第二十五話 彼女達の見解

 

 水瀬家 夕食後

 

「さて、今夜も行くとするか」

 夕食を食べ終えたのち、部屋に戻った祐一はコートだけを持って玄関に向かう。

「ちょっと出かけてくるから」

「え? 今日もなの?」

 手近にいたあゆに一声かけると、彼女は目を丸くして訊き返してきた。

「やめといたほうがいいと思うよ」

「ちょっとコンビニに行ってくるだけだって」

 苦しい言い訳のようでもあるが、余計な詮索をされないようにするには妥当だと祐一は思う。

「本気でやめといたほうがいいと思うけど……」

 あゆの制止を振り切るようにして玄関の扉を開けた祐一であるが、次の瞬間に何事もなかったかのように扉を閉める。

「今大雪警報が出てるから、外に出たら遭難するよ」

「……今日はやめておくか」

 流石に雪が真横に飛んでいる風景の中に、出ていくような勇気は持ち合わせていない。ここが前いたところとは違うんだと言う事を、改めて実感する祐一であった。

 部屋に戻る途中のリビングでは女性陣がテレビのバラエティ番組に興じているらしく、中からは明るい笑い声が響いていた。コマーシャルの間にトイレに行っていたらしいあゆは自然にその輪の中に入っていったが、女三人どころかカルテットでわいわい騒いでいるところに加わるのはためらわれたため、祐一は一人で二階へと上がっていく。

 しばらく読書に没頭していると、時刻はすでに十時を回っていた。この時間だと寝るのが早い名雪、あゆに続いて真琴も風呂から出たあたりだろう。窓の外で荒れ狂う吹雪の音に背中を押されるようにして、祐一は着替えを持って部屋から出る。

 風呂から出た後はリビングでのんびりとテレビを見る祐一。この時刻になると名雪とあゆ、それに秋子さんは寝室に姿を消している。祐一としてはこれからが面白い時間帯となるのだが、それを共有できないというのは少々さびしいような気がした。

 そして、テレビを見続けた祐一が部屋に戻った時には、もう午前二時を回ろうかという時刻になっていた。

 窓の外ではいまだに吹雪が猛威をふるっているようで、猛烈な風が雨戸をガタガタと鳴らしている。せめて明日は晴れてくれるように祈りながら、眠りに落ちていく祐一であった。

 

 学校

 

 一夜明けた学校は、騒然とした空気に包まれていた。

「なにかあったのかな?」

 聞くところによると、昨夜の内に学校のガラスが何者かによって割られ、その破片が廊下に散乱しているのだそうだ。

 この日は名雪の目ざましより早く目が覚めたせいか、珍しく名雪を早く起こして学校についた祐一が、野次馬根性丸出しで現場に駆けつけてみると、そこには朝の早い時間帯にもかかわらず大勢の人だかりが出来ていた。

(あれ? ここは……)

 事件の現場となったのは、夜中に舞と沢渡が激しく戦っている一階の廊下だった。表に面した廊下のガラスはすべて砕かれており、その破片は幅いっぱいに敷き詰められている。後片付けやガラスの入れ替えなどの手間を考えると、恐ろしく厄介な事態だ。

「随分派手にやられたな……」

「これで何度目だよ……」

 耳を澄ますと、あたりの人だかりからそんな声が聞こえてくる。

 まわりの呟きを総合すると、この廊下のガラスが割られるのはこれが初めてではないらしい。もっとも、この状況が日常茶飯事になってしまうと、それはそれで問題なのかもしれないが。

(そういや、舞の奴大丈夫だったのかな)

 昨夜は大雪のせいで様子を見にいけなかったので、祐一は二人の戦いがどうなったのかかなり気になっていた。まさかとは思うが、あの二人がガラスを割ってまわったというわけではあるまい。

