たまには

 

 それは、ある日の日曜日。もうすぐお昼になろうかという時間の事だった。

 

ぴんぽ〜ん♪

 

 突如として鳴り響いたチャイムの音に、祐一は生欠伸を噛み殺しながら玄関へと向かう。今日は土曜休暇を含んだ三連休の真ん中に当たる日曜日で、この日祐一はする事もないので笑点の時間まで寝ていようかと思っていた。いつもなら水瀬家には秋子さんにあゆ、真琴がいて、こうした来客には誰かしらが対応するのだが、よくよく考えてみればこの日あゆは検査入院で不在だし、真琴も美汐のところにお泊まりに行っていて、秋子さんも社員旅行とやらで昨日から出かけていたのだった。

 祐一は宅配便とかならあきらめて帰るだろうと思っていたのだが、結構しつこくチャイムが鳴っているので仕方なく起きてきたところだ。

「はいは〜い、どなた?」

「あたしよ」

「……じゃ、そう言う事で」

「こらっ! 待ちなさいよっ!」

 香里の姿を見るなり玄関を閉めようとする祐一に、香里は玄関の扉に足をねじ込んで対応する。

「さんざん呼び鈴鳴らしたのに誰も出なくて、やっと出たと思ったらその態度はなによっ!」

「おはよう、香里。いい朝だな」

「いきなりごまかさないで。それに、もうすぐお昼よ?」

 これがいつもの祐一の冗談であるという事は香里にもわかっているが、こうも唐突であると出てくるのはため息だけだ。

「……ところで相沢くんは、どうしてパジャマのままなのかしら?」

「俺は今起きたばかりだからな。それにしてもどうしたんだ? 香里。やたらとめかしこんで、いつもより美人に見えるぞ」

「そ……そうかしら?」

 これもいつもの祐一の冗談だという事はわかっているが、美人だと言われてしまうとついつい香里も頬を赤く染めてしまう。

「それより、名雪は起きているかしら?」

「名雪?」

 聞くと今日香里は名雪と一緒に出かける約束をしているらしい。待ち合わせをしてもどうせ遅れてくるだろうから、こうして直接家まで来たのだそうだ。

「まだ寝てるんじゃないか? ちょうどいいから俺が起こしてきてやるよ。香里は上がって待っててくれ」

「そうさせてもらうわ」

 香里をリビングに案内すると、祐一はその足で名雪の部屋に向かった。

「起きろ〜名雪〜」

「ゆ……祐一?」

 どうせまだ寝ているだろうと思って部屋の扉を開けると、中では名雪が着替えの真っ最中であった。無造作に脱ぎ捨てられたパジャマの中心で、水玉模様のショーツ一枚だけとなった名雪の名が示すとおり、雪のように白い玉のお肌が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。

 

「ゆ……祐一のバカーっ!」

 

 突如として水瀬家に響き渡る名雪の悲鳴と、すさまじいまでの大音響に耳をふさぎつつ、香里はリビングで、これは時間がかかりそうね、と思っていた。

 

「悪かった、悪かった。後でイチゴサンデーおごってやるから、それで機嫌直せ。な?」

「ダメ、イチゴサンデーでも許してあげない」

「そうよ、相沢くんはいつもそうやって食べ物でごまかすんだから。誠意ってものが感じられないわ」

 あれから数分後、祐一は着替え終わった名雪を宥めるのにリビングで必死になっていた。もっとも、これはいつもの犬も食わないなんとやらであるが、今回ばかりは香里も名雪の味方についているせいか、祐一の旗色はすこぶる悪かった。

「仕方ないな。それじゃあ、今日は名雪の言う事をなんでも聞いてやるぞ」

「なんでも……?」

 祐一がそう言うと、プイとそっぽを向いて膨れていた名雪の表情に笑顔が戻る。

「ああ、なんでも言ってくれ」

「なんでもいいんだったら……」

 途中までなにかを言いかけた名雪の口を、香里はさっと手でふさぐ。

「当然、聞くだけじゃなくて叶えてくれるのよね?」

 その時祐一は、香里が悪魔の微笑みを浮かべている事に気がついた。

「……俺が出来る範囲でだったら、なんでもな……」

「え〜と、それじゃあね……」

 満面の笑顔で名雪が口にしたお願い事を了承してしまったのを、祐一はずっと後まで悔む事になったという。

 

