第二十五話 買い物に行こう

 

 ここは駅ビルにある婦人服売り場。品揃えがよく、値段もリーズナブルなので名雪たちのようなティーンエイジャーにも人気の店だ。とはいえ、秋子に未悠、名雪にあゆに真琴に祐姫、さらには女の子になっちゃった祐一までが一緒だと、かなり壮観な御一行様といえた。

 なにしろこのメンバーは誰も勝るとも劣らない容姿の持ち主だ。そのせいか、移動するたびに店内にいた男性陣の視線を釘付けにしているのだった。

「うみゅぅ〜……」

「どうしたの? 祐ちゃん」

 そんななか、しかめっ面の祐一に、すぐ隣で手を引いてあげていた名雪が心配そうに声をかけた。

「なんだか視線が気になって……」

 当座の着るものすらほとんどないような今の祐一の格好は、かなり微妙なものといえた。セーラー服のようなデザインにハーフパンツという組み合わせは、おそらくは祐一がこの街に遊びに来ていた当時に名雪が着ていたものと思われるが、その物持ちの良さには感心を通り越して呆れるくらいだ。

 しかも祐一が今身に着けているブラも、当時の名雪のものだという。記念に一枚だけ残しておいてよかったよ〜、とは名雪の談であるが、意外な名雪の早熟ぶりには祐一も驚きだった。

(まさか名雪が小学生のころの服が着られるなんてな……)

 実のところ、名雪から借りたブラが少し大きいのはショックだったりする。

 祐一もこの格好がスカートでないのは唯一の救いといえるのだが、それでも妙に視線を感じるせいか、不思議とその動きはちょこちょこと縮こまったものとなってしまう。そういう祐一のしぐさが注目を集めているのではあったが、流石にそこまで感じる余裕はないのであった。

「それで? とりあえずどうするべきかしら?」

「そうですね……」

 姉の問いに、思案する秋子。

「祐一さんの衣料もそうですけど、あゆちゃんのものも揃えないと……」

 そうなると、真琴にもなにか買ってあげないといけませんね、と秋子は微笑む。なんでも聞くところによると、あゆの今着ているブラジャーが少しきつくなってきたのだそうだ。恥ずかしいのかなかなか言い出せずにいたあゆから相談を持ちかけられたときには、秋子はつい小躍りしてしまうくらい嬉しかったのを覚えている。

 なんとなく、これで本当の家族になれたような気がしたからだ。

「あゆちゃんも真琴も、名雪のお古ばかりでは可愛そうですからね」

「うらやましいわね、秋子は……」

 それを聞いた未悠は、はあ、とため息をついた。

「男の子ってダメね、可愛い格好とかさせるわけにもいかないし、こうして一緒に洋服を選んだりする楽しみもないもんね」

「そうですね」

 名雪と二人で暮らしていたころは、よく二人で出かけたりしたものだ。一緒にお洋服とかを見たり、美味しいものを食べに行ったり。

 こうして家族が増えてにぎやかになったのは楽しいが、ここ最近の娘の成長振りには嬉しさを感じる反面、寂しさも感じる秋子であった。でも、まだあゆに真琴という手のかかりそうな娘がいるだけに、これからですね、と思う秋子であった。

「でも、姉さんだって今は祐姫さんに祐ちゃんがいるじゃありませんか」

「そうなんだけどね……」

 しかし、未悠は浮かない様子だ。

「ほら、あたしって仕事してるじゃない? それであんまり家にいた事とか無いから、いつも祐一の事は放ったらかしだったのよ。だからこうして子供と向き合ってみると、どうしたらいいのかわかんないのよ」

 未悠には、祐一の事をいつも一人ぼっちにしていた負い目があった。秋子の場合はなるべく名雪を寂しがらせないように、いつもそばにいてあげられるような仕事を選んではいたのだが、それでも名雪を家に一人ぼっちにさせてしまう事に変わりはなかった。

 祐一が学校の長期休暇の際に水瀬家のお世話になっていたのは、そうする事で祐一と名雪を家に一人ぼっちにさせる事をなくし、その間に秋子たちが仕事に専念できるようにするための方便でもあったのである。