 もうすぐ朝のホームルームがはじまるので教室に向かっていると、祐一は職員室に入っていく舞と扉の前で不安そうに見守る佐祐理の姿を見つけた。

「どうしたの? 佐祐理さん」

「あ、祐一さん。おはようございます」

 そう言ってぺこりと頭を下げる佐祐理の姿にいつもの笑顔はなく、なんとか笑おうとしているのに、そうすればそうするほど困ったような表情になってしまうようだった。

「舞の奴……まさか職員室に……?」

 細い扉の隙間から、中の様子がうかがえる。そこでは舞と沢渡が、銀縁眼鏡の見知らぬ男子生徒と恰幅のいい見知らぬ先生に何事かを言われているようだ。

「舞の奴、ガラスの件で呼び出されたとか?」

「はえ〜、そうだと言えばそうですけど……」

「舞はガラスを割るような奴じゃない。なのになんであいつが呼び出されているんだ?」

「はえ? 祐一さん?」

 言うが早いか、祐一は自分の感情のままに職員室へとはいっていく。そして、話を切り出そうとしたところで我に返った。

 舞の弁護をするのはいいのだが、いったいどうやって疑いを晴らせばいいのか。

「なんだね? 君は」

「いえ、あの……」

 冷静だが、どこかとがった感じの銀縁眼鏡の声がする。

「川澄の友達か?」

 恰幅のいい見知らぬ先生も、祐一をちらりと一瞥する。

「え〜とですね、俺は……」

 この予期せぬ闖入者に対する視線の集中砲火が、容赦なく祐一を射抜く。祐一が返答に困っていると、意外なところから援軍が現れた。

「どうしたのよ、祐君」

 ふと気がつくと、舞が呆れた様子で祐一を見ている。

「どうしたって……。廊下のガラスが割られて、それでお前が職員室に呼びだされたみたいだし……」

「それで君が、川澄くんの弁護に来たというわけか……」

 銀縁眼鏡の男の声も、どこか呆れたような感じだ。

「もしかして、なにか勘違いしてるんじゃない?」

 祐一を見る沢渡の目は、どこまでも優しい。

「説明してやれ、久瀬」

 恰幅のいい先生も、呆れた様子で銀縁眼鏡の男子生徒、久瀬に話を振る。

「しかたがありませんね。君はガラスの割られた現場は見たね?」

「ああ。廊下いっぱいにガラスの破片が散らばってた」

「仮に、校舎の中にいる川澄さんが不注意でガラスを割ったとしよう。そこで君に質問だが、内側から割られたガラスの破片を、どうやって廊下一面に敷き詰めると言うんだい?」

「あ」

 理屈からいっても、内側から割られたのであれば、その破片は外側に散らばるはずだ。つまり、破片が内側に散乱しているという事は、外側から割られたという事だ。

 昨夜は猛吹雪で、誰かが外を出歩けるとは思えない。そうなると、誰もガラスを割る事が出来ないという事だ。

「じゃあ、なんでガラスが割れたんだ?」

「あそこは校舎の構造上、風が吹きだまりやすくなっているんだ。そこに昨夜の猛吹雪の影響で、廊下側のガラスが破壊されてしまったというのが妥当なところだね」

「びっくりしたわよ。夜中にいきなり『ガシャーン』だもの」

 詳しく話を聞いてみると、昨夜沢渡は宿直だったそうだ。

「泥棒が入るんなら、ガラス一枚割れば済むわよね? あれだけの数のガラスを割るにはそれなりの時間か人手がいるでしょうけど、あんな吹雪の中を遭難覚悟で出歩く人がいるとは思えないわ」

 沢渡の言う事にも一理ある。しかし、まだ祐一としては疑問に思う事があった。

「あれ? それじゃなんで舞は呼びだされたんだ?」

「だってあたし、昨日は帰ってないもの」

 昨日沢渡の用事を手伝っていた舞は、雪がひどくなったせいで帰るに帰れなくなってしまったのであった。幸いにして沢渡が宿直だったので、この日は学校に泊まったのだ。

「ガラスの件に関しては昨夜の内に連絡はもらっていたしね。今回呼び出したのは昨日の顛末について事情を聞くのと、労いを兼ねたものだ」

「なんだ……。俺はてっきり舞がガラスを割った犯人にされているのかと思って……」

 夜中にこの二人が得物を振り回しているうちに、そうなってもおかしくないと思ってしまった所為か、祐一は自分の迂闊さを呪いたい気分だ。

「どうやら話はまとまったようだな」

 力強く肩をたたかれ、祐一が振り向いたその先には、さわやかな笑顔の石橋の姿があった。

「ホームルームがはじまるぞ。わかったらさっさと教室に戻れ」

 

