第三話 戦闘開始(コンバット・オープン)

 

 残る十一機のフェニックスはバーンブリームを血祭りにあげた余勢を駆り、プラズマジェットの光跡(ウェーキ)を引いてカノンに急接近してくる。

「名雪、バトリングフォーメーション。本船はただいまをもって戦闘形態に移行する。美汐、船内気密再チェック」

 次々に指示を出しつつ、祐一はシート後方に備え付けられているヘルメットを装着する。祐一たちが普段船内で着用しているインナージャケットは、ヘルメットを装着する事で簡易的にだが宇宙服として機能する。いずれも白銀のジャケットではあるが、祐一が黒、名雪が青、香里が赤、栞がピンク、美汐が紫、真琴が緑という風に、胸元の色で区別されている。

 全員がヘルメットを着用したのを確認し、美汐はカノン船内の減圧を開始する。こうする事で被弾時の急減圧を防ぎ、船体のダメージを軽減するのだ。これは深海魚が水圧でつぶされないのとほぼ同じ理屈で、軍用宇宙艦艇(バトルシップ)と違って堅固な装甲を装備できない民間船では、機体の損壊率をさげるためにこうするのが常識なのだ。

 こうしてバトリングフォーメーションを終えたカノンは機体の各部が変形し、一般的な宇宙用艦艇のフォルムから大きく白銀の翼を広げた神鳥ガルーダの姿に変貌を遂げていた。フェニックスの相手にはうってつけといえるだろう。

「正面会敵っ! 高熱源体接近っ!」

 レーダーを睨みつけている栞の声が響くと同時に一瞬の光芒が煌めく。そうだと思ったと同時にフェニックスとカノンの船体が交差し、瞬きする間にも煌めく光芒が再びカノンに襲いかかる。そんなフェニックスの攻撃を、神鳥形態(ガルーダモード)のカノンはあたかも舞うが如くの流麗な動きでかわしていく。超越感覚(ハイパーセンス)の異名を取る名雪ならではの見事な船体機動だ。

火器管制解除(アーマードコントロール・オープン)、いつでもいいわよ、相沢くん」

「よし」

 香里の声に祐一はメインコンソールのターゲットスコープを開き、サブディスプレイに表示されたフェニックスの機影にカーソルを合わせる。サイトの中央に捉えられ、スクリーン正面に大写しになったフェニックスに向かい、祐一はすかさずエネルギービームを叩き込む。

 一瞬の交差の後にフェニックスは爆散し、はるか後方に煌めく火球だけが残される。

 こうした宇宙空間における戦闘では、正面会敵が基本だ。大気中のように追いかけっことなるドッグファイトにならないのは、極端に言えば光速で逃げる相手を光速で追いかけてもその差は縮まる事は無く、追いつく事も出来ないからだ。無論船体そのものは超光速での機動も不可能ではないのだが、レーザーやビームといった武装は基本的に光速というスピードの限界があるので攻撃自体が不可能になる。確かに超光速ミサイルや超光速粒子砲というのも武器の選択としてはあるのだが、超光速推進機関(タキオンドライバー)を搭載したミサイル一本あたりの全長が四〇〇メートルを超える代物では搭載できる船体にも限度というものがあり、超光速粒子砲もよほど機関出力に余裕がない限りは搭載できない。実のところ二〇〇メートル級のカノンではどちらも搭載不可能な装備なのだ。

「フェニックス、散開しました。本船を半包囲するように距離を置いています」

 残る敵は十機、どうやら相手は数の有利から包囲殲滅戦をするつもりらしい。超光速状態の機影を確認する事は通常の光学観測機器では不可能だが、超光速推進機関(タキオンドライバー)の生み出すプラズマジェットの光跡(ウェーキ)は観測可能なため、その長さを計測する事によって次に移動するポイントを割り出す事が出来る。だが、観測値と実測値ではズレが存在するため、結局のところお互いにその未来位置を予測して攻撃する以外に方法は無い。

 こうした誤差を修正し、的確な判断を下すのがカノンのレーダーを担当し、水先案内人(ナビゲーター)の異名を持つ栞なのだ。

「攻撃きます。右舷後方四時、上角三十っ! 続いて左舷前方十時、下角二十っ!」

「真琴っ!」

「任せてっ!」

 各自が座っているコントロールシートのサブディスプレイに、フェニックスの出現予想ポイントが表示される。それに対して炎の狐(ファイアー・フォックス)の異名を取る真琴がすばやくカーソルを合わせていく。真琴が担当するレーザーバルカンファランクスはカノンの上面と下面にそれぞれ四基装備されており、連射モードと単射モードを選択できるのが特徴だ。そのうち上面に四基装備されたレーザーバルカンファランクスが一斉にカノンの後方、フェニックスの出現予想ポイントに単射モードの銃口を向けた。

