いらない子

 

「すみません。突然お呼び立てして」

「いや、いいさ」

 ここは商店街から一本通りを入ったところの甘味処。表通りにある百花屋が洋風のつくりとするならこちらは純和風のつくりで、祐一の目の前に座る少女の雰囲気によく合っていた。

 その少女、天野美汐はぞぞっと小さく音を立ててお汁粉を一口すすると、恍惚としたような感じでほぉ、と息を吐いた。

(オバサンくさいというよりは、すでにおばあちゃんだな……)

 お汁粉に浮かぶお餅を、まるで弄ぶかのように箸でツンツンと楽しそうにつついている美汐の姿に、祐一は小さく息を吐く。

「それで、話ってなんだ?」

「真琴のことです」

「真琴の?」

 美汐の話によると、真琴はいま自分の家にいるらしい。

「真琴のやつ、心配させやがって」

 

 季節は巡り春になり、あの日丘の上で消えた少女はひょっこりと帰ってきた。そして、再び水瀬家のお世話になることになった新しい家族を、みんな心から歓迎した。

 これで家族が揃ったね、と名雪が喜んだのもつかの間。突然真琴が家を飛び出していってしまい、その行方が分からなくなってしまったのだ。

 事故にでもあっているんじゃないかと、おろおろと取り乱す秋子。自分のせいだと落ち込む名雪。一応ものみの丘や商店街など、真琴の行きそうな場所の心当たりを探してみた祐一ではあるが、どこにも手がかりが無く、途方にくれていたところだった。それが美汐の家にいるというので、祐一はほっと胸をなでおろした。

「助かったよ、天野のところにいてくれて本当によかった」

「よくありません」

 新しく運ばれてきた栗ぜんざいのお椀を持ちつつ、美汐は真剣な瞳で祐一を見た。その鋭い眼光を前にすると、思わず祐一の背筋に緊張が走ってしまう。

「真琴……泣いていましたよ? どこにもいけないもの同士だって言って、ぴろつれてうちに来たんですから」

 お箸で栗をつつきながらなので緊迫感はあまり無いが、美汐の口調は真剣そのものだ。

「なにか心当たりはありませんか?」

「そう言われてもな……」

 祐一はアゴに手をあて思案顔。その前で美汐は、ほこほことした栗の食感を楽しんでいる。普段表情の変化に乏しい美汐が顔をほころばせているのだから、めったに無い見ものだと言えるが、のんびりそれを眺めているような余裕が祐一にはなかった。

「だめだ、まったく心当たりが無い」

「本当ですか?」

 そういいつつ、食べ終わったお椀を重ねていく美汐。その数を考えるだけで、少しだけ胸焼けがする祐一。甘いものが苦手なだけに、できればこういう甘味処に近づきたくは無いからだ。

 

「やはり、原因はアレじゃないですか?」

「アレとは?」

「相沢さんはお付き合いしてるんですよね? 水瀬名雪さんと」

「う……」

 美汐の鋭いつっこみに、言葉を失う祐一。

 確かにものみの丘で結婚式をしたものの、そのまま真琴は消えてしまった。そのときのことを思い返すと今でも祐一の胸は痛むが、いつまでも悲しみを引きずっているわけにもいかない。

 美汐との約束。どうか強くあってください、というのを果たす必要もあるし、なにより今の祐一にとっては、名雪が誰よりも一番大切な存在なのだ。

「そうは言うけどな、天野。俺には真琴の家出の原因が名雪とは思えないんだ」

「なぜですか?」

 美汐はこくんと首を傾げて訊き返す。

「真琴が帰ってきたのを一番喜んでいたのは名雪だからな。これで本当の家族になれるって」

 実際帰ってきた真琴は名雪とも仲良くしていたし、名雪のほうでも過剰なくらい真琴に気を使っていた。それに名雪はなにがあっても、必ず真琴の味方をしていたくらいだからだ。

 

「だとすると、一体なにが原因なんでしょうか」

「さあな、それがわかれば苦労はない」

 自宅への道を帰りつつ、おもむろに美汐は口を開いた。それに答える祐一も珍しいくらいの思案顔である。真琴が家出をした原因がわからなければ、ここで無理やり家に連れ帰ったところで元の木阿弥だろう。とは言うものの、祐一にまったく心当たりがないのも事実なのだ。

「まあ、なんにしても、真琴は俺の大事な家族なんだ。いきなり家出するような悪い子にはおしおきしてやらんとな」

 やがて自宅に帰り着くと、美汐は祐一を真琴が閉じこもっている部屋へと案内した。

「お〜い、真琴〜?」

「真琴のことはほっといてよっ!」

 軽く扉をノックして呼びかけると、中から涙交じりの真琴の声が響いてくる。

「いいから、話を聞け」

「祐一と話すことなんてなにもないわよぅっ!」

 取り付く島が無いとは、まさにこのことだ。とんだアマテラスもいたものだと、ついつい祐一は苦笑してしまう。

「だって祐一、真琴のこといらないって秋子さんと話してたじゃないっ!」

「そんなひどいこと言ったんですか? 相沢さん」

 それを聞いた美汐が祐一に詰め寄ってくる。

「いや、まったく心当たりがないんだが……」

「うそっ!」

 震える声で真琴が叫ぶ。

「祐一が真琴のこと、ふようかぞくだって言ったの、ちゃぁ〜んと聞いたんだからねっ!」

 そのとき、時間が止まった。

 そして、唐突にあたりは静寂で満たされていく。

 不意に祐一の腕に、痛いくらいの強さでなにかがすがりついた。腕を動かしては見るものの、まるで鉄球でもつけられたかのように重い。

 見ると美汐が、体を小刻みに震わせていた。うつむいている今の状態では、その表情をうかがい知ることは出来ない。

「ぷっ……」

 そして、最初にその静寂を打ち破ったのは、美汐の吹きだす声だった。

「わはははははっ!」

 続けて起こった祐一の笑い声がその場を満たしていくこととなる。

「なにがおかしいのよぅっ! 真琴がしんけんに悩んでるのにぃっ!」

 部屋から飛び出してきた真琴が見たのは、まったく遠慮なしに笑う祐一と、それにすがりつくようにしてお腹を抱えている美汐の姿だった。

「ああ、もう……」

 祐一はぽかんとした表情の真琴を抱き寄せると、少々乱暴にその頭を撫でてやる。

「ほい、天野解説」

「はい。いいですか、真琴。扶養家族というのはですね……」

 目じりに涙をためつつ説明する美汐の話を、唖然とした顔で聞いている真琴であった。

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