Dear to be stupit!

 

「暑……」

 まだお昼にはちょっとだけ早い時間ではあるが、夏の太陽はこの日も盛大にエネルギーを放出していた。

 この春に故郷の街を遠く離れた、といっても山ひとつ超えただけの海辺の街にある大学に進学した香里は、はじめて迎えるこの街の夏に少々閉口気味であった。

 それというのも元々雪国の育ちで、産まれてからほとんど故郷の街から出た事のない香里にとって、この街の暑さは異様ともいえるからだ。

 出来る事なら、香里もこんな陽気の日に表になど出たくない。だけど香里にはどうしても出なくてはいけない理由がある。

 それはそこに愛する男性、相沢祐一がいるからだ。

「あら、美坂先輩。おはようございます」

「天野さん……おはよう」

 通りの角で、偶然ばったり出会ったのは天野美汐。物腰の上品さを醸し出す優雅な美汐の微笑とは対照的に、香里の表情は渋い。例えるならそれは、長年の仇敵に出会ってしまった百戦錬磨の女狐と、海千山千の古狸のようであった。

「こんなところで会うなんて、随分と奇遇ね。どこへ行くのかしら?」

「ちょっとそこまでですけど。そういう美坂先輩こそどちらへ?」

「あたしも、ちょっとそこまでよ……」

 やっぱり目的地は一緒か、と香里は内心舌打ちをする。祐一を巡る一連の抗争の過程で、なんとか祐一の隣りをゲットした香里ではあるが、まだまだ油断は禁物である。なにしろ隣りといっても、別に恋人同士として認められたというわけではないのだから。

 そんななかで目下最大のライバルといえるのが美汐だった。彼女は高校在学中から祐一に積極的なモーションをかけており、その姿はさながら婚期を逃したオバサンも真っ青というくらい過酷なもので、あまりの過激さに祐一は円形脱毛症を患ってしまい、唯一の安らぎの場となるのは水瀬家ぐらいのものだったという。

 とにかく無事に大学進学を果たし、これで美汐とも離れられると思った祐一だったが、入学初日の校門で絶望のどん底に落ちた。そこには、大検に合格した美汐が新入生として待っていたからだ。

 流石の香里も、これには驚嘆の念を禁じえなかったという。結局、どこへ行っても人間関係にさほどの変化が見られなかった祐一であった。

 

 それにしても、と香里は美汐の格好をしげしげと眺めてみる。

 薄いパープルのキャミソールワンピは夏らしい装いであるといえなくもないが、どうにも服に着られているという印象が強い。とはいえ、普段は比較的地味な格好の美汐にしては、かなりがんばったほうだろう。

 そんな美汐に対して香里は、ふふん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべる。香里も似たようなデザインをした黒のキャミソールワンピではあるが、抜群のボディラインと洗練された着こなしは、周囲の注目を集めるのに充分だったからだ。

「それでは、失礼します」

 その視線に気づいたのか、美汐はさっと踵を返す。そして、香里もその後に続く。

「どうしてついてくるんですか?」

「あら、偶然ね。あたしもこっちなのよ」

 二人は並んで歩き出すが、美汐がすっと前に出れば、香里がすっと抜き返す。そんな事を繰り返していくうちに二人の歩調は荒くなっていき、はじめのうちは軽やかな足音だったのが次第に競歩へと変わり、ついにはドタバタとした全力疾走となっていた。

 右に左にコーナーを回り、ストトンとギアを落としてシケインを抜けていく。二人とも足回りはスニーカーで固めているせいか、そのままテールトゥノーズ、サイドバイサイドの攻防を繰り広げている。

 どちらかといえば、胸が揺れてしまう分香里がやや不利といったところだ。

 やがて目的地となる祐一の住むアパートに着いても、二人のデッドヒートは続く。一気に階段駆け上がり、狭い廊下を疾駆する。そして、祐一の部屋の扉の前についたとき、二人は同時に銀色の鍵を取り出した。

(いつのまに……?)

