前略、お母さんへ

ボクは元気です

あゆ

 

母の日

 

 五月の第二日曜日は母の日。その日が近づくと、花屋の店頭には色とりどりのカーネーションが並び、見る人の目を楽しませます。

 アメリカでは国民の祝日として、すでに百年近い歴史を誇るこの行事。

 一般的に母が存命な人は赤いカーネーションを、死別した人は白いカーネーションを胸に飾ります。

 もっとも、日本では母に贈る花として有名ですが。

 

 この日水瀬家のリビングでは、母に日ごろの感謝をするためのささやかな宴が開かれていた。

「はい、お母さん」

「ありがとう」

 最愛の愛娘から赤いカーネーションの花束を贈られ、不覚にも秋子の目から涙がこぼれる。なにしろ両手いっぱいはあるくらいの立派な花束なのだから、感極まってしまうのも無理からぬ事だろう。

「でも、いいんですか? こんなに立派な……」

「気にしないでいいですよ、秋子さん」

「そうだよ、これはボクたちの気持ちなんだから」

「だって、今日はお母さんの日だもんね」

 祐一に続いてあゆと真琴が次々に口を開く。

 あの冬の日。七年の眠りについていた少女は目を覚まし、消えたと思った少女はひょっこり帰ってきた。身寄りのなかった二人を秋子は快く受け入れ、母と娘の二人きりだった家は一気ににぎやかになった。

「だから、遠慮なく受け取ってね。お母さん」

「ありがとう、みんな……」

 娘のやわらかい笑顔に、秋子は再び大粒の涙を流すのだった。

「それと、これは名雪さんに」

「え?」

 まるで予想をしていなかったのか、あゆの差し出した赤いカーネーションの花束に、名雪はきょとんとした表情を浮かべた。

「わたしに……?」

「うん、これは名雪さんに」

「だって、おかーさんがいないとき、おうちの事してくれてるのおねーちゃんだもん」

 真琴の声に、名雪の目からも大粒の涙があふれ出た。

「あ、でもちょっと気が早かったかな?」

 あゆの無邪気な声に、名雪はカーネーションの花束にも負けないくらい顔を真っ赤にする。

「祐一さん、どちらへ?」

 不意に背中にかかった秋子の声に、こっそりリビングを抜け出そうとしていた祐一は恐る恐る振り向いた。

「いやあ、その……」

 秋子の事は考えていたが、祐一は名雪の事はまるで考えていなかった。よくよく考えてみれば、母の日や父の日はあっても恋人とか配偶者とかの日は聞いた事がない。

「祐一くんだって名雪さんのお世話にはなっているんだから」

「そうよぅ、すこしは感謝するべきよぅ」

 たしかに、朝名雪を起こす以外は生活のすべてを名雪に依存していると言っても過言ではない祐一。あゆと真琴の強い口調の前に、祐一はただ乾いた笑いを浮かべるしか出来なかった。

 

 リビングから響く楽しそうな笑い声。

 あゆと真琴が使う部屋の窓辺では。

 一輪の白いカーネーションが飾られていた。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送