(結局、こうなるのか……)

 この日名雪は香里と商店街へショッピングに出かけるそうで、祐一はその荷物持ちにかりだされる事となった。まあ、今日はどうせ夕方近くまで寝る予定だったし、暇つぶしにはちょうどいいと思ったのも事実だったのであるが。

(それにしても……)

 名雪達からちょっと離れてその後を追うように歩いていた祐一は、二人が仲良くとりとめのない話に花を咲かせながら商店街を歩いていると、道行く男達のほとんどがこの二人を振り返っているのに気がついた。中には女の子と一緒にいるのに二人に見とれてしまい、やきもちを焼かれてしまっている男の姿もあった。

 そんな風景を眺めながら祐一は、無理もないかなと思う。

 名雪と香里。それぞれタイプは違うが、どちらも水準以上の美少女である事には変わりない。どちらかといえば天然系の名雪と、理知的な香里という差があるくらいだ。

「あ、あそこのクレープ屋さんに新作がはいったんだって。部活の後輩がそう言ってたよ」

「じゃあ、あとで試してみましょうね」

 こうして少し離れて見ていると、その事がよくわかる。デニムのミニにロングブーツで足元を固め、トップはブランド物のシャツにジャケットを合わせただけのラフなスタイルだが、それが妙に似合っている香里と、いつもとあまり変わらない割と地味目のロングスカートにブラウス、それに薄手のカーディガンを羽織っただけというシンプルな装いながらも、スタイルの良さが隠せない名雪の組み合わせはまさに眼福といえるからだ。

「あ、祐一。なにしてるの?」

 少し遅れて歩いていた祐一に駆け寄り、名雪が祐一の右腕に自分の左腕を絡めてくる。

「そうよ。今日はとことん付き合ってもらうんだからね」

 そう言って、香里も祐一の左腕に自分の右腕を絡めてきた。

「おいおい……」

 二人の美少女に左右から挟み込まれるようになった祐一の姿を見た途端、道行く男達の視線が変わる。

(なんだ、あいつ……)

(二又かよ……)

(あんな上玉を……)

(くそぅ、うらやましいぜ……)

 男達の殺気のこもった視線を背中に感じて、祐一は生きた心地がしない。とはいえ、二人の豊かなバストが二の腕に押し付けられているせいか、自然と鼻の下が伸びてゆくのだったが。

「それで、今日はどこに行くんだ?」

「すぐそこだよ〜」

「もう着いたわ」

 三人がたどりついたその先。祐一の目の前にはとても違和感のある風景が存在する。

「こ……ここは……」

 そこは祐一にとってはまるで縁のない世界。だが、名雪達にとってはとてもなじみの深い場所。

「さあ、行くわよ相沢くん」

「レッツゴー、だよ」

「かんべんしてくれ〜……」

 祐一の叫びも虚しく、名雪と香里は二人がかりで店内に引きずり込む。そこは男子禁制の聖域、ランジェリーショップだった。

 

「いらっしゃいませ〜、ランジェリーショップ『KURATA』へようこそ〜」

 あはは〜、といういつもの朗らかな笑顔と一緒に祐一達を出迎えたのは、倉田佐祐理だった。よく見ると佐祐理はこの店の制服に身を包んでいるので、どうやらこの店でアルバイトをしているようだ。いつもと変わらぬ佐祐理の笑顔を見ていると、不思議と祐一の心には安心感が広がっていく。

「倉田先輩、こんにちは」

「今日はよろしくお願いしますね」

「はい〜、ちゃんと準備していますよ」

 祐一を真ん中に挟みながら、佐祐理とにこやかに談笑する名雪と香里。話を聞く限りでは、名雪達は今日ここに用事があるようだ。しかし、この店の雰囲気はどう考えても祐一に場違いである。

 店内に所狭しと並べられた、色とりどりのブラパンツ。その様々なデザインの品物に囲まれていると、とてつもなく恥ずかしい祐一であった。とはいえ、この面積の小さな布が名雪達の玉のお肌を直接包み込んでいるかと思うと、恥ずかしい気持ちの奥底に妙に興奮する気持ちもある。

