第六話 小さな王女
紅く光る警告灯と、鳴り響くサイレンの音だけがあたりを満たしていた。
「うぐぅ」
ここはバーンブリームの艦内に設けられた貴賓室。漆黒の宇宙空間を舞台に繰り広げられている戦闘の激しさを伝える振動に、少女は髪に巻かれた白いリボンを揺らして低くうめき声を上げる。
今戦況はどうなっているのか、みんなは無事なのか、なにも状況が伝えられないために少女は、必死にみんなの無事を祈っていた。
「姫様、ご無事で?」
「あっ……」
突然開いた扉の音に顔をあげると、そこにはバーンブリーム副長の姿があった。その後ろで大勢の乗組員達が右往左往しているの見て、少女は思わず副長にすがりついた。
「戦況はどうなってるの?」
「それは……」
それには答えずに副長は、辛そうに顔をしかめた。
「もしかしたら危ないんじゃないの?」
少女の矢つぎばやの質問にも副長は黙ったまま、悲痛を題材にした彫像のよう唇をかみ締めている。
「こうしちゃいられないよ……」
叫ぶなり少女は副長のわきを駆け抜けようとしたが、がっしりとした手に肩をつかまれ、それ以上動く事が出来なくなった。
「どこへ行くのです? 姫様……」
「どこへって……。決まってるよ、みんなを助けなくちゃ」
「姫様が行って、どうなるというんですか?」
機械のように無機質な副長の声音に、少女はおずおずとその顔を見上げる。絶え間なく続く振動と重苦しい打撃音が鳴り響く通路で、副長は強い決意をそのはしばみ色の瞳に宿していた。
「姫様はこちらへ……」
「え? ちょっと……」
まるで万力のような膂力で、かつ少女を傷つけないいたわりを込めた左手で少女の右腕を掴みながら、副長はまっすぐに艦内の一角を目指した。
「どこに行くの?」
「お早く、もう時間がありません」
緊急警報が鳴り響き、通路にあふれかえる人の流れを掻き分けながら副長は、やがて物々しい警備兵が左右を守る重厚な扉の前に立った。銃を構えて敬礼する警備兵への返礼もそこそこに、副長は少女を伴い、部屋の奥を目指す。
「これは……」
部屋の中に置かれている白い大きな構造物に、少女の目は釘付けとなる。それはあえて言うのなら、卵。人一人がすっぽりと入ってしまうような、巨大な卵だった。
不意に強い力で少女は背中を押され、その巨大な卵の前に押し出されてしまう。
「副長、なにを……」
だが、少女はそれ以上言葉を続けられない。副長の右腕に鈍く光る拳銃を見てしまったからだ。
「お別れです。姫様……」
「い……嫌だよ……。どうしてこんな事をするの?」
それには答えずに、副長は機械のような正確さで少女の眉間に狙いを定める。銃口の上の部分から紅く伸びたレーザーポインターの光に、少女は戦慄した。
「や……やだ……」
少女は徐々に後ずさる。銃口から放たれるであろう銃弾を避けるため。そして少女はついに巨大な卵の中央部にまで追い込まれてしまった。
「!」
小さな背中にもうこれ以上逃げ場がないことを示す感触があたる。そして次の瞬間、少女は透明なチューブの中に閉じ込められてしまった。
中がなにかのガスで満たされていき、少女は朦朧とする意識の中で、挙手の礼をもって別れを告げる副長の両目から滂沱の如く涙があふれているの見た。
それの意味するところは少女には痛いほどにわかった。もしも副長が素直に脱出を告げていたなら、おそらく自分の事だ、わがままを言ってせっかくのチャンスをふいにしてしまうかもしれない。
それでも少女は、次第に動きが鈍くなりつつある両手で、精一杯の力を込めてチューブを叩き続けていた。
「あ……」
やがて視界が暗転し、少女はチューブの中でぐったりとなる。それを確認し、副長がカバーを閉じたのとほぼ同じころ、致命となる一弾がメイン動力炉を直撃した。
脱出準備を全て整え、少女の乗ったカプセルが放出されたのと、バーンブリームが紅蓮の炎に包まれたのは、ほぼ同時だった。
「……あれ……?」
気がつくと、そこは知らない天井だった。それに何故か何も身に着けていない。少女はゆっくりと身を起こすと、白いシーツを身体に巻きつけるようにして胸元を隠す。
「ここは……」
「気がついたようだな……」
「誰?」