 お互いの手の中にある鍵を見て、言葉を失う二人。実は祐一が自室の鍵を預けているのは、祐一にとって極親しい人物に限られていたからだ。

 したがって、鍵を持っているという事は、祐一にとって親しい人物であるという事である。ところが、香里も美汐も相手が祐一の部屋の鍵を持っているとは知らなかった。

 実は二人とも、祐一が万一のために隠してある鍵を使って合鍵を作っていただけなのだが、流石にそれは口には出せない。一応ライバルである以上、相手に弱みを見せるわけにはいかないのだ。

「どうぞ、美坂先輩」

 美汐に促されて鍵を開けようとする香里ではあるが、そこで気がつく。

「あんたあたしに鍵を開けさせて、その隙に中に入ろうとかしてない?」

「いやですね、そんなわけあるはずないですよ」

 ころころと笑う美汐ではあるが、その立ち位置はしっかり外開きの扉のはいりぐちだった。

「それならあんたが鍵を開けなさいよ」

「そんな事言って、美坂先輩が抜け駆けするつもりですね?」

 しばらくの間二人は不毛な口論を繰り返していたが、二人が同時に中に入るという事で合意を得た。

 

「それじゃ、開けるわよ。せぇ〜の……」

「どん!」

 扉が開け放たれると同時に、狭い玄関に駆け込む二人。そのまま押し合いしながら三和土を通り抜けるついでに靴を脱ぎ、意外と綺麗に整頓されている部屋を駆け抜け、一番奥にある祐一の寝室を目指す。

「相沢くん、おはよう」

「おはようございます、相沢さん」

 部屋の扉を引きちぎらんばかりに開け放って中に飛び込む二人だったが、いつも寝ているセミダブルのベッドに祐一の姿はなく、部屋はもぬけの殻だった。その光景に、しばし唖然とする二人。

「……逃げたわね……」

 ポツリとそう呟く香里の表情は、とても怖かった。形のよい眉はつりあがり、豪奢なウェーブヘアは蛇のように蠢いている。子供が見たら泣いて逃げ出しそうな雰囲気だ。

「ちょっと待ってください、美坂先輩」

 一方の美汐は、冷静に祐一の布団に手を入れていた。

「まだ暖かいです。と、言う事は、それほど遠くへは行っていないようですね」

 ふと窓を見ると、シーツで作ったと思しきロープがぶら下がっている。どうやら祐一はここから逃げたらしい。

「逃がすもんですか。行くわよ、天野さん」

「は……はい」

 香里から発せられている圧倒的なまでのプレッシャーに気おされつつも、気丈に返事をする美汐。やはり、このあたりは随分と手馴れたものだ。

「ところで美坂先輩、相沢さんがどこに行ったかの心当たりでも?」

 ばたばたとアパートを飛び出し、通りの角を曲がったあたりでかけられた美汐の冷静な声に、ふと我に返る香里。よくよく考えてみればこの炎天下の中、祐一はどこへ行ったというのだろうか。

 祐一は寒いのを苦手としているが、別段暑いのが得意というわけではない。そうなると、必然的に祐一が向かうのはどこか涼しい場所であると考えられる。とはいえ、一人で喫茶店や映画館、図書館などの施設に行くとは考えにくい。

 そんなとき、香里の脳裏に一人の少女の姿が浮かぶ。それは祐一のいとこ、水瀬名雪その人であった。

 

 笑顔は満点だよ、一級品。料理も満点だよ、一級品。スタイル抜群、一級品。だけど寝起きは最悪だよ、三級品。

 

 名雪という少女を表現すると、概ねこんな感じだ。実際香里も美汐が相手なら、際立った容貌と知性の面で勝ち目はあると考えているし、美汐も香里が相手なら家庭的な面で勝ち目はあると考えている。しかし、その双方の特性を持つ名雪が相手だと、どうにも分が悪い気がするのは否めなかった。

 