 昼休み

 

「くそっ、えらい恥かいた……」

 あの後名雪達から話を聞いてみると、あそこのガラスが冬場に割れるのはよくある事で、あそこを見に行くのはよほどの暇人か、事情を知らない転校生くらいのものなのだそうだ。

 大勢の人がいるような場所が苦手な真琴はともかくとしても、道理で一緒に登校してきた名雪やあゆが見に行こうとしなかったわけである。おまけに現場を見に行った挙句、職員室に乗りこんでいった祐一は瞬く間に校内で噂となり、その話は背びれ尾ひれがついて学校中に広まっていった。

 曰く、相沢祐一は愛する女性の危機を救うべく、単身職員室に乗り込んでいったのだ、と。

 その噂の張本人となった舞が、この件に関して否定も肯定もしなかったため、いつの間にか事実として受けとめられてしまっているから始末が悪い。おかげで祐一を見る沢渡の目が、厳しくなる一方なのだ。

 舞は舞で、やたらと上機嫌なので手がつけられない。ついでに佐祐理に、祐一さんも意外とあわてんぼさんなんですね、と穏やかに微笑まれてしまった。

 そんなわけで祐一は、誰とも会う事のない中庭に直行するのだった。

(栞と香里か……)

 お昼休みの活気にあふれる廊下を歩きながら、祐一はふとそんな事を考えた。この二人になんらかの接点がある事は祐一にも容易に想像できた。しかし、それがなにを意味するものなのかまではわからない。

 いつものように学食に寄ってから、祐一は目的の場所へ向かう。渡り廊下の通用門の先にある中庭は、今の時期は誰も使うものがいないのを象徴するように、一面の銀世界が広がっていた。昨夜の猛吹雪がすべてを塗りかえたのか、文字通りの処女雪があたり一面に敷き詰められている。

 昨日の猛吹雪が嘘のように空はどこまでも青く澄み渡り、雪で作られた絨毯を白く輝かせている。祐一が上履きのまま誰も足を踏み入れていない中庭に一歩を踏み出すと、途端に雪の感触と冷たさが上履きの裏から伝わってきた。

 誰もいない場所に、祐一の足跡だけが残る。いつもなら祐一よりも早くこの場所にいる少女の姿は、まだ見る事が出来ない。

「今日も遅刻か?」

 病気で学校を欠席している生徒に遅刻もないが、祐一はいつもの石段に積もった雪を払って腰かけると、そのままじっと空を見上げた。時折吹き抜ける風は、身を切り裂くように鋭く冷たい。

「確かに、この季節ならアイスクリームは溶けないな……」

 その代わり、カチコチになったままでは食べにくいかもしれないが。

 栞のために用意したアイスクリームのカップが二つ。それを手に持っていると、冷たいを通り越して指先の感覚がなくなっていた。

 ただ時間と風だけが通り過ぎていくが、祐一はこの場所を動くわけにいかなかった。

 

『来てもいいって言われたら、どんな事があっても来ます』

 

 そうまで栞に言われると、祐一も待たないわけにはいかない。そう思っていると、シャリ、シャリ、という雪を踏む心地よい音が聞こえてきた。

「すみません、遅れました」

「馬鹿だな」

「わ、せっかく来たのにその言い方はひどいです」

「無茶はするなといったろ?」

「それほどでもないです」

「息を切らせながら言っても説得力無いぞ」

「大丈夫です」

「なにが大丈夫なんだ?」

「これくらい、真冬にアイスクリームを食べる事に比べたらなんでもないです」

「自覚があるなら食うな」

「それでも、アイスクリームは好きですから」

「やっぱり馬鹿だろ」

「そんな事言う人、嫌いです」

「アイスクリーム、買ってあったんだが……」

「わ、今のウソです」

 祐一がアイスクリームカップを見せると、栞はあわてたように手をわたわたと振る。

「もうあんまり時間ないからな」

 そんな栞の様子に苦笑しながら、祐一はアイスクリームを手渡してやる。

「それでもいいです」

 栞は嬉しそうにアイスクリームのカップを受け取ると、祐一の隣に雪を払って腰を下ろした。

「ちょっと冷たいですけど」

 少し困ったような表情で、栞はさっそく蓋をあけた。

 

