第七話 星系間連絡門(フォースゲート)

 

『そこの民間船、停戦せよ。しからずんば攻撃する。そこの民間船、停戦せよ。しからずんば攻撃する。そこの民間船……』

 カノンのブリッジには、先程から呪詛のような通信が届いている。これは後方に位置する巡視船からの通信だ。メインコンソールのサブディスプレイに投影された白い巨体に、祐一はうんざりとした表情を浮かべた。

「美汐、相手の艦籍と所属はわかるか?」

「はい」

 美汐の繊細なキータッチが、カノンのデータバンクから該当する艦名を割り出す。

「キーストン連邦星系宇宙軍所属、リバーサイド級外洋型巡洋戦艦『ノースリバー』……最近になって配備された新型か……」

 振り切ろうと思えば逃げられない相手ではないが、祐一にはそれが得策であるようには思えなかった。

「どうするの? 相沢くん」

「どうするって言われてもな……」

 実のところカノンは、今臨検を受けると少々やばい状況であった。自動戦闘人形(パペット)との交戦、それに伴う王女の救出。これらの事は、全て極秘にしなくてはいけない事だったからだ。おそらく相手は消息を絶ったバーンブリームの捜索に来たのだろう。その意味では、見つかってしまったのはカノンの不運と言えた。

 普段なら名雪と栞がこうした相手を上手に回避できるようにしているのだが、今は二人そろってあゆの世話を焼いている。なんでもだめになってしまったあゆの服の代わりに、栞のインナージャケットを貸してあげるのだそうだ。

 そうこうしているうちにノースリバーの主砲から停船信号が発射された。これでもう通信機の不調とかの言い訳は出来ない。相手の指示に従わないと、問答無用で攻撃されてしまう。

「しかたない、停船しよう」

「それじゃあ、相沢くん。アレ、よろしくね」

「また、アレをやるのか……」

 なんとも嬉しそうな香里と対照的に、祐一の表情は暗く沈んだ。

 

「はじめまして、わたくしはキーストン連邦星系主星オネスティに本拠を構える星間交易商人協会(スタートレーダーズギルド)所属、相沢商会の副代表を務めます、相沢祐姫と申します。当艇『カノン』の機長を務める相沢祐一が、現在ローテーションの都合で冷凍睡眠(コールドスリープ)中ですので、代わってわたくしがお相手を務めさせていただきます」

「は……はいっ! わた……いえ、じ……自分はキーストン連邦星系宇宙軍所属、外洋型巡洋戦艦『ノースリバー』の艦長を務めます、き……北川潤少尉でありますっ!」

 エアロックに現れた妙齢の美女に緊張しているのか、北川は多少上ずった様子で敬礼し、自らの官位姓名を延べた。それを祐姫はたおやかな微笑を浮かべながら、静かに聞いている。祐姫は長いストレートの黒髪を白いリボンで一くくりにし、魅惑的なラインを描くボディをシルバー地に胸元のグレーがワンポイントとなるインナージャケットで包み込んでいる。そんな美女が微笑みかけてくるのだから、こうした相手に免疫のない北川は真っ赤な顔で固まっていた。

 やや長身でスレンダーな体つきにハスキーなボイス。好みのタイプだ、と北川は口には出さずに呟いた。

 一方の祐姫は、冷静に北川を観察していた。少尉と言う階級で巡洋戦艦の艦長をしていると言う事は、よほど優秀な人物か、上層部に煙たがられているかのどちらかでしかない。しかも配備したての新型艦を受領しているところから見て、乗員のほうにも戦闘経験者はいないだろう。おそらくは慣熟訓練の最中にカノンを見つけ、マニュアルに則って臨検を行っているものと思われた。

 そんな事はおくびにも出さずに、祐姫は緊張している様子の北川に微笑みかけた。

「あの……少尉さん。どうかいたしまして?」

「ああ、いや。大した事ではないんですよ。それよりも自分の事は遠慮せずに潤と呼んでください」

「はい、それでは潤様で」

 潤様、潤様と、その言葉だけが北川の中でリフレインする。その間にも北川の脳内では、この運命的な出会いから発展する人生設計が凄まじいまでの勢いで構築されていった。幸せな結婚生活。子供は二人くらいがいいかな、と妄想の翼だけがたくましく広がっていく。