「ふっ、愚民どもめ……」

 ばたばたと遠ざかる足音を聞きつつ、祐一は琥珀色の液体に満たされたグラスを軽く回す。本人としては格好つけているつもりなのだろうが、まるで似合っていないのが悲しい。

「……どうでもいいんだけど……」

 それをジト目で眺めるのは一人の少女。淡いブルーのチューブトップの胸元から覗く白い谷間と、白のホットパンツからすらりと伸びる脚が実に綺麗だ。

「どうして祐一がわたしの部屋に居るのかな?」

 それは誰あろうこの部屋の主、水瀬名雪その人だった。

「なにを言ってるんだ、名雪。俺とお前の仲じゃないか」

「どんな仲?」

 はあ〜、と名雪は海よりも深いため息を吐く。なんでこんなのがわたしのいとこなんだろう、と。

 

 いろいろな事があった冬だった。その一言で済ませたくなるくらいイベントは目白押しで、この先一生かかっても体験しきれるかどうかも怪しいくらいに、めまぐるしく過ぎ去っていった季節。

 かつては名雪の一番好きだった季節ではあったが、もはやそれすらもいい思い出だ。

 季節は巡り春になり、名雪は祐一達と離れて別のクラスとなった。といっても、それは理系進学組の祐一と香里、文系進学組の名雪に別れただけなのだが。

 祐一とは別のクラスになって少し寂しかった名雪ではあったが、逆にこれはいい機会なのではないかと思った。祐一との関係を見つめなおすために。

 あの冬に色々あり、祐一のまわりにはいつも複数の女の子が居るようになった。そして、その中には名雪の親友である香里の姿もある。二人はお似合いのカップルであり、名雪としても親友の恋を応援する事に異存はないし、香里なら安心して祐一を任せられると思っていた。

 そうなると、こうして別のクラスになったのはなにかと都合がよかった。祐一との関係は朝夕の挨拶程度にとどめておけたし、陸上に専念出来たために大会でも好成績を残す事が出来た。そんな名雪に舞い込んできたのが、この大学への推薦入学の誘いだった。

 海辺にある小さな街の大学。香里ならまだしも、少なくとも祐一のランクで入学は無理であろう場所。

 祐一が香里と仲がいい事は知っていたし、二人の関係を邪魔する気もなかったので、名雪にとってそれは大歓迎の話だった。

 ところが、これを聞いた祐一は怒りの形相で名雪に詰め寄ってきたのである。祐一にしてみれば理系と文系とコースは違っても、名雪とは同じ大学に通えるものと思っていた。ここ最近はろくに話す機会もなかったし、妙に開いてしまった感のある名雪との距離を縮めるのに好都合だと思ったからだ。

 しかし、陸上を続けたいという名雪の決意は変わる事が無かった。

 それからの祐一は変わった。その豹変振りは普段の彼を知るものであれば異常と認識するくらいに。もっとも、名雪はこれを、祐一は香里と仲良くしてるんだな、程度の事としか考えていなかった。祐一がランクを上げて、香里と一緒の大学に行くためにがんばっているんだろう、としか思っていなかったのだ。

 それだけに、名雪と同じ大学の合格通知を祐一から見せられたときには唖然としたものだ。

 この事態に対し困惑したのは名雪だけではなく、その母親である秋子もその一人であった。

 娘が遠くの大学に行き、一人暮らしをしたいというのは、秋子にしてみれば歓迎する事だった。娘の成長は母親として喜ぶべき事であるし、その間に祐一を独占する事が出来るからだ。

 ところが、祐一も名雪と同じ大学に進学するというので、秋子の計画はご破算になってしまった。まがりなりにも保護者である秋子としては、家事のできない祐一を一人暮らしさせるわけにもいかなかったのだが、この一言が秋子の態度を変えさせた。

「心配いりませんよ、名雪が一緒ですから」

 名雪の肩をぐっと抱き寄せる祐一の姿を見たとき、秋子の脳裏では凄まじい勢いで冷徹な計算が行われた。

(そうだわ、このまま名雪に祐一さんのハートを射止めてもらってこの家に住んでもらっているうちに『秋子さん。俺、もう我慢できないんです』『だめですよ、祐一さん。私達は義理とはいえ、親子なのですから』とかなんとか、イケナイ火遊びとかあったりなかったりとか……。やだわ、秋子ったら。きゃっ)

