月夜の晩に

 

 お月見は本来旧暦の八月十五日と、これより一ヶ月後の九月十三日の月見とあわせ、年に二回行われるものである。最初の月見はススキや団子で飾り付けるなどして豪華に行われるが、後の月見は枝豆などを使って比較的質素に行われる。はじめの月見では供えるものが地方ではサトイモである事から芋名月、後の月見は豆を供えることから豆名月とも呼ばれる。

 中秋とは旧暦の八月十五日を指し、仲秋と書く場合は単に八月が夏と秋の中間に位置する月としての意味である。中秋の名月とはその時期に行われる月見のことで、夜空に浮かぶ月を見るのではなく、河口や湖水に映って揺らいでいる月を見るのが風流とされる。

 新暦に移行した現在では九月の中旬以降に行われており、月を愛で、団子を食べるイベントとなっている。

 

「こんなもんでしょうか」

 今日は九月二十三日、秋分の日。そして、水瀬秋子の誕生日である。この日水瀬家ではお月見を兼ねた秋子の聖誕祭が静かに行われていた。普段はにぎやかなのが好きな秋子であるが、たまにはこういう日があってもいいだろうということで、家族三人水入らずで過ごすこととしたのだった。

 小さな庭には質素な祭壇が置かれ、その上には名雪お手製の月見団子と祐一が取ってきたススキが供えられている。

「ここで一句。『名月や ああ名月や 名月や それにつけても 金の欲しさよ』」

「祐一さんったら……」

 振り向くと、いつもと変わらぬ秋子の笑顔がそこにあった。

「じっと待っているのも、結構退屈なんですよ?」

 この日は朝から名雪が率先して水瀬家の家事を行っていた。普段お世話になっているお母さんへの感謝の気持ちも込めてであるが、いかんせん家事いっさいのできない祐一には、こういうことでしか役に立てないというのがなんとも情けなかった。

「月の句といえば、こういうのもありましたね。『月々に 月見る月は おおけれど 月見る月は この月の月』」

「月ばっかりですね」

 祐一の正直な感想に、そうですね、と頷く秋子。

「この句は月の字が合計八個使われていますからね、だから八月の句であることがわかるんですよ」

 誰が詠んだのかまではわかりませんけど。と、秋子はいつもの様子で微笑んだ。

「それにしても……」

 夜空に浮かぶ月を見て、祐一は少し残念そうな顔をした。

「せっかくのお月見なのに、満月じゃないってのがな……」

「そういうことを言うものではありませんよ。祐一さん」

 しかし、秋子は祐一を優しく教え諭す。

「十五夜とは元々旧暦の十五日がほぼ満月にあたるのでそう言いますけど、あまり厳密なものではないんですよ。お月見にしても昔は年に二回行われていましたし、最初の月は十五夜の月なんですけど、後のお月見は十三夜の月だったんですよ?」

「そうなんですか?」

「月も月齢に応じて呼び名が変わりますから。最初の新月が『朔』次の二日目が『既朔』そして、三日目が『三日月』」

 みかんの一種である八朔は、朔の月が八回巡った後に収穫できるのでそういうんですよ。というウンチクを交えて秋子の言葉は続く。

「七日目で『上弦』十日目が『十日夜(とおかんや)』十三日目が『十三夜』十四日目が『小望月』そして、十五日目が満月で『望月』とも言いますね」

 望という字は月がはっきりと丸く見える事を意味しているんですよ、と説明をしてくれる。

「十六日目が『十六夜(いざよい)』この日から月は欠けはじめます。十七日目が『立待月』十八日目が『居待月』十九日目が『寝待月』二十日目が『更待月』と言います。十七日以降は月がのぼるのを立って待ち、座って待ち、寝て待ち、夜が更けるのを待つんですよ」

 なんとなく、その気分がわかる祐一であった。

「二十三日目が『下弦』二十六日目が『逆三日月』そして、二十七日目を最後に月が消えるので『つごもり』と言います」

 その日は月の最後になるので、晦日とも言うんですよ。という秋子の言葉に、祐一は大晦日の意味を知ったような気がした。

「おそばできたよ〜」

 ちょうどそこに、名雪がおそばを持ってやってきた。

 どんぶりに入ったおそばの上に、月にかかる群雲に見立てた海苔を敷き、そこへ月に見立てた卵を落とした月見そばだ。単純に卵を落としただけでも月見と呼ぶ場合もあるが、本来は雲となる海苔が必要なのである。

 まったくの余談だが、鍋焼きうどんなどにも具として卵が入っているが、この場合は卵に火がとおって白くなってしまうため、黄身が見えにくくなってしまうことから月見とは呼ばれないのである。

「いただきます」

 一口すすると、祐一の口の中にかつおをメインとした出汁の味が広がり、歯ごたえのいいそばの食感が心地よい。

「うん、美味いっ!」

「祐一、大げさだよ」

 口ではそういいつつも、どことなく嬉しそうな様子で名雪は卵をつぶし、よくかき混ぜた。

「なにやってるんだ、名雪。その食べ方はっ!」

「ええっ?」

 突然の祐一の叫びにびっくりする名雪。

「月見なんだから卵はつぶさずに残しておいて、最後につるっと飲み込むんだ。それが通の食べ方ってもんだ」

「したくないよ、そんなの」

 そこは名雪も女の子。生卵を飲むというのには抵抗があるのだろう。その証拠に秋子も卵をつぶしてかき混ぜている。

「こうしたほうが、ツユと卵の味を同時に楽しめるんですよ?」

 突然孤独になる祐一であった。

 

 静かにそばをすする音。草むらで響く虫の声。

 そんな家族の風景を、夜空に浮かぶ月が優しく見つめていた。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送