第十一話 決戦前夜

 

 常に漆黒の宇宙空間では昼夜の区別はないが、銀河標準時を基本とした船内時間により、三交代制のローテーションで艇の運行を行っている。

 それと言うのも宇宙船と言うのは惑星上の海洋を航行する一般的な船と一緒で、二十四時間航海を続けなくてはいけないものである。そこで乗組員は交代で勤務に就くようになっており、これを当直と呼ぶ。

 カノンでは操縦担当の名雪と航法担当の祐一、操縦担当の香里と航法担当の栞、操縦担当の真琴と航法担当の美汐の三組で当直に当たっており、それぞれ四時間勤務した後で八時間の休憩が与えられる。無論非常時には全員がブリッジに集結する事になるが、原則として一日八時間の勤務となっている。

 

「ふぁ……あぁ……」

 船内の一室。普段は祐一が艇長室として使っている部屋から、か細いあえぎ声が響く。

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 荒い息を吐きながら、白い裸身が絡み合う。それは祐一と名雪の二人だった。

 二人がこうした休憩時間に肌を合わせるのはよくある事であるが、実のところそれはこの二人が愛し合っているからしているというわけではない。

「やめっ……ああっ!」

 その証拠に、祐一は名雪を見ていない。ただ、女でありさえすればそれでよかった。そこに穴があるからつっこむ、ただそれだけの関係。

 実際祐一は名雪だけでなく、香里ともこうした肉体関係を持っている。単純にローテーションの都合で、名雪が一番手っ取り早いと言うだけなのだ。

 力づくで組み敷き、蹂躙する。幾たびも相手の中に体液を放出し、狂ったように絶叫を上げさせる。

 獣のほうがまだ紳士的ですらある強引な交わり。

 だが、それは快楽を求めたものでもなければ、ましてや次代を担う命を宿すための崇高な行為でもない。

 いうなれば、代償。祐一達のような『失われた子供達(ロスト・チルドレン)』が、能力を行使する際の代償なのだ。

 名雪が自身の能力である『超越感覚(ハイパーセンス)』を発動した後はそれに応じた睡眠を必要とするように、祐一の場合はこうした『衝動』が起きてしまうのだ。

 この『衝動』の最中は祐一から理性そのものが失われてしまい、ただひたすら女体を蹂躙するだけの存在となってしまう。そして、この行為は祐一が満足するまで続く。

 香里と一緒のときはまだいいが、今のように香里が当直任務のときは名雪がただ一人で祐一を満足させなくてはいけない。

 荒々しく胸は揉みしだかれて様々に形を変え、苦痛と快楽を同時に運んでくる。祐一の激しい動きを全身で受け止め、長い髪を振り乱してよがり狂う。その名が示す雪のように白い肌には、それこそマーキングをするかのように赤黒いあざが浮かび上がり、マーブルパターンとなってもなお祐一は名雪の全身を攻め続ける。

「くぅっ!」

「いあぁっ!」

 祐一の体液が名雪の体の奥深くに勢いよく注ぎ込まれた次の瞬間、名雪の体は大きく跳ね上がり、弓なりにそらして快楽を全身で受け止めた。

 快楽の余韻に浸らせる間もなく名雪を四つんばいにさせた祐一は、そのまま背後から未だに硬度を失わない分身を激しく動かしはじめる。

「あっ、あっ、あっ、あっ……」

 そして、狂乱の宴は続いていく。

 

「はぁ……」

 ブリッジで当直任務に就いていた香里は、物憂げな瞳でメインコンソールの脇にあるサブディスプレイに表示されたセキュリティモニターの映像を消した。これ以上二人の絡み合いを見ていても、虚しくなるだけだ。

 この二人以外の船内の様子をざっとチェックした後、香里はシートをリクライニングさせ、軽く息を吐くと同時に大きく伸びをした。他のクルーと違ってあまり眠らずに済む香里は、こうして一人で当直任務に就く事がある。ローテーションとしては祐一と名雪が当直なのであるが、祐一が『衝動』状態に陥ってしまったため、香里が代わっているのだ。

 先ほど香里がセキュリティモニターを見ていたのは、別に覗きのためではない。これは船内の安全管理をする関係上、原則として写しっぱなしにしておかなくてはいけないため、プライバシーに関する部分も筒抜けになってしまうものなのだ。

(名雪……眠らせてもらえるかしら?)