「お母さん……?」

 不意に顔を赤く染め、体をクネクネと踊らせる母親に、冷静に声をかける娘。そのとき名雪は、実の母親の豹変振りに素で引いていた。

「了承っ!」

 そのときの秋子の声は普段とは違い、背筋に戦慄が走るくらい違和感のあるものだった。とはいえ、秋子の了承が出てしまい、アパートも隣同士で借りられる事になったので、名雪としては特に問題なく引越しが出来たのだが、その後が悩みの種だ。

 

 こうして向かえたキャンパスライフ。この新天地での新しい出会いの期待に胸を膨らませていた名雪ではあるが、その夢はもろくも崩れ去る事となる。

 こういう表現もなんであるが、名雪の容姿はかわいい。その明るい性格と気さくな態度で、入学してからほとんど間もないうちに、キャンパスのアイドルとして扱われるようになった。

 夕日に照らされて真っ赤に染まる校舎を背景に、負けず劣らずの真っ赤な顔をして真剣に愛を告白する一人の男子。名雪としてもこの人なら真面目そうだし、誠実な人柄に好感は持っていた。

 そこで名雪は、OKの返事をしようとしたのだが。

「なんだ、名雪。こんなところにいたのか」

「わ、祐一」

 突然そこに乱入してくる祐一。

「早く帰ろうぜ。俺腹減っちまったよ」

「今ちょっと大事なところだから、あっち行っててよ」

「それとさ、俺のぱんつどこだっけ?」

「たんすの三番目の引き出しにしまってあるよ。お願いだから、邪魔しないで」

 突如として目の前ではじまったやり取りに、その男子は唖然としつつも口を開く。

「なんだね? 君は。水瀬さんと、どういう関係なんだ?」

「こういう関係」

「や、ちょっと祐一」

 祐一が名雪の肩をぐっと抱き寄せたのを見て、その男子は少しびっくりしたような表情をしていたが、やがて軽く息を吐くとそのまま踵を返して去っていった。

 その後も名雪が告白されるたびに祐一が乱入してくるという事が相次いだため、夏を迎えた今となっては名雪に告白しようという者は誰一人としていなくなっていた。

 

 せっかくの夏期休暇であるというのに、どうして自室でいとこといなくちゃいけないんだろう。母親からはお前が帰ってこないと祐一さんも帰ってこないとなきつかれてしまうし。

 目の前で麦茶をすする祐一を、恨みがましい目で見ながら名雪は再び大きく息を吐くのだった。

「なんだよ、名雪、こうして俺が来てやったのに、不景気な顔しやがって」

「したくもなるよ……」

「なにを言ってるんだ名雪。いいか? 俺は、お前の事が好きなんだぞ」

「うん、そうだね。わたしも祐一の事が好きだよ」

 にっこり笑顔。

「だって祐一はいとこだし、家族も同然なんだから当たり前だよ」

 そのさわやかな笑顔に、自らの敗北を悟る祐一。

 このとき名雪は、どうしてわたしのまわりにはまともな男の子がいないんだろう、と真剣に悩んでいた。祐一もわたしなんか相手にしてないで、香里とか美汐ちゃんと付き合えばいいのに、というのは、名雪の偽らざる本音だったりするのだ。

 

「くっ、どうして名雪は俺を好きになってくれないんだ。俺はこんなにも名雪の事を愛しているというのに……」

 やたら芝居がかった言い回しだが、これは祐一の本音だ。

 名雪にしても祐一の事は好きだったが、それはあくまでも子供のころの話だ。今頃になってそんな話を出されても、迷惑以外のなにものでもない。名雪としてはこれでも祐一のためを思って身を引こうとしたのだが、事態は名雪の予想のはるかに斜め上を行っていたようだ。

 どうやら運命の女神様とやらは、よほど悪戯が好きらしい。

 あの冬以来、奇跡の伝道者として常に複数の女の子に囲まれるようになった祐一ではあったが、不思議と心が落ち着く事はなかった。なぜか満たされないなにかを感じてしまっていたのだ。

