第十話 失われた子供たち(ロストチルドレン)

 

「敵は我が艦を包囲するように展開しています」

 レーダーの光点を睨む栞が、冷静に状況を告げる。クイーン・オブ・デュエリストの位置を示す光点がモニターの中央に輝き、その上下左右を隙間無く埋めるように十二の大きな光点と九の小さな光点が取り囲んでいる。

「この陣形は……ちょっと厄介ね」

 メインスクリーンに投影された状況を見て、香里が呻く。古今東西のありとあらゆる戦術が脳内にインプットされている香里から見ても、圧倒的に不利な状況下にあるからだ。

 これはフェニックスのような高機動型の自動戦闘人形(パペット)が、戦艦などを相手にする際に用いる必勝の陣形だからだ。確かに戦艦の持つ攻撃力と防御力は桁外れであるが、高速戦闘を得意とするフェニックスが相手では少々分が悪い。

 いくら戦艦の砲撃力が高くても砲の旋回速度には限界があり、とてもじゃないがフェニックスの速度に太刀打ちできるものではない。また、艦の防御に使われるバリアシールドも艦全体を覆う事で高い防御力を発揮するが、展開中は艦自体の攻撃もできなくなってしまう。

 そして、バリアシールドの展開には莫大なエネルギーを必要とするばかりか、あまりに強大なエネルギーを受けるとバリアシールドそのものが相殺されてしまうという欠点もあった。

 このハイ&ローミックス編隊はロングレンジタイプのフェニックスによる集中砲撃でバリアを無力化し、その後にインファイトタイプのフェニックスが突入して攻撃を加えるという、自動戦闘人形(パペット)がもっとも得意とする対艦用の必殺フォーメーションなのだ。

「エネルギー反応増大、きますっ!」

「バリアシールド展開っ!」

 栞の声に呼応するように、美汐がバリアシールドを展開する。激しくぶつかり合うエネルギーの波がモニター画面で激しくフラッシュし、その余波は容赦なく艦体を揺るがした。

「うぐぅっ!」

 悲鳴を上げたあゆがシートにしっかりしがみつく。

「シールドエネルギー減少。このままですと三十秒後にはバリアシールドを維持できなくなります」

 ディスプレイに表示されるレベルゲージが減少していく中、美汐の冷静な声が響く。

「やむをえん、シールドを解除。総員応戦開始だ。名雪、回避運動任せる。香里と真琴はそれぞれ各個に敵を叩けっ!」

「了解っ!」

 バリアシールドが解除された次の瞬間、フェニックスがなだれ込んでくる。こうして一気に肉薄されてしまうと、戦艦はもう手も足も出ない。いくら戦艦が強力な砲を持っていようとも、自分に向けて撃つ事は出来ないからだ。

「お……重〜……」

 回避運動に入ろうとした名雪が、あまりの操縦桿の重さに音を上げる。普段軽快なカノンの操縦に慣れているせいか、反応が鈍い船体に閉口しているようだ。

 カノンの様に機動性能を重視した機体では軽快な運動性能を維持するために、船体のオートバランサーをオフラインにしてさらに細かい戦闘機動が可能なように改造されている場合がある。当然の事ながら船体の些細なコントロールもすべてマニュアルで行わなくてはならないため、ある意味操縦士の腕がものをいう仕様であるといえる。

 しかし、クイーン・オブ・デュエリストのような大型戦艦は安定した姿勢で砲撃を行う関係上、艦体はオートバランサーやスタビライザーでがんじがらめにされているし、なにより艦の質量そのものが大きいので細かい艦体機動ができないという欠点がある。結果的にフェニックスのような高機動型は、大型戦艦にとって天敵とも言える存在なのだ。

 かつての旧時代に航空技術の発達によって戦艦が無力化されてしまった事実は、どれだけ時代が流れても変わる事はない。

 フェニックスが波状攻撃を仕掛けてくるたびに、クイーン・オブ・デュエリストの艦体が激しく揺さぶられ、防戦している余裕すらない。メインスクリーンに表示される絶望的な状況に悲鳴を上げるあゆ。

「くそっ! もうこれまでか……」

 祐一が悪態をついた次の瞬間。

 すべてが白一色に染まった。

 