「大丈夫ですか? 祐一さん」

「……頭が痛い」

 平然とした様子でアイスクリームを食べながら、栞は心配そうに祐一の顔を覗き込む。

「かき氷を食べると頭がキーンって痛くなりますよね。もしかして、同じ原理ですか?」

「……たぶんな」

 あまり刺激が強すぎると、感覚が痛みしかなくなってしまうと言う現象だろう。かき氷よりはましかもしれないが、流石に真冬のアイスクリームは辛い。

「でも、今日はどうしたんですか?」

「なんとなく、俺もアイスクリームが食べたくなったんだ」

 確かにおいしい事はおいしいのだが、場所が場所なだけにとにかく無口になる味だった。

「おいしいんですよね?」

「たぶん……」

 それ以前に、味覚すらあやしくなっている状況だ。

「なんで栞は平気なんだ?」

「私は、アイスクリームが好きですから」

 好きだったら平気というわけでもないだろう。しかし、アイスクリームを食べているときの栞は、とにかく幸せそうだった。

「ごちそうさまでした」

「……口の中が冷たい」

「祐一さん、今日はありがとうございました」

 そういって栞は、改めて頭をぺこりと下げた。

「なんの事だ?」

「私が来るまで待っててくれたじゃないですか」

「別に待ってたわけじゃないぞ。帰ろうとしたら、ちょうど栞が来たんだ」

「ふ〜ん」

「なんだ? そのふ〜んっていうのは」

「別に、なんでもないです」

 そう言って微笑む栞の姿を、祐一はどこかで見たような気がした。

「それじゃ、祐一さん。また」

「ああ、またな」

 栞の背中が見えなくなるまで見送った後、祐一も踵を返す。そして、扉の前まで戻ってきたところで、もう一度ふりかえる。

 さっきまではなにもなかった雪面に、今ではたくさんの足跡が刻み込まれていた。

 

 放課後

 

「祐一〜、放課後だよ〜」

 今日もやっと終わりかとか考えていると、名雪がいつもの様子でにこやかに話しかけてきた。

「ふっ……俺にはもうどうでもいい事さ……」

 朝方の事を思うと、恥ずかしさのあまり顔から火が出そうだ。祐一は名雪と顔を合わさないまま、窓の外に広がる空を見る。

「俺はこのまま、このどこまでも広がる空の向こう側に……」

「どうでもよくないよ。今日は一緒に帰るんだから」

 この突っ込みを入れずに祐一のボケを止めると言うのは、ある意味で名雪の才能なのではないだろうか。

「……それで、なんの話だっけか?」

「放課後だよ」

 不承不承ながらも名雪に顔を向けると、そこにはいつもの三割増しくらいの笑顔がある。

「それは訊いた」

「一緒に帰るんだよ」

「誰が?」

「祐一が」

「誰と?」

「わたしと」

「どうして?」

「約束したからだよ」

「誰が?」

「祐一が」

「誰と?」

「わたしと」

「どうして?」

「約束したからだよ」

「誰が?」

「祐一が」

「誰と?」

「わたしと」

「どうして?」

「約束したからだよ」

「誰が……」

「……お前ら、突っ込むやついないのか?」

 このまま際限なくループに突入するかと思われたところで、後ろの席から北川が冷静に突っ込んできた。

「いや、北川に期待していたんだ」

 もう一方の突っ込み役はというと、ホームルームが終わると早々に教室を出ていったようだ。

「北川くんもこれから帰るの?」

「そのつもりだったが、ちょいと野暮用でね」

「そっか、残念だね」

「じゃあな、お二人さん」

 そう言い残して北川は、さっさと教室から出てしまう。そのあからさまな態度に、どうにも気をまわされているように感じる祐一。

「どうしたんだろ? 北川くん」

 そして、祐一が予想した通り、名雪は全く気が付いていない様子だった。

「じゃあ、俺達も出るとするか」

「うん、そうだね」

 教室に残っているクラスメイトに挨拶をして、祐一達も廊下に出た。

 

