ゆくとし、くるとし

 

「かんぱ〜いっ!」

 年の瀬も押し詰まった十二月三十一日。大晦日の水瀬家では盛大に忘年会が開かれていた。

 綺麗に飾りつけられたリビングに集うのはいつものメンバー。祐一、あゆ、名雪、真琴、栞、舞、香里、佐祐理、美汐、北川。そして、ゲストの間を忙しく動き回る秋子である。

「お母さん、それはわたしがやるから、座っててよ」

「あらあら」

 と、娘に声をかけられるものの、どうにも動いていないと落ち着かない秋子であった。

「秋子さん、これ美味しいね」

 と、料理に舌鼓をうつあゆ。

「ほら、栞。こぼしてるじゃないの」

「もう、お姉ちゃん。子ども扱いしないでください」

 と、仲のよい姉妹。

「これ美味しいですね〜、舞」

「はちみつくまさん」

 と、仲の良い親友同士。

「それでね、美汐〜」

「そうですか」

 と、おしゃべりに興じる二人。

(いろいろあったな……)

 そんな人たちを眺めつつ、こっそり息を吐く祐一。その瞳には、優しく穏やかな雰囲気をたたえていた。

「よっ! どうした? 相沢。しけた面して」

「いや、ちょっとな……」

 ここにいる誰もが、悲しい思いを経験している。祐一も自分がその人のためになにかしてやれたと思っているわけではないが、やっぱりみんなには笑顔が一番よく似合うと思う。

 こうしてみんなとこのときを迎えられたのも、なにかの奇跡なのかもしれない。そう思うと祐一は、妙に感慨深くなってしまうのだった。

「まあ、お前になにがあったかは知らないけどな」

 そんな祐一の思いを知ってか知らずか、気さくに話しかけてくる北川。この不思議なノリの軽さは、不思議と祐一と馬があった。

「お前がそんな顔していると、みんな心配するぜ?」

「そうだな……」

 祐一は視界の隅に、心配そうにこちらを見ている名雪の視線を感じた。みんなを世話するために忙しく走り回っていながらも、ちゃんと周囲を見ているところは母親譲りだろう。こういうときに祐一は、ちゃんと自分が名雪の支えになれているのかと不安になる。

 ふと気がつくと祐一は、名雪の優しさに甘えている自分を感じるときもあるからだ。

 とりあえず目でなんでもない、と合図すると、名雪も何事も無かったかのように作業に戻る。以心伝心と言うわけでもないが、気心が知れすぎているというのも考え物だ。多分もう名雪に隠し事は通じないんだろうな、と思うと、ついつい祐一も笑顔を浮かべてしまう。

 

「ろうひらお? あいらあふん……」

 ふと気がつくと祐一の右肩の上に、香里の頭が乗っていた。背中には彼女自慢の豊かなバストが押し付けられており、なかなかに得がたい感触が伝わってくる。

「香里、お前……」

「らり?」

「酔ってるだろう……」

「あらりまえよぅ〜」

 祐一の背後で香里が胸を張るため、必然的に背中にグリグリと押し付けられる形になる。その心地よい感触に鼻の下が伸びそうになるものの、かろうじてそれをこらえる祐一。

「おひゃけのんれ、よっはらわらいほうがおかひいわようぅ」

「さけ?」

 嫌な予感が祐一の頭をよぎる。

 恐る恐るリビングを見回してみると、あちこちに屍が転がっている。あゆ、栞、舞、真琴、美汐、北川は、すでにつぶれていた。

「あはは〜、いい飲みっぷりですね〜」

 と、顔を真っ赤にした佐祐理の前で、すでにワインを5〜6本転がしている秋子。おそらくこの屍は秋子に付き合ったせいだろう。

 知らずに祐一の背中に戦慄が走る。

「……あのね、相沢くん……」

 背中に感じる香里の声が、不意に真剣味を帯びる。

「あたし、どうしても相沢くんに言いたい事があるの……」

 素面じゃ言えないの、香里はそっと祐一の耳元で呟く。

「あたしね、初めて会ったときから相沢くんの事が、す……」

 そこまで言ったところで、香里の体がゴトリと崩れ落ちた。

「おい、香里?」

 恐る恐る振り向くと、そこには名雪の素敵な笑顔があった。

「もう、香里ったら。こんなところで寝ていると風邪ひいちゃうよ?」

 確かに笑顔なのだが、それは底冷えのするくらい恐ろしいものとして祐一には映った。

 

「祐一さん」

 名雪が香里の足を引っ張って行った後、祐一にしなだれかかってきたのは秋子だった。

「ぜんぜん飲んでいないじゃないですか」

 そう言って、ぷぅ、と頬を膨らませる秋子の姿は、どう見ても歳相応には見えないもので、ほとんど名雪と区別がつかない。しかし、肩越しに感じる香りは名雪とは異なるもので、不思議と祐一は胸の高鳴りを感じるのだった。

「あ、いや。俺未成年ですから」

「了承ですよ」

 にっこり笑顔。

「いや、あのですね……」

「祐一さん」

 つい、と秋子の目が細くなる。

「私のお酒が飲めないとでも?」

 その妙な迫力に圧倒される祐一。確かにこれでは断ろうにも断れない。

 祐一の差し出したグラスに、なみなみと赤い液体が注がれる。量が多いと言おうにも、期待に満ち満ちた瞳で秋子が見ているせいか、まったく言葉が出てこない。

 意を決して、祐一はグラスに注がれた液体を飲み干していく。

(あれ……)

 その次の瞬間。祐一の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 雪が降っていた。

 重く曇った空から、真っ白な雪がゆらゆらと舞い降りていた。冷たく澄んだ空気に、湿った木のベンチ。

「……え……?」

 祐一はベンチに深く沈めた体を起こして、もう一度居住まいを正した。

(なんで俺……こんなところにいるんだっけか?)

 屋根が雪で覆われた駅の出入り口は、今もまばらに人を吐き出している。

 白いため息を吐きながら、駅前に設置された街頭の時計を見ると、時刻は三時。まだまだ昼前だが、分厚い雲に覆われてその向こうの太陽は見えない。

「遅い……」

 再び椅子にもたれかかるようにして、祐一は一言だけ言葉を吐き出す。視界が一瞬白いもやに覆われて、そしてすぐに北風に流されていく。

 体を突き刺すような冬の風。そして、絶える事もなく降り続ける雪。心なしか、空を覆う白い粒の密度が濃くなったような気がする祐一。

 もう一度、ため息混じりに見上げた空。その視界を、ゆっくりとなにかがさえぎる。

「……」

 雪雲を覆うように、一人の少女が祐一を覗き込んでいた。

「雪、積もってるよ」

 

 そして、物語がはじまる。

 終わらない、Kanonの旋律のように。

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