「潤様?」

 祐姫の声に、ふと我に帰る北川。気がつくと祐姫は、なにかとても可哀相なものを見るような瞳で北川を見つめていた。

「どこか御身体の具合が悪いとか、そういう事は……」

「いえ、大丈夫です。それよりもですね……」

 北川は身振り手振りを交え、事の外大げさに状況を説明した。

「まあ、戦闘が?」

「このあたりの空域でムーンパレス船籍の艦船が消息を絶ったとの連絡が入りました。自動戦闘人形(パペット)に襲われた可能性も考慮し、自分が派遣されたのであります」

 ノースリバーは最近になってキーストン連邦星系宇宙軍が採用した最新型のリバーサイド級巡洋戦艦で、自動戦闘人形(パペット)等の勢力に単艦で対応する可能性も考慮し、全体的に細身に見えるシルエットながらも高い攻撃力を有している。全長750メートル、全幅80メートル、全高150mと言う寸法はバーンブリームと比較してもかなり小さいものだが、最新型の超光速推進機関(タキオンドライバー)によって巡洋艦クラスにも匹敵する破格の加速性能と航続距離を持ち、それにあわせて刷新された動力伝達系の省力化によって戦艦クラスにも匹敵する砲撃力を備えているのだ。また、長期にわたる外洋任務に充当するために、艦内には多くのレクリエーション設備を持つため、俗に『リバーサイドホテル』とも呼ばれている。

 確かにあのクラスの艦船ならフェニックスタイプとも互角に戦えそうね、と祐姫はひそかに思った。

「……怖いですわね」

 そのまま祐姫は下から見上げるような感じで北川を見つめ、手近にあったディスプレイにブリッジの様子を映し出した。

「見ての通り、ここは女ばかりの船ですので……戦闘光などはなるべく避けて航行するようにしているんですよ」

 カノンのクルーが女性で、しかも全員水準以上の美少女なものだから、それを目当てにした海賊などの勢力に狙われるケースはある。そこでなるべくそうしたトラブルを回避するようにしているのだが、いざ戦闘となればそういう連中が全員宇宙の塵になった事はいうまでもない。

 無論、そんな事はおくびにも出さずに、不安げな瞳で祐姫は北川を見つめた。

「ご心配なく」

 北川は自分の胸をドンと叩いて力強く言った。

「そのような危険から皆さんの安全を守るために、我々宇宙軍は日夜奮闘しているのです」

「頼もしいですわ」

 それに祐姫も極上の笑顔で答えるのだった。

「それで、祐姫さん」

「は、はいっ!」

 不意に名前を呼ばれ、祐姫は背筋を伸ばして北川を見た。

「なにかご入用なものはありませんか? もしよろしければ艦の物資から分けて差し上げますが?」

「そうですか? それでは……」

 穏やかな笑顔で必要な物資を告げる祐姫とは対照的に、北川の表情は見る見るうちに青くなっていった。

 

 カノンに接舷していたノースリバーが、ゆっくりと離れていく。ディスプレイ越しに挙手の礼をもって別れを告げる北川の姿に、祐姫もそっと手を振り返す。やがて白銀に輝く船体と暗い宇宙にひときわ映える白の巨体が充分に離れると、超光速推進機関(タキオンドライバー)光跡(ウェーキ)を残してノースリバーは去っていく。祐姫は通信可能領域から離れるまで、ずっと北川に手を振り続けていた。

「……で、いつまで俺はこの格好でいればいいんだ?」

 ノースリバーの艦影が完全にディスプレイから消えた途端に祐姫は相好を崩し、背後の香里に向き直る。祐姫の正体は、祐一の女装した姿なのだ。

「別にそのままでもいいんじゃない? 似合ってるし」

 と、いつもの様子で微笑む香里、いつもの事なのであまり気にしていない美汐、この手の事には興味の無い真琴。この三者三様の反応には祐一も随分と慣れたものだ。

「はぁ……俺たち絶対朝会社が倒産しても、昼には結婚詐欺師で食っていけるぞ……」

 ため息混じりに祐一が呟いたときだった。

「お待たせ〜」

 そこにいつものにこやかな笑顔の名雪と少し緊張した様子のあゆ、最後に栞がやや表情を暗くしてブリッジに入ってきた。

「あなたが王女様ね。あたしは美坂香里、香里でいいわよ。ちなみにそこにいる栞のお姉さんよ」

 すばやく香里は軽く会釈して微笑みかけた。そのときに香里の綺麗なウェーブヘアが揺れる。

「私は天野美汐です。それでこちらが……」

「あう〜、沢渡真琴……」

 人見知りの激しい真琴は、美汐の背中に隠れての挨拶だ。真琴は一度打ち解けた人間には生来の人懐こさを発揮して甘える事もあるが、初対面の人間にはこうして警戒の姿勢を崩そうとはしないのだ。