 ある意味においては未悠が子供の世話を秋子に押し付けていたといえなくもないのだが、にぎやかなのが好きな秋子は率先してそうした状況を楽しんでいたのだった。

「姉さん」

 子供たちに接するのを不安に思っている姉を元気付けるように、秋子はにっこりと微笑みかけた。

「ふぁいと♪ ですよ」

「秋子ったら……」

 高校生の娘がいるとは思えない秋子の笑顔に、思わず未悠も微笑み返してしまうのであった。

 

 保護者二人が盛り上がっている中、婦人用の下着売り場に足を踏み入れた祐一は、恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。

「祐一に合うサイズは……こっちのコーナーだね」

 天井から下げられている案内板を頼りにして、名雪は祐一の手を引っ張りながら奥へ奥へと進んでいく。

「な……なあ、名雪……」

 祐一は名雪を止めようと手を引っ張るのだが、か細い手ではほとんど抵抗にもならないようだった。

「どうしたの? 祐ちゃん」

 名雪はにっこりと微笑みかけてくるのだが、今はその笑顔にだまされている場合ではない。

「ちょっと……その……」

 周囲を淡いピンクや淡いグリーン、そうかと思えば純白やストライプなどの模様が入っているものやら、色とりどりの女性用下着に取り囲まれているのはどうにも落ちつかない。

「やっぱり、恥ずかしい?」

 祐一と視線を合わせるようにして訊く名雪に、祐一はもじもじとした様子でうなずく。そうなると名雪もこれ以上祐一を連れまわすわけにもいかなくなってしまう。

「それなら、あたしたちで選んであげようか?」

 助け舟を出してくれるかのような母親の声に、祐一の表情が明るくなる。

「うん、ぜひ」

「じゃあ、この中の三つから選んで。黒、白、ピンク」

 質問の意味は不明だが、とりあえず祐一は自分が一番好きな色を選ぶことにした。

「じゃあ、黒で」

 その途端に未悠と名雪の目が大きく見開かれる。

「祐一……お前はじめてにしては、ずいぶんと大胆なのを選ぶわね……」

「そ……そうだよ。祐ちゃんにそれはちょっと早すぎるよ……」

 最初はその反応の意味がよくわからなかった祐一であるが、未悠が手にしていた黒いレースも大胆な、アダルトな下着を見たときに全てを理解した。

「……自分で選ぶ……」

「それが賢明だよ……」

 名雪の話によると、女性用の下着というのはしっかり自分に合ったものを選ばないといけないらしい。なにしろ直接素肌に触れるもの、しかもそれはデリケートな部分なのだから、慎重にならないといけないのだ。

 ちょっと視線を上げると、真琴があゆと祐姫を相手にして下着を選んでいる。今真琴が手にしている上がスポーツタイプのブラになった上下のセットは、多少子供っぽいようにも思えるが、活動的な真琴のイメージにはよく合っていた。

 自分にはどんなのが似合うのかな、と手近な女性用下着に目をやる祐一ではあるが、あまりの恥ずかしさに直視できない。

 どうしようかな、と思いつつ歩いていると、祐一は誰かにぶつかってしまう。質量が違うもの同士が衝突した場合、より大きな質量を持つほうに小さい質量を持つものが一方的に負けてしまう物理の法則のように、勢い余って祐一はしりもちをついてしまった。

「うみゅ」

「ごめんなさい、大丈夫?」

 あわてて助け起こしてくれる相手の女性。

「かお……」

 異常に見覚えのあるその豪奢なウェーブヘアを見たとき、口から出てきそうになる言葉を必死に両手で封じ込めるように祐一は口を押さえる。

「どうしたの?」

 心配そうに香里は話しかけてくるのだが、本来男であるはずの祐一が女性用下着のコーナーにいるところを知られたら、後でなにを言われる事か。でも、よくよく考えてみれば今の祐一は女の子なのだから、問題がないといえば問題ないのだが、パニックに陥っているせいかまともな反応が出来ずにいた。

