七草粥
この日はあゆの誕生日。
昨日の真琴の誕生日が家族みんなと友人一同を招いて盛大に行われた事もあり、少しだけ期待しているあゆであった。
いつもより早く目が覚めたあゆは、いい匂いが漂うキッチンに向かう。
「おはよう、あゆちゃん」
「秋子さん、おはよう。なにをしてるの?」
秋子の手元を、興味津々という感じで覗き込むあゆ。
「七草粥を作っているのよ」
「七草粥?」
「ええ、春の七草。セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロの七つの草を使ったお粥の事よ」
「ふぅ〜ん」
消化を助け、黄疸をなくす効能があるとされるセリ。
視力、五臓に効能があるされるナズナ。
吐き気、痰、解熱に効能があるとされるゴギョウ。
歯ぐき、排尿に効能があるとされるハコベラ。
歯痛に効能があるとされるホトケノザ。
消化促進、しもやけ、そばかすに効能があるされるスズナ。
胃健、咳止め、神経痛に効能があるとされるスズシロ。
これが春の七草である。
「ちなみに、ナズナはペンペングサ。ゴギョウはハハコグサ。ホトケノザはタビラコ。スズナはカブ。スズシロは大根の異名なのよ」
「そうなんだ」
難しそうではあるが、意外と身近な食材なのにあゆは目を丸くする。
「ほら、百人一首にもあるでしょ? 『君がため 春の野に出で 若菜摘む わが衣でに ゆきはふりつつ』って」
「あ、知ってる。確か孝行天皇の歌だよね」
あゆの返事に、秋子は嬉しそうに目を細めた。
「その歌に出てくる若菜が、この七草なのよ」
七草粥の原典は遠く中国大陸にまでさかのぼる事ができ、平安時代にその雛形が出来上がった。旧暦の一月七日は新年の占いはじめの時期で、朝廷に年賀を延べる日に当たる。元々七草粥は貴族などの権力者の慣習であったが、江戸時代には庶民にも一般化し、邪気をはらい無病息災でいる事を祈願する公式行事として広まっていったのだ。
新暦に移行した現在でも慣例として、毎年一月七日に七草粥をいただくのである。
「それとね、秋にも七草があるのよ」
「秋にも?」
「ええ。ハギ、ススキ、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ。この七つのお花が秋の七草なのよ」
その話題をする秋子はどこか嬉しそうだ。
「『秋の野に 咲きたる花を指折り かき数ふれば 七種の花 萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花また藤袴 朝貌の花』 山上憶良が万葉集でこの歌を詠んでから、この七種が秋の七草と呼ばれるようになったのよ」
いずれも秋の野山を彩る美しい花であるだけに、秋子の嬉しさもうなずけると言うものだ。
春の七草が食べるもので、秋の七草が愛でるものである。このようにして心と体を癒す事で、昔の人は上手に自然と付き合っていたのだ。
「ごめんなさいね。せっかくのあゆちゃんの誕生日なのに」
「ううん、いいんだよ。その代わり、ボクにも手伝わせてね」
七草粥は無病息災を祈願するものであるが、実際には正月から続く宴で疲れた胃腸を回復する狙いがある。また、春の七草は越冬の強い植物であるため、冬枯れの季節に青いもの食べるという目的もある。
ある意味、長い冬を乗り切るための生活の知恵といえるのだ。
この七草粥を食べたとき、祐一はどんな顔をするだろうか。そんな事を考えていると、ついついあゆの顔から笑顔があふれてくる。
「それじゃ、はじめましょうか」
「うん」
そして、はじまる恒例行事。
家族の健康を祈りつつ。
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