 そう考えて、香里は再び息を吐く。あの二人は一体、何ラウンド目に突入したのだろうか……。

 瞳を閉じると、二人が肌を合わせている光景がフラッシュバックしてくる。しかし、香里の心には嫉妬などの感情が表れる事がない。

 なぜなら、香里はそのように創られているから。余計な感情が起きないように、予め調整されているからだ。

 香里が最初に祐一の『衝動』の犠牲となったのは、まだ十にも満たないころだった。

 

 そのころ惑星カノンでは自動戦闘人形(パペット)の脅威に対抗する手段として、様々な特殊能力を持つ人間の開発が行われていた。この計画の正式な名称は『超人類創造計画(ジャガーノート・プロジェクト)』という。それは自然な人類の進化を待つのではなく、人為的に新たな世代の人類を創り出そうというものであった。

 一部には『神をも恐れぬ暴挙』とまで酷評された計画であるが、科学者達がそうした生命の神秘に踏み込む行為に没頭してしまったのも事実であった。人類をはるかに超越した能力を持つ自動戦闘人形(パペット)を相手にするには、やはり人類を超越した存在でなければならない。それを免罪符として彼らは、日夜非人道的な実験に取り組んでいたのだ。

 そのような情勢下で香里は、水瀬秋子が主任技師を務める研究所(ラボトリー)で第二世代型の実験体として産声を上げる。このときに同時開発となったのが相沢祐一と水瀬名雪の二人なのだ。秋子から卵子の提供を受けた名雪、血縁上はそのいとことなる祐一。同じ年である事もあって、香里はすぐに二人と仲良くなった。

 この日も香里はいつもの訓練を終え、名雪と遊ぼうとしていたのだが、部屋に一歩足を踏み入れた途端、異変に気づいた。

 鼻をつく異臭。乱雑な部屋。そして……。

「いやぁ……」

 床に押し付けられるように横たわり、無残にも引き裂かれた衣服がかろうじて体に引っかかっているだけの格好で泣きじゃくる名雪と、その上に覆いかぶさるようにして激しく体を動かしている祐一であった。

「あ……」

 その行為がなにを意味するものなのか、香里には理解できなかった。ただ、うつろな瞳で腰を振り続ける祐一の姿だけが、心に残っている。

「ああっ!」

「くっ!」

 突然名雪が体を弓なりにそらせたかと思うと、祐一も動きを止めてしっかりその体を抱きしめた。少しの間恍惚としたような表情を浮かべていた祐一であるが、ぐったりと力尽きた名雪の体を離してその場に立ち上がる。

 うつろな瞳で天井を見上げる名雪の肌には無数の赤黒いあざが浮かび、大の字に開かれた足の付け根は水でもかけられたかのようにどろどろの液で濡れていた。かろうじて胸が上下に動いているので生きているようではあるが、もはや名雪は指一本動かせないほどに消耗しきっていた。

 ゆっくりと香里のほうを向いた祐一の、股間で脈打つ赤黒く腫れ上がったものに目が吸い寄せられる。男の子の股間にはそういうのがぶら下がっている事は香里も知っていたし、祐一や名雪と一緒にお風呂にはいったときに見た事もある。だが、それがこのような変化を見せるとは、香里は想像もしていなかった。

「あ……」

 一歩一歩確実に近づいてくる祐一に対する生理的な嫌悪感から、この場を離れようとした香里ではあったが、入るときに開いた扉は固く閉ざされていた。

 それでも、なんとか助けを求めようとした香里は見た。天井付近に設けられたガラス窓越しに、この光景をニヤニヤとした笑いを浮かべながら見ている大人達の姿を。

 そして、香里も名雪と同様に祐一の犠牲者となるのだった。

 

 後で知った事だが、この計画によって誕生した実験体の大半が女性であるのは、このような愛玩動物(ペット)として使用する側面もあるからなのだ。その意味では祐一のような男性の実験体は非常に珍しいと言える。