 この最後の砦を突破し、女体の神秘を堪能する。愛を語る上では邪魔なものではあるが、女の子の体を守るという点では重要なアイテムなのだろう。

 もっとも、祐一にその気持ちはよくわからない部類のものであったが。

「……佐祐理」

「あ、舞。準備できましたか?」

 佐祐理と同じ制服に身を包んだ舞が、嬉しいのかどうなのかよくわからないような能面で静かに頷く。よく見ると店内の窓にはすべてカーテンがひかれ、入口にはしっかり鍵をかけた上で閉店の札がかけられていた。

「今日は名雪さん達の貸し切りなんですよ〜」

「貸し切りって……。いいんですか? 佐祐理さん」

「はえ? なにがですか?」

 祐一の言っている意味がよくわからないという風情で、佐祐理は可愛らしく小首を傾げる。

「この店の事ですよ。勝手にそんな事して、店長に怒られませんか?」

「はい。それなら大丈夫です」

 満面の笑顔で、佐祐理は頷く。

「だって佐祐理がこのお店の店長ですから」

「は?」

 

 学校を卒業してから、佐祐理は舞と一緒に暮らすようになった。

「それでその時、佐祐理は舞と一緒にお風呂に入る事になったんですが……。その時に重大な事実に気がついてしまったんです……」

「はあ……」

 名雪達の準備が整う間、祐一は佐祐理の話にしばらくの間耳を傾ける事となる。あの日を懐かしむかのような佐祐理の口調には、ついつい祐一も聞きほれてしまった。

「実は……舞ったら、自分のおっぱいにあったブラをつけていなかったんですっ!」

「はあ?」

 実のところ、そう言われてもなにがなにやらさっぱりの祐一。

「カップもアンダーもあっていなかったので、せっかくのFカップがつぶれて二段おっぱいになっちゃっていたんですよ」

「え……えふ……?」

「そうです。F91」

 まるでガンダムのようだ。

「舞ったら下着とかには無頓着で、Dカップのきついブラを無理やり着けてたみたいなんです。そのせいで、バージスラインにワイヤーの跡が真っ赤になって残っちゃって……。このままだと舞の玉のお肌が台無しになってしまうところだったんですよ」

「ばーじす?」

「おっぱいの下の輪郭線の事です」

「おっぱい……」

 それをついつい想像してしまい、思わず赤面してしまう祐一。

「でも、そんな事くらいで……」

「そんな事とはなんですかっ! ワイヤーのくいこみっていうのは危ないんですよ? ひどいときには肋骨とかが変形してしまう事もあるんですからっ!」

 突然の佐祐理の剣幕に、祐一は思わず気おされてしまう。それは舞の体を心配する佐祐理の気持ちだった。

「そして、佐祐理は舞に合うブラジャーを探しに出かけました。でも、どこのお店でも取り扱っていなかったんです」

「そうなんですか?」

「……ホルスタインに着けるブラなんて無いと言われました……」

 その時の事を思い出したのか、小さく握りしめた佐祐理の拳が小刻みに震えている。この話をスレンダーな栞あたりが聞いたら相当なショックを受けるのかもしれないが、逆に大きいなら大きいなりにこうした悩みがあるのだろう。

「そこで佐祐理は考えました。無いなら無いで作ってしまえばいいんだと」

 決意を込めた佐祐理の瞳に、思わず見惚れてしまう祐一。誰よりも舞を思う佐祐理の気持ちは、実は祐一が一番よくわかっている事だった。

「早速佐祐理は倉田紡績の女性服飾部門に話をつけ、専門の下着部門を設立しました。その系列でこのお店を開業したんですよ〜」

(ブルジョアめ……)

 舞のためにそこまでする佐祐理の姿に、内心そう突っ込んでしまう祐一。やはりこの人に妥協という言葉の意味を、理解してもらうのは不可能なのかと思ってしまう。

「祐一さんにとってはたかが下着、脱がしてしまうだけのものでしかないのかもしれませんが、女の子にとっては直接身に着けるものなんです。ちゃんと自分の体にあった下着を選ばないといけないんですよ〜」

