第一話 星間交易商人
漆黒の宇宙をかけぬける白銀の機体。それは宇宙をまたにかけて活躍する星間交易商人、『相沢商会』の代表者、相沢祐一の所有する外洋型快速巡洋艇『カノン』だ。
そのブリッジにある機長席で祐一は、隣の主操縦士席に座るいとこの少女、水瀬名雪を見て軽くため息をついた。
「く〜」
確かに目的地に着くまではオートパイロットだから寝ててもいいと言ったのは祐一だが、まさか名雪が本気で寝るとは思ってもみなかったのだ。まあ、名雪はこうして寝ていても、右手はしっかりコントロールスティックを握っているし、左手はスロットルレバーの上だ。それに超越感覚の異名を持つ名雪は危機が迫ると自動的に目覚めるので、探知機の替わりにも使えるのが特徴だ。
「く〜」
それに、なんといっても気持ちよさそうな寝顔は、すごく女の子らしくてかわいらしい。その無防備な名雪の寝姿に、祐一の鼻の下は伸びっぱなしだ。
「ねえ、相沢くん。ちょっといいかしら?」
「ん〜……?」
機長席でのんびり名雪の寝顔を眺めていた祐一は、同じブリッジで当直についていたクルーの美坂香里の声に面倒くさそうに言葉を返した。
「ちょっとこれをみてくれる?」
香里の指し示す細かく数字の並んだディスプレイに、祐一は一瞬呻きそうになる。どうにもこうした数字の羅列は苦手だからだ。電子計算機の異名を取る香里ならともかく、祐一にとっては頭が痛くなるだけの代物でしかない。
「これがどうしたんだ? 香里……」
「ウチの収支決算よ。みての通り赤字よ、大赤字」
形のよい眉を逆立たせるものの、香里の口調は静かなものだ。だが、祐一にはそれが嵐の前の静けさに感じられた。
「前回の仕事のときよりはましなんじゃないか?」
「あんなのと一緒にしないでよっ! あれのせいでウチの会社は保険会社からも見捨てられたのよ? 今回のこの仕事であたしたちの将来が決まるって言うのに、相沢くんはなにをそんなに落ち着いているのよっ!」
とうとう香里はえらい剣幕で怒鳴りはじめた。
「いやぁ、そう怒るなよかおりん。綺麗な顔が台無しだぞ? 今回の仕事を上手く片付ければいいだけの話じゃないか」
「相沢くんがそんな調子だから、いつまでたっても会社の経営が好転しないのよっ!」
そこまで叫んで香里は、肩で大きく息をした。
「……とにかく、少しはまじめにやってよ。お願いだから……」
「善処しよう」
そう言って鷹揚にうなずく祐一を、香里は醒めた様子で見つめていた。
「で? 今回の仕事はなんだったっけか?」
「……ムーンパレスの王女と接触。そして、その護衛でしょ?」
「おお、そうだったな」
わざとらしく手を打つ祐一の姿に、香里は身体の奥から搾り出すかのような深いため息をついた。
惑星国家ムーンパレスはファーイーストハート連合との間で千年にも及ぶ星間戦争の渦中にあり、この戦いは一般的に千年戦争として知られている。なぜそんなに長くなったのかというと、コロニーと惑星、あるいは惑星と衛星間での戦争ならともかく、恒星系を含む惑星国家間の戦争ともなると、双方の距離は自然と数十光年単位ではなれてしまうために、どうしても長期戦になってしまうからだ。実のところ戦争それ自体は三百年ほど前に両国間で妥結を見ているのだが、問題となったのはそのときに両国家が戦線に投入した自動戦闘人形と呼ばれる兵器群であった。
本来この兵器は遠く離れた両惑星国家間における移動中のウラシマ効果対策として開発されたもので、自己判断、自己修復、自己進化などのプログラムを施された自律駆動型の戦闘兵器なのだ。開戦初期に大量に投入された自動戦闘人形は、その後の技術の進歩と両国間の関係正常化によって無用の長物となるはずであった。しかし、千年という歳月の間に独自の進化を遂げた自動戦闘人形は、有人惑星を完膚なきまでに殲滅する恐るべき兵器へと変貌しており、宇宙に生きる民にとっては深刻な脅威となってしまったのだ。
とにかく連中は人間を殺す。それこそ執拗に、徹底的に。連中に襲われて壊滅した惑星国家もかなりの数に上る。
