第五話 戦い終わって(ザ・バトルズ・オーバー)

 

『第四ブロック、第十一エリア……。ここも生存者無しね……』

 真紅のメタルジャケットに身を包み、防眩バイザーが下ろされたヘルメット越しでその表情まではわからないが、祐一の耳元にあるレシーバーから伝わる香里の声は悲痛そのものという感じで響いてくる。ある程度は予想された結果であるとはいえ、目の前の悲惨な状況には目を覆いたくなってくる気分だ。

 おそらくは爆発時に急減圧が起きたのだろう。慎重に開放した圧力隔壁の向こうでは、内側から破裂したような感じの乗組員の遺体が漂っているからだ。いくら祐一たちが普段着用しているインナージャケットが簡易的な宇宙服として活用できるといっても、急激な気圧の変化が生じた場合には対応しきれないため、内外の気圧差によっては損壊してしまう可能性もあるのだ。

 そうした事態を防ぐには祐一たちのように予め艦内の空気を抜いておいたり、インナージャケットの外側にメタルジャケットと呼ばれる外殻装甲を装着したりするのだが、艦内の空気を抜くというのはカノンの様な小型の宇宙艦艇ならまだしもバーンブリームのような大型の艦船では現実的でなく、一般的には後者の方法が採用されている。大型の艦船は艦内の要所要所を圧力隔壁で区切る事によって一気に急減圧が起きないようになっているし、万一の場合にもメタルジャケットさえ装着しておけばインナージャケットの損壊を防げるからだ。

 だが、今回のように一気に爆散してしまったのでは、そうしたフェイルセーフも役に立たないだろうと思われた。

 フェニックスの攻撃によりバーンブリームは艦中央部分に設けられたメイン動力炉に直撃を受け、艦橋を含む中央部分と後部のエンジンブロックが見る影もなく四散してしまっていた。この状態では乗員の生存はほぼ絶望的ではあるが、国際宇宙交戦法の規定ではその近傍にある艦船による救助活動が義務付けられているため、冷却作業の終了したカノンはその中でもっとも大きな破片である艦首付近に接舷して生存者の捜索と救助にあたっているのだが、今のところ確たる成果も上がっていないのでは香里の沈黙もうなずけるというものだ。

 おそらくは脱出装置や防護設備を使用する暇もないままに最期となったのだろう。電源が落ちて非常灯がつくばかりとなった暗い艦内で、先程から発見される遺体のほとんどが急減圧による窒息のため、深海底から引き上げられた深海魚のように目玉は飛び出し、口元からは内臓をあふれさせていた。

『どうする? 香里。まだ捜索を続行するか?』

 漆黒のメタルジャケットに身を包み、マスター・スレイブ方式で駆動する外骨格ユニット『パワーローダー』の両腕を、祐一は少しおどけるような感じで開いて香里の反応を待つ。

『香里?』

『え……?』

 祐一が再度呼びかけると、香里は少し驚いたように振り向いた。

『なに? 相沢くん』

 どうやら考え事をしていたらしく、祐一の声は届いていなかったようだ。

『……聞いてなかったのか?』

『ごめんなさい……』

 普段気丈な香里にしおらしく謝られてしまうと、祐一も勝手が狂ってしまう。祐一は軽く息を吐くと、気を取り直してもう一度香里に話しかけた。

『まだ捜索は続行するか?』

『そうね……』

 香里は軽く胸元で腕を組み、思案した。香里の頭の中には、公式サイトからダウンロードしたバーンブリームの艦内模式図がインプットされている。下手な携帯端末よりも優秀な頭脳を持つ香里はこうした任務には最適で、ほとんどの場合祐一に同行しているのだ。

『ここで大体のところはまわったから、この先のブロックでおしまいよ』

『よし、そこに行ってみるぞ』

 祐一は卵を掴むような繊細なタッチで香里を抱きかかえると、フットペダルを踏み込んでパワーローダーを疾駆させた。

 

『ねえ、相沢くん……』

『なんだ? 香里』

『あの子のことなんだけど』

『あの子? ああ……』

 香里が言いたいのは、真琴たちが回収した救命ポッドで眠っていた少女のことだ。

『月宮あゆ、だったな。確か』

 公式サイトで公表されている情報が確かなら、間違いなく彼女はムーンパレスの第一王位継承者にして王女、月宮あゆ本人だろう。救助後に解凍作業に入った美汐が行ったDNA鑑定の結果を見ても、彼女が本人だと見て間違いはない。だが、その一方で彼女が王女の複製体(クローン)である可能性もある、香里はそれを気にしているのだ。

