「生憎ですけど、いくら先輩でもこれは譲れません」

 普段物静かな彼女には珍しく、一歩もひかない美汐。

「あら、残念ね。これは厳正なるくじ引きの結果なのよ。おわかり?」

 それに対し、勝ち誇ったような笑みを浮かべる香里。

「香里さんが作ったくじで、厳正ですか〜?」

 あはは〜、という佐祐理の笑い声が混じるが、その目は笑っていない。

 高まる緊張、漲る闘志。

 今ここに、乙女の戦いがはじまるのだった。

 

楽しいひな祭り

 

「ひな祭りをするのよぅっ!」

 保育所から帰ってくるなり、突然真琴はそう言った。

「ひな祭り?」

 確かに時期的にもあっているが、なんでいきなり真琴がそんな事を言っているのか、祐一にはさっぱりだ。

「秋子さん、家に雛人形ってありましたっけ?」

「物置にあると思うけど……」

「違うの、そうじゃないの」

 詳しく話を聞いてみると、保育所でひな祭りをするので、その時にみんなで雛人形の衣装を着るのだそうだ。

「なるほど。で? なんで俺にそういう事を言うんだ?」

 女の子の節句なんだから、男の俺には関係ないだろう。と、思う祐一。

「だって、祐一。お友達いっぱいいるじゃない」

 聞くと都合のいい人が見つからないらしいのだ。子供達を喜ばせてあげたいので、なんとかして欲しいそうである。

 必要な人数は、お内裏様とお雛様。三人官女と五人囃子。右大臣と左大臣の十二人なのだそうだ。

「お願い、祐一」

「わかった、わかった」

 

 そして、迎えた三月三日。保育所に作られたひな壇の前に、お内裏様の格好をした祐一がいた。

「相沢がお内裏様か」

「そういう北川だって左大臣じゃないか」

 誰がどの役になるかは、くじ引きで決める事となった。そうでもしないと、いつまでたっても決まらないわ、というのが香里の談だ。

「それにしてもなぁ、相沢」

「なんだよ」

「この衣装って、かなり本格的じゃないか?」

 言われてみると確かにそうである。祐一が着ているお内裏様の衣装もそうであるが、北川が着ている左大臣の衣装は刀に弓といった小道具まで用意されているのである。

「まあ、用意したのが佐祐理さんだからな……」

 舞踏会の時もそうだったが、佐祐理は妙なところで凝る傾向があるようだ。

「祐一〜」

「祐一く〜ん」

「祐一、お待たせ」

 そこへ三人官女に粉した真琴、あゆ、名雪がやってくる。名雪が右側の銚子で、あゆが真ん中の中央座り。そして、真琴が左側の長柄銚子の役だ。

「三人ともよく似合っているじゃないか」

「え? そうかな?」

「ま、当然よね〜」

「うぐぅ」

 祐一の賛辞に、名雪と真琴はそれぞれに喜びを表しているが、ただひとりあゆだけがうかない顔だった。

「どうした? あゆ」

「……できればボク、お雛様がよかったな……」

 それはあゆだけでなく、ここにいる女の子全員が思う事だろう。特に祐一がお内裏様なのだから、競争率が高くなるのも当然だった。

「まあ、くじ引きの結果だからな」

「うぐぅ」

 

「お待たせしました、祐一さん」

「祐一」

「まったく、どうして僕がこんな事を……」

 するとそこへ、五人囃子の太鼓役の栞と、右大臣役の舞。そして、五人囃子の大鼓役の久瀬がやってきた。

「どうですか? 祐一さん」

 祐一の目の前で、くるりと一回転する栞。

「うん、可愛いぞ。栞」

「そうですか? えへへ……」

 どうにも喜びを隠しきれない様子の栞に、つられて笑顔になってしまう祐一であった。

「舞も良く似合ってるじゃないか」

「……そんな事ない」

 口ではそういうが、照れているのか舞の顔は真っ赤になっている。

「どうしたんだ? 舞。顔が赤いぞ? 白酒でも飲んだのか?」

 それには答えず、祐一の頭にチョップを当てる舞であった。

 

「遅いなぁ……お雛様」

 開始の時間まで、もうほとんど時間がない。そろそろひな壇に上がらないといけない時間だ。

 それなのに、いまだに人がそろわない。一体なにかあったのかと祐一が思った丁度その時だった。

「祐一さん」

「あ……秋子さん……?」

 その声に振り向いた祐一が見たのは、きらびやかなお雛様の衣装に身を包んだ秋子の姿だった。

「じゃあ、いきましょうか」

「はい……」

 秋子に手を引かれ、祐一が最上段に座ると他のみんなも定位置に付く。

 祐一が最上段の右側に座り、その隣が秋子だ。この並びは関東風で、俗に『右に出るものはない』『左遷』という言葉の通り、右側が上位とする考え方に基づくものだ。

 ただし、関西圏の京風では女性上位として並びが逆になる場合もあるが、特に厳密な決まりがあるわけではない。

 その下に並ぶ三人官女。右から順に名雪、あゆ、真琴であるが、この場合は中央の官女が最も高い位となる。

「……なんであたしが五人囃子なのよ……」

「ぼやかないでください」

「あはは〜」

 厳正なるくじ引きの結果、見事お雛様役に決まった香里ではあるが、美汐と佐祐理の異議申し立てによるバトルにより、結局小鼓役に決まった香里と、笛役の美汐。そして、謡役の佐祐理が定位置に付く。右から順に栞、久瀬、香里、美汐、佐祐理で、これは能の時の囃子と同じ配列である。

 その下に右大臣役の舞と、左大臣役の北川が並ぶとひな壇は完成した。

 

 お内裏様とお雛様、二人並んですまし顔。

 三人官女の白い顔。

 五人囃子の笛太鼓。

 右大臣に左大臣。

 金の屏風に映る灯に、お花を飾ろう桃の花。

 着物を着替えて、帯締めて。

 今日はわたしも晴れ姿。

 春の弥生のこの良き日。

 なにより楽しい、ひな祭り。

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