第二十話 2steps toword

 

 午後の教室

 

 雪に溶けるように栞が帰った後、祐一が教室に戻ってくるとすでにほとんどの生徒が帰ってきていた。

「おかえり〜祐一」

 祐一の姿を見つけた名雪が、にこやかに声をかけてくる。

「ただいま、名雪。とりあえず風呂だ」

「え? ここ、学校だよ?」

「じゃあ、メシだ」

「いきなりそんな事言われても、わたし困るよ」

「それじゃあ、お前からだ〜」

「わっわっ」

 突然祐一に抱きつかれてしまったせいか、名雪は目を白黒とさせてしまうが、不意に真剣な様子で口を開く。

「体が冷えてるけど、祐一どこ行ってたの?」

「ちょっと外でアイスクリームを食べてたんだ」

 せっかくボケたのに、素でスルーされてしまったので少し残念だったが、名雪の声音が真剣なものだったので祐一は正直に答えた。

「アイスクリーム……?」

 しかし、名雪は怪訝そうな表情で訊き返すばかりだ。

「疑ってるな、名雪」

「こんなに寒いのに、アイスクリーム食べる人なんていないよ」

「でも、この時期に食べたいって人もいるかもしれないだろ?」

「う〜ん……やっぱりいないと思うよ。なにか事情があるって言うなら別だと思うけど……」

 この時期にアイスクリームが食べたくなる理由。それについて、祐一は少し考えてみた。

「例えば……暖かくなるまで待てないとか」

「それなら、ただのアイス好きじゃないのか?」

 それを聞くと名雪も、納得したように頷いた。

「そんな事より、本当は祐一どこに行ってたの?」

「だから、外でアイスクリームを食べてたんだ」

 なぜか会話がループしてしまっている二人。

「いい加減にしなさい」

 そして、突っ込みを入れる香里。名雪は納得しているのかどうなのかわからない微妙なところではあるものの、それ以上はなにも言わずに自分の席に戻っていった。

「……平和ね」

「悪かったな、平和で」

 そんな二人の様子を眺めながら、呆れたように呟く香里であった。

 

 午後の授業

 

 お昼休みが終わると、午後の退屈な授業がはじまる。祐一はなにか面白い事はないかと横を向いてみるが、名雪は真面目に黒板の内容をノートに書き写している。この分だと、ノートは後で名雪に借りてコピーすればいいので一安心だ。そう思ってしまうと、祐一は前にも増して授業に集中する事なんて出来なくなってしまう。別段祐一も授業を受けるのが嫌だというわけではないが、流石に内容が全くわからない授業だと話は別だった。

 先生の話を右から左に聞き流しつつ、祐一は頬杖をついて窓の外を眺めながら、今日の放課後はなにをしようかと考えていると、不意に祐一は名雪の視線を感じた。

「祐一は、ノート取らなくていいの?」

「あとでお前のを写させてもらうから大丈夫だ」

 それを聞いて、名雪は少し考え込む。

「百花屋さんでイチゴサンデー」

「う……」

「どうする? 祐一」

 それなら自分でノートを取った方が早いと言えるが、すでに先生は最初の板書を消して次に入ってしまっている。

「……わかった、イチゴサンデーだな」

「え? いいの?」

 祐一にとっては断腸の思いだったが、名雪は予想外という感じで目を丸くした。それからの名雪は真剣な様子でノートを取り、祐一はただ灰色の空を見上げているだけだった。

 

 放課後

 

