白い恋人達
「さて、どうするか……」
この日祐一は、自室で頭を抱えて悩んでいた。
もうすぐホワイトデー。この日はバレンタインのお返しに、女の子に贈り物をする日だ。このあたりは製菓会社の商魂たくましいところであるが、祐一にはそれに加えて悩みがある。
今回祐一がバレンタインを貰ったのが、名雪、あゆ、真琴、舞、栞、香里、佐祐理、美汐、秋子さんのいつものメンバーに、名も知らぬ多数の女の子達。
元々祐一はこういったイベントに疎いし、今まではほとんど貰う事もなかったので、特に気にするイベントでもなかったのだが、今回は貰ってしまった以上なんらかの形で返事を返す必要がある。
しかし、この手のイベントとは無縁であるがゆえに、祐一は具体的にどうすればいいかが皆目検討がつかないのだ。
「……返さないわけにもいかないしな……」
義理堅いと言うか、妙に律儀な祐一。だが、こういう物事を相談しようにも、相談できる相手というのがいない。
「やはり……あいつに頼るしかないのか……」
不本意だが、と祐一は小さく口の中で呟いた。
「はっきりいって役に立つとは思えないが……。溺れる者は藁をも掴むと言うし……」
果たしてその藁を掴んでもよいものかどうか、祐一は悩みぬいた。
「……やむをえないか……」
忌々しげにそう呟くと、祐一はとあるところに電話をかけ、水瀬家を後にした。
「めずらしいな、相沢がオレを呼び出すなんてな」
「まあな、お前の力がどうしても必要なんだ」
ここは百花屋。普段は向かいの席で名雪がイチゴサンデーを美味しそうに食べている姿を眺めているのだが、今日は代わりに北川がコーヒーを飲んでいる。
「で? オレに用事ってなんだ?」
「うむ、北川。実はお前を漢と見込んで頼みがあるんだ」
漢、と聞いて、北川の眉がぴくりと動く。
「それも漢の中の漢、北川潤にしか頼めない事なんだ」
「いやぁ……そうまで言われると、なんか照れちまうな」
嬉しそうに頭の癖毛をぴくぴく震わせながら、北川は頭をかく。
かかった、と祐一は内心ほくそ笑んで、本題に入る。
「ホワイトデー?」
「ああ、具体的になにを返せばいいかわからなくてな、困ってるんだ」
それを聞いて、北川はえらそうに腕を組む。
「まず、一般的なのが『好き』がホワイトチョコで、『友達』がマシュマロ、『嫌い』がキャンディーというやつだ」
「ふむふむ」
「だが、これは『好き』がマシュマロで、『友達』がホワイトチョコの場合もあるから注意が必要だ」
「なんだそりゃ?」
「実は、このあたりは色々とローカルルールがあるらしい」
そう言って、北川はコーヒーを一口飲む。
「だから、こういうお菓子ネタはやめて、なにかアクセサリーでも贈ったらどうだ?」
「アクセサリーね……」
確かにそれが無難かな、と祐一は思った。
「でもな、お前の場合指輪とかはやめておいた方がいいと思うぞ」
「どうしてだ?」
「もらった女の子全員左手の薬指にはめそうだ」
祐一はその光景が容易に想像でき、思わず頭を抱えてしまう。
「そういえば北川、お前も香里にもらってただろ? お返しはなにか考えたのか?」
「オレだ」
自信たっぷりに自分を指差す北川。それを聞いて祐一は、聞くんじゃなかったと、心のそこから後悔した。
「さて、どうするか……」
祐一は商店街を思案しながら歩いていた。結局北川に相談してみたはいいが、かえって悩む事になってしまったのだ。
なにかアクセサリーを、と言うのは良いアイディアだとは思ったが、流石に全員分となると経済力の面で不可能に近い。
とはいえ、北川みたいに『俺』となると、名雪一人を相手にするならともかく、最悪の場合九人を相手にする事になるため、体力がもちそうにない。
そのとき祐一は、雑貨屋の前を通りかかった。ここは以前名雪に赤いビー玉を買ってあげた事のある店だ。
