第十二話 要塞惑星突入!
「セリオ、現在の集結率は?」
「はい。ただいま到着した坂下好恵さまの機動艦隊を合わせ、現在88%の艦艇が集結しています」
「そう……」
クイーン・オブ・デュエリストの艦長席で、綾香は軽く息を吐く。急な動員になってしまったのは仕方がないが、それにしても遅すぎる。
「まだきていないのは?」
「補給、輸送を担当する補助艦艇のみです」
戦闘用艦艇と違い、こうした補助艦艇は速力が遅い。集結を急ぐあまり、動きに差が出てしまったようだ。戦うのは現状の戦力で充分だとしても、兵站のあてがない状態で戦うのは自殺行為にも等しい。
集結ポイントをムーンパレスに一つある衛星の裏側に選んだおかげで、いまだ要塞惑星には探知されていないようだが、迂闊に輸送船団が接近すれば、容易に探知されてしまうだろう。
そうしてそうなってしまえば、これだけの艦艇をそろえたとしても各個撃破されてしまうのがオチだ。いくら失われた子供たちの戦闘データを各艦に移植してあっても、自動戦闘人形の戦闘力を甘く見るわけにもいかない。
さて、どうするかと綾香が考えはじめた、丁度そのとき。
「補給艦隊より入電。遅れてすまないとの事です」
それを聞いた綾香は、にやりとほくそえんだ。
「艦隊集結完了。カノンに連絡を取りなさい」
「流石にこれだけの艦隊がそろうと圧巻だな……」
「そうね……」
メインスクリーンに投影される、続々と集結する艦艇の数に、祐一は思わず簡単の息を漏らす。漆黒の宇宙に輝く光点に、香里も呆けたように相槌をうつのだった。
就航したてのエクストリーム級戦艦が四隻。グラップル級重巡が十二隻。ジークンドー級軽巡洋艦が二十隻。テコンドー級駆逐艦が三十隻。その他の戦闘艦艇にいたっては無数といったところだ。
とはいえ、これだけの戦力を揃えたとしても、要塞惑星相手では少々荷が重いような気もする。監視用の偵察ポッドからの映像ではまだこちらに気がついた様子はないが、敵の戦力は無尽蔵レベルといっても過言ではない。下手に消耗戦になってしまうと、圧倒的にこちらが不利だ。
『聞こえる? カノン』
「こちらはカノン。まるで天使の歌声のようです」
『冗談聞いてる場合じゃないんだけど……』
祐一の軽口に、デス声で応じる綾香。
『こっちの準備は整ったわ。そっちはどう?』
「いつでもいいぞ」
「くー」
祐一の隣で眠りこけている名雪の姿にめまいを感じつつも、綾香は気丈に口を開いた。
『……じゃあ、作戦通りに。敵の相手はこっちで引き受けるから。あなた達はその間に』
「要塞惑星に突入だな」
「全艦突入っ! 基準水平面を旗艦に合わせろっ! 以後指示あるまで陣形を固定っ!」
目の前のメインスクリーンに投影される敵基地の姿に、好恵は乗艦となるグラップル級重巡洋艦『カラテカ』の艦長席で息を呑む。ムーンパレスの青く輝く表面に、不釣合いに浮かぶ白銀の球体。あれが噂に聞く要塞惑星だ。
装甲の厚い重巡を盾にするように配置し、速力は速いが装甲の薄い軽巡や駆逐艦をその後方に配置する。さらにその後方には長距離砲撃に優れた戦艦を配置する。果たしてこの陣形が相手に通用するか、好恵は次第に口の中が乾いていくのを感じた。
「要塞惑星より多数の飛行物体が放出されました! フェニックスタイプと思われますが、総数不明。概算では三千少々っ!」
レーダーを睨んでいたオペレーターの報告に唖然となる好恵。こちらは大小艦艇合わせて一五〇隻程度だというのに、相手は軽く二十倍はいる。こちらの搭載コンピューターには失われた子供たちの戦闘データを元にした戦術プログラムが組まれているが、流石にこの戦力差には度肝を抜かれる。
しかも相手は、まだ序盤の戦力放出なのだ。このままズルズルと乱戦に持ち込まれてしまえば、不利になるのは誰の目にも明らかだ。そうこうしているうちにも、要塞惑星からは無数の光点が続々と放出されている。
『全艦隊列を維持っ! シールドを展開して衝撃に備えよっ!』
