激しくファンタジー

 

 昔々、平和と自由の王国があった。

 キー大陸のカノン王国は大きな争いもなく人々は平和に暮らし、この国を治める美しき二人の姫、香里姫と栞姫の姉妹は吟遊詩人の主題ともなり、多くの繁栄を謳歌していた。

「ふはははははっ! 我こそは大魔王北川。香里姫は、このオレがいただいていくっ!」

「あ〜れ〜、助けて〜」

 だが、その平和も長くは続かなかった。突如として現れた悪の大魔王北川に、絶世の美女の誉れも高い香里姫がさらわれてしまったのだ。

「なんだって? 姫が……香里がさらわれた?」

 彼こそは伝説の勇者の末裔、香里姫の婚約者でもある相沢祐一その人であった。いきり立つ祐一に、宮廷魔術師の秋子は最後の望みを託した。

「そう言うわけですから祐一さん。早くなんとかしてくださいね」

「それで秋子さん。香里はどこにさらわれたんですか?」

「え〜? そんな事聞かれても、秋子わかんな〜い」

 妙に子供っぽい口調で身体をくねらせる秋子の姿には、流石の祐一もちょっと引いた。今までどんなモンスターを相手にしても臆する事のなかった祐一が、今このときだけは恐怖に身を震わせていた。

「早速ですが祐一さんには今すぐ旅立っていただきます」

「えらく唐突ですね」

「ああ、今こうしている間にも香里姫は……」

 ふと遠い目をする秋子に不安を隠せない祐一。なにしろ相手は悪の大魔王だ、香里姫がどんなひどい目にあうかわかったものじゃない。

「そこで祐一さんには仲間を一人用意しました」

「仲間ですか?」

「名雪、いらっしゃい」

 秋子に呼ばれてはいってきたのは一人の少女。長く青い髪の美しい少女であった。

「ひさしぶり、だね。祐一」

「あ……ああ」

 彼女の名前は水瀬名雪。宮廷魔術師秋子の一人娘にして、祐一のいとこであり、幼馴染でもある少女だ。祐一が旅に出た七年前から会っていないが、あのころの面影を残しながらも美しく成長した名雪の姿に祐一は目を見張った。

「行こ、祐一。早く香里を助けてあげないと」

 名雪にとって香里姫は大切な親友だ。その親友の危機を、名雪も黙って見過ごしてはおけないのだ。

 そして、祐一達は旅立ちのときを向かえるのだった。

 

 こうして冒険をはじめた祐一達一行の前に、突如として悪のモンスターあゆあゆ&まこぴーが現れた。

「うぐぅ、あゆあゆじゃないよぅ」

「だれがまこぴーなのよぅ」

 よし、それじゃ妖怪うぐぅとあう〜が現れた。

「うぐぅ? うぐぅ、うぐぅっ!」

「あう〜? あうあう、あう〜!」

「いきなりどうした? 二人とも」

 突然うぐぅとあう〜しか言わなくなった二人に、祐一は驚きの声をあげる。

『大変なんだよ』

『あう〜しか言えなくなっちゃったのよぅ』

 二人は律儀にもどこからともなく取り出したスケッチブックに字を書き、事の次第を説明する。そのとき祐一は、設定の持つ強制力の恐ろしさを思い知る事となった。

「まあ、いい。とにかく戦闘開始だ。名雪、魔法で援護を頼む」

「わかったよ」

 軽く肯いて名雪は呪文の詠唱をはじめる。

「だそがれの陽よりも人の血よりもなおも紅き紅蓮の炎よ……」

「……名雪、それ……」

「うぐぅ!」

「あうっ!」

「我が手に集いて全てを焼き尽くせっ!」

 名雪の両手にあふれんばかりの魔力が集い、やがてそれはまぶしく光り輝く灼熱の火球となった。

「ギガンティックバーストっ!」

「危ない、伏せろっ!」

 祐一が二人の身体を抱きかかえて地面に伏せると、その上を熱く輝くなにかが通り過ぎていく。やがて地響きのような轟音が鳴り響くと同時に、荒れ狂う爆風が祐一の身体を包み込んだ。

 やがて顔を上げた祐一は、その破壊の爪跡に息を飲んだ。大地はえぐられ、彼方の山は消し飛んでいる。恐るべき名雪の魔力に祐一は戦慄した。

「うぐぅ……」

「あうぅ……」

 あゆと真琴はあまりの恐怖に泣きじゃくり、祐一の胸から離れようとしない。

「ごめんね、ちょっと手元が狂っちゃった」

 てへ、とかわいらしく微笑む名雪の笑顔だけが、妙に祐一の心に残る。

 全くの余談だが、このときの事に恐れをなした二人は改心し、盗賊のあゆ、格闘家の真琴として仲間に加わるのだった。

 