突然響いてきた声に、少女はびくっと身体を震わせた。恐る恐る部屋を見渡してみると、ベッドのすぐ脇においてあるパイプ椅子に、銀色のインナージャケットに黒のラインの入った少年が座っている。
「……どうしたの? それ……」
パイプ椅子に腰掛けた少年は何故か厳重に目隠しをされており、しかも手足がしっかり椅子に縛られていた。それは看病をしていると言うよりも、むしろ拷問を受けていると言うほうが正しいようにも見える。少女の疑問ももっともなことだ。
「いや……お前さんの格好が格好なものでな……」
「あ……」
自分が丸裸であることに気がつき、少女はそっと頬を赤らめると、しっかりシーツを抱きしめた。
「みたの? ボクの……裸……」
「俺としてはぜひとも見たかったんだが……」
「うぐぅ……」
「流石にそう言うわけにもいかないんで、こうなっているわけだ……」
ハッハッハ、と少年は朗らかに笑ってはいるが、その格好を見ているとどうにも痛々しい。
「もしかして……君が脱がしたの? ボクの服……」
「そのへんについては安心してくれ、脱がしたのはウチの女性スタッフだから。冷凍睡眠の影響で服がだめになってたんで、仕方なくだ。そのあたりは悪いがちょっと了承してくれ」
「うぐぅ……」
先程から少女が口にしている言葉に、妙な口癖があるもんだ。と、少年は思った。
「ところで、ここはどこなの? それに、君は誰なの?」
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は相沢祐一、ここは相沢商会が所有する外洋型快速巡洋艇カノン。そして、君は……」
「あ、ボクは……」
「ムーンパレス第一位王位継承者、王女月宮あゆだな?」
自己紹介をする前に名前を言われてしまい、そのままうぐぅと呻くあゆ。祐一はそんなことはお構いなしに話を続けた。
「今回相沢商会が受けた依頼はムーパレスの王女と接触し、護衛することだ。肝心の依頼内容は王女との接触後に聞くことになっている。商談に入る前に話してくれるとありがたいんだが……」
「そんなことよりっ!」
強い口調のあゆの言葉に、祐一は一瞬気おされた。よく聞くとその声音には僅かながらの震えが感じられる。
「みんなは……。艦のみんなはどうなったの……?」
「バーンブリームは轟沈、生存者は……」
そこで祐一は言葉を区切り、辛そうに眉をひそめた。
「生存者は無し。助かったのは、お前一人だ」
「そんな……」
あゆの瞳が驚愕に大きく見開かれ、やがてそこから大粒の涙があふれ出した。
「そんなのってないよ……あんまりだよ……」
あゆの嗚咽が、部屋に低く響く。祐一はなんとか慰めてやりたいと思うのだが、目隠しをされて手足が縛られた状態では、どうすることも出来なかった。
「落ち着いたか?」
「……うん」
まだ震える声音ながらも、あゆは小さくうなずいた。
「それじゃ話してくれ、あゆが、ムーンパレスが俺たちに護衛を依頼した理由を」
「うん、実は……」
淡々とした様子で、あゆはポツリポツリと口を開いた。
あゆの話によると、ムーンパレスとファーイーストハート連合の間で継続中の星間戦争、俗に言うところの千年戦争において両軍が大量に投入した兵器、自動戦闘人形がついにムーンパレス本星に到達して攻撃を仕掛けてきたのだそうだ。
かなり以前からその危険はムーンパレス首脳部から指摘されてはいたが、三百年ほど前からのファーイーストハート連合との関係正常化を国王をはじめとした中枢部が優先したため、自動戦闘人形に対する備えは先送りにされていた。
もっとも、それにはムーンパレス王立宇宙軍に対する高い信頼と、自動戦闘人形に対する楽観があったことは否めない点である。実際辺境星区においては王立宇宙軍と自動戦闘人形との間で開戦も行われた事があるが、それらの攻撃は散発的なものであり、その当時のムーンパレスにとってはそれほど脅威とは認識されなかったことが後の悲劇を生んだ。
自動戦闘人形がはじめてこの千年戦争に投入されたのは開戦の初期の段階である。ファーイーストハート連合のあるリーフ星系とムーンパレスは単純な距離だけで数百光年離れており、この両星系間で発生してしまうウラシマ効果、物体の移動速度が光速に近づくにつれて時間の流れが遅くなってしまう現象の対策として投入された自律駆動型の戦闘兵器が自動戦闘人形であるが、開発当初は有人の宇宙用艦艇にも劣る代物であった。