「まさか……この集まりは……?」

「はい。今日は名雪さんや香里さんと一緒に、舞のフィッティングをするんです」

 佐祐理によると、本来は自分の体にしっかりフィットした下着を選んで身につける必要があるのだが、女性の方で恥ずかしがってしまうのかそうではない場合が多いらしい。そこで佐祐理はときどきこういうイベントを開いて、フィッティングの重要さを説いているのだという。

 ちなみに、この日はバストサイズの大きい名雪達のためのイベントなのだそうだ。

「つまり、それで俺はこうして椅子に縛られているわけですね……?」

「あ……あはは〜」

 椅子に縛られたままジト目で見上げる祐一の視線に、乾いた笑いを浮かべる佐祐理であった。

 

「う〜……」

「どうしたのよ?」

 祐一が佐祐理と話している間に準備が整ったのか、聞き覚えのある声が店内に響く。

「この格好は、ちょっと恥ずかしいよ……」

「なに言ってるのよ、名雪。相沢くん相手なら今さらでしょ?」

「そうだけど……」

 床にひかれた赤い絨毯の上を、白い二組の素足がすたすたと近づいてくる。祐一がそこからゆっくりと視線をあげていくと、すらりとした細い足と無駄なぜい肉がすっきりと絞られた形の良い足が見え、さらにそこから視線を上げていくときわどいラインを描く黒のショーツと白のショーツが見える。そこからどんどん上にいくと綺麗なラインを描く腰のくびれが見え、さらにその上は黒いブラと白いブラに包まれた豊かなバストが揺れている。それは勝ち誇ったかのように妖艶な微笑みを浮かべる香里と、少し恥ずかしそうに香里の背中に半身を隠した名雪だった。

「名雪さんに香里さん。どうですか? 具合は……」

 さっとその二人に駆け寄り、具合はどうか尋ねる佐祐理。

「ん〜、悪くないですね」

 香里の玉のお肌を包み込む、3/4カップのブラ。色はアダルトな黒で、装飾にレースやフリルがふんだんに使われた、明らかに人に見せる事を意識したアンダーだ。しかもブラは両側からバストを包み込んで下から持ち上げる構造なので、香里の白い谷間を強調するデザインとなっていた。ちなみにショーツも同じ色で、こちらも明らかに見せる事を意識したものである。

「どこかきついところとかありませんか?」

「はい、大丈夫です」

 名雪の玉のお肌を包み込んでいるのは、普段スポーツタイプのブラを愛用している彼女には珍しいフルカップブラで、色は清楚なホワイト。香里と同様にレースやフリルがふんだんに使われる事で大人の魅力を強調しつつ、小さな赤いリボンがアクセントになる事で可愛らしさを演出したデザインとなっていた。ショーツも同様のデザインで、着心地の良さと見せる事を両立させたものとなっている。

「名雪さん、ちょっと失礼してよろしいですか?」

「はい?」

 そう言うと佐祐理は背後から名雪のブラのカップの中に手を入れた。

「ひゃう?」

 突然の事に、思わず名雪は変な声を上げてしまう。優しくふわりと包み込んでくれるような佐祐理の柔らかいタッチに、なぜだか胸の高鳴りが抑えられない名雪であった。

「あ……あの……佐祐理さん……?」

「おっぱいのお肉がカップに入っていないというわけではありませんね……」

 両手をカップの中に入れて名雪のバストを丁寧に触りつつ、佐祐理は首をかしげる。

「どうしたんですか?」

「いえ、名雪さんの胸がこの間測った時よりも大きくなっているような気がして……」

 なんともうれしそうに佐祐理は、名雪のバストをぽよぽよと触っている。これは女の子同士のスキンシップだと祐一は頭で理解していても、本能の方がロックオンしているせいか全く目が離せずにいた。

「……そりゃあ、大きくもなるんじゃないでしょうか?」

「はぇ?」

 香里は無言で名雪の胸元にある、ちょっと赤くなっている部分を指さす。

「虫刺され、じゃないわよね?」

 優しく名雪に微笑みかけた後、香里は蔑むような視線を祐一に送る。それを聞いた佐祐理も納得したのか、底冷えのするような微笑みを祐一に向ける。その二人に挟まれたまま、玉のお肌を朱に染める名雪。

 このとき祐一は、針のむしろ、という言葉の意味をその身で理解する事となった。

 

パァン!