「あ、香里〜」

「あら、名雪じゃないの」

 香里と名雪がにこやかにハイタッチする間に、そそくさと名雪の後ろに隠れる祐一。

「久しぶりね〜。元気だった?」

「……昨日お見舞いに行ったような気がするけど……」

「そうだっけ……?」

「そうだよ〜」

 なんとなくのんびりとした親友同士のやり取りが続く中、祐一は内心の焦りを隠せなかった。

(どうする? どうなる? どうしよう……)

 今はこうして名雪と話しているが、いずれ香里の興味の対象は祐一のほうに移ってくるだろう。そうなる前にここから離れようと祐一は名雪のスカートの裾を引っ張るのだが、立ち話に夢中な主婦のようにまったく動く気配がない。

「それで、香里はどうしたの?」

「どうしたもこうしたも、栞がね……」

「栞ちゃんが?」

「おねえちゃ〜ん」

 明るい声と共に、パタパタと駆け寄ってくるのは、香里の妹の美坂栞。その後ろには、なぜか天野美汐の姿もある。おそらくは栞に無理やり付き合わされたものと思われるが、祐一にとっては一難去ってまた一難という心境だ。

「あれ? 名雪さん」

「栞ちゃん、こんにちは」

 そう言って頭を下げる名雪につられてか、栞もペコリと頭を下げる。

「そうそう。見てください、これを」

 そんな祐一の心情をよそに、にこやかに上下そろいの下着を手にしている栞。それは結構フリルのひらひらが可愛らしく、小さめのリボンがアクセントになった下着だった。

「わ、可愛い下着だね〜。栞ちゃんにお似合いだよ」

 そういわれて栞は照れたように、エヘヘ、と微笑む。

「この下着で祐一さんを誘惑するんです」

 これは勝負です。と決意を固める栞の姿に、ついつい頭を抱える祐一と香里。

「……どうでもいいけど、栞。あんた一体いつそれを相沢くんに見せるのよ?」

「それは……その……」

 勝負下着、と意気込んでは見たものの、一体いつ勝負する機会が訪れるというのか。

「名雪さんのところにお泊りに行ったときとか……」

「なら、あたしにもチャンスはあるって事ね」

 自らの持つグラマラスなボディラインを誇示するかのように胸を張り、ふぁさ、と髪をかきあげる香里の姿は、妖艶という言葉がよく似合っていた。実際祐一も、つい香里の魅力に見とれてしまったくらいだ。

「そんな事いう人嫌いです……」

 ちょっぴりすねたよう表情の栞の向こうでは、青ざめたような表情の美汐が立っている。確かに香里のような魅力もなく、栞のような可愛らしさもない美汐には、一体なにを持って祐一にアピールすればいいのか。

 祐姫あたりにいわせると、美汐には純和風、大和撫子の魅力があるとの事ではあるが、どう考えても地味だった。ここ最近は祐一や他のみんなと一緒にいるせいか、時折柔らかい表情も見せる事もあるのだが、孤独に過ごした時間が長かったせいかまだどこかにぎこちなさがある。

 美汐としても少しはそうした部分を改善しようとがんばっているのだが、思ったように上手くいかないのが実情だった。

「あらあら〜仲がいいわね。名雪ちゃんのお友達?」

 そこに現れた未悠の姿に、その場にいた一同は愕然とした、なにしろ未悠の容姿は名雪にそっくりである。知らない人間が見たら、分裂したのかと思うだろう。

 雰囲気としては名雪の母親である秋子にも似た印象があるが、外見だけ見れば名雪の姉だといわれても納得してしまいそうだった。

「あ、みんなに紹介するね。こちら祐一のお母さん」

「相沢未悠です。よろしくね」

「あ……相沢くんの……お母さん?」

 その言葉に、最初に立ち直ったのは香里だった。

「はじめまして、美坂香里です。相沢くんとは清い交際をしています」

 少なくともウソは言っていない。言ってはいないが、誤解を招く事は必至だった。

「はじめまして、美坂栞です。祐一さんは、私の命の恩人なんです」

「はじめまして、天野美汐と申します。相沢さんの後輩に当たります」

 それぞれに自己PRをはじめる少女たちに、ふう〜ん、と目を細める未悠。

(モテモテじゃないの)

