第九話 格闘女王(クイーン・オブ・デュエリスト)

 

「で?」

 ここはエクストリーム級戦艦『クイーン・オブ・デュエリスト』の艦内に設けられた応接室。カノンから降りた祐一たちは全員がここで、ファーイーストハート連合の来栖川綾香との会見に望んでいた。

「その子がムーンパレスの王女であるという証拠は?」

「うぐぅ……」

 応接室にしつらえられている豪華なソファーに半ば寝そべる感じで座る綾香の冷ややかな視線に、射貫かれてしまったかのように身を縮こまらせるあゆ。

偽者(フェイク)とか複製体(クローン)っていう可能性もあるわけでしょ?」

「確かにな……」

 その問いかけに対し、祐一は静かに口を開く。

「だが、偽者(フェイク)を使うにしては事が大掛かり過ぎるし、なにより人型の複製体(クローン)は星団法で禁止だ。それは知ってるはずだろう?」

 偽者(フェイク)のために戦艦一隻犠牲にするのは割に合わない。綾香が軽くうなずいたのを見てから、祐一は言葉を続ける。

「とにかく、俺たちはあゆが本物だと信じてここまで来たんだ」

 祐一のゆるぎない眼光に、綾香はそっと口元に笑みを浮かべる。しかし、その言葉を信じるには足りない。もう少し決定的ななにかが欲しい、そう綾香が思った矢先だった。

「綾香様、大変です」

 応接室に入ってきたセリオが急を告げる。その姿を見た次の瞬間に、祐一の身体は瞬時に跳ね上がった。

自動戦闘人形(パペット)?」

 抜く手も見せずに構えた愛用の光線銃(レイガン)の銃口から伸びるポインターの光が、まっすぐセリオの眉間を照らす。

「だめっ! 祐一」

 あと少し銃爪にかけた指に力を入れるだけで、セリオをスクラップに変える事が出来る。その刹那に名雪が二人の間に立ちふさがるように身体を割り込ませ、祐一の身体を抱きしめるようにして動きを止めた。

「あの子は違う。あの子は大丈夫だよ……」

 名雪に抱きしめられているうちに祐一は落ち着きを取り戻してきたのか、深く呼吸をした後にゆっくりと光線銃(レイガン)を下ろした。

「すまない……。迷惑をかけたようだ……」

「……びっくりしたよぉ……」

 祐一の豹変振りに、驚いたあゆは涙目になってしまう。だが、香里をはじめとした他のメンバーが動じていない事からも、こういう事は日常茶飯事なのかもしれない。

「あれが噂のメイドロボか……。なるほどね」

 セリオを見た香里が、納得したようにうんうんとうなずく。セリオの外観は、人間の女性そっくりに作られているからだ。

 

 メイドロボはファーイーストハート連合の依頼を受け、来栖川重工の系列会社となる長瀬インダストリーが開発した人間型の作業機械である。メイドロボの開発には主に自動戦闘人形(パペット)の基本データが反映されており、ほぼ完全な自律駆動を可能としているのが特徴となっている。

 自動戦闘人形(パペット)との相違点は、メイドロボは人間に絶対の服従をするようにプログラミングがなされている事で、人間に代わって危険な作業に従事する事も可能としている。

 まだ開発が始まったばかりで試行錯誤の段階であるが、今後の発展が期待される技術である。

 

「どうしたの? セリオ」

「はい、急速にこちらへ接近してくる敵性反応を感知しました」

 セリオは淡々とした様子で的確に事実のみを述べる。メイドロボの中には人間そっくりの感情を持つものもいるらしいが、セリオは機能を優先した設計のためか、そうした感情は持ち合わせていないようだ。

「敵性反応?」

 要領を得ない返答に、綾香は形の良い眉をひそめる。

「こちらからの呼びかけにも応じませんし、識別信号も発信していません。なにより本船のデータバンクでは、該当する機種を照合できませんでした」

 エクストリーム級のデータバンクには、これまでに就役したあらゆる艦船のデータが蓄積されている。それに該当しないという事は、就役したての新型艦か、未登録船という事である。

 また、通常空間を航行する船舶は、識別信号を発信して近傍にある航路管制局の管制下に入り、飛行計画書(フライトプラン)を提出する事が義務付けられている。接近してくる機体の敵味方の識別をするために航路管制局に問い合わせる事もあるが、今回のケースではまったく該当する機体が存在しないのだ。

