鬼はうち、福はそと

 

 古来節分とは季節の分かれ目の時、立春、立夏、立秋、立冬の前日を指す言葉である。特に立春は一年の最初である事から、毎年二月三日には豆をまいて災厄をはらい、福を呼び込むという儀式が行われるのだ。

 また、このときにまかれた豆を歳の数に一つ足した分だけ食べると、一年間無病息災でいられるという。

 

「ああっ! くそっ!」

 祐一は近所のコンビニで買ってきた節分の豆の裏に書いてある、節分の豆知識を読みながら悪態をつく。

 大学に進学してから祐一は、念願の一人暮らしをしていた。とはいえ、別に水瀬家にいるのが嫌になったというわけではない。

 料理上手で家庭的な叔母と、優しくて可愛いいとことの同居も悪くはないし、なによりとにかく居心地だけは抜群の環境を捨て去るには、やはり相応の理由がある。

 元々祐一は自由気ままな生活が好きである。その意味で言えば、気兼ねなしにいられる叔母の家というのは理想的といえるのだが、恋人との逢瀬の場所とすると、やや不適切であるといえるからだ。

 しかし、こうした祐一の希望に難色を示したのが、可愛いいとこの名雪であった。

 名雪にしてみれば、家事能力が皆無の祐一の一人暮らしは、自殺行為にも等しい事に思える出来事だ。

 ちゃんとご飯を食べているか、きちんとお掃除やお洗濯ができているかなど、とにかく心配の種は尽きない。

 結局、祐一の意思を尊重する事に決めた名雪ではあるが、その身の回りの世話をするためにほとんど通い妻のようになってしまっているのは、やむをえない事情といえた。

「……まあ、しかたがないか……」

 祐一はコタツに入ったまま部屋に寝っ転がり、天井を見上げる。水瀬家から少し離れたところにある中古のアパートの一階が、祐一の新しい城だ。ちなみに一階なのは、高いところが苦手なのと、家賃が安かった事で選んだだけだったりする。

 通っている大学は現住所から近い場所であるが、水瀬家からはやや遠い場所という中途半端な立地。それでも身の回りの世話をしに来てくれる名雪にはいくら感謝してもし足りないのだが、以前と違って会いたいときに会えないという弊害も少なからずあった。

 今日みたいに、都合が悪くて来られないという時は特に。

 祐一も名雪の事情は熟知しているし、自分の都合ばかりを押しつけるわけにもいかないだろうと考えている。理性の方ではそういう風に納得していても、感情の方では納得してくれない。乙女心ほどではないにしても、なかなか複雑な心境なのだ。

 いつもなら名雪の手料理が並ぶコタツのテーブルには、すでに冷めきったコンビニ弁当と節分の豆。汁物がインスタントで飲み物はペットボトルでは、むなしさだけがこみ上げてくるばかりだ。

 祐一は立ち上がると豆を掴み、窓を開けて大きな声で叫んだ。

「鬼は〜そと〜っ!」

「きゃっ」

 豆を投げると同時に響く悲鳴。どうやら誰かにぶつけてしまったようだ。

「香里じゃないか」

 部屋から漏れる明かりに照らされたのは、美坂香里その人であった。実は祐一の住むアパートは、水瀬家からは少し遠いが、美坂家には近い場所にあったりする。

「どうしたんだ? 一体……。それにその格好は?」

 なぜか香里は、昔なつかしの鬼娘が着るようなトラ縞のビキニだけを身に着けていた。

「栞にね、追い出されちゃったのよ……。鬼はそと、って……」

 確かにこの格好を見れば、追い出したくなる気持ちもわかるような気がした。グラマラスな香里の肢体を覆っているのがこの二枚の布だけでは、スレンダーな彼女の妹の怒りを買う事は必至だ。

「寒くないのか?」

「寒いわ……」

 すでに香里の唇が紫色になっているのだから、我ながら間抜けな質問だと祐一は思う。しかし、このインパクトが祐一から正常な思考能力を奪っているのも確かであった。

「とにかく、入れよ」

 だが、香里は力なく首を横に振る。

「ダメよ。今のあたしは、鬼なのよ……?」

「かまわないさ……」

 そっと駆け寄り、香里の体を抱きしめる祐一。まるで自分の温もりを分け与えるかのように。

「今日ばかりは、鬼はうちだ……」

「相沢くん……」

 

 かくして、鬼はうち、福はそととなったのであった。

 

「お……おい、香里……」

「美味しいわ……。相沢くんの恵方巻き……」

 香里が、祐一自慢の恵方巻きを口一杯に頬張った、丁度その時。

「祐一〜、恵方巻き持ってきたよ〜」

 鬼が、もう一匹現れた。

 合掌……。

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