 

 そんなとき、乾いた音が店内に響き渡る。

「……舞?」

 その方向を見ると、革のムチを片手にピンヒールを履いた女王様が立っていた。太ももの半ばまで包み込むような網タイツは、ガーターベルトで上半身を覆う黒い革のビスチェに連結されている。きわどいラインを描くショートパンツがヒップラインを強調し、こうして見ると比較的細身である舞の玉のお肌が異常なまでに際立って見え、白い素肌と妖しい輝きを持つレザーが見事な対比となっていた。ひもで縛ってウエストラインを強調したビスチェは胸元が大きく開けられる事で豊かな舞のバストを強調しており、白く巨大な物体が張り詰めるかのように盛り上がって祐一の視線を釘付けにする。

「……祐一」

 舞の手にしたムチが優雅に空を舞い、床に叩きつけられた瞬間に激しい音が鳴る。

「……なんなりとご命令を」

「それ……女王様じゃないだろう……」

「そうですよ〜、舞は今女王様なんですから」

 佐祐理にそう言われて、舞ははっと気がつく。いつもの能面のような無表情なのでよくわからないが、どうやら舞は照れているようだった。

「……祐一」

 気を取り直すかのように、再度舞のムチが床に叩きつけられる。

「……私を女王様って呼んでほしい」

「は?」

「いいから、女王様って呼んで」

「あ? ああ……女王様」

 祐一がそう言うと、うっすらとだが舞の表情が変わる。それはおそらく喜びの色。

「祐一は豚さん」

「俺が豚さん?」

「ぶーぶー」

「ぶーぶー」

「祐一は幸せ?」

「いや、いきなりそんな事言われてもな……」

「いいから、幸せ?」

「ああ、はいはい。幸せです」

「そう、よかった……」

 外見をいくら取り繕っても、中身がそれに伴ってないんだよな。と、思いつつ、舞がいつもの様子なので少しだけ安心する祐一であった。

 

「みなさ〜ん、お待たせしました〜」

 最後に着替え終わった佐祐理の朗らかな声が店内に響くと同時に、赤い絨毯の上を優雅に踏みしめながらゆっくりと近づいてくる。白い素足は太ももまであるピンクのストッキングに包まれて綺麗なラインを描きだし、腰に付けたアジャスターから垂らしたガーターベルトで止められている。サイドがひも状になったショーツは佐祐理のきわどい部分だけを覆うようなデザインで、隠しているのは幽霊の額についているような小面積の布地だけだった。

 トップはきわどいラインを描き出す3/4カップで、ただでさえ豊かな佐祐理のバストをさらに強調するデザインだ。しかも佐祐理が腕を動かすたびに、左右のふくらみがそれに合わせて自在に形を変えるおまけつきである。

「おお……」

 トップモデル並みの華麗なる足さばきで祐一の目の前まで来ると、そこでくるりと一回転してにこやかに微笑む。その時にふわりとなびく亜麻色のロングヘアと、プルンと震えるヒップラインが艶めかしい。

「あはは〜、いかかですか? 祐一さん」

 そのままかがみこんで佐祐理は祐一の顔をのぞきこむような態勢になるが、大きく視界に広がる艶やかな玉のお肌を直視できない祐一は、ついついそっぽを向いてしまう。

「祐一さん?」

 祐一が顔を向けた方向から、再び佐祐理は覗き込んで見るのだが、やはりそっぽを向いてしまう祐一。

「もう、祐一さんったら……」

 佐祐理が無理やり祐一の顔を正面に向けたとき、ごきゅ、とものすごい音を立てて首が鳴る。

「みなさんのは御覧になって、どうして佐祐理のは見てくださらないんですか?」

「あ、いえ。ごめんなさい、すいません。別にそう言うつもりではなかったんですが。佐祐理さんがですね、実にその……お美しくいらっしゃるものですから、ついつい……」

 あわてて弁解をはじめる祐一ではあるが、目の前に迫る佐祐理の白い谷間に視線がくぎ付けになってしまっているせいか、どうにもしどろもどろだ。しかもその谷間は佐祐理が腕を動かすたびに深くなったり狭くなったりしている。

