星に願いを
七月七日は七夕の日。この日水瀬家では、盛大に七夕祭りが行われていた。
「よぅ〜し、立てるぞ。せぇ〜のっ!」
「ほいっ!」
くすだまや五色の短冊で飾り付けられた竹を、祐一と北川が二人がかりで庭に立てる。
「七夕は、本来太陰太陽暦の七月七日にするものなのですけどね……」
その作業のようすを見ながら、ポツリと呟く美汐。実のところ祐一たちの住む街ではその風習にあわせ、毎年八月七日に七夕祭りが盛大に行われるのである。
「二人ともご苦労様。はい、手ぬぐい」
「おお、ありがとう水瀬」
「サンキュ、名雪」
名雪の手から良く冷えた手ぬぐいを受け取り、祐一と北川は手だけではなく顔や耳の後ろまで拭いていく。その姿はどう見てもオヤジそのものであった。
「はい、冷え冷えの麦茶だよ〜」
お盆に載ったグラスを二人は同時に手に取ると、そのまま腕を交差させるようにして一気に飲み干していく。
「かぁ〜、この一杯のために生きてる〜」
お互いの健闘を称えあうかのように笑いあう二人の姿に、少しだけ頭が痛くなるのを感じる香里。いつもならツッコミが入るところであるが、この日ばかりは無礼講だと断腸の思いであった。
「さあ、みなさん。食事の支度が出来ましたよ〜」
そして、佐祐理の声で宴がはじまる。この日はとても綺麗な星空が広がる夜だった。
夜空に広がる天の川。それに分けられるように、東西に大きく輝く二つ星。これが、織姫星と牽牛星である。
ちなみに織姫はこと座のヴェガ、牽牛はわし座のアルタイルと呼ばれている。
天帝の娘である織姫は機織が上手で、大変な働き者だと評判であり、牽牛もまた牛追いの上手な働き者であった。
そんな二人がふとしたきっかけで出会って恋に落ち、天帝も二人が夫婦となることを認めた。
ところが、夫婦となった二人はまったく働かなくなってしまい、これには天帝もほとほと困り果てた。そこで天帝は二人を天の川の東西に分けてしまった。
引き裂かれた二人は、はじめのうちは悲しみにくれていた。それを哀れに思った天帝は年に一度、七月七日の日にだけ二人が会うことを許した。このときは夜空に浮かぶ上限の月が船となり、二人は出会うことが出来るのである。
しかし、七月七日が雨になると天の川の水かさが増してしまい、川を渡れなくなってしまうので二人は会うことが出来ない。そんな時はどこからともなくカササギが群れを成して現れ、自らの体を橋にして二人を会わせてくれるのだそうだ。
ちなみに、七月七日に降る雨は織姫と牽牛が流す涙と考えられ、酒涙雨(さいるいう)という。
「よっ、名雪」
「あれ? 祐一?」
ベランダの手すりから身を乗り出すように寄りかかりながら、名雪は庭に立てられた竹を見ていた。そんなとき不意にかかる声に振り向いてみると、窓に寄りかかるようにして祐一が立っていた。
「どうしたの?」
「それはこっちの台詞だ」
呆れたように呟きながら、祐一は寄り添うように名雪の横に並ぶ。
「こんな時間に名雪が起きてるから、珍しくてな」
「たまには……ね」
そっと呟くように声を出す名雪の横顔は、いつもよりずっと大人びているようだった。
「祐一、この街には慣れた?」
それは、ずっと前にも訊かれた質問。
「そうだな……」
祐一がこの街に来たときから、すでに半年ほど時間が過ぎていた。最初のうちは寒さに閉口していたが、気がつくとそれすらもあまり感じなくなっていた。
「もうすぐ夏だもんな」
「そうだね」
他より少しだけ遅い春を迎え、今は足早に過ぎ去っていく夏が訪れはじめたばかりだ。
「わたしは、この街が好きだよ」
名雪はくるっと振り向くと、いつもと変わらぬ笑顔を祐一に向ける。
「桜並木が綺麗な春。静かな夏。目の覚める様な紅葉に囲まれる秋……」
「そして、雪が降りはじめて大好きな冬がやってくる……」
寒いけどな、と付け加えるところがいかにも祐一らしいところである。
「俺も大好きだぞ、この街」
お前がいるからな、とは流石に言えない祐一であったが。
「そういえばお前、なにお願いしたんだ?」
夜風に揺れる笹の葉を眺めつつ、祐一は名雪に訊いてみた。
「みんなの幸せ、かな?」
「自分の幸せじゃないのか?」
「だって、わたしはいま幸せだもん」
風に運ばれた名雪の髪が大きく広がるのを見たとき、、祐一は素直に綺麗だと思った。
「お母さんがいて、祐一がいて、香里がいて、北川くんがいて、栞ちゃんがいて、真琴がいて、天野さんがいて、川澄先輩がいて、倉田先輩がいて、あゆちゃんがいる。みんながいるこんな毎日が過ごせて、わたしは本当に幸せだよ」
「そうか……」
「祐一はなにをお願いしたの?」
「名雪と一緒」
「それってずるくない?」
しかし、ウソは言っていない。名雪もそれはわかっているのか、それ以上は追求してこなかった。
見上げる空には満天の星。
一年ぶりの逢瀬だから、きっと二人もこの日をずっと楽しみにしているのかもしれない。
これで織姫が二時間遅刻してきたら大笑いだが。
しかし、それでもやはり幸せそうな二人というのは、どんなに時が流れ去っても変わらないのだろう。
夜空の星に願いを込めて、恋人たちに祝福を。
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||