「当たれぇっ!」

 真琴の叫びと共に解き放たれたレーザーはカノンから遠ざかる事により、光の波長(オングストローム)が長くなることで紅く輝き、攻撃位置についたフェニックスを的確に宇宙の塵へと変貌させる。

「そこぉっ!」

 今度は前方に出現したフェニックスを、カノンの下面に装備された四基のレーザーバルカンファランクスで宇宙の塵にする。こちらのレーザーはカノンの進行方向に向かっているので光の波長(オングストローム)が短くなることで青白い輝きとなる。ちなみに、これが俗に言うところの光のドップラー効果だ。

 ほとんど一瞬のうちに三機のフェニックスを破壊しても、残りのフェニックスは動じた様子もなくそれぞれに連携の取れた波状攻撃を繰り返してくる。

 名雪も重力偏向機(ベクトルドライバー)を駆使して回避運動を行うと同時に攻撃位置への移動を行ってはいるものの、このままの状態が続けば戦況は祐一たちに不利となる。なにしろ相手は疲れる事を知らない機械だ。だからこそ長期戦に持ちこまれるわけにいかないのだ。

「やむをえん、疾風で出る。香里、ユーハブコントロール!」

「アイハブコントロール!」

 香里に火器管制の指揮権を委譲し、ブリッジからコントロールシートごと下がった祐一は、そのままカノンの格納庫に搭載されている疾風へと移動する。

「お姉ちゃん、CIC入ります」

「お願い」

 栞もブリッジからコントロールシートごと下がり、カノンのメインコンピュータールームへ移動する。栞はこのコンピューターと直接リンクする事で、文字通りカノンの目となり、耳となる。栞の持つ水先案内人(ナビゲーター)という異名は、こうしたコンピューターとのリンクシステムを身体に組み込まれている事に由来するのだ。

 

 一方、コントロールシートごと疾風のコックピットに移動した祐一は、手際よく出撃手順を整えていく。

『Examine date link.(データリンクの試験をします)』

「Maintransengine all green.(メインエンジン異常なし)」

『Cofirmed,Sippuu.(確認しました、疾風)』

 レシーバー越しに美汐とやり取りをしながら、祐一は入念に機体のチェックをする。疾風はカノンに搭載されている一人乗りの軽量型航宙戦闘機で、いわば祐一の専用機ともいえる機体だ。全長二〇メートル、全幅十五メートルほどのデルタ翼式の戦闘機だが、強力な超光速推進機関(タキオンドライバー)を一基搭載しており、その加速力は群を抜いている。さらに重力偏向機(ベクトルドライバー)も装備されているので、その機動性能には定評がある。

「Permission to sortie.(出撃許可求む)」

『O.K.sippuu,permission granted.instrument recorder on.Good luck to come back.(了解疾風、出撃を許可します。航行記録用レコーダーをオン。健闘を祈ります)』

 神鳥形態(ガルーダモード)のカノンの腹部中央、船体の下面にあるハッチからドッキングアームに接続された疾風が姿を現す。無論こうしている間にもフェニックスの苛烈な攻撃は続いているが、名雪の卓越した操縦テクニックにより今のところ一発の被弾も無い。

「せぇ〜のっ!」

 船体の回避運動と同時に名雪は機体を大きくスイングさせ、その勢いを利用する事によって疾風を一気に加速させる。リニアカタパルトなどの発進装備を持たないカノンから、疾風は文字通り『放り投げられるように(スゥイング・バイ)』して漆黒の宇宙にその身を躍らせた。祐一のパーソナルカラーで染められた漆黒の機体のすぐ目の前に、攻撃位置についたフェニックスの機体が大写しとなる。

「ちぃっ!」

 祐一はすばやく機首に二門装備されているパルスレーザーバルカンを連射モードから単射モードに切り替え、今まさにエネルギービームを発射しようと大口を開けるフェニックスに狙いをつける。相手に接近する事による光の波長(オングストローム)の関係で青白い光芒を放つレーザーがその口中に吸い込まれるように命中し、すれ違い様に爆裂する火球へと変貌させた。

「香里がミサイル買ってくれないから、レーザーバルカンで大立ち回りか……」

『聞こえてるわよ』

 祐一の呟きに、香里が冷静に突っ込みを入れる。

『あんな高いの、買えるわけないでしょっ!』

 ミサイルは一回限りの使い捨て兵器なので、その意味ではエネルギーさえあれば再使用が可能なレーザーやビームと比較しても、運用にかかるコストがかなり割高な武器だ。赤字の続く相沢商会においてミサイルは、ある意味夢の超兵器といえるだろう。

 そんな事を考えている間にも三機のフェニックスが疾風に肉薄する勢いで迫ってくる。

「なんのぉっ!」

 重力偏向機(ベクトルドライバー)超光速推進機関(タキオンドライバー)を駆使して疾風を軽くロールさせ、祐一は三機のフェニックスをやり過ごす。軽量型航宙戦闘機のもつ最大の武器は、なんと言っても軽量な機体の生み出す軽快な運動性能だ。