 さて、一方そのころの香里姫は。

「あたしをさらってどうするつもりなのよ、この悪党っ!」

「悪く思うな、香里姫」

 ここはとある山の洞窟の中。大魔王北川はここに香里姫を拉致したのだ。気丈にも北川を睨みつける香里姫を、北川は特に興味がないような冷ややかな視線で見つめる。

「なに、心配は要らないぜ……」

 そう言って不敵な笑みを浮かべた北川は、おもむろに皮のムチを取り出す。

「今からお前を……こいつでオレ好みの女に調教するだけだ……」

 そのサディスティックな北川の笑みに、香里姫はただ恐れおののくだけだった。

「くっ……」

 勢いよくムチが降り下ろされるたびに、白い柔肌に紅い筋が走る。

「はっ……」

 だが、ムチで撃たれる苦痛は、快楽となって徐々に、徐々に背筋を駆け上ってくる。このとき香里姫は、自分にこんな一面がある事を知った。

「……いいぞ、香里姫……。その調子だ……」

「香里姫じゃないわ……」

 そこで香里姫、北川にムチをひと振るい。

「女王様とお呼びっ!」

「くはぁっ!」

「お前はあたしの忠実なしもべよっ!」

 そして、真っ赤なハイヒールで北川をグ〜リグリ。

「ほ〜ら、幸せとお言い。お〜ほっほっほ……」

 随分と楽しそうな香里姫であった。

 

 祐一の冒険は続く。

 モンスターを(押し)倒して経験値を稼ぎ、町や村では情報を集め、洞窟の奥で謎の宝を発見し、宿屋に泊まって『昨晩はお楽しみでしたね』とからかわれ、海を渡り、空を駆け抜け山を越え。その過程を説明していると三日ぐらいかかってしまうという、摩訶不思議アドベンチャーを繰り広げていた

 そしてついに、祐一は香里姫がとらわれている北川の待つ洞窟へとたどり着いた。

「よくきたな相沢。だがしかし、お前にここまでたどり着けるかな?」

 洞窟の奥底で北川は不敵な笑みを浮かべる。その傍らでは香里姫が心配そうに魔法の水晶球を覗きこんでいた。

 なにしろ迷路のように入り組んだ洞窟のあちこちに、凶悪なモンスターがところ狭しと解き放たれているのだ。いくら祐一が伝説の勇者といえども、容易にここまではたどり着けないはず。

「くっくっく……はーっはっはっは……」

 北川が高笑いをはじめた丁度そのとき、激しい衝撃が洞窟内を揺るがした。

「な……なにぃっ?」

「きゃあっ!」

 洞窟が崩落するような勢いで激しく地面が揺れ動き、バランスを崩した香里姫の上に瓦礫が降り注ぐ。

「香里姫っ!」

 だが、間一髪。北川が自分の身体を楯にして香里姫を守りぬいた。見上げる天井に青い空がまぶしい。

「無事か? 香里姫……」

「あたしは大丈夫よ……。でも、あなたが……」

「オレなら平気さ……。このくらいかすり傷さ……」

 そうして二人が見つめあい、なんとなくいい雰囲気になったとき、がやがやと話をしながら一組の男女が姿を現した。

「山ごと消し飛ばせって……。祐一はなにを考えてるんだよ」

「あんな洞窟いちいち攻略してられるか。それなら近道を行くのが筋ってもんだろう」

「それはそうだけど……」

「相沢くん、名雪っ!」

 聞き覚えのある声に、香里姫はすばやく北川の元を脱して駆け寄った。

「おお、香里姫」

 それを見た祐一、大きく両手を広げて香里姫を待ち構えた。

「名雪!」

 祐一を無視して、香里姫は名雪を抱きしめると、意外と大きな胸に顔を埋めてグ〜リグリ。

「香里、無事だったんだね」

 満面の笑顔で名雪は香里を抱きしめる。再会を喜び合う親友二人。それは感動的でいい光景なのだが、なんとなく疎外感を覚える祐一であった。

「あたし……怖かったわ。あの男、あたしにやりたい放題……」

「よしよし、香里。それで?」

 涙交じりにそう訴える香里を宥めつつ、名雪は先を促す。

「やだ、女の子の口からそんな事言えるわけないじゃないの」

「許せねえ……」

 それを聞いた祐一の全身に、怒りがみなぎる。

「か弱い女の子にやりたい放題……。俺だってそんな事、まだ香里にやってないんだぞっ!」

 怒りの矛先が少々間違っているような気もするが、祐一は北川にびしっと指を突きつけた。

「北川、貴様はこの俺が倒すっ!」

「じゃあ、後はよろしくね、祐一」

「へ?」

 名雪の突然の言葉に祐一の目が点になる。

「ほら、香里を早くお城に連れてかなきゃいけないし、傷の手当てもしてあげないと」

「いやあの、名雪。 俺一人で戦うのか?」

「だめかな……?」

 名雪はうりゅんと潤んだ瞳で祐一を見つめる。目じりにたまった涙の真珠が、祐一のハートを直撃した。

「よしっ! 俺も男だ。やってやろうじゃないか」

 半ばヤケ気味に叫ぶ祐一。

「殊勝な心がけだなっ! 相沢」

 負けじと声を張り上げる北川。

「お前の墓標はこのオレが刻んでやる。安心してくたばるがいいっ!」

 