 昇降口

 

「……あ」

「どうした?」

 昇降口まであと少し、というところまで来た時、不意に名雪が大きな声を上げた。

「わたし、忘れ物」

「教室か?」

「うん。持って帰らないといけないプリント、机に入れっぱなしだったよ」

 相変わらず几帳面というか、こういうところに掃除当番泣かせの机にしない名雪の性格が表れていると祐一は思う。これが祐一の立場だとしたら、忘れ物を取りに行くよりも遊びに行くほうを優先するだろうからだ。

「俺も一緒に戻ろうか?」

「ううん、いいよ。祐一は先に行ってて」

「わかった、それなら昇降口のところでまってるぞ」

「うん、すぐにいくからね」

 パタパタと上履きを鳴らして遠ざかる名雪の姿を見送った後、祐一は昇降口に向かう。するとその先に、見知った顔があった。

(あいつは……)

 軽くカールしたあずき色の髪を肩口で切りそろえ、人を寄せ付けるのを拒むような無表情。丈の短いえんじ色のワンピースタイプの制服に、胸元を飾る緑のリボン。遠目で見ただけで確信は持てなかったが、おそらく彼女は天野美汐であろう。

(本当に一人なんだな)

 女の子といえば、普通は何人かが寄り集まってにぎやかな集団を形成して楽しく過ごすものだろう。しかし、彼女は全身からそうした空気を拒むようなオーラを発しているせいか、あえてそのような環境に身を置いているかのようだった。

 一体なにが彼女をそうさせているのか、祐一にはわからない。仮にわかったとしても、祐一に一体なにができるのか。

 美汐は祐一に気がついた様子もなく、靴を履き替えると重苦しい灰色の空の下を歩いていく。祐一はただ、その後ろ姿を目で追っているだけだった。

 

「やっぱ、寒いなぁ……」

 祐一は石畳の通路に積もった雪を、ため息混じりに眺めていた。時折、建物の間を吹き抜ける寒風に身をすくませながら、一歩踏み出してみる。

「相沢くん?」

「振り向くと、美坂香里が立っていた」

「誰に説明してんのよ?」

 呆れたような香里のため息が、白い息となって風に紛れていく。

「それで? 相沢くんはこんなところでなにしてるのかしら?」

「なにって、名雪と待ち合わせ」

「それって、外で待つ必要があるの?」

 言われてみれば、なにもこんな寒空の下で待つ必要もない。昇降口の中で待っていればいいだけの話だ。

「……どうして、外なのかしらね……」

「めちゃめちゃ気になるんだが、そのセリフ」

「秘密よ」

「気になるな」

「秘密」

 一部の隙もない完璧な香里のスマイルを前にして、祐一はこれを突破するのはかなり苦労しそうだと思った。

「そう言えば、名雪は今日部活なの?」

「いや、休みだから一緒に帰るところだ」

「ふ〜ん」

「なんだよ、そのふ〜んっていうのは」

「言葉通りよ」

「なんか、すごい意味ありげに聞こえるぞ」

「言葉通りよ」

 そう言って香里は微笑むが、祐一にはさっぱり分からない。しかし、なぜかその微笑みが栞に似ている様に感じた。

「じゃあね、相沢くん」

「ああ、またな」

 香里の態度になにか違和感のようなものがあるように思う祐一ではあるが、詮索しようにも本人はすでに校門から出てしまったあとだ。

「祐一、お待たせ」

 振り向くと、走ってきたのか少しだけ肩で息をしている名雪の姿がある。

「よし、帰るか。とりあえずは商店街だな」

「うん」

 頷く名雪と並んで、祐一は学校を後にした。

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