「祐一〜放課後だよ〜」

 授業が終わると、名雪がにこやかに話しかけてくる。

「なにぃっ! そうなのかっ?」

「驚き方が大げさだよ、祐一」

「冗談だ」

 名雪が祐一のボケを素でスルーしてしまうのは、一種の才能だと思う。

「それで? 祐一、今日はどうするの?」

「名雪は、どうなんだ?」

「わたしはいつも通りだよ?」

「なんだ、また部活か?」

「うん」

 名雪はにこやかに頷くが、祐一は本当に大変だと思う。もし祐一が名雪と同じ立場だったとしたら、おそらく三日と持たないだろうからだ。

「好きではじめた事だから」

 名雪のそう言うところは、素直に偉いと思う祐一。

「それで、祐一は?」

「俺も、いつも通りかな……」

 学校帰りに商店街行って遊んで帰る。名雪と比べるとヒマヒマ星人の祐一であった。

「祐一も、部活に入ればいいのに」

「部活ね……」

 ふと、祐一は名雪をまじまじと見る。

「それにしても名雪も大変だよな。冬休みの間も部活で、新学期の始業式から部活で、おまけに休みの日も部活だもんな」

「うん。大変だけど、わたしそれくらいしか取り柄ないし」

「そんな事ないだろ? 名雪だって他に取り柄はあるだろ?」

「う〜ん……例えば?」

 本当にわからない。と、いう様子で祐一の顔を覗き込んでくる名雪。

「そうだな……」

 なんというか、こういう名雪を見ていると正直に料理が上手だとか言う気にはなれない祐一。

「……立ったまま寝られるとか」

「それって取り柄?」

 取り柄というよりは特技である。それにそんな事を言われてもあまり嬉しくない名雪であった。

「祐一もなにか部活とかすればいいのに」

「部活って言ったって、もうすぐ三年だろ?」

 と、いったところで、祐一は家で勉強をするわけでもないのであるが。

「そうだけど、やっぱり楽しいよ。部活」

「まあ、考えてもいいけど」

「それなら、わたしが部活を紹介してあげるよ」

 困った事に、名雪は妙に嬉しそうだった。祐一にはどんな部活がいいか、真剣に考えているようだ。

「料理クラブなんてどうかな? そこならあゆちゃんと一緒だよ」

「それは遠慮しておく」

「料理覚えたら、祐一も大活躍だよ」

「俺は皿を並べているからいい」

 確かに家事の出来ない祐一が料理を出来るようになれば、水瀬家としても大助かりであろう。しかし、秋子さんに交じって名雪やあゆと一緒に料理をするという構図が、祐一の頭にはどうしても浮かんでこない。

「別に部活に入らなくても、見学だけでも大丈夫だよ」

「まあ、見るくらいだったら……」

 料理クラブに見学に行って、あゆのドジぶりを見るというのもある意味楽しめそうであるが、いくらなんでもそれは少し悪趣味のような気がした。

「今度、わたしが部活を案内してあげるよ。そうすればきっと、祐一にピッタリの部活が見つかるよ」

「あんまり期待しないでおくよ」

 名雪は嬉しそうに何度もうなずいているが、どうも祐一は乗り気ではない。

「じゃあ、そろそろ帰るか」

「うん」

 教室で結構話していたせいか、廊下を歩く人もまばらだった。そんな中を名雪と他愛のない話に花を咲かせながら、昇降口まで一緒に歩いていく祐一であった。

「じゃあな、名雪。部活頑張れよ」

「祐一も、道に迷わないでね」

 

 夢の学校

 

 その日の放課後、あゆは一人で森の中にいた。商店街の外れから住宅街を過ぎ、森の中へと続く道。景色はだんだんと寂しくなっていき、吹き抜ける風もどこか寒く感じた。

 森の中を通る道は狭く、うっそうと生い茂る木の間に人ひとりがやっと通れるような細い隙間があるくらいだ。

「うぐぅ……」

 でこぼことした木の根の上には、滑りやすい苔とかが生えている。あゆはこの激しく足場が悪い中を、転ばないように慎重に歩いていた。

(やっぱり、ここはあんまり変わっていないよね……)

 その胸中に宿るのは、幼き日の思い出。祐一と初めて出会ったばかりの頃、あゆはとっておきの場所に連れて行ってやると祐一に手をひかれ、この暗い森の中を歩いていた事を思い出した。

 そして、木々のトンネルを抜けたその先にぽっかりと空間があく。おそらくは森の中間あたりだと思われるその一角は、暮れはじめた日を浴びて降り積もった雪がうっすらとオレンジ色に輝いていた。

 この光の中央には大人でも抱えきれないような大きな木が生えており、あゆはこの木に登って街を一望するのが好きだった。祐一もこの場所を二人の学校にしようと言ってくれた。しかし、今は大きな切り株が残されているのみだ。

 昔あゆが木から落ちた事をきっかけとして、この木は切られてしまった。この事故は祐一の心に深い傷を負わせ、それをきっかけとして祐一は名雪の心にも深い傷を負わせてしまう事になる。

 そんな暗い過去があるせいか、ここへ来るたびにあゆは強い自責の念に囚われてしまう。みんな、ボクのせいなんだと。

 できる事なら、つらい思い出のあるこの場所にあゆは足を踏み入れたくはない。だが、あゆはどうしてもここへ来る必要があった。

「よぅ、久しぶりだな。月宮あゆ」

 切り株のところに、一人の人物が座っている。あたりが幻想的なオレンジ色に包まれている中、全身黒づくめというその人物の格好はかなり際立っているようであった。なにしろ黒服に黒マントをはおり、長い黒髪が顔の半分を覆っているので、暗闇の中にいたら口元の部分しか見えないのではないかと思うくらいに徹底した黒なのだ。