しかし、その後も各陣営の戦力や、自動戦闘人形同士の交戦によって自己進化を遂げ、現在では有人惑星や宇宙用艦艇を無差別に攻撃する戦闘機械へと変貌し、宇宙に生きる民にとって深刻な脅威となってしまった。特に自動戦闘人形同士が複雑に合体することで巨大化し、さらに小惑星などの宇宙資源を利用して自動戦闘人形の量産をも可能とした要塞惑星を誕生させるまでに進化した。
この要塞惑星の前にはほとんどの勢力が犠牲となり、精鋭を誇るムーンパルス王立宇宙軍も各地で敗退を続けた。なぜなら、雲霞の如く迫りくる自動戦闘人形の圧倒的物量の前には、いかに王立宇宙軍が最精鋭部隊であっても太刀打ちできないからだ。そして、ムーンパレス領内にある有人惑星のほとんどを破壊しつくした要塞惑星は、ついにムーンパレス本星への攻撃を開始したのだ。
「それでボクがファーイーストハート連合に行って、援軍を要請することになったんだよ」
この両星系間における紛争の発端は、国境を隣接する辺りにある資源惑星の領有を巡るものであった。現在ではその紛争もある程度妥結し、関係正常化に向けて両国家が重い腰を上げたのだが、その障害となっているのが戦線に投入した自動戦闘人形であった。千年と言う長い歳月の間に進化したこの兵器は、いまや宇宙に生きる全てのものにとって重大な脅威となってしまっている。
一応各星域においては対抗手段が講じられているのだが、自己進化能力の高い自動戦闘人形に対する有効な対策がないのも事実であり、結局のところ各星域の軍事力を強化する以外に方法がないのが実情なのだ。
ファーイーストハート連合においては比較的早期の段階から自動戦闘人形の対抗手段の開発に着手しており、この銀河系において自動戦闘人形とほぼ互角に渡り合えるだけの軍事力を有している唯一の勢力であると言っても過言ではない。実際祐一たちのような星間交易商人が使用している宇宙用艦艇のほとんどは、ファーイーストハート連合の製品でもあるのだ。
ムーンパレスが過去の経緯を水に流してでも援軍を請うのは、ある意味当然の帰結と言えた。
「ボクの目的地はリーフ星系の主星アクアプラス。そこでボクは来栖川綾香さんって人に会わなくちゃいけないんだよ」
「来栖川綾香ね……」
その名前は祐一も聞いたことがある。アクアプラスの名家のお嬢様で、ファーイーストハート連合が所有する連合艦隊の艦隊司令をも勤める才媛だ。今回のムーンパレスとの関係正常化に向けて陰ながら尽力しているらしく、あゆが援軍を求めるにはうってつけの相手といえた。
「道理で俺たちに依頼が来るわけだ」
「うぐぅ?」
呟くような祐一の言葉に、意味がわからないあゆは小首を傾けた。
ファーイーストハート連合の主星であるリーフ星系のアクアプラスとムーンパレス本星とはかなり距離があり、少なくともムーンパレスの保有する艦艇では途中で自動戦闘人形の餌食になってしまうのは明白であると言える。しかし、その対抗手段となるために開発された祐一たちならば、ムーンパレスの依頼をこなせると水瀬秋子は考えたのだろう。
「わかった、この依頼受けようじゃないか」
「え……?」
正直あゆは驚きのあまり目を見開いていた。なぜなら自動戦闘人形は実に恐ろしい相手であり、艦ごとみんなを失ったあゆにとっては正気の沙汰とは思えなかったのだ。
「で……でもっ!」
「うん?」
「自動戦闘人形は危険なんだよ?」
「わかってるさ」
「ボク、あまりお金もってないよ?」
「心配するな……」
そう言って祐一は口元を軽くゆがめた。
「いざとなればお前さんの場合、身体で払うって手があるからな」
「うぐぅっ!」
その言葉にあゆは顔を紅くして、シーツにもぐりこんだ。そんなあゆの姿も知らず、祐一は依頼の内容を心の中で反芻していた。
(リーフ星系のアクアプラスか……)
この後祐一はメンバーにあゆの依頼を受けたことを伝え、カノンの進路をアクアプラスへと向けた。
彼らの行く手に立ちはだかるものは誰なのか。それはまだ、誰にもわからない。
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