「はじめまして、わたくしは相沢祐姫と申します。どうぞよろしくお願いしますね」

 最後に祐姫が香里と同じく軽く会釈して微笑みかける。

「は……はい、月宮あゆです。よろしくお願いします」

 あゆが小さな身体でペコリとお辞儀をしたとき、まわりからくすくすと笑い声が漏れた。

「うぐぅ?」

 わけがわからないという様子であたりを見回すあゆ。

「俺だよ、あゆ」

「ゆ……祐一くん?」

 目の前にいる妙齢の美女が黒髪のかつらを取ると、その下から見慣れたこげ茶色の髪が現れる。祐姫のハスキーボイスから地声に戻った祐一の声に、あゆは大きな瞳をさらに大きくして驚いた。

「どうしてそんな格好をしているの? 祐一くんってもしかするとそういう趣味があるとか……」

「それはないから安心しろ。俺だって好きでこんな格好をしているわけじゃない」

「その割には……」

「ねぇ……」

 ひそひそと言葉を交し合う名雪と香里を黙殺し、祐一はあゆの格好を見る。

「それよりもあゆ、それ結構似合ってるじゃないか」

「そうかな?」

 祐一にそう言われて、あゆは軽く微笑んだ。今あゆが着ているインナージャケットは栞の予備にあたるものなので、胸元のワンポイントも栞と同じピンクだ。あゆには多少大きめなのか、手足の部分がだぶついて見えるのがなんとも可愛らしい。

「でもこれ、胸の部分が苦しくて……」

「はぅ」

 あゆの言葉に、栞の頭に16tと書かれたバニラカップがすこんと当たる。

「……ウェストはどうだ?」

「ちょとゆるいかな……」

「はぅ」

 追い討ちをかけるように、栞の頭に16tと書かれたバニラカップがすこんとあたる。先程から栞の表情が暗いのはこのせいだったのかと納得する祐一。とはいえ、カノンの搭載スペースにも余裕があるわけではないので、これもしかたのない事だ。

 インナージャケットは宇宙服としても使うため、着用者の体格に合わせたオーダーメイドが基本となっている。無論インナージャケットはある程度の冗長性を持たせたものとなっているが、なるべく着用者のボディにぴったりフィットするようなものが好ましいのだ。

 男性の場合はそうでもないが、女性の場合は体格にも個人差があり、自分の身体の寸法に合ったインナージャケットを探すのは意外と難しいのだ。

 あゆのインナージャケットは後で名雪が作る事になっているが、出来上がるまでの間は栞の予備を着るしかないのだった。

「まあ、いいか。総員配置につけ、これより本船はリーフ星系にむけて発進する。あゆはとりあえず美汐の後ろにでも座っててくれ」

 カノンのブリッジには機長席の祐一と主操縦席の名雪を先頭に、丁度Vの字を描くように8つのコントロールシートが並んでいる。それぞれのシートは正面のメインスクリーンを見やすいように後ろに行くほど高くなっており、個別にサブディスプレイが設置されている。

 その一番後ろのシートにあゆが座ったの確認して、祐一は次の指示を出す。

「カノン発進っ!」

「く〜」

 自分の席に着くなり安らかな寝息をたてはじめた名雪に苦笑しつつも、祐一は名雪を起こさないようにゆっくりとカノンを発進させた。

「ところで相沢くんは、いつまでその格好をしているのかしら?」

「気に入ったからしばらくこのままでいようと思う」

「……いやみねぇ……」

 

 星系間連絡門(フォースゲート)とは数百光年単位で離れた星系間同士をつなぐもので、ここを通過する事によって大幅な時間の短縮が可能となり、俗に運河(キャナル)とも呼ばれている。星系間連絡門(フォースゲート)の大きさは一辺が200メートルほどの正方形で、通常の宇宙用艦艇は軍用宇宙艦艇(バトルシップ)も含み、この寸法に収まるように設計されている。なぜなら、ここを通過できないと広大な宇宙を航行する上で、航海に余計な時間が取られる事となるからだ。いくら大型の宇宙用艦艇を用意しても、一度に搭載できる物資にも限界がある。特に長距離を移動する大型の貨物船になると、搭載する貨物よりも運用する人員の食料などの物資のほうが多いという事もあった。しかし、この星系間連絡門(フォースゲート)を通過する事で時間の短縮にもなり、その分多くの物資の運搬が可能となるのだ。