ブリッジに響く綾香の声と同時に、最後方に位置するエクストリーム級から隊列の隙間を縫うようにして主砲が発射された。その一撃で雲霞の如く展開していた自動戦闘人形の光点はところどころに黒い穴が開いている。
「やったぁっ!」
「喜ぶのはまだ早いっ! 各艦相対速度合わせ散開っ! リーフ戦闘機隊放出し、援護の一斉射撃っ!」
オペレーターが快哉をあげる声をかき消すように好恵の指示が飛ぶ。それに呼応するように艦隊は流れるように陣形を変え、自動戦闘人形たちを半包囲するように展開する。
「リーフ戦闘機隊放出後、全艦突撃っ!」
自らが座上するジークンドー級軽巡洋艦『チャレンジャー』の艦長席で、松原葵は檄を飛ばす。その傍らで葵を見つめる副官の姫川琴音は、その姿を頼もしく思っていた。なにしろ葵はチャレンジャーを任されての初陣。しかも敬愛する綾香直々の命とあっては、張り切るなと言う方が無理だ。
リーフ戦闘機隊の防空支援を受けつつ、チャレンジャーは揮下の駆逐艦隊を率いて敵戦線に突入を開始する。本来このような大型艦がフェニックスのような小型機を相手にするのは分が悪いのだが、ジークンドー級の軽巡洋艦はハリネズミのように多彩な防空火器を装備しているのが特徴で、それこそフェニックスのような高速戦闘を主にする相手には天敵とも言える存在となっている。また、艦載機となるリーフ戦闘機はフェニックスタイプを十全に研究した上で開発されているため、多少性能が上の相手でも互角以上の戦闘が可能となっているのだ。
自動戦闘人形との戦端が開かれ、現在の状況はほぼ五分五分と言うところだ。しかし、相手は疲れることを知らない人形。このままの状態が続けば、戦況は不利になってしまうのは明らかだ。
そこで、祐一たちが要塞惑星に突入し、その中心核となるコアユニットを破壊すれば、その端末である自動戦闘人形は行動を停止する。
「くそっ! これじゃ近づけん」
そのはずなのだが、あまりにも敵の数が多すぎて、まったく要塞惑星に近づけなかった。祐一は巧みにカノンを操縦しているものの、敵の層が厚すぎてほとんど身動きが取れなくなってしまっていた。
「寝てろっ!」
寝ながらもコントロールスティックを動かそうとする名雪に向かい、祐一は叫ぶ。確かに名雪のテクニックならこの場を切り抜けるのも容易いだろう。しかし、名雪には後で活躍してもらわなくてはいけないため、今この場で投入するわけにもいかない。
もう少し寝かせてやるべきだったかと思うが、もう遅い。祐一に課せられた衝動が、名雪にいらない負担を強いてしまっているのだ。
神鳥形態のカノンであれば機動性能も向上するのだが、このような乱戦状況での変形は不可能であるし、味方の注目を集めている中でこちらの手の内を晒すわけにもいかない。さて、どうするかと祐一が思案しはじめた、丁度そのとき。
『こちら藤田浩之。リーフ戦闘機隊よりカノンへ、これより貴官を援護する』
不敵な男の声と同時に、四機の戦闘機がカノンを取り囲んだ。
「援護?」
『このままじゃいずれジリ貧だ。俺たちが突破口を開くから、後に続けっ!』
プラズマジェットの光跡を引き、先導するようにリーフ戦闘機がカノンの前に躍り出た。
『いくぜっ! 雅史、貴明、雄二っ!』
その名が示すとおり、葉っぱのように平たい楕円形の機体が、滑るように敵に踊りかかっていく。リーフ戦闘機の特徴は、オプションといわれる無人の攻撃端末を四機曳航している点である。こうする事によってリーフ戦闘機は単機でありながら、単純計算で四倍の火力を有するのだ。
たちまちのうちに突破口が開かれるものの、圧倒的なまでの物量差であっという間に塞がれてしまう。いくら藤田浩之が歴戦の勇士であっても、これではいずれ力尽きてしまうだろう。
この現状を打破するに、とにかく力が必要だ。問答無用で相手を叩き潰せるだけの、圧倒的なまでの力が。
「大分苦戦してるみたいね……」
刻々と変わる戦況を眺めつつ、最後方から支援砲撃に徹するクイーン・オブ・デュエリストの艦長席で、綾香はうめくように呟いた。敵の本拠地に攻め込むのだから、苦戦は覚悟していた綾香ではあったが、まさかここまで戦力差があるとは思っても見なかった。
