第二話 群がる殺人機械(マシーン)

 

『第一砲塔、損傷っ!』

『ミサイル発射口、損傷っ!』

『一番副砲被弾っ!』

 各部署から送られてくる絶望的な報告に、バーンブリームの艦長はキャプテンシートに座したまま眉をひそめる。

 すでに老齢に差し掛かり、あまたの戦場を駆け抜けた猛者も、フェニックスタイプの自動戦闘人形(パペット)十二機が相手ではさすがに分が悪いようだ。なにしろこちらは高速巡航が可能とはいえ、全長八二〇メートル、全幅一〇〇メートル、全高二〇三メートルの鈍重な戦艦。縦に細長いシルエットは前方からの投影面積を最小限にとどめ、横方向の火力を高める役割を持っているが、全長一五〇メートル、翼を広げた最大翼長が一〇〇メートルにも達し、軽量型航宙戦闘機並みの高機動性能を誇るフェニックスは、まるでそれをあざ笑うかのように軽快に飛び回っている。

「ひるむなっ! 使用可能な全砲門を開いて砲撃しろっ!」

 艦長の号令により主砲のエネルギービーム、副砲のリニアレールキャノン、対空防御用のレーザーバルカンファランクスが轟然と火を噴く。だが、フェニックスの名が示すとおり、機体の表面を覆う炎のようなバリアにこちらのエネルギービームははじかれてしまい、まったくといっていいほどに通用しない。反対にフェニックスの攻撃、頭部口蓋内のエネルギービーム砲、そして七枚に別れた尾翼部分のレーザービームは容赦なくバーンブリームに襲い掛かり、徐々にその戦闘力を奪っていった。

(……やはりこの艦では連中には勝てぬか……)

 少なくとも外見上は弱気な態度を見せず、艦長は小さく呟いた。イクティオ級の高速戦艦は多少上のクラスの戦艦相手でも五分に渡り合えるほどの火力と高機動性能を持ち合わせているが、いかんせんそれを上回る高機動性能を持つ相手には向いていない。

 それに戦艦というのは大量に配備して砲撃力を高めるように運用するのが常識だ。そもそもバーンブリームのように単艦で運用するものではない。そして、なにより人間の開発速度では、自動戦闘人形(パペット)の世代交代の早さには太刀打ちできないのだ。

「やったぞ!」

 バーンブリームの砲手が歓喜の声を上げる。モニタースクリーンには爆散するフェニックスの姿が映し出されていた。

 いかにフェニックスが機体表面を特殊なエネルギーフィールドで覆っていても、頭部口蓋内のエネルギービーム砲だけはその影響下にない。いわばそこがフェニックスの唯一の弱点なのだ。

 だが、喜んだのもつかの間、激しい衝撃がバーンブリームの艦橋を揺るがした。フェニックスの本体から切り離された尾翼部分がミサイルとなって舷側部分の装甲を破壊したのだ。

『機関部に被弾っ!』

 すかさずオペレーターが状況を報告する。

『機関出力低下。しかし、航行に支障はありませんっ!』

 そうは言うが、砲などの出力は全て動力部の機関出力に依存するものだ。その出力が落ちたとなると、砲撃力そのものが低下した事を意味する。

 艦首方向に二基装備されている二連装主砲のうち一番主砲は損傷し、残る二番主砲もエネルギー不足で満足な砲撃力を失い、その後ろに設けられている三連装一番副砲も損傷している。舷側部分に装備されているレーザーバルカンファランクスもほぼ半数が沈黙してしまった。

 残る武装は後部三番主砲と四番主砲、そして二番副砲だが、艦の回避運動の影響で上手く射撃の軸線に乗せられず、効果的な砲撃になり得なかった。

「……これまでか……」

 打開策の見出せない状況に、艦長が苦渋に満ちた声を漏らす。

「艦長っ!」

 そのとき、通信オペレーターの明るい声が艦橋に響く。

「『カノン』です。来てくれました」

 その報告に、先程まで暗い雰囲気のあった艦橋に活気が戻ってくる。そのとき艦長は、そっと脇に控えていた副長に耳打ちした。

 