 この技術が確立したのは今から三百年ほど前で、それ以後は急速に銀河中に広まった結果、各星系間の連絡が密になり、市場の活性化を促した。実のところファーイーストハート連合とムーンパレスの間で紛争解決のために双方の妥結をしようと歩み寄りをはじめたのも、星系間連絡門(フォースゲート)によって相互の連絡が密になったところが大きい。

 それだけに重要施設となるため、星系間連絡門(フォースゲート)はどこの勢力にも属さない非政府組織が保有しており、俗に連絡門守備隊(ゲートキーパー)と呼ばれる精鋭部隊が安全を確保しているのだ。

「うわぁ……」

 メインスクリーンに大きく映し出される星系間連絡門(フォースゲート)に、あゆは驚きの声を上げた。

「これが星系間連絡門(フォースゲート)?」

「なんだ、あゆ。見るのははじめてか?」

「うん、だってボク自分の星から出た事無いし……」

 あゆの感動に水を差すように、無機質な声で通信が入ってきた。

『こちら航路管制局、貴船の船籍と艦名を明らかにせよ』

「はじめまして、こちらはキーストン連邦星系主星オネスティ星間交易商人協会(スタートレーダーズギルド)所属、相沢商会の『カノン』です。星系間連絡門(フォースゲート)の通過許可を求めます」

 いまだに祐姫の格好をした祐一がハスキーボイスで応答すると、向こうの管制官の口調ががらりと変わる。

星系間連絡門(フォースゲート)へようこそ、カノン。今一隻そっちに向かってるところだ、そこの待避ブロックで少しの間待っててくれ』

「こちらカノン。了解」

 管制官の指示に従ってカノンを移動させる間に、栞はそっと香里に向かって囁いた。

「なんだかいつもと管制官の対応が違いますね」

「そうね、いつもなら『通過させろ』にはじまって『二度と来るな』で終わるものね」

 姉妹がそんな会話を交わしていると、僅かな振動がカノンの船体を揺るがした。これは大型戦艦等の大きな質量体が移動する際に発生する重力震だ。

「……こいつは」

 徐々に姿をあらわにしていく白銀に輝く巨体を前に、地声に戻った祐一が低く呻いた。

「あれが噂のエクストリーム級ですか……」

 船体の各部を折りたたみ、なおかつ艦ごと斜めにして星系間連絡門(フォースゲート)を通過していく姿に、美汐は感嘆の声を漏らした。

 エクストリーム級戦艦はリーフ星系主星アクアプラスに本社を構える来栖川重工が開発した新型戦艦で、全長900メートル、全幅300メートル、全高250メートルに達する巨大戦艦だ。当然この寸法では星系間連絡門(フォースゲート)を通過できないが、エクストリーム級は船体の各部を折りたたみ、さらに星系間連絡門(フォースゲート)の対角線にあわせて斜めに進入する事により、それを可能としているのだ。

 また、長期間にわたる外洋の航海を可能とするため、艦内には多くのレクリエーション施設が完備しており、俗に戦う豪華客船とも呼ばれている。

 カノンの近傍を通過する間にエクストリーム級戦艦は姿勢を安定させ、折りたたまれていた船体各部を展開していく。カノンと同じくエネルギービームやレーザーを反射、偏向させる事を目的としたであろう鏡面処理(ミラーコーティング)。威風堂々たる巨体とあわせて、エクストリーム級は特に女王(クイーン)の称号がふさわしいと言われている。こうして目の当たりにする事で、祐一たちはその看板に偽りはないだろうと思った。

 

「セリオ、あれは?」

 同じころ、エクストリーム級の艦橋でも一人の女性がサブディスプレイに映るカノンを見つめていた。

「はい、あれがカノンです。綾香お嬢様」

「ふうん……」

 艦長席に腰掛けたまま、来栖川綾香は新しい玩具を見つけたネコのような瞳で、傍らにいたメイドロボ、セリオを見た。

「……あれが噂の『失われた子供たち(ロスト・チルドレン)』か……随分と楽しめそうじゃないの」

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