店先の百円均一のコーナーには、玩具の指輪が飾られている。それを見たとき祐一は、心を決めた。
「……と、言うわけなんです。秋子さん」
「了承」
あいもかわらず、一秒で了承する秋子さん。
「でも、祐一さんがそう言う事を考えているなんて、意外でした」
「やっぱり、俺にバレンタインをくれた子達には、きちんと応えてあげたいですからね」
祐一は秋子さんにはっきりとそう告げた。
「あ、ちゃんと秋子さんにも用意はしてありますから」
そして、迎えた三月十四日。この日部活が休みだった名雪は、祐一に呼び出されて放課後の教室に残っていた。
「悪い、名雪。遅くなった」
「あ……ううん、わたしも今来たところだから」
そんなはずは無いのだが、名雪は一度この台詞を言ってみたかったのだ。
祐一は放課後の時間を利用してバレンタインのお返しを配っていたのだが、予想以上に時間がかかってしまった。
この日祐一が用意したのは、手作りのクッキーだ。ホワイトデーが別名クッキーデーとも言うのを利用した、祐一のお返しだ。
名雪も朝一番に祐一からイチゴ風味のクッキーを受け取っており、あゆもたい焼き形のクッキーを受け取っている。
ちなみに真琴と美汐は肉まんの形のクッキー、舞と佐祐理には蜂蜜を入れたくまさんのクッキー、栞と香里にはバニラ風味のクッキーをそれぞれ贈っている。
これらのクッキーは全て秋子さんの指導によるもので、これをもらった女の子達には概ね好評だった。
なによりも、祐一がきちんとお返しをしてくれると言うところが、女の子達の評価を上げる要因となっている。
「名雪にはこれとは別に、どうしても贈りたいものがあってさ……」
「え……?」
名雪の頬が朱に染まる。それは夕日の照り返しだけではない。
「裸で悪いんだが……」
祐一がポケットに入れた手を開くと、そこには赤い宝石の光る指輪があった。
「名雪に、受け取って欲しくてさ」
かつて祐一は、名雪に赤いビー玉を買ってあげた事がある。だが、そのビー玉は雪ウサギの目になってしまった。
流石に本物は無理だし、どうせガラス玉ならこういう方がいいと思い、祐一はこうして指輪を贈る事にしたのだ。
名雪は黙って祐一の言葉を聞いていた。やがてゆっくりと顔を上げると、頬を赤く染めたまま左手を差し出した。
「……祐一が、はめて……」
「ああ……」
そうは言われても、祐一は少し躊躇した。だが、名雪のなにか期待に満ちた瞳を見たとき、祐一は名雪の薬指にはめていた。
「うまくいったかしら?」
今回の仕掛け人は秋子さんだ。
秋子さんは祐一のホワイトデーの贈り物である新しいエプロンをして、娘の幸せを祈っていた。
同時刻、学校の屋上。
「こんなところに呼び出してなんの用?」
突然北川に呼び出され、ご機嫌斜めなかおりん。
「いやあ、オレ美坂からバレンタインチョコもらっただろ? だからそのお返しをしようと思ってな」
「あ……そ……」
香里にしてみれば、あんまり北川がうるさいので手切れ金代わりに渡したものだ。
とはいえ、香里も北川の事は嫌いではない。だから、と言う訳ではないが、北川のお返しにはちょっぴり期待していた。
「そのお返しは……」
高まるムードに香里の頬が赤く染まる。それは夕日の照り返しばかりではない。
「オレだー美坂〜っ!」
突然北川は香里に飛びかかった。器用にもその途中で服を脱ぎ、トランクス一枚の姿で香里に迫る。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
香里のナックルがカウンター気味に炸裂する。
そして、北川は星になった……。
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