 重力下の惑星上でも、無重力となる宇宙空間でも、物体が持つ質量そのものは変わらない。つまり、軽量な機体ほど移動させるのにかかるエネルギーは少なくなり、加速性能に優れるようになる。そして、物体の速度が高まれば高まるほど見かけの大きさは変わらないが、加速度に応じて質量は増えていく。つまり、軽量型航宙戦闘機の最大の武器は、自機の加速運動によって得たエネルギーなのだ。

 現在疾風に装備されているのは機首部分のレーザーバルカンだけだが、自機の加速を上乗せする事によって通常より光の波長(オングストローム)が短く貫通力の高いブルーレーザーとしての運用が可能となるのだ。

「いったぞ、名雪」

『了解っ!』

 祐一がやり過ごしたフェニックスに対して名雪がすばやくカノンをその正面に回りこませ、それをすかさず香里と真琴が艦首のエネルギービームとレーザーバルカンファランクスで一瞬のうちに三機を宇宙の塵に変える。こうした母艦との連携攻撃も、軽量型航宙戦闘機の得意とするところだ。

 

 残るフェニックスは四機。メインコンピューターとリンクした栞は、冷静かつ機械的に事態の推移を見守っていた。こちら側の手の内がある程度読まれてしまったのか、フェニックスはカノンから距離を保ったままの長距離攻撃をメインに切り替えたようだ。

(まずいですね)

 数で勝る上に機動性能の高い相手に持久戦に持ち込まれると、少々厄介な事になる。

(このままでは名雪さんが)

 名雪の超越感覚(ハイパーセンス)は栞のバックアップを必要としないある種の予知能力ともいえるものだが、長時間の戦闘ともなると疲労が蓄積してしばらくの間戦闘不能状態となってしまう。要するに、眠ってしまうのだ。

(名雪さんの反応速度がコンマ三落ちました。これまでですね……)

 メインスクリーンとは別に、各コントロールシートに設けられているサブディスプレイにイエローアラートが表示される。それは名雪の限界時間(タイムリミット)が近い事を示すサインだ。

「名雪、大丈夫?」

「大丈夫、だよ……」

 香里の声に名雪はそう答えるが、その声は苦しそうだ。なにしろ今の名雪はカノンの操縦とあわせて、睡魔との闘いもはじまっているのだから。

「どうするの? 香里。このままだと」

 真琴の声に、香里は唇を噛む。

 フェニックスの機体表面を覆うエネルギーフィールドをカノンや疾風に搭載されているエネルギービームやレーザーで貫くには、相当近距離での接近戦を仕掛ける以外に方法はない。ところがフェニックスは、先程からカノンとの距離を保ちつつ長距離攻撃による持久戦を行っている。現在までにカノンは名雪の巧みな操船によって直撃弾こそないものの、名雪がダウンしてしまえばそれまでだ。

「仕方ないわね、レールキャノンの使用を許可します。外すんじゃないわよ、真琴」

「わかってるわよぅ。美汐、砲にエネルギー回して」

 美汐は回路を切り替え、レールキャノンにエネルギーを供給する。それと同時にカノンの機体背面部から二門の巨大砲が姿を現した。

『よしっ、俺がやつらの注意をひきつける。その隙にぶちかませっ!』

 言うが早いか疾風は、白い光跡(ウェーキ)を残して一気に加速する。それこそまさしく疾風のように。

 フェニックスもまだ疾風を相手にするほうが有利と見たのか、それまでの陣形を崩して疾風に襲いかかる。

 そして、その隙を見逃すカノンではない。名雪はすばやくフェニックスをレールキャノンの軸線に乗せた。

「いっけぇ〜っ!」

 レールキャノンの砲弾は、カノンの加速運動のエネルギーを上乗せする事により亜光速で射出され、軸線上にいたフェニックス一機を貫通し、同一軸線上にいたもう一機も破壊した。

「もう一丁っ!」

 祐一の巧みな誘導と名雪の操船により、カノンの軸線上に誘い出されたフェニックスを、真琴はほとんど田楽刺しにするような形で宇宙の塵に変貌させる。

 物体の運動速度が高まれば、見かけの大きさが変わらなくても質量が増大していく事は先にも述べたとおりだ。そして、その速度が光速まで達すると、その物体の持つ質量は無限大となり、全てを飲み込むブラックホールへと変貌する。

 カノンの加速エネルギーを上乗せされることにより、亜光速となった砲弾は増大した質量そのものが破壊力となる。いくらフェニックスの機体が強力なエネルギーフィールドで覆われていても、理論上この攻撃を防御する手段は存在しない。

 民間船であるカノンを軍用艦艇に置き換えれば、小さな突撃艇程度しかない。だが、そんな小さな船体でも使い方次第では戦艦をも上回る戦闘力を発揮するのだ。

 

 そして、戦闘は終わった。

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