「海賊船か、なにかじゃないの?」

「いえ、それはありえません。二十機を超える機影が我が艦を半包囲するように展開しているので、海賊船というのは考えられない事です」

 仮に海賊船であるなら基本的に単艦で行動するのが普通であるし、なにより戦艦を相手に海賊行為をするなどというのはありえない。それに、現在クイーン・オブ・デュエリストは、光速の二十パーセントほどの速度で慣性航行している最中である。つまり、相手はそれに追いつけるだけの速力を有しているという事だ。

「ふう〜ん……」

 そのときの綾香の微笑みは、なにかとてつもなく楽しいものを見つけたかのようだった。

「悪いけど、あんたたち。ちょっと手を貸してくれないかしら?」

 

「ここは?」

「当艦の戦闘ブリッジです」

 祐一の問いに、セリオが短く答える。エクストリーム級の特徴は通常航行するときのブリッジとは別に戦闘用のブリッジが設けられている事で、戦闘時にはここから艦の全てがコントロールできるようになっている。

 周囲を囲んだ複数のモニターからは、艦外の様子がリアルタイムで表示されており、中央の大きなスクリーンの真ん中に灯る点がこの艦なのだろう。そのまわりを取り囲むようにして、無数の機体が急速に接近してくる。

「相手の正体はわからないの?」

「最大望遠です」

 香里が問うと同時にセリオが画面を切り替える。かなり画像は荒いものの、炎のようなエネルギーフィールドに包まれた、特徴的なシルエットに香里は見覚えがあった。

「フェニックスか……」

「はい。ですが、当艦のデータにはあの機体は存在しておりません」

「そりゃそうよ」

 意外と堅物なセリオの口調に、香里はにっこりと微笑んだ。

「あれは多分タイプ7、もしかしたらタイプ8かもしれないわ。自動戦闘人形(パペット)の機体更新の速さを甘く見てはダメよ」

 自動戦闘人形(パペット)の最大の特徴は、機体の更新速度の速さにある。彼らは個にして全、全にして個の存在であり、複数の機体が連動してあたかも一つの存在であるかのような戦法を得意としている。種類を問わずに自動戦闘人形(パペット)は、その中の一機が交戦したデータを即座に他の機体に伝達する事によって自己進化していく能力を有している。

 つまり、自動戦闘人形(パペット)は直接戦闘を行わなくても能力の強化が可能であり、要塞惑星(ネメシス)においても常に最新のデータに基づいた量産が可能となるのだ。

 今回飛来したフェニックスも、おそらくは先程交戦したカノンとの戦闘データが反映されている新型だろう。その意味では相当に厄介な相手である事は間違いない。

「接触までの予測時間は?」

「はい……」

 祐一の問いに短く答えると、セリオの瞳にキュンと走査線が走る。

「接触まで約三十分。プラスマイナス五分です」

「時間ないわね……」

 その声に香里は冷徹に計算をめぐらせる。今から脱出したとしても追いつかれるのは目に見えているし、なにより二十機を超えるフェニックスが相手だとカノンの火力では不利だ。そうなるとこの艦の戦力がどれくらいなのかが気になってくる。

「この艦の戦闘力はどうなってるの?」

 少なくとも最新鋭艦なのだから低いはずはない。そう思って香里は聞いてみたのだが、綾香の返答はその期待を裏切るものだった。

「なにか期待してるみたいだから言っとくけど、この艦は処女航海の最中で基本的に試験運用中なのよ。正規の乗員はほとんど乗ってなくて、大半はセリオと同じメイドロボよ」

 万事休すである。

「そこでものは相談なんだけど、いい?」

 

「わかった……要するに……」

 綾香の提案に、祐一は苦虫を二〜三十匹ほど噛み潰したような表情で口を開いた。

「俺たちがこの艦を操縦して、この危機を乗り越えろ。と、言う事だな?」

「そういうこと」

 それに対する綾香の微笑みは、とても明るく輝いていた。まるで新しい玩具を手に入れた子供のように。

「いずれにしても時間無いわよ? 自らの手で未来を勝ち取るか、このまま宇宙の藻屑となるか、好きなほうを選びなさい」

 すでに祐一たちに選択の余地は無かった。セリオの案内で祐一と名雪は正面に二つ並んだ操縦士席につき、香里と真琴はその左隣にある主兵装席と副兵装席、栞と美汐は右隣にあるオペレーター席。所定の位置についた祐一たちは、それぞれに戦闘準備を開始する。その様子を眺めながらあゆは、なにも出来ない自分の無力さを痛感しながら綾香の隣に腰を落ち着けた。

「え……?」

 システムを立ち上げた美汐が、ディスプレイに表示されたオペレーションシステムを見た途端に驚きの声を上げた。

(なんて無駄の多いシステム……?)