 それが、名雪がいないせいだと気がつくのに、祐一はかなり遠回りをしていた。

 考えてみれば、祐一が奇跡を起こしたといっても、その影には常に名雪の姿があった。祐一が抱える数々のトラブルに対し、いつでも名雪は手助けしてくれていたのである。

 そして、祐一が自分の気持ちに気がついたとき、名雪の心はすでに遠くに離れていた。

「こうなったら実力行使だっ!」

 祐一は有無を言わせず名雪を押し倒し、その上に馬乗りになる。

「ちょっ! やめてよ祐一」

 名雪は必死で抵抗するが、男の力にかなうはずもない。いくら陸上競技で鍛えていても、名雪はか弱い女の子なのだ。

「手伝うわよ」

「よしっ、腕を押さえるんだ」

 両手両足を押さえつけられ、丁度万歳をするような格好の名雪。そして、祐一が一気にチューブトップを引き下ろそうとしたその瞬間、動きが止まった。

 途端に室内に静寂が満たされていく。コチコチと機械的に時を刻む針の音が消え、クーラーの室外機が奏でる駆動音も遠い。あまりにも静かすぎてローマ法王の説教が聞こえてきそうなくらい。

 暑さに弱い名雪に合わせてか、他の部屋よりも二度ほど体感温度が低い部屋の中で、祐一の全身から嫌な汗が大量に流れ出す。それを集めて煮詰めたら、万病の特効薬が作れそうだ。

「か……香里……?」

 のどの奥から乾いた声を出しながら、恐る恐る顔をあげたその先には、とても素敵な香里の笑顔があった。

「どうして……ここに……?」

 鍵はかけておいたはず、という祐一の疑問に答えるように促された視線の先には、ピッキングツール片手に微笑む美汐の姿がある。

「あたしというものがありながら、その目の前で浮気をしようだなんて……。あなたもいい度胸してんじゃないの……」

 まるで地獄のそこから響いてくるような声音に、冗談抜きで祐一の体は硬直した。それはあたかもメドゥーサの呪いで石に変えられてしまったかのように。

「それもあたしの名雪に」

「あたしの名雪って、どういうことかな?」

「言葉どおりよ?」

 おどけた口調で場を和ませようとした祐一ではあったが、今の香里にはそれすらも通用しない。薄っすらと笑顔を貼り付けているような表情と、全身から凄まじいまでの殺気を放ったままだ。

 なんとかこの場を打開すべく、必死になって考える祐一ではあったが、押し寄せてくるのは絶望感のみだ。

「この、浮気者ーっ!」

 香里の繰り出した鉄拳が、容赦なく祐一の顔面に叩き込まれる。

 突如としてはじまった阿鼻叫喚の地獄絵図。それを名雪は、どうやって部屋を片付けようかな、とあきれた様子で眺めていた。

 

「ふ〜」

 今日も一日色々あったなぁ、と感慨深かけに名雪は息を吐いた。

 あの後祐一は香里と美汐に両脇を抱えられるようにして部屋から出て行ってしまったため、名雪は一人きりの食卓という少し寂しい夕食を終えたのだった。

 一応名雪は祐一のご飯を任されてはいるのだが、どうも二人きりという状況に弱い。香里や美汐が一緒ならまだいいのだが、二人きりのときは祐一に夕食代わりに食べられてしまう事もあるからだ。

(でも、あのときの祐一って、すごく優しいんだよね……)

 ふと、そんな事を考えるが、軽く首を振ってため息をつく。それがどんなに優しくても、自分ひとりに向けられているものではないからだ。

 こういう表現もなんであるが、名雪はすでに処女ではない。名雪のはじめては祐一によって奪われている。

 祐一の部屋を片付けているとき、ついうっかり祐一の部屋のベッドで眠ってしまったのが失敗だったと思う。だが、このベッドで祐一は自分以外の女の子と寝ているんだと思ったのも確かだ。

 そんな時部屋に帰ってきた祐一が、自分のベッドで寂しげな顔で眠っている名雪を見て、事に及んでしまうのはしかたのない事だろう。

 それ以来名雪は、祐一と関係を持つようになった。結局、なんだかんだ言っても祐一からの求めを断りきれずに、ずるずると関係を続けてしまう自分が嫌になる。

 ついつい自己嫌悪に陥ってしまうが、お風呂に入ってその日の穢れを流しているうちに心のもやもやしたものも洗い流す事が出来たのか、名雪は幾分すっきりとした表情で入浴を終えた。バスタオル一枚という格好で部屋を歩くのは、少々はしたないようにも感じるが、誰かに見られるというわけでもないし。