「ひどいな、こいつは……」

 メインスクリーンに投影された、バーンブリームの損傷具合を見て祐一は低く呻く。最大望遠での映像だが、先程から距離が縮まったようには見えない。むしろこうして眺める事しか出来ない歯がゆさだけを感じる。

「もっと早く疾走(はし)れないのか? 名雪」

「これで精一杯だよ」

 口調そのものはのんびりしたものだが、名雪の表情は真剣だ。その証拠にカノンは慣性中和装置(イナーシャルキャンセラー)が悲鳴を上げるような勢いで加速しているからだ。それでもなんとか制御できているのは、動力担当の美汐の手腕に依るところが大きい。

「目標まで後二光秒(約六十万km)」

 レーダーを睨みつけている栞の声が響く。そうしながらも栞の手は休む事無くコンソールを動き続け、敵自動戦闘人形(パペット)の解析を行っている。

「照合解析結果出ました。敵自動戦闘人形(パペット)フェニックスタイプ、データにありませんので新型と思われます」

「と、いう事はタイプ6ね……」

 香里の口調は、毎度の事ながらもううんざり、といった感じだ。自動戦闘人形(パペット)はその戦闘能力にも侮れないものがあるが、真の恐ろしさは自己進化能力にある。とにかく自動戦闘人形(パペット)の更新速度の早さは人間の兵器開発速度をはるかに上回っており、この間まで通用していた戦法が次の戦闘時には通用しなくなっているというのもよくある事だ。

「どうするの? 相沢くん」

「どうするもこうするもな……」

 機長席で腕組みをしたまま、じっとメインスクリーンの映像を眺める祐一。実のところ各分野で優秀すぎるスタッフがそろっているために、機長といってもする事はほとんどないのだ。

「とにかくやるだけやってみるしかないだろう」

 カノンに施されている武装は主砲となるリニアレールキャノンが二門と艦首部のエネルギービーム砲が四門。それに対空防御用のレーザーバルカンファランクスが多数といったところだ。リニアレールキャノンは戦艦の副砲並みの火力を持ち、一発で標準的な戦艦の装甲を破壊しうるほどの高い攻撃力を持つが、いかんせん装弾数が片側十発では無駄撃ちが出来ない。そのため、使用には香里の許可が必要となり、射撃能力に長けた真琴の担当となる。

 そして、搭載されている軽量型航宙戦闘機の『疾風』、大型航宙戦闘機の『烈風』、全領域対応型装甲戦車の『けろぴー』がカノンの全戦力だ。

「目標まで後一光秒(約三十万km)」

 そこまで言った栞の瞳が大きく見開かれる。そのときメインスクリーンには、フェニックスの攻撃によって爆散するバーンブリームの姿が映し出されていたからだ。

「バーンブリーム……轟沈しました……」

 だが、悲しんでいる余裕はない。フェニックス達は目標をカノンに代えて襲いかかってきたからだ。

戦闘開始(コンバット・オープン)っ! バーンブリームの仇をとるぞ」

「了解っ!」

 

 そのとき、全てが赤に染まっていた。

 無残に破壊された艦橋の柱のそばでは、真っ赤な警告灯に彩られて誰も動くものがいなくなった世界を静かに眺める艦長の姿があった。

 その身体には無数の破片が突き刺さっており、相当な苦痛のはずなのだがその表情には満足げな笑みが浮かんでいる。やがて艦長はポケットから愛用のパイプを取り出すと、震える手でゆっくりと火をつけ、じっくりと味わうかのように紫煙を吐き出した。

 禁煙となっている艦橋でじっくりとパイプをふかす。ある意味これが、艦長の叶えたかった夢なのかもしれなかった。

「後は頼むぞ……ロストチルドレン……」

 そう言って艦長が目を閉じた次の瞬間、爆炎が全てを包み込んだ。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送