「どうした? 美汐」

「なんでもありません。ちょっとシステムの立ち上げに時間がかかりそうです」

「時間は?」

「五分ください」

 いって美汐は動作プログラムの最適化を開始する。ほとんど残像が残る勢いのキータッチに迷いは無く、見る見るうちにシステムの再構築を行っていく。

「綾香様……」

 その様子は、リアルタイムでセリオにも伝達される。実のところ彼女は艦のメインコンピューターとリンクしており、いわば艦の頭脳とも言える存在なのだ。

失われた子供たち(ロスト・チルドレン)の実力を見るいい機会だわ。好きにやらせておきなさい……」

 綾香はそっとセリオに耳打ちした。実際いくらクイーン・オブ・デュエリストが最新鋭艦であっても、戦闘経験の無い艦では無用の長物だ。一応開発スタッフが自信を持って構築したプログラムであっても、失われた子供たち(ロスト・チルドレン)にしてみれば児戯にも等しいものなのだろう。その証拠に美汐がプログラムシステムを再構築する事によって、データベースの省力化を達成し、無駄を省いた事で思考ルーチンの高速化も達成できた。

 そればかりか出力伝達系や火器管制に至るまで再構築されていく。瞬時にプログラミングの再構築を行う美汐の手腕もさることながら、同時に艦内管制の最適化も行っていく事実にセリオは驚嘆していた。

「敵、フェニックスタイプのデータ、転送します」

 レーダーをはじめとしたセンサー系を担当している栞から、各コントロールシートのディスプレイに詳細情報が表示される。

「大型のフェニックス、ロングレンジタイプが十二、小型のインファイトタイプが九、合計二十一機です」

「ハイ&ローミックス編隊か……これは厄介ね……」

 敵編隊の陣容を見た香里が呻く。これは小型のフェニックスが近距離で撹乱し、大型のフェニックスが長距離からの砲撃を行うというものだ。ディスプレイを見る限りでは十二機のフェニックスが等間隔でクイーン・オブ・デュエリストを包囲しているのがわかる。これで小型のフェニックスが突入してくれば布陣は完璧だろう。今はまだ彼我の相対速度に差があるために開戦には至らないが、それも時間の問題だ。

「相沢さん。今からシステムの再起動を行います」

「時間は?」

「五秒ください」

 祐一が綾香を見ると、力強くうなずいた。

「よし、いいぞ美汐」

「はい」

 艦に軽い振動が走った次の瞬間、真っ暗になった戦闘ブリッジが静寂に包まれる。やがてくぐもったような駆動音が響き渡り、ディスプレイに次々と灯が点っていく。

「主兵装関係、異常なし」

「副兵装関係もOKよぅ」

 鋭くとがったクイーン・オブ・デュエリストの艦首部分の上下に四門、左右に張り出した両舷部の上下に四門、艦尾のエンジン部分を取り囲むようにして上下左右に配置された四門、計十二門の三連装主砲を担当する香里と、それ以外の対空兵装関係を担当する真琴から報告が入る。

「エンジン出力異常なし」

「各種センサー、異常なしです」

 動力担当の美汐と、レーダー担当の栞から報告が入る。特に動力関係は美汐が環境設定の最適化を行った事により、今まで以上の高出力化を達成していた。それは動力関係のみならず兵装関係にも影響を与えており、結果として総合的な火力も向上している。

「準備完了だよ、祐一」

「名雪……」

 長い髪を赤いリボンで一つにまとめた名雪の姿に、思わず祐一は息をのむ。それは久しぶりに見る、本気モードの名雪だったからだ。

 そんな名雪の姿に香里たちのテンションも上がっていく。

「戦闘準備完了。艦長っ!」

 祐一の声に呼応するように、綾香が叫ぶ。

戦闘開始(コンバット・オープン)っ!」

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