 実は名雪も家にいたころ、秋子が不在のときはよくこうしていたものだ。祐一が家にいるようになってからは出来なくなった事ではあるが。

 ぬれた髪をドライヤーで乾かして寝室へ向かう。薄暗い部屋の中でバスタオルをはずすと、そのままベッドにもぐりこんだ。

 すると、途端に違和感に包まれた。突然力強い腕に抱きしめられ、体の自由が奪われる。悲鳴を上げようにも唇は塞がれてしまい、巧みな舌使いで口腔内を蹂躙される。

 その洗練されたテクニックの前に意識が飛びそうになる名雪ではあったが、最後の理性を振り絞って部屋の明かりをつけた。

「よぉ、名雪」

 煌々と照らされた部屋の明かりの下で、名雪を抱きしめているのは祐一だった。部屋から出て行ったと思ったのだが、再び舞い戻ってきたようだ。

「どうして祐一がここにいるんだよっ! それにそんな格好で……」

「風呂に入ってたんだ」

 名雪と同じく素っ裸でベッドにもぐりこんでいた祐一は、悪びれた様子もなくそう答えた。

「いやぁ、香里と美汐がな、どっちが俺の背中を流すかもめているうちに、こうして逃げ出してきたってわけだ」

 迷惑な話である。

「だからって……」

 なにかを言いかけた唇を、唇で塞がれる。

「俺は、お前が好きなんだ。名雪」

 二人の間に銀色の橋が架かり、お互いに顔を見合わせた。その瞳に映る祐一の真剣な様子に、とことん名雪は弱かった。

「ずるい……よ……」

 ぽふん、と祐一の胸に頭をくっつける名雪。

「ごめん……」

 そっとその頭を優しく抱きしめる祐一。柔らかな名雪の体をゆっくりと横たえ、部屋を暗くしようと電灯の紐に手を伸ばしたとき、その手が止められた。

 妙に覚えのある感触に顔をあげると、そこには素敵な香里の笑顔があり、その隣では美汐も微笑んでいる。その姿に名雪は、自分の部屋のセキュリティについて考え直したくなった。

「見ての通りだ」

 ぐっと名雪を抱き寄せる祐一。だが、その表情にはすでに絶望の色があふれ出ている。

「俺は、名雪が好きなんだ。だからお前達とは……」

「別に気にしないわよ。あたしは」

「そうですよ。いつも美坂先輩と一緒なんですし、今更一人や二人増えたって」

 そして、一糸纏わぬ姿となってベッドに入ってくる二人に、祐一はただ渇いた笑いを浮かべるしか出来なかった。

 

 窓の外で鳴くすずめの声に、祐一は目を覚ました。全身を襲う虚脱感に朦朧とした意識。まったく動く事の出来ない体に、祐一はかろうじて夕べの事を思い出した。

 名雪をかわいがった後は香里、その後が美汐。それからも三人が替わりばんこに迫ってきて、一体いつ寝たのかも定かではない。ただ、名雪の具合の良さと、香里の感度の良さと、美汐の健気さだけを憶えている。

 よくよく考えてみれば、右腕には名雪、左腕には香里、おなかの上には美汐の頭が乗っているのだから、動けないのも仕方がない事だ。

 幸せに包まれるというのは、こういう事をいうのだろうか。

「ああ、太陽が一杯だ……」

 そして、祐一は再び眠りについた。どうせ今晩は寝かせてもらえないだろうし……。

 

 だが、その数分後。自分の『相棒』が柔らかな温もりに包まれている事に気がつき、祐一は目を覚ました。

「おはようございます、相沢さん」

 見ると美汐が、名雪や香里と比べると貧相という言葉が良く似合う胸で、一生懸命に奉仕しているところだった。

 狂乱の宴は、まだまだ続きそうである。

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