「……どうやら(デコイ)はやられたみたいね」

 メインスクリーンを見つめていた綾香は面白くなさそうに呟く。メインスクリーンには破壊された(デコイ)の周囲に密集するフェニックスの姿が映し出されていた。

「たいしたもんだな、この艦のアクティブ・ステルスってやつは……」

 あっさりとフェニックスのセンサーを欺瞞した、エクストリーム級ならではの装備に祐一は舌を巻いた。

 祐一達が今航行している星の瞬きすら希少な外宇宙では惑星の近傍宙域とは異なり、一般的な光学観測装置がまったく役に立たない。なぜなら、光学観測は基本的に光源となる恒星などの光の反射を確認するものなので、光源が存在しない真の闇ではなにも見る事が出来ないのだ。そうなると、相手の発するレーダー波やエネルギー波を観測する以外に索敵する手段がない。

 一般的にステルスというとレーダーなどのセンサー系に感知されない、あるいは感知しにくくなる形状をしたパッシブタイプが知られているが、それでも自身から発せられているエネルギーまでは隠し通せるものではない。それに船体が稼動している以上、どうしても熱エネルギーが発生してしまうのだ。

 そうした熱のほとんどは超光速推進機関(タキオンドライバー)を通じて機外に放出されるが、一部は熱伝導体を通じて機体構造に分散吸収される。このとき船体の外殻部分を構成する装甲版の熱分布によって機体外形を割り出し、データバンクにある該当機種をコンピューターグラフィックスという形でメインスクリーンに投影するのである。一応外部を目視できる観測窓も設けられているが、外宇宙を航行する艦船のほとんどが閉鎖系コックピットをもっているのはこうした理由からだ。

 そうなると相手側のメインスクリーンにウソの情報を表示させる、あるいは相手側の探知システムに強制的に介入して、メインスクリーンに表示させなくする事もまた、ステルスとなりうるのである。

 エクストリーム級に搭載されているアクティブ・ステルスは、それまでのシステムに介入して偽情報を送るタイプのステルスとは違い、より精度の高い欺瞞効果を発揮する特徴がある。

 宇宙空間における排熱方法は先にも述べたとおりだが、エクストリーム級は船体の外殻部分に施されたコーティング材に熱を蓄積させ、熱量がある一定レベルに達した時点でその部分を剥離して船体を冷却する。その際に剥離されたコーティング材は機動慣性方向に船体の輪郭とある程度の質量を持った粒子、いわば残像のようなものを残す。

 この残像は通常のセンサー系はもちろん、肉眼をも惑わせる事が可能なため、エクストリーム級はこれを(デコイ)として積極的に活用しているのだ。また、本体のほうは冷却が完了しているために発見率を下げる事が出来るので、高いステルス効果を発揮するのだ。

 閉鎖系コックピットのメインスクリーンに投影される映像は、リアルタイムで変化する周囲の状況の情報処理をする関係上、どちらかといえばゲームのようなディフォルメがされるため、よりいっそう錯覚に陥りやすくなっている。フェニックスなどの自動戦闘人形(パペット)もこれと似たようなセンサー形を有しているため、先程の戦闘はフェニックスが(デコイ)を相手にしていただけだったのだ。

「主砲、エネルギー充填完了」

「目標、本艦の軸線に乗りました」

 美汐と栞の声にあわせ、メインスクリーン脇のサブディスプレイに表示されたレベルゲージがいっぱいになり、カーソルが次々にターゲットをロックオンしていく。

「プラスマイナス修正右一度、上下角三度、発射」

 香里が銃爪(トリガー)を引き絞ると同時に艦隊に凄まじい衝撃が走り、解き放たれたエネルギーの奔流が容赦なくフェニックスを飲み込んでいく。

「やったぁっ!」

 メインスクリーンに投影された爆散するフェニックスの姿に、あゆが快哉をあげた。

「喜ぶのはまだ早いっ! 相手もこっちに気づいたようだ。防空戦闘用意っ!」

 どうやら一撃で全滅とまではいかなかったようで、残存のフェニックスが急接近してくる。それでもロングレンジタイプは全機撃墜したようで、こちらに向かってくるのはインファイトタイプが六機だ。

「真琴、上方二十度、右三十度に右舷上部のレールカノン、一番から八番までを順次発射」

「え?」

 突然の名雪の声に、困惑する真琴。

「早くっ!」

「あう」

 言われたとおりにレールカノンを発射するが、真琴の中ではなにも無いとこに撃ってどうすんのよ、という気持ちが強い。

 だが、次の瞬間に爆光がメインスクリーンを彩ったとき、真琴はすべてを理解した。

「次、下方十五度、左四十五度に左舷下部のレールカノン、十一番から十七番を順次発射」

「了解」

 どうやら名雪は敵機の移動する未来位置を予測して教えてくれているらしい。名雪の持つ超越感覚(ハイパーセンス)という異名は、相手の未来位置を予測する能力(ちから)に由来している。ほとんど未来視ともいえるこの能力(ちから)のおかげで名雪は相手の先手を打つ事も出来るし、後の先をとる事も出来るのだ。