「あ〜ら、いいわね。佐祐理さんは」

「うう〜……祐一、目がエッチだよ〜」

「……祐一」

 祐一の右から香里が、左からは名雪が、背後からはムチを構えたままの舞が、それぞれに羨望のまなざしを向ける。気分はまさに四面楚歌。なぜか祐一の背筋には、玉のような脂汗が流れおちていくのであった。

「ああ、ところで佐祐理さん?」

 なんとか話題を変えようとした祐一は、佐祐理のある一点に注目した。

「そのガーターベルトなんですけど、それ……下なんですか?」

「はい、そうですよ」

 よく見ると佐祐理のつけているガーターベルトは、ショーツの下に入っている。雑誌とかの写真で見るときはガーターベルトがショーツの上になっているので、祐一は少し疑問に思ったのだ。

「カタログの写真ではガーターベルトを強調するために上にしていますが、本来の着け方は下の方なんですよ。だって、そうしないとおトイレの時にぱんつ脱ぐのが大変じゃないですか」

 ガーターベルトの正しい着け方は、まず腰にアジャスターをつけ、次にストッキングをはいてクリップで留め、最後にショーツを穿くのである。カタログのようにベルトを上にしてしまうと、おトイレのたびにベルトを外さなくてはならなくなるので結構面倒なのだ。実際、カタログにも注釈として着け方は逆であると書かれている事がある。

「ガーターといえば、結婚式で新郎がやるガータートスなんてのもあったわね」

「ガータートス?」

 新婦がやるブーケトスは祐一も聞いた事があるが、香里の言うガータートスというのは初耳だ。

「この場合のガーターは佐祐理さんが着けてるようなガーターベルトと違って、ストッキングが落ちないようにするためのガーターリングなんだけどね」

 祐一には聞き覚えがないが、ガーターリングは太ももに直接巻きつけるタイプのものであるため、左右の足にそれぞれ一個ずつ着けられているものだ。

「それで、それを花婿さんが外してブーケと同じように男の人に向かって投げるんだけど、その外し方がね……」

 そう言う名雪の顔は妙に赤く染まっている。

「なにか問題があるのか?」

「花嫁さんの左足についているガーターリングを外して投げるんだけど、その時に花婿さんは花嫁さんのスカートの中に頭を入れて、口を使って外さないといけないんだよ……」

 その姿を想像して、祐一は名雪が顔を赤くしている理由がわかったような気がした。ガータートスは絵的にかなりエロティックであるせいか、公の場でははばかられる行為である事もあり、親しい友人が集う内輪のパーティーで余興として行われる事が多いのである。

 ちなみに、残った右足のガーターベルトは将来子供が生まれたときにヘアバンドとして利用するのだ。これはガーターリングが二つ一組で構成されるものであるため、一つは祝福してくれた友人に、もう一つは生まれてきた子供に幸せを分けるという意味がある。

 

「で、結局なにも買わなかったわけか……」

 ランジェリーショップを出て、商店街で夕飯の買い物を済ませた帰り道。赤い夕陽が三人の影法師を長く伸ばす中、両手に買い物袋を提げながら祐一はため息交じりに口を開く。

「見るだけでも楽しかったよ?」

 いろいろな恰好が出来たし。と、微笑む名雪。

「相沢くんだって楽しかったでしょ?」

 ね、とウインクしてくる香里。

「まあ、なあ……」

 確かに祐一も、楽しくなかったというわけでもない。あれから名雪達はいろいろな下着に身を包み、中でも佐祐理はちょっぴりエッチな下着で祐一の目を楽しませていたのだから。

