「あの、佐祐理さん。どこなんですか? ここは……」

「はえ〜……どうやら道に迷ってしまったみたいですね……」

「………………」

「何でこうなったんだ……」

「どうしてでしょうね?」

 祐一はふと、ほんの少し前の事を思い返していた。

 

「佐祐理さん。お誕生日おめでとうございます」

「……おめでとう、佐祐理」

 今日は5月5日、この日祐一は舞と一緒に佐祐理の誕生日を祝うため、両手に大きなプレゼントを持って佐祐理宅を訪れていた。

「祐一さん、舞。ありがとうございます。だいぶお疲れになったでしょう?」

「はい、疲れました……」

 門から入って、かれこれ小一時間ほど歩いただろうか。祐一はこうして玄関まで来るまでがやたら長く感じた。

「それにしても広い家ですね。一体どれくらい広いんですか?」

「はえ〜、佐祐理もよくはわからないんですけど……」

 そう言って佐祐理は、遠くの方に見える山を指差した。

「あっちの山の方から……」

 そのまま佐祐理は、ぐるりと反対側の山の方を指差した。

「……向こうの山の方までです。お父様が言うには、アメリカ海軍のフォレスタル級原子力空母、インディペンデンスの飛行甲板と同じくらいの敷地面積があるそうです」

 東京ドーム何個分の敷地面積があるのか、考えるのが怖い祐一であった。

「そうですわ、祐一さん。折角ですから少し庭を散歩しませんか?」

「それはいい考えですね」

 

 そう答えてしまったのは、確かに祐一の失敗であった。そのせいなのかどうかはわからないが、三人はほぼ完全に道に迷ってしまい、おまけに日は西の空に傾きつつあった。

「どうしましょうか、佐祐理さん……」

「心配いりませんよ、祐一さん。佐祐理はこんな事もあろうかと、携帯電話を持ってきているんです」

「なるほど『備えあれば憂いなし』ですね。佐祐理さん」

「はい、早速助けを呼びますね」

 そう言って佐祐理は液晶画面をじっと見つめた。

「どうしたんですか? 佐祐理さん……。早く助けを……」

「あの……祐一さん。この『圏外』と言うのはなんでしょうか?」

 祐一は思わず頭を抱えた。

 

 ついに日は西の空の彼方に沈み、あたりは真っ暗になってしまった。

「……お腹すいた」

 舞がポツリと口にする。

「あのな、舞。そんな事言われても、俺食べ物なんか持ってないぞ」

「大丈夫ですよ、祐一さん」

 佐祐理は笑顔で大きな包みを取り出した。

「こんな事もあろうかと、実は佐祐理、お弁当を持ってきてたんです」

 一体佐祐理は、普段どんな事を考えているのだろうか。一瞬そんな事が頭をよぎったが、怖くて考えるのをやめた祐一であった。

 

 その後、三人は手近なところに並んで座っていた。

「こういう時は、なるべく動かずにいて、体力を消耗しない方がいいんですよ」

「流石ですね、祐一さん」

 とは言うものの、祐一はなにもする事がない状況に、退屈しはじめていた。

「祐一、クマ……」

 不意に舞が口を開いた。

「クマだって? 舞。佐祐理さん、このあたりってクマが出るんですか?」

「はえ? 佐祐理は聞いた事ないですけど……」

「違う、祐一『クマ』」

「ひょっとして舞……。お前、しりとりがやりたいとか……」

 舞は静かに頷いた。

「よし、やるか」

 はじめてみたのはいいが、祐一の予想通り舞はすぐに自爆してしまった。

「あはは〜、だめだよ舞。動物に『さん』ってつけたら」

「そうだぞ、舞。それにしても佐祐理さん、ずいぶん楽しそうですね」

「はい。三人揃ってなら、どんなところでも楽しいですから」

 自宅の庭で遭難しかけている今の状況では聞きたく無い台詞であった。

 

 祐一達に助けが来たのは、しりとりをはじめてから二時間ほど過ぎたあたりだった。

「お父様っ!」

 佐祐理は大きく広げられた父親の腕の中に、吸い込まれる様に飛び込んでいった。

「お父様、佐祐理とっても怖かったんです……」

「おお、そうか。よく頑張ったな、佐祐理」

「はい。でも、祐一さんが、とっても優しくしてくださいましたから……」

「ほお?」

「力強くて、たくましくて、とっても素敵でした。ねえ、舞?」

「はちみつくまさん……」

 舞は大きく頷いた。

 不意に祐一は刺すような視線を感じた。

「相沢祐一くん、だったね……」

「……はい」

「すまないが君に、ちょっと話したい事がある。悪いが私の部屋まで来てもらえないだろうか?」

 有無を言わせぬその声に、底冷えのするような恐怖を感じる祐一であった。

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