 だが、この種の愛玩動物(ペット)を求める顧客は男性ばかりではなく女性もいるため、その意味では祐一のような実験体がいても不思議ではない。

 この実験は三人の主任技師である秋子が、キーストン連邦の主星であるオネスティの査問委員会に呼び出されている最中に行われており、これ以後祐一達の心には深い傷が刻み込まれてしまっていた。このときに受けた心的外傷(トラウマ)のせいか名雪はよく眠るようになり、その反対に香里はほとんど眠れなくなっていて、祐一は『祐姫』と言う第二の女性的な人格を内包する事となってしまった。

 この心的外傷(トラウマ)が今後の成長に深刻な悪影響を与えると判断した秋子は、この三人に精神操作(マインド・コントロール)を施して表面上は普通の人間と変わらないようにする事に成功したが、祐一の『衝動』だけは遺伝子レベルで刷り込まれていたために解除が不可能であった。その結果祐一は必要以上の戦闘行為や自動戦闘人形(パペット)と接触してしまうと、自分の意思とは無関係に『衝動』状態に陥ってしまうのだ。

(それにしても……)

 ふと、香里はクイーン・オブ・デュエリストでの出来事を思い出す。

(まさかメイドロボが実用段階に入っていたなんてね……)

 

 惑星カノンにおいて『超人類創造計画(ジャガーノート・プロジェクト)』が開始されたのと前後して、惑星アクアプラスで開発が始まったのがメイドロボである。これは自動戦闘人形(パペット)の脅威に対抗するために『機械的な人間』を創造しようとしたカノンとは逆に、言うなれば『人間的な機械』を創造しようと言う試みであった。

 祐一達の存在が非人道的な側面を持つものであったのと比較すれば、メイドロボはある意味もっとも人道的な存在であると言えるだろう。彼女達はかつてアクアプラスが開発していた自動戦闘人形(パペット)のノウハウを結集して生み出されたのだから。

 この両者に共通しているのは、人間に対する絶対的な服従を強いられる存在であるという事である。なぜなら、誰だって人間じゃないものに頂点に立って欲しいとは思わないからだ。自分達の権益を脅かすような存在を排除しようとするのは当然の事だろう。

 その証拠に惑星カノンが自動戦闘人形(パペット)の攻撃を受けた際に、キーストン星系の宇宙軍はそのほとんどが出動しなかった。援軍が派遣されたのは戦いの趨勢がある程度決まったあたりであり、そのころにはカノンのほとんどが壊滅していたのだ。

 この一件は自動戦闘人形(パペット)の恐怖を大多数の人間に知らしめる事が出来たが、その一方では非人道的な実験を繰り返していたカノンを自動戦闘人形(パペット)に襲わせる事で、証拠の隠滅を図ったものだとも言われている。

 辛くもこの危機を脱出した祐一達ではあったが、その存在は公的には抹消された。これが祐一達を『失われた子供達(ロスト・チルドレン)』と呼ぶ由縁となっている。

 一方のメイドロボは、機械に心を持たせるか否かで議論は真っ二つに分かれていた。機械に心は不要だ、と言う考えが多勢を占めており、当初はそれで開発が進められる事となっていた。そうする事で開発期間を短縮し、コストの削減につなげようという狙いがあった。

 ところが、それだと容易に自動戦闘人形(パペット)に侵食されてしまい、同化してしまう事が判明した。皮肉な事に不要とされていた心の存在が、他者の侵入を拒む要因となっていたのだ。

 とはいえ、心をプログラミングするというのは容易な事ではない。長らくアクアプラスでは心を持つ機械の研究を続けていたが、最近になって来栖川研究所の長瀬主任によって二台の試作機が完成した。それが、HMX‐12型『マルチ』とHMX‐13型『セリオ』である。

 従来型のロボットが人間の意志に反応して動くのに対し、この二台は自身の感情プログラムによって稼動する、いわば完全自立駆動型のロボットと言えた。感情プログラムの実動型試作実験機のマルチと、軍艦内のホストコンピューターからのダウンロード機能を有するセリオは、産業界のエポックメイキングともいえる存在となった。

