スキヤキ♪
「おおっ!」
目の前でほこほこといいにおいを立てるスキヤキ鍋に、祐一は感嘆の声を上げた。
「今夜はスキヤキですか」
「はい、実家からよいお肉をいただきましたので」
そうにこやかに微笑んで答えたのは倉田佐祐理。
かねてからの約束どおり、祐一は舞と佐祐理の三人で暮らすようになった。経済的な事情も手伝って六畳一間の狭い部屋ではあるが、ちゃぶ台の上には佐祐理お手製の料理が並び、それを囲むように三人が揃うと不思議と団欒の風景となる。
「……おなかすいた」
「すぐに出来ますからね、舞」
そう言って佐祐理は本日のメインディッシュであるスキヤキに砂糖を入れていく。
「あの……佐祐理さん。砂糖そんなに入れるんですか?」
「舞の好みなんですよ〜」
その佐祐理の微笑みは、値千金の魅力があった。
「はい、お肉が煮えましたよ〜。舞、取ってあげますね」
舞のお椀にお肉をいっぱい入れていく佐祐理。
「あ……佐祐理さん、俺には?」
「はい、しらたき」
「……。……ありがとう……」
佐祐理の笑顔を前にしては、祐一も従わざるを得ない。祐一は素直に山盛りになったしらたきの入ったお椀を受け取った。
「どう? 舞。美味しい?」
「……ふぁふぃみふふまはん」
「……目いっぱい肉ほおばりながら言うなよ……」
呆れつつも祐一は佐祐理のよそってくくれたしらたきを口に運ぶ。舞には丁度いいのだが、祐一には少々甘すぎる味付けだ。
しかし、文句を言えないのが居候の辛いところだ。なにしろこの部屋の家賃を払っているのは、アルバイトで稼いでいる佐祐理なのだから。
「はい、次のお肉が出来ましたよ〜。舞、取ってあげますね〜」
「佐祐理さん、俺には?」
「はい、お豆腐とおネギ」
お椀にてんこ盛りになった豆腐とネギに呆れつつも、祐一は佐祐理からお椀を受け取る。口の中でとろけるような牛肉の食感に舞は目を細め、そんな舞の様子に佐祐理は満足そうに目を細める。そんな二人の様子をそばで眺めつつ、祐一は妙な疎外感を味わっていた。
「……今夜は、祐一と寝る」
「……え?」
食事を終えた後のひと時を過ごし、もう寝る時間となる。そのときの舞の発言に、祐一は耳を疑った。
「そうか、舞。それじゃ早速……」
「なに勘違いしてる、祐一」
鼻の下を伸ばして近づいてきた祐一の額にチョップを入れ、舞はアリクイのぬいぐるみをきゅっと抱きしめた。
「……そいつ『ゆういち』って名前なのか?」
「はちみつくまさん」
そう静かに頷く舞には、祐一も沈黙せざるをえなかった。
「すみません、祐一さん。佐祐理一人の稼ぎでは、このお部屋を維持するだけで精一杯なんです……」
「あ……いいですよ、佐祐理さん。俺、いつものように台所で寝ますから……」
本当に申し訳なさそうな表情の佐祐理を前にしては、祐一もそう言わざるをえなかった。
「今夜はスキヤキですよ」
「おおっ!」
食卓の上でほこほこといいにおいを立てているスキヤキに、祐一は感嘆の声を上げた。
「今日はお肉が安かったので、思い切って奮発しちゃいました」
「お肉が煮えたよ。はい、祐一」
名雪が祐一のお椀にいっぱい肉をよそってくれる。祐一はそれを受け取ると早速肉を頬ばった。
「どう? 祐一。美味しい?」
「ああ、最高だよ」
甘さ控えめちょっぴり辛めの味付けは祐一の好みだ。それを聞いて名雪は安堵したようにため息を漏らした。
「まだまだお肉はたくさんありますから、たくさんおかわりしてくださいね」
「い〜っぱい食べてね、祐一」
瞳を閉じると浮かび上がってくるのは、楽しかった在りし日々の風景。
暗い天井を見上げながら祐一は冷たい床に身を横たえ、寝袋に包まれたまま自問する。
一体俺は、どこで選択肢を誤ってしまったのだろうか……。
そんなことを考えながらも、祐一は自嘲気味の笑みを浮かべる。なぜなら、これも自分で選択した結果なのだから。
そして、祐一は再び瞳を閉じる。
せめていい夢がみられるように。明日がよい日であるように祈りながら……。
上をむいて歩こう。
涙がこぼれないように……。
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