「欲しいものはあったけど、今月のお小遣いがちょっと残り少ないし」

「誰かさんがプレゼントしてくれるって言うんだったら、話は別なんだけどね」

「あのなあ……」

 なにかおねだりするような香里の視線に、祐一は深くため息をついた。

「それは夢のまた夢だぞ。経済状態は俺だってお前達と変わりないんだからな」

「わかってるよ」

「言ってみただけよ。ちょっと残念だったけど」

 女の子の期待に応える事が出来ないというのは男として少々情けなくも感じるが、未だ学生の身分でアルバイトをしているわけでもない祐一にはそもそも無理な話なのだ。

「あ、そうだ。祐一」

「ん?」

「あと少し寄りたいお店があるんだけど。いいかな?」

 そう言って名雪は家とは反対の方向を指さす。

「暗くなるぞ?」

 今からだと家に着くころには真っ暗になるだろう。そんな微妙な時間帯だった。

「大丈夫だよ。祐一がいるから」

「わかったよ。香里はどうする?」

「もちろん付き合うわよ」

 香里は苦笑すると、祐一と名雪の後に続いた。

「ここだよ」

 名雪が二人を案内したのは、以前祐一と寄った事のあるなんでも屋だった。中に入ると色々と雑多な品物が所狭しと並んでいる。名雪と香里は楽しそうに店内を物色しているのだが、祐一にはあまり興味のない品物ばかりだった。

 結局のところ、一通り店を一周してから出る事となる。なにか買うというわけでもないが、女の子にとってこういうものは見ているだけでも楽しいのだろう。

「ねえ、祐一」

 店から出たところで、名雪は店の外の棚に置かれていた赤いビー玉を手に取る。

「これ、また買ってもらってもいいかな?」

 値段は一個二十円。以前この店に名雪と来たときに祐一がプレゼントしたものだが、それは雪うさぎの目になってしまった。

「……しょうがないな」

「ありがとう、祐一」

 名雪は祐一から硬貨を受け取ると、たった一つのビー玉を大事そうに胸元で抱きかかえるようにして店内に入っていった。

「香里もどうだ? 今なら買ってやるぞ」

「そうね。じゃあ、お言葉に甘えて」

 香里が手にしたのは青いビー玉。祐一から硬貨を受け取ると、名雪と同じように胸元で抱きかかえるようにして店内に入っていく。

 

 赤は情熱、努力の色。

 青は知性、高貴の色。

 

 祐一が持つ二人のイメージからすると色が逆のようでもあるが、内面的には選んだビー玉と同じ色であるように感じた。

「お待たせ」

 やがてチェック柄の袋に入ったビー玉を手にして、二人が戻ってくる。たかがビー玉一個貰ったくらいでなにがそんなに嬉しいのか祐一にはわからなかったが、二人の笑顔を見ているうちになぜかそんな事はどうでもよくなっていた。

 

「ごめんね、香里。付き合ってもらっちゃって」

「いいわよ。どうせ家に帰っても誰もいないし」

「え?」

「栞は検査入院で家にいないし、お父さんとお母さんも用事で一緒に出かけてるのよ」

 年頃の娘を一人にして心配じゃないのかしら。と呟く香里を、微笑ましく見守る名雪。

「じゃあ、香里は今日のお夕飯はどうするの?」

「ん〜、一人だからどっかその辺で適当に済まそうと思ってるけど?」

「だったら、香里。これから家に来ない?」

「そうねえ……」

 そこで香里はちらりと祐一を見る。

「俺は構わないぞ」

 せっかくの名雪と二人きりであったが、香里と一緒というのも面白いのではないかと祐一は思った。

「そうだ、香里。ついでに泊まってっちゃう?」

「いいの? 迷惑なんじゃ……」

「今日は家、お母さんもあゆちゃん達もいないから」

「そうなの……」

 少し遠慮がちに、香里は祐一の方を見る。

「祐一はどう?」

「そうだな、ついでに泊まっていけばいい。夜道は危ないからな」

 名雪が結構乗り気なので、祐一も理由なく反対する事もないと思った。

「わかったわ。お世話になります」

 しぶしぶ、という風情ではあったが、どこか楽しそうに香里は頷く。

「うん、決まり」

 満面の笑顔で頷く名雪。そんな二人の姿を見ながら、たまにはこんな日もあっていいんじゃないかと思う祐一であった。

(今夜は久々にどんぶりだな……)

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