第十三話 白熱の終焉
ネメシスとはギリシア神話に登場する女神である。一般的には復讐の女神として知られているが、実際の意味は義憤であり、人間が神に働く無礼に対する憤りや罰を擬人化し、神格化したものである。
神罰の代行者としての側面から『ネメシス=アドラステイア』とも呼ばれ、その場合の意味は『逃れる事の出来ない罰』となる。
一連の自動戦闘人形の開発や、祐一たちの様な失われた子供たちを開発してきた人間たちの行いは、ある意味神をも恐れぬ暴挙だろう。この要塞惑星というネーミングも、その意味で言えばかなり皮肉なものである。
要塞惑星内部に侵入した祐一たちは、中枢部分にある巨大電脳を目指して疾駆していた。
巨大電脳はその名の通りに自動戦闘人形を総括するコア・ユニットであり、基本的には要塞惑星の一番奥に位置するユニットである。自動戦闘人形たちはこの巨大電脳からの指示で行動するため、例え何万機の自動戦闘人形が襲い掛かってこようとも、この巨大電脳さえ破壊してしまえば無力化することが可能なのだ。
しかし、そこへの道のりは容易くはない。
カノンのCICと一体化した栞のナビゲートによって最短距離を行くけろぴーであるが、敵の本陣の只中にあるだけあって、戦闘は皆無とはいえなかった。名雪の巧みな操縦テクニックと、砲撃担当の真琴の活躍によって事なきを得てはいるが、このままでは追い詰められてしまうのがオチだ。
『名雪さん。そこを右に曲がった後、まっすぐ下ってください』
「おっけーだよ〜」
栞の指示通りにけろぴーを旋回させた名雪は、そのまま一気に垂直の壁をまっすぐ下っていく。けろぴーは六輪式の全領域対応型装甲戦車で、車体の上部に大型のレールキャノンが一門装備されている。その他各種ミサイルとレーザーバルカンで武装しており、軽快な運動性能とあわせて高い威力を発揮するのだ。
けろぴーの車輪は無重力状態にも対応した重力輪となっており、垂直の壁面はおろか、天井を走行することも可能となっている。また、空挺作戦用のスラスターユニットを使用することで、短距離のジャンプも出来る万能振りである。
やがて一行は奥まった場所に出た。
「これ以上けろぴーじゃ無理だな。総員バトルジャケット着用のうえ下車、後は歩いて巨大電脳を目指すぞ」
美汐の流したウィルス・プログラムが基地機能の半分くらいを麻痺させているせいか、今まではあまり大きな戦闘というものはない。散発的に攻撃してくる自動戦闘人形と交戦状態に陥ったくらいだ。
だが、ここから先は中枢ブロック。今まで以上の激戦が予想された。
「よし、いくぞ。準備はいいか?」
「うん」
「おっけーよぅ」
黒いバトルジャケットの祐一の声に、青いバトルジャケットの名雪と緑のバトルジャケットの真琴が応える。その声にはどうにも緊張感というものがないのだが、これがいつもの三人なのだ。
「せいっ!」
祐一が持つ炭素繊維クラスターを主材料とする高周波振動ブレードが、容易く壁を切り裂く。このブレードは刃の部分にダイヤモンドの単結晶体がのこぎりのように配置されており、基本的に硬いものであればこの世に斬れないものはない。
その向こうの通路では、祐一たちを発見した自動戦闘人形が一斉に襲いかかってくる。要塞内部に配備されている自動戦闘人形はスパイダータイプと呼ばれるもので、クモのような多脚構造が特徴となっている。
迫り来る自動戦闘人形のコア・ユニットを、一条の光芒が的確に射抜く。それは名雪が持つレーザーライフルの光だった。
このレーザーライフルは手元のセレクターによって、長射程用の波長が長いレーザーから、連射性や速射性に優れる波長が短いレーザーを自在に撃ち分けることが出来る優れものだ。特にスナイパーとしても超一流の名雪の手にかかれば、鬼に金棒というところである。
「いっけぇ〜っ!」
真琴の掛け声と同時に背中のポッドから放たれたミサイルが、吸い込まれるように自動戦闘人形のコア・ユニットに炸裂する。このミサイルは真琴の脳波によって誘導されるもので、本来は無人の攻撃端末を操作するものであるが、ミサイルの方が使い勝手がいいのでこの装備となっているのだ。
祐一が斬り、名雪が貫き、真琴が撃つ。群がる自動戦闘人形を片っ端から打ち破り、目指すはこの先、中枢ブロックだ。
「相沢さんたちは、無事に中枢ブロックまでたどり着いたようです」
「そう」
祐一たちの動きをモニタリングしている美汐の声に、短く応じる香里。こういうときに、待つしか出来ない我が身が恨めしい。香里は電子計算機の異名を持つものの、その身体は普通の女の子とそれほど変わるものではなく、戦闘には不向きなのだ。栞のように電脳空間にダイブして祐一たちのアシストが出来るわけでもなければ、美汐のように優れたオペレーターというわけでもない。
ちらりと香里は時計に目をやる。計算より多少の遅れはあるが、今のところは概ね予定通りだ。
しかし、時間が遅れれば、それだけ艦隊の被害が大きくなってしまう。
今回の作戦の要諦は、迅速さにある。美汐の作成したウィルス・プログラムは、外科手術に例えるなら麻酔のようなもので、一時的に基地機能の一部を麻痺させているにすぎない。時間がたてば要塞惑星のほうで作成したワクチン・プログラムによって無力化されてしまうだろう。そうなる前に突撃隊が中枢ブロックの巨大電脳を破壊し、基地を無力化する。ただ、それだけの作戦なのだ。