「カノンは?」
「はい、綾香様」
セリオの目にキュインと走査線が走るのと同時に、メインスクリーンにカノンの現在位置が表示される。要塞惑星まであと少しと言うところで、敵戦線を突破できずにいるようだ。
すでに艦隊もほぼ半数が大破なり小破なりしている。そこで綾香は決断した。
「カノンに突破口を開く。攻撃の軸線上から友軍艦隊を下げなさいっ! クルスガワ=アヤカ砲用意っ!」
クルスガワ=アヤカ砲は綾香の座乗艦であるクイーン・オブ・デュエリストにのみ装備された超光速粒子砲である。エクストリーム級の強力な超光速推進機関のエネルギーを艦首部分の大口径砲に集束し、一気に超光速粒子を放出する事ですべてを一掃する文字通りの最終兵器だ。
しかも発射時には反動に備えて無限アンカーで艦自体を固定する必要があるため、その間はまったく身動きがとれなくなり、おまけに発射後には冷却システムをフル稼働させなくてはいけなくなるため、いっさいの武器が使用不可能になってしまう。したがって、これを使うというのは必ず勝たなくてはいけないという事なのだ。
「エネルギー充填、一二〇パーセント。全艦異常なし」
「右回頭三〇、プラスマイナス修正右一度、上下角三度」
「電影クロスゲージ明度三十、最終セイフティロック解除」
発射手順を整えていくうちに、艦長席の綾香の前にトリガーが現れる。
「発射十秒前、防眩フィルター展開。総員対ショック、対閃光防御」
「五、四、三、二、一……」
「発射っ!」
カチリ、とトリガーを引くと、左右に分かれた艦首部分からまばゆい光が放出される。それは展開していた自動戦闘人形に大きな穴を開け、要塞惑星の表層の一部を破壊していた。
「よしっ!」
綾香が作ってくれた、この一瞬のチャンスを見逃す祐一ではなかった。いまだふさがりきらない大きな穴にカノンを飛び込ませると、そのまま一気に要塞惑星へ肉薄した。
流石にここまで近づくと、要塞惑星の大きさが良くわかる。祐一は濃密な対空砲火をかわしつつ、クルスガワ=アヤカ砲によって開けられた大穴を目指す。そこではすでに修復が始まっており、無数の自動戦闘人形が穴を塞ごうとしている。その間隙を縫う形で、カノンは内部への侵入を果たした。
「アンカー射出っ!」
割と広めのブロックに着陸したカノンは、壁面にアンカーケーブルを打ち込む。
「プログラム、ドライブ!」
美汐が開発したウィルスプログラムがアンカーケーブルを伝って放出される事で、カノンを包囲して殲滅すべく集まった自動戦闘人形たちの攻撃色が消え、コアユニットが赤から青に変わる。こうする事で自動戦闘人形は無力化が可能になるのだ。このあたりは美汐の持つ神の手と言う異名の面目躍如と言うところだろう。
「当該区画の制圧完了しました」
一息つくまもなく、美汐は次の行動に移る。それは要塞惑星の中枢となるコアユニット、ビッグブレインの位置の検索だ。
「よし、美汐は作業を続行。香里、ユーハブコントロール、後は任せた。行くぞ、名雪、真琴」
「了解っ!」
言うが早いか、祐一と名雪、真琴のコントロールシートが下がっていく。
「お姉ちゃん、CIC入ります」
「お願い」
そして、栞もコントロールシートも下がっていき、ブリッジには香里と美汐、あゆの三人が残された。
祐一たちはブリッジからカーゴデッキに移動し、カノンに搭載されている全領域対応型装甲戦車『けろぴー』に乗り込む。並列副座の操縦席に名雪、その隣の車長席に祐一、その後ろの砲手席に真琴がそれぞれ移動した。
「オペレーションプログラム『ぴろ』起動!」
「けろぴー、発進だよ〜」
うな〜、とネコの泣き声のようなクラクションを盛大に鳴り響かせ、全身を黄緑色に塗られた装甲戦車がカノンから姿を現す。
「……毎度の事ながら、この発進シークエンスはなんとかならんもんかな……」
まるでこれから楽しいドライブにでも出発するかのような名雪と真琴の姿に、祐一は人知れず頭を抱えるのだった。
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