『確かに彼女が偽者(フェイク)である可能性もゼロではないが……。彼女は天使の卵(エンジェルエッグ)タイプの救命ポッドに収容されていたんだよな?』

『ええ』

『あのタイプは基本的に生存者を冷凍睡眠(コールドスリープ)させるようになっている。それは延命率を高めるのも目的の一つだが、そうすることで生命反応を抑えることが出来るんだ』

自動攻撃人形(パペット)は、あたしたちの発する生命反応を感知して攻撃してくるものね』

『それともう一つ重要なことがある。少なくとも彼女には戦艦一隻犠牲にするだけの価値があるということだ』

 その祐一の言葉には香里も口をつぐんでしまう。なぜなら、このような宇宙戦艦には常時千五百人程度の乗組員が乗艦しているからだ。船というのは港にいるときはまだいいが、一度外洋に出てしまうと刻一刻と変わる周囲の状況に対処していかなくてはいけないため、三交代程度のローテーションを組んで二十四時間体制で運航を管理しなくてはいけないのだ。また、長期間の出航に際して生じる乗員のストレスを解消する目的で、多くのレクリエーション設備を持つ戦艦も存在する。そうした場所には多くの非戦闘員が常駐しているため、宇宙戦艦とはいわば移動する都市のようなものなのだ。

 バーンブリームも艦暦の古い戦艦であるし、外洋型巡洋戦艦として過去に幾度かの戦乱にも参戦している古強者だ。それだけに今回の王女の乗艦として選ばれたであろうことは想像に難くない。

『まあ、いずれにしても詳しいことは彼女が目を覚ましてから聞けばいいさ。とりあえず今は余計なことは考えずに、生存者の捜索に専念しようじゃないか』

 

 やがて祐一たちは一枚の大きな隔壁の前にたどり着いた。

『この中は空気で満たされてるみたい。もしかすると生存者がいるかもしれないわ』

 壁面のコンソールを操作する香里の弾んだような声が耳に心地よい。これまでただの一人も生存者がいなかったので、もしかしたらという希望がある。

 早速香里は後方の隔壁を下ろし、通路を空気で満たす。メインの動力は失われているが、まだ予備のバッテリーは生きているようだ。僅かな振動が通路を揺らし、メタルジャケットに取り付けられた気圧計の針が定位置に近づくにつれて周囲の振動が音となって響いてくる。

 通路の空気が一定の気圧になったところで香里は隔壁を上昇させる。パワーローダーの肩の位置につけられたサーチライトの光が通路の先を照らし出し、それにつれて広がる向こう側の風景に香里は愕然とした。

 地獄絵図。

 端的に表現するのであれば、もっとも適切な表現がそれであろう。

『こいつは……』

 そこは言うなれば、血と硝煙の地獄とでも言うべきだろうか。頭を撃ちぬかれ、あたかも真夏のスイカ割りのような無残な遺体が目の前を漂い、あちこちに上物のワインのような血液がふるふるとゼリーのように浮いている。

 まるで銃撃戦でもあったかのような光景に、祐一は思わず息を飲んだ。

 隔壁が開ききると僅かに大気の流動があったのか、宙を漂う遺体や血液が祐一たちのほうに流れてくる。そのとき祐一の聴音センサーは、それとは別の音を捉えていた。

『香里っ! 危ないっ!』

『え……?』

 通路に仕掛けられていた侵入者阻止装置が一斉に動き出し、もっとも手近な目標、香里にその銃口を向けたのだ。紅いレーザーポインターに照らされているのだが、ショックを受けているためか香里は身動き一つとれずにいた。

 祐一はすばやくパワーローダーを反転させ、左腕にマウントされたラウンドシールドでレーザーを受け止める。レーザーの威力は貫通力にあり、それは光の先端にどれだけの熱量を集束させられるかで決まる。だが、このラウンドシールドは表面を耐熱処理したセラミックタイルで覆っているため、命中した部分を中心にぼんやりと紅い光点が広がる事で熱を拡散し、貫通を防ぐ仕組みとなっているのだ。

 祐一はすばやくパワーローダーとの接続を解除すると、右腰にある光線銃(レイガン)を引き抜き、壁面を蹴ってすばやく移動しながら侵入者阻止装置を破壊していく。

『大丈夫か? 香里』

『え? ええ……』

 そっと抱き寄せた香里の身体が小刻みに震えているが、それも無理はないだろう。一見気が強そうに見えるが、香里も歳相応の女の子なのだ。祐一は香里が落ち着くまで、優しく抱きしめてあげるのだった。

 

 結局、ここにも生存者はいなかった。おそらくは救命ポッドを巡って乗組員同士で銃撃戦となったのだろう。無残に破壊された救命ポッドと射出装置、そしてあちこちに血の色の花が咲いた遺体だけがそこに残されていた。