 特に鈍重な戦艦では、インファイトタイプの持つ軽快な運動性能には太刀打ちできない。そこで名雪は戦艦の持つ長距離砲を用いたアウトレンジからの狙撃を行う事にしたのだ。高エネルギーをビームとして射出する主砲と違い、防空用の副砲として装備されているレールカノンは弾体を電磁加速して射出するのでエネルギー反応を低く抑える事が出来、ほぼ無限大の射程距離を持っている。また、移動中の砲弾はほとんど熱量を伴わないために発見率が低いのが特徴である。

 しかも高速移動する砲弾を迎撃する手段は存在しないため、高速戦闘を得意とするフェニックスにとっては致命的な一打となりうるのだ。

「名雪、次は?」

「次は……ね……」

 だが、この能力(ちから)は長時間にわたって行使する事が出来ない。四機目を撃墜したあたりで、名雪の疲労はピークに達してしまう。

「上方三十度、右五十五度、左舷上部のレールカノン、一番から八番まで使って。念のために二十度から三十度の範囲で三点射」

 舟をこぎはじめた名雪に代わって香里の指示が飛ぶ。電子計算機(カリキュレーター)の異名を持つ香里は、現在までに入手したデータを処理、演算する事で相手の未来位置をある程度まで割り出す事が出来る。もっとも、ほぼ完全に相手の未来位置を知る事の出来る名雪と違い、その値はあくまでも予測の域を出るものではないので多少の修正が必要となる。

「次は?」

「ちょっと待って」

 なんとか迎撃に成功し、残りは一機となる。このときの香里の脳内ではものすごい勢いで情報がやり取りされており、その演算処理速度は既存のあらゆるコンピューターシステムをも上回る。唯一この速度を凌駕しうるのが、名雪の超越感覚(ハイパーセンス)による閃きだけなのだ。

「下方四十五度、右五十二度、右舷下部のレールカノン、十一番から十四番までよ。修正二十七度から三十五度で三点射」

「くっ」

 いわれたとおりに真琴はレールカノンを発射するが、そのときにはすでに相手の射程範囲に入り込まれていた。フェニックスは一斉に発射される右舷の弾幕の中を軽快にかわしつつ肉薄してくる。

「当たれぇっ!」

 半自動防空システムのパルスレーザーファランクスの濃密な弾幕をかいくぐってくるフェニックスに本命の一弾が叩き込まれ、急所を一撃で破壊されたフェニックスが宇宙の塵に変わる。

 かくして、戦いは終わった。

 

「お見事ね。流石は失われた子供たち(ロストチルドレン)、というところかしら?」

「いやぁ、この艦の性能のおかげですよ」

 戦闘終了の興奮が冷めやらぬブリッジの中で、綾香と祐一は不敵に笑顔を交し合う。それはまるでライバル関係にある龍と虎が偶然出くわしてしまったような、狐と狸が化かしあいをしているような、そういう微妙な雰囲気であった。

 途端にあたりに立ち込めた得体の知れない雰囲気に、あゆは小さくうぐぅ、と呻いた。

 今更ではあるが、名目上失われた子供たち(ロストチルドレン)は存在しない事になっている。もし仮に知っている者がいるとすれば、それは国家機密クラスの秘密に抵触できる権利を有する者くらいだろう。

 無論来栖川綾香はそうした機密に抵触できる権利を有しており、祐一たちの正体も知っているのだが、祐一自身の口から正体をばらすような事は言えない。

「まあ、そんな事はどうでもいいわ……」

 不意に綾香は相好を崩し、軽く微笑んであゆの小さな肩に手を置いた。

「ファーイーストハート連合軍第二艦隊は、ムーンパレス王女月宮あゆの要請により、要塞惑星(ネメシス)破壊の任につきます」

「え? それじゃ、綾香さん……」

「信じるわ。あなたたちの言う事」

 

 星間共通信号となる『貴船の航海の無事を祈る』の発光信号をお互いに交わし、カノンとクイーン・オブ・デュエリストはそれぞれの方角に進路をとる。カノンは要塞惑星(ネメシス)へ、クイーン・オブ・デュエリストはアクアプラスへ。

 開戦の期日は一週間後。それまでにお互い戦力を用意しておきましょ、とは綾香の談だ。

 

 ムーンパレスの存亡をかけた戦いの火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。

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