 そして、二人だけの戦いの火蓋が今ここに切って落とされた。

「相沢、ここをお前の墓場にしてやるぜ」

「ああ? 誰に向かって言ってんだ?」

 格好よく口上を述べる北川を、静かに冷ややかな視線で睨みつける祐一。

「俺は無敵のU−1様だぜ? その俺が北川ごときに負けるはずがないだろ?」

「なに?」

「冥土の土産にたっぷりと聞かせてやろう。なぜ俺が香里を恋人に選んだかをな」

「どうせなら、メイドの土産のほうがいいな」

 不思議な沈黙があたりを包み込む。そのまま二人は対峙したまま一言も言葉を交わさなかった。

「まあ、いい……」

 やがて祐一が静かに口を開く。

「俺が香里を恋人に選んだ理由、それは……」

「それは?」

「香里はこの国の姫だ。という事は、香里と結婚すればこの国は俺のものになるという事だ」

 強く拳を握り締めた祐一の声が響く。

「俺がこの国の王になった暁には、ハーレム作ってあの娘もこの娘も選り取りみどり、酒池肉林の毎日を過ごすんだ」

「………………………………」

「その俺の野望のためにも北川、お前には死んでもらうぜ」

「……そんな理由でオレ達は戦うのか?」

 北川の口調は、呆れてものが言えないという感じだ。

「もはや問答無用。くらえっ! 相沢流最大奥義、帝冥餓死猫矢狼っ!」

「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」

 なにがなんだがよくわからないが、怒濤の大技が北川に炸裂。かくして、悪は滅びた。

 

「相沢くんっ!」

「おお、香里姫」

 両手を広げて駆け寄ってくる香里姫を受け止めるべく、祐一も大きく両手を広げた。

「莫迦っ! どうしてもっと早く助けに来ないのよっ!」

「ふごぉっ!」

 カウンター気味に炸裂した香里姫のナックルが祐一のあごに炸裂。祐一はそのまま数メートルほど吹っ飛ばされた。

「どれだけあたしが怖い思いをしたと思ってるのよ。もう、信じられないわ」

 香里姫の剣幕に、怖い思いをしたのは北川のほうなんじゃないかと祐一は思った。大地に倒れる祐一の頭を、名雪はそっと自分のひざに乗せる。

「もう、香里。あまり祐一に乱暴しちゃだめだよ」

「名雪……」

 その名雪の優しさに、祐一の両目から滂沱の涙があふれ出る。

「だってもうじき……お父さんになるんだから……」

「……へ?」

 名雪の言葉に目が点になる祐一。

「まさか……」

 それには応えずに、名雪は頬を赤らめたままうなずいた。

「そうか、俺がお父さんになるのか……。ありがとう名雪」

「祐一……」

「……相沢くん……」

 祐一と名雪が見つめあい、いい雰囲気になったところに香里姫の冷ややかな声がかかる。その声は祐一の背筋を凍らせ、震え上がらせるような凄みがあった。

「あなた……あたしの名雪に、なにをしたの?」

「なにって……それは……」

 得体の知れない香里姫の迫力に対抗するべく祐一は声を絞り出すが、どうにもその声には精彩がない。異常なまでの香里姫の迫力に、祐一は完全に気おされていた。

「そ……そんな事よりも香里、『あたしの名雪』ってどういう意味だ?」

「言葉どおりよ?」

 香里姫は妖しげな微笑を浮かべると、そっと名雪の身体を抱きしめた。どう見ても親友としての一線を超えているような感じに、祐一はこの二人の淫靡な関係を知る事となる。

「まあ、そんな事はどうでもいいわ……」

 軽く息を吐き、香里姫は祐一にあからさまな蔑みの視線を送る。

「あたしというものがありながら、その目の前で堂々と浮気するなんて……。相沢くんも結構いい度胸してるじゃないの……」

 祐一の背中に嫌な感じの汗が流れる。それはまさに蛇に睨まれた蛙の心境だ。

「いや、ほら、あの、香里? 話せばわかるというか、なんと言うか……」

「問答無用」

 しどろもどろと弁解をはじめる祐一を、香里姫はにこやかに切り捨てた。

「この、浮気者〜っ!」

「うぎゃぁぁぁぁぁっ!」

 香里姫のナックルが、再度祐一に炸裂。そして、祐一は星になった。

 

 一つの冒険が終わった。だが、祐一に安らぎのときは来ないのだった。

 という、絵に描いたようなありきたりのオチがついたところで、これにて一件落着。

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