ただし、この作戦を実行するには相応の機材と人材が必要となるのは言うまでもなく、現状でそれだけの能力を有しているのは祐一たちだけなのである。
それがわかっていながらも、香里は不安の色が隠せない。こういう部分は、やはり歳相応の少女なのだから。
(とにかく、無事で帰ってきてよね。みんな……)
作戦の進捗状況を表示するモニターを見ながら、そう願わずにはいられない香里であった。
「祐一……」
名雪の不安げな声が、ヘルメット内部のインカム越しに伝わってくる。隣を見ると真琴も同様だ。
だが、それも無理はない。祐一たちの目の前に立ち塞がる相手、その威風堂々たる巨体には誰もが圧倒されてしまうだろう。
「ジャイアント・クラブか……」
その時祐一は、急速に口の中が乾いていくのを感じていた。
スパイダータイプの自動戦闘人形は通常の人間サイズ程度の大きさしかないが、ジャイアント・クラブは通路の床から天井までの大きさがある。基本的な構造はスパイダータイプと変らないが、そのサイズは桁外れであり、祐一たちを踏み潰そうと一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。
「どうしよう……」
「どうしようもこうしようも、突破するしかないだろ。行くぞっ!」
真琴の不安げな声を振り切るように、祐一はバーニアを噴かしてジャイアント・クラブに肉薄する。それを見た二人も後に続くのだった。
寸法や形状に多少の差異はあっても、自動戦闘人形の基本的な構造は変わらない。要はコア・ユニットさえ破壊してしまえば、その機能は停止してしまうのである。とはいえ、こうして間近に迫ってみると、その大きさに戦慄を覚える祐一ではあったが。
「せいっ!」
激しく振り回される脚部をかいくぐり、コア・ユニットに一撃を加える祐一であるが、瞬時にコア・ユニットの周囲にシャッターが下りてブレードを阻み、激しく火花を散らす。
「ちぃっ!」
そして、ジャイアント・クラブが攻撃をしようと、再びコア・ユニットのシャッターを開いたその時、一条の光線が貫いた。
「いっけぇーっ!」
名雪が作ったその一瞬の隙を突くように。、真琴のミサイルが炸裂する。この波状攻撃でコア・ユニットを破壊され、ジャイアント、クラブは沈黙した。
祐一たちはついに要塞惑星の最深部、巨大電脳へと到達した。流石にここでの戦闘行為は出来ないのか、そこにはバリアに包まれたブレイン・ユニットがあるばかりだ。調べてみると、このバリアは床と天井の双方に設置された六基のユニットによって構成されているようだ。
つまり、このバリア・ユニットさえ破壊してしまえば、巨大電脳は丸裸も同然というわけだ。
「真琴、準備は?」
「おっけーよぅ」
すばやくハンドランチャーを組み立て、初弾を装填する真琴。この弾頭には美汐特製のウィルスが仕込まれており、巨大電脳を機能停止させることが出来るのだ.
「よしっ! 行くぞ、名雪」
「おっけーだよ〜」
祐一と名雪は、二人がかりでバリア・ユニットを次々に破壊していく。ここまでくるとさしたる抵抗も受けずに作業は終了した。
真琴がハンドランチャーを撃ち込むと、巨大電脳はそのすべての機能を停止するのだった。
「終わったみたいね……」
「そのようですね」
「うぐぅ……」
カノンに伝わってくるわずかな振動からすべてが終わったことを察し、三者三様の感想を漏らす。だが、その振動は収まる様子はなく、むしろ激しさを増していった。
「どうしたの?」
「まってください」
美汐がセンサー系を操作し、外部の様子をスキャンする。
「どうやら、要塞惑星が崩壊を始めたようです……」
巨大電脳が失われたことにより、その機能を維持できなくなった要塞惑星は急激に自壊を始めたのだ。このままでは要塞ごとカノンも押しつぶされてしまう。
「しかたないわ。美汐、エンジン出力を上げて」
「うぐぅ、それって……」
「いつでも脱出できる準備を整えておくのよ」
不安げな表情のあゆに、にっこりと微笑みかける香里。
「心配要らないわ。あの三人がそう簡単に死んじゃったりするもんですか」
巨大電脳を機能停止させると同時に、激しい振動が祐一たちに襲いかかる。逃げようにも入ってきた通路は真っ先に崩れてしまい、中枢ブロックに閉じ込められてしまった。
もはやこれまでか、と祐一が思った丁度その時。
「うな〜っ!」
派手なクラクションと同時に、緑色の装甲戦車が中枢ブロックに飛び込んでくる。
「けろぴー」
「来てくれたんだぁ」
「喜ぶのは後! とにかく乗り込め」
三人が脱出したその直後に、中枢ブロックは崩壊した。
「きました、けろぴーです」
「よし、カノン発進するわよ」
香里がスロットルを押し込むと同時に、カノンはすべるように移動を開始する。
「あう、カノンが……」
けろぴーの到着を待たずして移動を開始したカノンに、情けない声を上げる真琴。
「まだ間に合う。跳べっ!」
スラスターを一気に噴かし、名雪はけろぴーをカーゴスペースに飛び込ませる。カノンが離陸を開始したのは、その直後だった。
「綾香様」
突然機能を停止した自動戦闘人形たちに、作戦の成功を確信する綾香ではあったが、肝心のカノンの機影をまだ確認できていない。
「確認しました、カノンです」
綾香がメインスクリーンを確認すると、崩壊する要塞惑星からカノンが飛び出してくるところだった。
かくして、戦いは終わった。
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