 まだまだ実験段階ではあるものの、順調に開発が進めば自動戦闘人形(パペット)を駆逐する切り札にもなりえるものだ。その意味では祐一達『失われた子供達(ロスト・チルドレン)』とは対照的な存在といえるだろう。

 

「あ……」

 そんなときに、不意にブリッジの扉が開いた。見るとそこには、あゆが申し訳なさそうな表情で立っている。

「ご……ごめんなさい。邪魔をするつもりじゃなかったんだけど……」

 しどろもどろと弁解するあゆの姿に、香里は軽く微笑むとブリッジに招きいれた。

「眠れないの?」

「うん……」

 縮こまった様子で小さくうなずくあゆの姿に、香里は無理もないわね、と思った。なにしろあゆはこの船のクルーではない。あゆはみんなが寝静まってしまったために、退屈してここにきたのだろう。

 ふと、香里はあゆの視線を感じた。

「どうしたの?」

「あ、ううん。べつになんでも……」

 途端にあゆは顔を真っ赤にして、両手と首を大きく振る。

「ただ、みんな凄いなって思って……」

「なにが?」

「だって……」

 興奮した様子であゆは立て続けに起こった戦闘の様子を、瞳をきらきらさせてしゃべるのだが、それを聞く香里は冷めた様子だった。

「別に大した事じゃないわ。だって、あたし達はそういう風に創られているんだもの、できるのが当たり前なのよ」

「創られて……いる……?」

 驚いたように目を大きく見開くあゆとは対照的に、香里は静かな笑顔を浮かべている。その表情はあゆに対する憧憬にも似た感じがした。

「あたしは逆に、あゆちゃんのほうがうらやましいわ」

「うぐぅ?」

 よくわからない、と言う感じで小首を傾げるあゆ。

「あゆちゃんだったらなんでもできるし、なんにでもなれるわ。あたし達はそれしかできないもの、あゆちゃんのほうがずっと自由だわ」

 用途や目的に応じて開発された香里達は、そうした事に特化している分それ以外の事を苦手としている。祐一、名雪、香里の第二世代型は普通の人間程度の柔軟性と冗長性を持ったものになっているが、栞、真琴、美汐の第三世代型はほぼ完全に運用目的に適合するように創られているため、感情面の未成熟さから機械的な面が目立つようになっているのだ。

「……そうでもないよ……」

 今度はあゆが暗くなる番だった。

 ムーンパレスの王女であるあゆは、生まれたときから王族としてふさわしい教育を受けており、将来的にはムーンパレスを率いる立場にある。その意味であゆには、個人の自由とする時間はまったく無いと言っても過言ではないのだ。

「だから、おんなじだね。ボク達……」

「そうね……」

 その後も二人は時が過ぎるのも忘れて楽しく談笑していた。

「それでね、香里さん……」

 身振り手振りを交えてあゆが語っているうちに、その手が偶然メインコンソールのスイッチに触れる。

『いあっ! あああああああっ!』

 すると、祐一の上にまたがって荒々しく胸を揉みしだかれながら、体を弓なりにそらして絶頂を迎える名雪の姿がメインスクリーンに投影された。

 あわてて香里はスイッチを切るが時すでに遅く、あゆが真っ赤な顔で固まっている。どうやら刺激が強すぎたようだ。

「ボ、ボクもう寝るね。おやすみなさいっ!」

 あたりに立ち込めた気まずい雰囲気から逃げるように、ブリッジから出て行くあゆ。それと入れ違いになるように、交代要員である美汐と真琴がブリッジに姿を現した。

「どうしたんですか? あゆさん」

「ちょっとね……」

 香里は言葉を濁すが、美汐が特に気にした様子も無かったので内心胸をなでおろしていた。

 

「さてと……」

 引継ぎを終えた香里は、自室ではなくまっすぐ祐一の部屋へと向かう。無論、名雪の援護をするためにである。

 決戦のときは近い。少しは名雪を休ませてあげないと、今後に関るかもしれないからだ。

 とはいえ、祐一に抱かれるのは香里も嫌いではなかったりするのだが。

 

 そして、つかの間の休息も終わりを告げるときがやってくる。

 要塞惑星(ネメシス)の破壊。これが新たに祐一に与えられた使命だった。

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