞかし満足でしょうね」

「え? あ……きゃぁっ!」

 あまりの恐怖に香里は、近くにあった祐一の頭をしっかり抱きしめていたのだ。見た目以上のサイズを誇る香里の、しかも薄い布地越しのダイレクトな胸の感触に祐一は白目をむいて悶絶しており、それは文字通りの窒息であった。

 香里の大きな悲鳴と同時に放り出された祐一の身体はフローリングの床に嫌な音を立てて転がるが、それっきり身動き一つしない。

「あ……相沢くん……?」

 香里は恐る恐る祐一の身体を揺さぶってみるが、恍惚とした表情を浮かべたまままったく動く気配がない。

「祐一さん、完全に気を失っていますね……」

「やはり、刺激が強すぎたのでしょうか?」

 栞と美汐が祐一を覗き込んだ後香里に目を向け、大きく息を吐く。せめて自分たちにもあれくらいあれば……。

「と……ところで倉田先輩はどうしたんですか?」

 先程から伝わる名雪の視線をちくちくと感じつつ、とにかく香里は話題を変える。後で名雪を宥めるのは大変かもしれないわね、と心の中で思いつつも、ちょっとだけ得した気分を味わった香里であった。

「はい、スイカの用意が出来ましたので、皆さんを呼びに来たのですよ」

「……スイカは嫌いじゃない」

 と、真っ先に舞が立ち上がり、その後に佐祐理が続く。

「わ〜いっ! スイカスイカ〜。ほら、行こう美汐」

 それを聞いて真琴は美汐と一緒にキッチンに向かい。

「わたくしたちも行きましょう、潤様」

「ああ、そうだな」

 祐姫は北川と仲良く連れ立ってリビングを後にし。

「あたしたちも行くわよ、栞」

「はい、お姉ちゃん。あゆさんも」

「うん……」

 まだぐずぐず言ってはいるが、あゆも美坂姉妹と一緒にリビングを出て行った。

 後に残されたのはまだ気絶している祐一と名雪の二人だけとなる。誰もいないのを確認してから名雪は、そっと祐一に膝枕をしてあげるのだった。

「……う、俺はいったいどうしたんだ……?」

 名雪がしばらく祐一の髪の感触を楽しんでいると、不意に祐一が目を覚ました。まぶしい天井の光の中に、心配そうに見つめる名雪の姿がある。

「祐一、よかったぁ」

「もぶ……」

 あまりの嬉しさに名雪は、祐一の頭を思いっきり抱きしめた。大きくも小さくもない手ごろな寸法の、硬すぎも柔らかすぎもしない適度な感触が祐一を包み込む。薄い布地越しに感じる名雪の感触を堪能しつつも、再び祐一の意識は闇に落ちた。

 

「……まったく、えらい目にあったぜ」

「うう……ごめんね、祐一」

「名雪が悪いんじゃないさ」

 なんとか意識を取り戻した祐一は、涙目になりながら謝る名雪を宥めつつ、キッチンに姿を現した。そこではすでにみんなが大きなスマイルにカットされたスイカを食べはじめており、祐一は名雪を手近な席に座らせると、自分も席に着くのだった。

「あれ?」

 ふと気がつくと、祐一の前にはスイカがない。

「俺のスイカは……?」

 祐一が恐る恐る訊いてみると、佐祐理が、ふえっ、と目を丸くしていた。

「佐祐理、ちゃんと人数分スイカを用意しましたよ? ねえ、秋子さん」

「はい」

 それに対して深くうなずく秋子。この二人の様子からすると、少なくとも嘘はついていないようだ。テーブルを見渡してみても、スイカの皮がないので誰かが二つ食べてしまったというわけでもない。

 消えてしまった祐一のスイカ。こいつはミステリーだ、と祐一が思ったそのときだった。

 

 しょり、しょり、しょり……。

 

 テーブルの下からなにやら変な音がする。不審に思った祐一がテーブルの下を覗き込んでみると。

「まいっ?」

 大きなウサギ耳のカチューシャを頭につけ、肩のところを紐で結んだワンピースに身を包んだ少女が、床に直接ぺたんと足を投げ出して一心不乱にスイカを食べていた。祐一の声に気がつくと少女、チビまいはにっこりと微笑みかけてきた。

「祐一〜、ひっさしぶり〜」

「どうしてお前がここにいる〜っ!」

「だって……」

 声を荒げる祐一におびえたのか、チビまいはグスッ、と涙目になる。

「だってみんな楽しそうなんだもん。あたしだけのけものにするなんて、祐一ひどいよ……」

「……祐一、仲間はずれはよくない」

 舞に泣きついてグスグスと嗚咽を漏らすチビまいをよしよしと宥めつつ、舞は祐一に非難の視線を送る。それはいいのだが、むしろ泣きたいのは祐一の方だった。

「あの、ねえ……。ちょっといいかしら?」

 震える声で、恐る恐る口を開いたのは香里だった。よく見るとその顔は蒼白になっており、かろうじて声を絞り出しているというような感じだ。

「その子……さっきまでいなかったみたいなんだけど、誰……? まさか、相沢くんと舞さんの子供だって言うんじゃ……」

「ああ、それはない。それはないから安心しろ、香里」

 祐一の言葉を肯定するように、舞も小さくうなずく。見たところチビまいの年齢は十歳前後、ギネスに挑戦でもしない限りそれはありえない。

「そ……それじゃあ……」

「この子は、魔物……」

 舞の言葉に、その場の空気が音を立てて凍りついた。不思議な静寂がキッチンを支配する。

「あは……あははははは……あはは……」

 そんななかで香里の狂ったような笑い声が響き渡り、そのすぐ後。

「はぅっ……」

「わわわっ! 香里〜っ!」

 目の前の現実に耐えきれなくなったのか、卒倒する香里の姿があった。

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