事態を重く見たムーンパレスはファーイーストハート連合との関係を強化し、共同で自動戦闘人形を殲滅する一大軍事行動を起こす使者として、王女自らが連合に赴く事となったのだ。
今回祐一達が秋子から依頼を受けたのが、その王女の護衛である。だが、自動戦闘人形が相手では、相当危険な仕事になるであろう事は想像に難くない。
星間交易商人が一般的に使用する宇宙用艦艇は、民間用ではあるものの軍用宇宙艦艇にも匹敵する武装が施されている。それというのも宇宙には宇宙海賊などの危険が多く、それらに対抗するための装備なのだが、それでも自動戦闘人形相手では分が悪いといえる。
にもかかわらず祐一が今回の依頼を受けたのは差し迫った事情のため。祐一達が経営する相沢商会は別名宇宙のなんでも屋で、要人警護から物資の輸送までなんでも業務をこなす会社だが、その実体は赤字続きの零細企業。会社の存続のためには多少危険でも仕事を請けなければいけなかったのだ。そもそもこの種の業務は自動戦闘人形に対抗しうる大規模な船団を組織できる大企業の独占状態にあり、その意味では祐一達のような個人経営の会社は存続の危機に立たされているといっても過言ではない。
だが、そうした大企業の多くは小回りがきかず、そういった意味で祐一達のようなスピードを主体とした星間交易商人のシェアがある。結果としてそれは危険な仕事となってしまうが、その分料金を割高に出来るので一攫千金も夢ではない美味しい商売となりうるのだ。
「うにゅ……」
祐一が香里に呆れられていたころ、不意に祐一の横手から声が響いた。それは祐一の座る機長席の右隣にある主操縦席に座る水瀬名雪の声だ。先程までよく寝ていた名雪が目を覚ます、それを聞いた祐一の表情が即座に引き締まっていく。
「香里、総員第二種戦闘配備。クルーをブリッジに集めろっ!」
その声に香里は祐一の席の後ろにある自分の席に着くと、艦内放送のスイッチを入れた。
『総員第二種戦闘配備。繰り返す、総員第二種戦闘配備』
すると、ブリッジに続々とクルーが集まってくる。
「遅れました」
「どうかしましたか?」
「あう〜、なによぅ、祐一……」
口々に何か言いつつも天野美汐、美坂栞、沢渡真琴の三人は所定の位置につく。美汐は香里の後ろ、栞は香里の隣、真琴がその後ろだ。これがカノンの全クルーで、相沢商会の全メンバーだ。機長の相沢祐一、主操縦士の水瀬名雪、副操縦士兼攻撃オペレーターの美坂香里、レーダー手の美坂栞、動力主任兼通信手の天野美汐、副攻撃オペレーターの沢渡真琴の計六人だ。
「栞っ! 周辺索敵急げ」
「はいっ!」
カノンのレーダーを担当する栞は、祐一の指示で周辺宙域の索敵を開始する。そのとき、遠くでなにかが光った。
「あれは?」
「戦闘光のようです。距離、約四光秒(約百二十万km)」
「ちょっと、そこって依頼主との迎合ポイントよ」
栞の声に、即座に香里が反応する。どうやら依頼主になにかがあったらしい。
「名雪っ!」
「疾走するよ〜」
名雪は一気にカノンを加速させ、戦闘宙域に向かう。超光速推進機関の生み出すプラズマジェットが漆黒の宇宙を切り裂き、白い光跡を残す。
「照合解析結果出ました。メインスクリーンに転送します」
栞の声が響くと同時にメインスクリーンに目標地点の座標と、交戦している艦名が表示される。
「コードナンバーMPCBS‐002、ムーンパレス王立宇宙軍所属イクティオ級巡洋戦艦『バーンブリーム』です。交戦相手は……」
そこで栞は一瞬言葉に詰まる。
「自動戦闘人形『フェニックス』タイプ、現在数えられるだけで十二機確認しました」
戦艦一隻沈めるにしては、かなり豪華な振る舞いだ。
「よし、このまま第一種戦闘体制に移行。各員の奮闘を期待する、以上」
「了解っ!」
ブリッジにクルー全員の声が唱和する。毎度の事ながら気持ちが引き締まる瞬間だ。
(間に合ってくれよ……)
クルー達全員の気持ちが一つになる中で、祐一は祈るような気持ちで次々に炸裂する光を見ていた。
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