ある男の手記
今日、いきなりメールが来た。差出人の名前は美坂香里、オレのクラスメイトだ。
『すぐに会いたい』
シンプルだが、実に彼女らしいとオレは思う。そんなわけで、オレは早速百花屋へと向かった。
窓辺で物憂げな瞳をしながら外を眺める彼女。一発でなにかあったんだろうとオレは思ったが、とりあえず美坂が口を開くまで待つことにした。
海が見たいな……。
そう美坂は言うが、今からだとさすがに時間がかかりすぎる。そう思ったオレは、この間転んだ時に腕にできたやつを見せたが、しこたま殴られた。
軽い冗談だったんだけど……。
列車とバスを乗り継いで約三時間。オレたちは人気の無い海岸へとやってきていた。
夏のあたりなら大勢の人でにぎわうだろうところも、時季をはずすと寂しい光景が広がっているばかりだ。
美坂はさっきからずっと黙ったままだし。よし、ここは一つオレが場を盛り上げてやろうじゃないか。
あ〜の〜う〜み〜 ど〜こ〜まで〜も〜 あ〜お〜か〜った〜 と〜お〜くま〜で〜♪
え? やめてくれって?
乙女が悩んでいるんだから、もう少し気を使えって言われてもな。
結局、黙ってその隣に腰を落ち着ける事にした。
ねえ、北川くん。
おもむろに美坂が口を開く。
あたし、どうしたらいいのかしら。
聞くと美坂は、好きな男の事で悩んでいるらしい。なんでもその男は親友の想い人で、妹の命の恩人。そして、オレもよく知っている人物なのだそうだ。
て、いうか。
もうあいつしかいないじゃん……。
妹と仲直りするきっかけを作ってくれた事には感謝している。親友にも打ち明ける事が出来なかった悩みを、黙って聞いてくれた事にも感謝している。
自分でも気がつかないうちに美坂の中でその気持ちがどんどん大きくなっていってしまい、気がつくとその人の事しか考えられなくなってしまった。
だけど……。
顔を伏せる美坂。
美坂は妹にも、親友にも、さらには自分の気持ちにもウソをつく事が出来なくなってしまった。
こんな事を話せるのは、北川くんしかいないのよ。
と、言ってくれるのは嬉しいが、少しはオレの気持ちを察して欲しいと思う。
そんな時、ふいに人の気配がした。
相沢くん……?
美坂が驚いたような声を上げ、睨むような目でオレを見る。こんな事もあろうかと、相沢にメールしといて正解だったな。こういう事は、本人同士で話し合うのが一番だ。
香里……。
いや、こないで……。
オレの目の前で、テレビドラマのワンシーンのような光景が繰り広げられている。よし、こうなったらきちんと見届けてやろうじゃないか。
俺の話を聞いてくれ、香里。
相沢くんと話す事なんて、なにも無いわ。
俺にはお前だけなんだ、香里。
相沢くん……。
そこでオレを見る相沢。
ほら、北川。お前からもお願いするんだ。どうせお前だって、春休みの宿題終わってないんだろ?
そして、星になる相沢。自業自得だ、馬鹿。
なんだかもうどうでもよくなってきちゃったから、そろそろ帰りましょうか。
そう言って美坂が立ち上がったあたりで、オレの携帯にメールが来る。
『潤、今どこにいるの?』
ごめんなさい。
美坂が頭を下げる。
北川くんには、彼女がいるのにね。
言い訳の返信を打ちつつ、オレはただ笑うしかなかった。
こうして、オレと美坂の小旅行は終わりを告げた。
波間に漂う、相沢だけを残して……。
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