「お前がここに来るとは、珍しい事もあるものだな」

「できれば、ボクもここには来たくなかったんだけどね……」

 黒服の人物の軽口に、あゆは重苦しい感じで口を開いた。

「何か困った問題でも起きたのか?」

「うぐぅ、それなんだけど……」

 あゆはその人物に、これまでの出来事をかいつまんで話した。どうにも今回のロードは、今までとはどこかおかしい感じがするからだ。

「まあ、その理由は単純だな。この世界を構成しているお前自身の生命力が危なくなってきているんだ」

 わかってはいた事であったが、こう改めて事実を突き付けられてしまうと、あゆはなにも言えなくなってしまう。この世界を作ったのは、単にあゆのわがままでしかないからだ。

 祐一の心の傷を癒やす。ただそれだけのために。

「今回を含めて、後二〜三回のロードが限度だろう。それを過ぎたら……」

「わかってるよ……」

 それは、完全なるあゆの死だ。そうなる前に、なんとしても栞の救済を行わなくてはならない。

 現在の状況は救済に成功した真琴や舞、佐祐理の協力を受ける事で、かろうじてこの世界を維持していられる。香里は栞の事があるので本格的な介入はできないが、それだけでも今まであゆ一人にかかっていた世界を維持するための負担は随分と軽減されているのだ。

 もっとも、その結果としてあゆにも予想のつかない歪みを引き起こしてしまっているのだが。

「私としてもお前との契約があるから、この世界の維持に関して協力してやるが……」

 実のところ、夢の世界をさまよっていたあゆにこの世界を作るきっかけを与えてくれたのは、この黒服の人物だったりする。この人物が誰なのかあゆにもわからなかったが、祐一を救いたいというただその一心だけで、あゆはこの人物と契約を交わしたのだ。

「……忘れるなよ。この奇跡が成就した暁には、この世でもっとも純粋な魂をもらうという契約をな」

「うぐぅ……」

 それは、間違いなくあゆの死を意味するのだろう。でも、この命を差し出す事でみんなが救えるのなら、なにも惜しくはないとあゆは考えていた。

 

 商店街

 

「お?」

 商店街についた祐一は、ゲームセンターの店先に置いてあるプリント機の近くで、見知った後ろ姿を見つけた。それは明るいキツネ色の髪を左右でくくってツインテイルにした少女、沢渡真琴の姿だった。

「あう〜……」

 店先の宣伝文句を見ると、プリント機が新型のものに入れ替わったらしく、真琴と同じ制服を着た女の子達が長蛇の列を作っている。

 正直、真琴は悩んでいた。今から並んで写真を撮るのもいいが、一人で撮るのはどこか寂しい。しかし、一緒に写真を撮るような親しい友人もいない。

 生来の引っ込み思案で人見知りが激しいせいか、この街に来てから真琴は親しい友人が出来ないでいたのだ。特に今日みたいにあゆに用事があるという時には、他に知り合いがいないというのが直接響いてきていた。

 なんとかこうして商店街まで来てはみたものの、まわりは知らない人だらけ。友達を作ろうにも、なにを話したらいいのかさっぱりだった。

 その点、名雪やあゆは向こうから話を振ってきてくれるので真琴もうちとけやすかったのだが、いざ自分から話しかけようとすると緊張してしまってパニックに陥ってしまうのだ。

 祐一も真琴のそう言うところはなんとかしないといけないとは思っているのだが、だからと言って全く知らない女の子に引き合わせても、真琴を傷つけるだけだ。しかし、名雪やあゆがいない今はチャンスではないかと思われた。

「おい、真琴」

 祐一が肩に手を置いて呼びかけると、真琴は機敏に反応して咄嗟に身がまえた。

「そんなに警戒するな」

「なんだ、祐一か……」

 そこで真琴は、安心したようにほっと息をつくのだった。

「真琴も撮りたいんじゃいないのか? だったらあの中に混じって撮ってくればいいじゃないか」

「あんなの、別に撮りたくなんてないわよぅっ」

 真琴の天の邪鬼ぶりに、祐一は思わず笑いがこみ上げてしまう。

「じゃあ、撮りたくなったら言えよ。付き合ってやるから」

「祐一と一緒に写真なんて撮りたくないわよぅっ」

 祐一は精一杯気を使ってやったつもりだったが、即座に却下されてしまったようだ。

「それなら、友達でも作りに行くか」

 そう言うと祐一は、真琴の背中を押して通りを歩いてきた女生徒と鉢合わせにさせる。いきなりの真琴の登場にその女生徒は戸惑った様子であるものの、同じ制服を着ている事に気づくと、幾分表情を和らげた。

 とはいえ、無表情を板にしたような少女だったせいか、逆に真琴が戸惑ってしまったようだ。

「……なにか?」

 抑揚のないハスキーボイス。顔立ちは悪くなく、どちらかといえば可愛い部類に入る少女なのだが、いかんせん表情に乏しいせいか、どこか陰のある様子に見えた。少なくとも悪い子であるようには見えないものの、他人とは違う雰囲気を持った不思議な子だ。

「あ……あの……。友達……」

「友達?」

 少し困ったような感じで、少女は訊き返した。

「私と、友達になりたいのですか?」

 そこで頷けばいいのだが、なぜか真琴は俯いたままで固まってしまっている。

「あうぅーっ!」

 そこで限界に達したのか、真琴はいつもの呻き声をあげると、少女に背中を向けて一目散に走り去ってしまった。

「やっぱ、ダメだったか……」

 唖然とする少女を一人残し、祐一もその後を急いで追うのだった。

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