 と、小声で祐一を小突く事も忘れない。

「ところで、さっきから気になってたんだけど……」

 ふと、香里の視線が祐一に向く。

「その子、誰なのかしら?」

「えっと〜……」

 実は祐一だよ。と言ったところで、果たして香里が信じてくれるものだろうか。妙に現実的なところがある親友なだけに、名雪は香里に納得させるのは相当苦労しそうな気がした。

「香里は、この子が祐一だって言ったら信じてくれる?」

「信じるわけないじゃない」

 なにバカな事言ってるのよ。とでも言いたげな香里の態度は、名雪の予想の範囲内だ。

「でも、可愛いわね。その子……」

 その時祐一は、香里の口元から、ジュルリ、という音が響くのを聞いた。

「あ、わかる?」

 すっと香里に近づく未悠。

「まさかあたしも、祐一がこんなに可愛くなるなんて思いもよらなかったわよ」

「え? じゃあ、名雪の言ってる事は、本当なんですか?」

「そうよ」

 そうして微笑み会う二人の姿は、なにかの商談が成立したかのように祐一は感じた。

「まあ、相沢くんのお母さんまで一緒になってあたしをだますとは思えないわね。いいわ、信じましょう」

「ありがとう、香里〜」

 思いもよらない親友の理解ある言葉に、名雪は思わず抱きついて喜びを表すのだった。

「あ、それじゃあ、ここに来た目的は……」

「初めてのブラ、ですね」

 意外と早く祐一の立場を理解してくれた栞と美汐。

「うみゅぅ〜」

 その姿に思わず祐一は真っ赤になってうつむいてしまうのだった。

 

「お客様〜お決まりでしょうか〜」

 あはは〜、という朗らかな笑い声と共に、見知った人物が姿を現す。

「あ、倉田先輩。こんにちは」

「はい。いらっしゃいませ」

 そこには、このお店の制服を着た佐祐理の笑顔があった。見るほうがうれしくなってしまうような雰囲気を纏いつつ、名雪と佐祐理はにこやかにお辞儀をしあう。

「ところで、倉田先輩はどうしてここに?」

「実は佐祐理、このお店でアルバイトをしているんですよ〜」

 ほら、と佐祐理が促すと、向こうでは舞が真琴たちを相手に不慣れな接客をしている。

「店員さんなら話が早いわね。実は、この子の事なんだけど」

「うみゅぅ〜」

 またさらに知り合いが増えたせいか、祐一は未悠の後ろに隠れていたのではあるが、佐祐理の前に押し出されてしまう。祐一の姿を見た途端に佐祐理は、全てを理解したといわんばかりに試着室へと連れて行くのだった。

「はい、それでは上だけを脱いでくださいね〜」

「う……」

 いくら今は女性同士であるとはいえ、誰かに素肌を晒すのが異様に恥ずかしい。おまけにそれがよく知っている人物なのだから、祐一は余計にそう感じるのだった。

「ちょっと失礼しますね〜」

「きゃう」

 佐祐理が手にしたメジャーが素肌に触れると、あまりのくすぐったさに思わず祐一は変な声を上げてしまう。

「えっと……トップが……で。アンダーが……ですから……。カップは……ですね〜」

 祐一にとっては暗号のようだが、ブラジャーというものはそうやって自分にあうサイズを見つけないといけないのだそうだ。ちなみに祐一のサイズは大きすぎもせず、小さすぎもしないほどよい大きさであったと佐祐理は語る。

 

 このようにして祐一の下着類は手に入ったが、地獄を味わうのはこのすぐ後。女性用の衣料品のコーナーに移動したときだった。

「祐ちゃんにはこれが似合うよね」

「あら、祐ちゃんにはこっちの方が似合うわよ」

「お姉ちゃんセンス古すぎです。やっぱり、こういうアクセントのついたほうが可愛いですってば」

「もう少しおとなしめの方がいいんじゃないですか?」

「あはは〜、まだまだい〜っぱいありますからね〜」

「あら〜どれも可愛くて迷っちゃうわね〜」

「うみゅぅ〜」

 もはや完全に祐一は着せ替え人形になっていたが、最後の方ではかなりノリノリになっていたという。

 おまけに写真撮影会にもなってしまい、その写真はその場に似た全員の女の子たちのメモリーに記録される事になったそうな。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送