 生を求めた人の妄執が、逆に自らの死を招くことになる。わかってはいても、祐一の胸中にはやりきれない思いでいっぱいだった。

『どうする? 香里』

『そうね……』

 なんとか先程のショックから立ち直った香里は、努めて冷静に口を開いた。

『とりあえず生存者はいないし、それにおっつけヴァルチャーたちもかぎつけてくるでしょうから、面倒になる前に食料と弾薬を持って脱出しましょう。副砲弾の規格は合うはずだから、今のうちに補充しておかないと……』

 基本的に外洋を航行する船舶は所属している星系か、その近傍にある航路管制局の管轄下に置かれる。広大な宇宙空間にも可住星系間同士を結ぶように航路が設定されており、そうした公路上を航行する艦船は管制局との情報交換を密接に行う事により、航路上の安全を保障される。万一の不測の事態には管制局が救援艦を派遣するなどの対応をしているのだが、今回のように通常の航路を外れた場所ではそういった支援を受けられる保証はない。それでも救難信号は発信されているので近傍の管制局が対応するのは間違いないのだが、肝心の救援艦がいつ来るかはわからないし、その前にヴァルチャーたちが来るかもしれない。

 その意味では、余計な面倒に巻き込まれるのはごめんだった。

『今更ながらに思うのだが……』

『なによ?』

 やっといつもの香里に戻ってくれたかと思いつつ、祐一は呆れたように口を開いた。

『俺たちって朝会社が倒産しても、昼にはヴァルチャーで生計立てられるんじゃないか?』

『……縁起でもないこといわないで、お願いだから……』

 ヴァルチャーとは宇宙をまたにかけるジャンク屋のようなもので、まるで腐肉をあさるハゲワシのように沈没船をあさるためにその呼び名がある。職業としてはまっとうなものとはいえないため、香里の不快感も至極当然のものだ。しかし、そうでもしないと武器弾薬の補充が難しいという相沢商会の台所事情があるので、香里としても背に腹は変えられないというところなのだ。

 

「お帰りなさい」

「ただいま、栞」

「おう、今帰ったぞ」

 カノンに帰った祐一たちを出迎えたのは、優しいいい香りと、やや憮然とした表情でバニラアイスを食べる栞だった。

「ん〜……これは名雪の料理ね」

 香里は鼻をひくつかせて心を躍らせる。なにしろ名雪は料理上手で、その上三か月分の食料を四ヶ月分持たせる天才でもあるのだ。そのため、カノンの食糧事情は名雪の双肩にかかっているといっても過言ではない。

「どうした栞、不機嫌そうな顔して」

「どうせ私は当直任務ですから」

「そうか、それは残念だったな」

 そう言って香里と一緒にキッチンに行こうとした祐一を、栞の小さな手が掴んで止めた。

「祐一さんはこのまま私と当直任務です」

 そのときの栞の笑顔は、実に小悪魔的であったと後に祐一は語る。

「許せ栞、名雪の料理が待っているんだ。だから俺は行かなくてはいけないんだっ!」

「あっ! 祐一さんっ!」

 先にブリッジを出た香里に続き、祐一も栞の手を振り切ってキッチンに向かう。後に残された栞は、もぅ、と頬を膨らませるのだが、数分後に憔悴したような表情で戻ってきた祐一の姿に愕然とした。

「名雪のやつ、今すぐ当直に戻らないと、俺の飯は全部紅生姜だって……」

 そうブリッジで呟く祐一の姿は怖くもあり、情けなくもあった。名雪さんはこういうところで厳しいですもんね、と栞はその姿を眺めつつ、小さく口の中で呟いた。

 その数分後、蒼ざめたような表情でブリッジに戻ってきた香里にも栞は驚いた。

「あたし、しばらくトマトの料理は見たくないわ……」

 そう言ってコンソールに突っ伏す姉の姿に、栞はちょっとした恐怖すら感じるのだった。

 

 そのころカノンのキッチンは料理をしている名雪と、それが終わるのを今か今かと待っている真琴の二人きりだった。この場にいないのは当直任務の祐一と栞、食欲をなくした香里、救命ポッドの解凍作業が終わらない美汐の四人。みんなそろっての食事にならないのは少々寂しいが、あとで差し入れをもって行けばいいよね、と名雪は考えていた。

「はい、真琴、熱いから気をつけてね」

「いっただっきま〜すっ!」

 名雪の作った煮込み料理を、真琴は皿まで食べる勢いで飲み込んでいく。

「香里どうしたんだろ? こんなに美味しいのに……」

「本当、どうしたんだろう?」

 この日名雪が作ったのは、トマトとジャガイモを使ったフリカッセ。真っ赤なスープに浮かぶ白いジャガイモは、どう見てもバーンブリーム艦内の様子を連想してしまう。香里が食欲を失ってしまうのも無理のないことだった。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送